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黄金の双剣士  作者: ひろよし
六章:レキと新しい年
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第124話:母親にご挨拶

「お~」

「うむ、相変わらず美味そうじゃ」


レキにとっては初めてとなるイオシス公爵家での夕食。

フランの護衛という立場でいるレキだったが、イオシス家当主ニアデルやその娘ルミニアの厚意により同じ卓を囲う事を許された。

レキはフランの護衛であると同時にフラン王女の恩人でもある。

フロイオニア王国に仕えるニアデルとしては、最上の客として持て成さねばならないのだ。

この屋敷の滞在中、レキは護衛ではなく客人として、フランとルミニアの共通の友人として扱われる事になったようだ。

と、ここまでが対外的な説明である。


実際は、武人としてレキの実力に心酔しているニアデルがレキを客人として、ルミニアはレキを恩人かつフランの友人として招いている為である。

なお、宮廷魔術士長フィルニイリスと護衛部隊を指揮するミリスも同席している。

フィルニイリスはレキを除けば王国一の魔術の腕と魔力、加えてレキでは足元の影にすら及ばないほどの知識があり、ミリスはフランの護衛としてフィサス領への訪問歴も多く、ニアデルとも良く手合わせをしている為交流が深いのだ。


「当家自慢の食事です。

 流石に王宮のそれには敵いませんが、存分に堪能してください」


フィサス領は農業が盛んであり、同時に料理も発達している。

王都の食文化も負けてはいないが、自領で採れる様々な食材に加え、隣国との交易で手に入る珍しい食材をも使った料理は、フロイオニア一と言っても過言ではない。


ただ、先日の野盗の影響からか隣国との交易も滞りがちで、並べられた料理も何時食べられなくなるか分からないという。

料理はレキやフランを満足させるには十分で、空腹もあったのだろう、二人ともとても美味しそうに食べていた。


野菜嫌いのフランでも美味しく食べられるよう、特に苦味の強い野菜は徹底的に調理され、隠し味とすら言えないほどに隠されている。

フランがよく来るだけあって、大変気配りがされている。


もちろんレキの好きな肉料理もたくさん用意されていて、二人とも満足出来たようだ。


「・・・あれっ?」


長旅の疲れも出ている為、堅苦しい挨拶は抜きで始まった夕食。

ある程度食べ終わった後で、レキがある事に気づいた。


テーブルを囲うのはフランとレキ、ミリスとフィルニイリス、そしてルミニアと屋敷の当主であるニアデル。

傍らにはフラン付きの侍女たるリーニャと、レキ付きの侍女サリアミルニスが立っており、ニアデルとルミニアにはお付きの者はいない。


槍の名門たるイオシス家の教育らしく、いついかなる時でも戦場に立つ者として、基本的な事は自分で出来るようにしなければならないのだそうだ。

戦場に世話係を連れて行けるとは限らない。

武人たるもの、食事や着替え、入浴はおろか料理すら自分で行えるようになるのが当たり前なのだそうだ。


料理くらい他の者に・・・と思うかもしれないが、どうやら毒殺を恐れての事らしい。

かつてあった戦乱の時代を生き抜いた、数世代前から続く家訓である。


それはともかく、この場にいるはずの者がいない、足りない事にレキは気付いた。

挨拶すべき人にまだ会っていないという事にもだ。


フランやルミニア、更にはニアデルも楽しげだったため気づくのが遅れたのだ。


「ん?

 どうされたレキ殿」

「えっと、ルミのお母さんは?」


ニアデルの妻であり、ルミニアの母親。

この屋敷に来てから、レキはまだルミニアの母親に会っていなかった。


「ああ、ミアーリアは体が弱くてな。

 最近は調子が悪く、今も部屋で臥せっておるのだ」

「ミアーリア?」

「何、命に別状はないのだ。

 ただ光の祝祭日の宴で疲れただけと、本人も言っておる」

「そっか・・・」


なんてことはないとニアデルは言うが、やはり食事は家族揃って食べたほうが良いとレキは思っている。


王宮での夕食、レキもフランの家族と一緒に食べる事があるが、その場にはフランとその両親が揃っていた。

アランがいる間は呼ばれる事が無かったが、その時はアランを含めて家族揃って夕食をとっていたそうだ。


ルミニアの母親がルミニア以上に体が弱い事は聞いていたが、夕食すら共にとれないほどとは思ってなかった。


それでも夫であるニアデルが大丈夫だと言っている為、仕方ないのかなとレキは納得する事にした。

レキ自身は体も強く、覚えている範囲でも魔の森で盛大にお腹を壊して以降病気になどなった事はないが、それでも病気の辛さは分かるつもりだ。


お腹を壊した時はとても辛かった。

なにせご飯が食べられず、夜も眠れず狩りにも行けなかったのだ。

幸い一日で治ったが、もしあれが続くようであれば、下手をすれば餓死していた可能性すらあっただろう。

魔の森にはレキ以外誰もいなかったのだ。

病気になどなったらそれこそ死活問題である。


なお、体が異常なほど強く、魔力も膨大で、更には常人にとっては毒以外の何物でもない植物を日常的に摂取していた為か、今のレキの体は病気など寄せ付けないのだが、もちろん本人は気付いていない。


「ご心配かたじけない。

 いや、フラン様とその恩人たるレキ殿が来ているのに挨拶もしないのはむしろ問題であるな。

 レキ殿さえ良ければ、後ほど会ってやってはくれぬか」

「えっ、いいの?」

「うむ、先程も申したとおり少しばかり体調を崩しているだけだからな」


ニアデル曰く、ミアーリアは生来体が弱く、ニアデルやルミニアのように王都へ行く事も難しいらしい。

光の祝祭日にはフロイオニア王国の貴族の多くが王都に集まるが、参列するのはその家の当主で、当主の伴侶は家で留守を預かるのが常である。

その日は王都以外の街でも宴が催されており、留守を預かる者達もまた宴で忙しかったりする。

フィサスの街も同様で、ミアーリアが臥せっているのはその疲れが出た為だという。


元々、光の祝祭日は一年で最も太陽が強く長く輝く日であり、つまりは一年で最も暑くなりがちな日である。

そこに宴の熱気が重なり、体の弱い者は体調を崩しやすいのだそうだ。


今年は例の野盗のせいで宴に参列する者達も少なかった。

それを挽回すべく、ミアーリアはいつも以上に張り切ったのだろう。


無理をすれば同席する事は出来ただろうが、無理はだめじゃとフランが止めたのだ。


「そっか、じゃあ挨拶するね」

「うむ、ありがたい」


食事が再開され、間もなく全ての料理が食べつくされた。

レキは相変わらず良く食べ、フランも長旅の影響かいつもよりたくさん食べていた。

普段は食の細いルミニアまでもが、フランに負けじと食べていたほどだ。


フランとレキ、同い年の友人が二人も揃った食事だからか、あるいは数ヶ月ほど前から鍛錬をするようになったからか。

健康そうに食事をするルミニアを見て、ニアデルもどこか嬉しそうに肉を頬張った。


――――――――――


賑やかな夕食が終わり、レキは約束どおり挨拶すべく、フランとルミニアの後ろに付いてミアーリアの部屋へと歩いていた。

後ろにはニアデルと、ミリスとフィルニイリスも一緒である。


「お母さんってどんな人?」

「お母様ですか?

 とても優しい人です」

「叔母上はわらわの母上と同じくらい綺麗で優しいのじゃ」


フランにとって、ルミニアの母親は遊びに行く度優しくしてくれる綺麗な叔母である。

王族であるフランに気安いかもしれないが、一応イオシス家はフランの親族でもあり、ルミニアの母親はフランにとって正しく叔母に当たる。

フラン自身がそういう接し方を望んでいる為、ミアーリアも親戚の叔母さんとして接する事にしているのだ。


フランの言葉を聞いて、レキの脳裏にはフランの母親が浮かんでいた。

国王ロランの伴侶であり、フロイオニア王国の王妃フィーリア=フォウ=イオニア。

レキが王宮に住むようになってからというもの、度々食事に招いてはレキに優しく接してくれる人だ。

時にフランを強く諌める事もあり、優しいだけでなく強い面もある人だとレキは思っている。


何となく自分の母親にも似ている気がして、レキも心から慕っている。


そんなフィーリア王妃に、ルミニアの母親はに似ているという。


「お母様、フラン様とレキ様をお連れいたしました」

「ええ、入って」


レキが初めて会うその女性は、ベッドの上で上半身を起こした状態でレキ達を迎えてくれた。


「こんな恰好で申し訳ございません。

 フラン様、皆様。

 ようこそフィサスの街へ」

「うむ、叔母上も元気そうで何よりなのじゃ」

「はい、ご心配をおかけいたしました。

 少しばかり疲れが出ただけですのでご安心ください」

「む~、無理はダメじゃぞ。

 ちゃんと休まねば」

「ふふっ、お気遣いありがとうございます」


ルミニアの母であり、フランの叔母でもあるミアーリアは、思ったよりも元気そうだった。

先程ニアデルが語ったように、光の祝祭日の関係で疲れが出ただけなのだろう。


「そちらがレキ様ですね」

「えっ、あ、はい」

「ふふっ、初めましてレキ様。

 ニアデルの妻、ミアーリアです。

 いつも夫と娘がお世話になっております」

「えっと、どういたしまして?」


ルミニアの母親であるミアーリアは、フランが言う通りとても綺麗な女性だった。

王妃フィーリアも綺麗だが、ミアーリアはフィーリアとは違う美しさを持っている。

優しくとも強く、更には少々強引な面もあるフィーリアに対し、ミアーリアは優しくて繊細で、それでいて包容力に溢れる女性に思えた。


レキの母親は、どちらかと言うとフィーリアに似て気が強く、レキやレキの父親を諌める程の女性だった。

優しいところも沢山あったが、いたずらしたり泥だらけで帰ったりしては怒られていたレキにとって、自分の母親はやはり強くてちょっと怖い母親だったのだ。


そんな母親と比べても、ミアーリアはより優しそうに見えた。

体が弱いせいか繊細で折れそうな感じにも思える。

今までレキが会った事のないタイプの女性である。


「レキが緊張しておるのじゃ」

「えっ?」

「ダメですよフラン様、そんな事言っては」

「初対面なのですから緊張するほうが当たり前ですよ。

 レキ様も、どうか落ち着いてくださいね」


フランの母親とも自分の母親とも違う、とても清楚で優しい雰囲気にどう接して良いか分からないレキ。

下手に触れたら折れてしまいそうで、つい戸惑ってしまうようだ。


「それとレキ様、先日はルミニアをお救いくださりありがとうございました」

「へっ?」


何故だか分からないが緊張しているレキに、ミアーリアがベッドの上で頭を下げた。

もちろん、以前王都でルミニアが攫われた件である。


「一人でいたところを攫われたとか。

 もしレキ様がいなければ、今頃はどうなっていたか・・・」

「えっと・・・」


レキに対し、ミアーリアが心からお礼を述べた。

まだ戸惑いが抜けないレキは、そんなミアーリアの言葉に更に落ち着かなくなってしまう。


「聞けばルミニアを攫った者は過去にも同様の事件を起こしていたとか。

 しかも金銭を要求しつつ攫った子供はそのまま奴隷として売り払っていたのだと聞いています。

 もしルミニアがと思うと・・・」


娘であるルミニアが攫われ、危うく奴隷として売り払われそうになったと聞いて、ミアーリアは気を失いかけた。

話自体はニアデルとルミニアがフィサス領に戻ってから聞かさせており、つまりルミニア本人に聞いたのだが、それでも最悪の事態を想像してしまい、思わずルミニアを抱きしめたそうだ。


「ルミニアが無事でいるのはレキ様のおかげです。

 何度でも言います。

 本当に、ありがとうございました」


だからこそ、ミアーリアはレキに心からの礼を述べるのだ。

ミアーリアの心からの感謝が伝わったのか、ようやくレキが落ち着き出した。


「ルミが連れてかれちゃったのは、オレのせいだし」


ルミニアが攫われたのはある意味レキのせいである。

レキがフランをちゃんと捕まえておかなかったから。

フランを探しに行く際ルミニアを置いていってしまったから。

もっと早く魔力探知を使えるようになっていれば良かった。

と、反省する事は多いのだ。


「レキ様はフラン様の護衛なのでしょう?

 でしたらルミニアが攫われたのはレキ様のせいではありません。

 王都とはいえ、一人になったルミニアが不用心にもその場を離れたのが原因です。

 レキ様が責任を感じる必要はありませんよ」

「あの時はオレしかいなかったし。

 だからフランだけじゃなくてルミもオレが護らなきダメだったんだ」


悪かったのは自分だというレキの言葉をミアーリアが否定する。

どちらの言い分も正しく、だからこそ両者とも引くわけには行かなかった。


「レキ君、この場は一先ずお礼を受け取るのが礼儀ですよ」


この状況に口を挟んだのは、主に行儀作法をレキに教えているリーニャであった。


「でも・・・」

「謙虚なのはレキ君の良いところかも知れませんが・・・。

 ルミニア様をお助けしたのも事実ですし、ミアーリア様は一人の母親としてお礼を述べているのですから」

「でも」

「このままですと、ミアーリア様はレキ君にお礼を言い続ける事になりますよ」

「えっ?」


そう言われて、レキが慌ててミアーリアを見た。

レキと目が合い、ミアーリアは困ったような笑みを浮かべる。


「ほら、ミアーリア様が困ってます。

 形だけでも受け取らないと」

「ん~~・・・」

「お体の弱いミアーリア様をこれ以上困らせて良いのですか?」

「う~・・・分かった」


ミアーリアを困らせたかったわけではない。

レキはただ、お礼を言われるような事をしていないと本気で考えているのだ。

根が真面目な分、一先ずとか形だけでもお礼を受け取れなかったレキ。

それがミアーリアを困らせる事になっていた事に気づき、ようやくお礼を受け取った。

ただし。


「でも、失敗しちゃったのは本当だから。

 だからえっと・・・次はもっと頑張る!」

「ふふっ。

 ええ、その時はよろしくおねがいしますね、レキ様」


それでも失敗してしまった事は確かで。

考えた結果、お礼は受け取りつつ今度は失敗しないとレキはミアーリアに誓った。

そんなレキの思いが嬉しかったのが、先程とは違う温かい笑顔で、ミアーリアはレキに頭を下げた。

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