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黄金の双剣士  作者: ひろよし
一章:森の出会い
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第12話:森の小屋

「・・・レキ」

「ん?」

「これは・・・何?」

「俺ん家!」


高い木々が生い茂る深い森、魔の森。

その中に、まるでそこだけ切り取られたかのような空間が存在した。


レキの背に乗り、予想外の速度と振動に耐えながら移動する事数分。

急に視界が開けたかと思えば、目の前には一軒の小屋があった。

小屋自体におかしいところは無い。

小屋というには少々大きすぎるものの、フィルニイリス達が休息を取るのにはかえって都合が良い。

開けた空間も、おそらくは周囲の木々を切り倒し小屋の建材にしたのだと考えれば納得がいく。


もちろんここが魔の森という事を考えなければ、だが。


まず、魔の森に小屋がある時点でおかしいのだ。


小屋というのは住処であり、あるいは休憩場所である。

つまり、この世界で最も危険な場所である魔の森に住む人がいる、あるいは休憩を取ろうとする人がいるという事だ。

他の場所よりも強力な魔物が闊歩する森に住みつくなど、普通に考えてありえない。

どれほど腕に自信があろうとも、人は食事もすれば睡眠もとらねばならない。

達人であればわずかな殺気でも目覚める事が出来るらしいが、周囲が魔物だらけな森でいちいち殺気を感じ取っていたなら休まるものも休まらないだろう。


魔素酔いの件もある。

何度も言うが、魔の森は通常の場所より濃い魔素に覆われた森である。

その濃い魔素の影響で、常人であれば半日ほどで魔素酔いに陥ってしまう以上、この森ではろくに休む事もままならない。

ましてや、魔の森に住むなど・・・。


「・・・村は?」

「村?」


そんな場所に家があるなどと誰が思うだろうか。

リーニャもミリスも、フィルニイリスですら、森の外へ案内してもらえるものだとばかり思っていた。

森の外にある村か集落、そこにあるレキの家にだ。

それがまさか、魔の森の中にあるとは・・・。


「こ、ここがレキ君の家、ですか?」

「・・・」


遅れて到着したリーニャも驚き、ミリスに至っては言葉も出なかった。


「こっちこっち!」


そんな三人を、レキは家の中へと案内する。

フィルニイリを背に乗せたままに、しばし唖然としていたミリスが続き、フランを抱きながらリーニャが慌てて追いかけた。


「入って入って!」

「え、ええ・・・」


入口から入ったミリス達。

小屋は魔の森にあって、どこにも荒れた様子が無かった。

少なくとも魔物の襲撃などは無いようだ。


廃墟ではない事を確認しながら、ミリス達は恐る恐る中に進んだ。

小屋は予想以上に広く、いくつかの部屋に分かれていた。

入口から入って右手の方には簡素なソファーやテーブルが、左手の方には炊事場があった。

どちらもさほど汚れていないのは、レキがこまめに掃除しているからだろう。


「お茶用意するね!」

「あ、お構いなく・・・」


初めて人を招くとあって、嬉しさを隠しきれないレキである。

村にいた頃、家にお客さんが来た時に母親がそうしたように、初めてのお客さんを丁寧に持て成そうと張り切った。


そんなレキに恐縮しつつも、どこかほほえましさを感じ見守るリーニャをよそに、ミリスは小屋の中を注意深く観察していた。

肝心なのは小屋の安全性だ。

いくら恩人であるレキが案内してくれた場所とは言え、魔の森の中である事に変わりはない。

つまり、いつ魔物が襲ってくるか分からないのだ。

レキが居る以上、どれほどの脅威だろうと退けてくれるのだろう。

そんなレキが案内してくれた家なら、信じがたいが安全なのだろうとは思う。


それでも、つい先ほど死にそうな目にあったミリスとしては、確認せざるをえなかった。


同じように周囲を観察してたフィルニイリスは、部屋の中央に置かれた豪華な台座と、その上に鎮座する大きな石に目を丸くしていた。


「魔石?」

「ませきって?」


魔石とは魔力を秘めた石の総称である。

石や鉱石、宝石などの内部に魔素がたまり、変質した物。

あるいは魔素そのものが圧縮され、石となった物。

主に鉱山などで産出され、魔術士の杖や魔術具などに用いられる。

魔術を行使する際の補助的な役割から、魔術具に組み込む事で魔術のような効果を発生させる事も可能な石である。


フィルニイリス達の目の前、部屋の中央に設置されたその魔石は、静かに輝きフィルニイリス達を照らしていた。


「これ、魔石なのですか・・・」

「・・・大きいな」


フィルニイリスの言葉に、リーニャとミリスもその魔石を見た。


その魔石は、平均的な魔石のサイズを大幅に上回っていた。

通常、魔石は小さいもので小指の先ほど、大きいものでもせいぜいが大人の拳程の大きさである。

だが、目の前の魔石は人一人がようやく抱えられる程の大きさがあった。

それが、台座の上で神々しく輝いていた。


輝いているのは何かしらの魔術が発動している証である。

だが、どのような魔術が発動しているかは調べなければ分からない。

小屋の安全を確認する為、発動している魔術が自分達にどのような影響を与えるものかを調べる為、フィルニイリスがそも魔石に手を伸ばした。


「わわっ」


レキに背負われたまま手を伸ばすフィルニイリス。

重心が前へと傾いたおかげで、レキがたたらを踏んだ。

そんなレキにお構いなく、フィルニイリスはレキの背から降りる事無く更に手を伸ばした。


「お、おいフィル」

「ここは私達の拠点となる場所。

 不可解な物は調べておく必要がある」


仕方なくレキが前に移動し、フィルニイリスが魔石に手を置いた。

フィルニイリスの言う事はもっともである。

先ほどまではミリスも小屋を警戒していたのだ。

フィルニイリスの言い分に、ミリスも納得した。


魔術具に関してフィルニイリスの右に出る者はいない。

ミリスやリーニャでは邪魔にしかならないだろう。


ミリスは引き続き小屋の内部を目視で確認し、リーニャは抱きかかえていたフランを休ませようと辺りを見渡した。


「あのソファー使っていいよ」

「ありがとうございます、レキ君」


簡素ながら丈夫そうなソファーにフランを寝かせる。

骨組みこそ周囲の木を加工して作られているようだが、その上から何重も毛皮が重ねられている為、それなりに柔らかくそして温かい。

本来なら、内側に羽毛なりなんなりを敷き詰めるのだろうが、あいにくと魔の森で取れるのは魔物の毛皮のみである。

それを何重にも重ねる事で座り心地を良くした一品であった。


「これはレキ君が?」

「うん!」

「凄いですね」

「へへ~」


実のところこのソファー、骨組みだけはレキが来た時からあった。

この小屋を建てた何者かが用意したのだろうそのソファーは、長いこと誰も使っていなかった割に、骨組みだけはしっかりと残っていたのだ。

さすがに埃やら汚れやらは積もっていたが、それを落とした後森で魔物を狩る度毛皮を剥ぎ、鞣して重ねていったのだ。

本来は骨組みと毛皮の間にもいろいろ挟んだ方が良いのだが、残念ながら何をどうすれば分からず、その分何十二も毛皮を重ねたのである。


魔物の解体方法や毛皮の鞣し方については村の人達から教わっていた。

当時五歳だったレキは、隣に住む幼馴染の少女と共に村のお手伝いをしていたのだ。

一から十まで行った事は無く、あくまでお手伝いの範疇ではあったが、それでも一部始終を見学し、簡単な工程であれば手伝っていた経験が役に立ったのである。


良く見れば甘い部分もあるが、それでもソファーとしては十分な座り心地。

フランを寝かせるには問題ないだろう。


「では、お礼に私がお茶を入れますね。

 レキ君、茶葉はどちらに?」

「えっとね、あっち」


有難くフランを寝かせ、そっと頭を撫でたリーニャが炊事場に向かう。

本来なら案内をしたいところだったが、レキの背には今もなおフィルニイリスが乗っており、魔石に手を当て集中している為、言葉と目線だけでリーニャを炊事場に案内した。


「・・・」


フィルニイリスが触れても魔石に変化は無く、ただその輝きを放ち続けていた。

宮廷魔術士長であるフィルニイリスは、同時に魔術研究家でもある。

彼女の知識はフロイオニア王国のみならず他国にも知れ渡っている。

そんなフィルニイリスの邪魔になるからとミリスは黙って見守り、良く知らないけど邪魔になりそうだからと、レキはフィルニイリスを背に乗せたまま頑張ってじっとしていた。


――――――――――


「なるほど」

「何か分かったか?」


集中し魔石を調べていたフィルニイリスが目を開け呟いた。

相変わらずレキの背に乗ったままだが、その表情は至極真面目である。


「この魔石は魔力を放っている。

 光っているのは魔力の光」

「ふむ」

「周囲の魔素を吸い上げ、魔力として放出している」

「魔力だけか?

 その、何かしらの魔術を発生しているとか・・・」

「無い。

 純粋に魔力を放出しているだけ」


魔石の使用用途は主に二つ。


一つは杖などにはめ、魔術の補助をする為。

魔術行使をし易くしたり、威力を上げたりだ。


もう一つは魔術具にはめ込み、何らかの魔術的効果を発生させる為。

例えば呪文を詠唱する事無くただ魔力を込めるだけで火や水を発生させたり、土を操って見せたりなどだ。

どれも魔術で行える事ではあるが、魔術が不得意な物や相性の悪い術を、魔石や魔石を組み込んだ魔道具で代替するのである。


目の前の魔石はそういった魔術的な効果を一切発揮しておらず、純粋に魔素を魔力に変換し、光と共に放出しているだけらしい。


「それは何の意味が?」


レキの頭越しに交わされる会話。

ちんぷんかんぷんなレキをそのまま、お茶を入れ終えたリーニャが話しに加わった。

因みに、茶葉はこの森で採れた物。

レキの住んでいた村と同じ種類の茶葉が自生しているらしく、味見したリーニャもおいしいと評価した。


「周囲の魔素を吸収し、魔力に変換して放出する事で、この小屋周辺の魔素が森の外と同じ位に薄くなってる」

「まあっ!」

「じゃ、じゃあ」

「この小屋にいる限り魔素酔いにはならない」


人が魔の森で暮らすにあたり、最大の障害となるのが魔素酔いの原因でもある高濃度の魔素。

それを吸収し、魔力として放出する事で、この小屋の周囲の魔素は森の外と同程度にまで薄くなっているらしい。

おそらくはこの小屋を建てた何者かが設置したのだろう、単純でありながら実に効果的な魔術具だった。


小屋に着いた時は、まさか森の中に小屋があるなどと思ってもみなかったフィルニイリス達である。

この魔石のおかげで、彼女達は魔の森でも十分な休息をとる事が可能となった。


休憩が出来るなら、体を完全に回復した上で森を抜けた方が良い。

怪我はフィルニイリスの治癒魔術で治せるが、体力ばかりはそうもいかない。

一時的に回復させる魔術もあるにはあるが、それはあくまで一時的であり、翌日の疲労が倍増するといういわば前借りのようなもの。

普通に休めるならそれに越した事は無い。


「レキ君、もしよろしければ一晩泊めて頂く事は可能ですか?」

「えっ!

 泊まるの!

 うん、いいよっ!!」


フィルニイリスを乗せたままの家主であるレキの許可は取れた。


フィルニイリス達を追ってきた野盗も、この森の危険性は理解している。

いつまでも森の傍で待ち伏せなどしないだろう。

精々が半日、長くとも夜には撤退するはずだ。


日の出を待って森を抜け、そのまま王都へと帰還する。

念の為入った地点から離れた方へと抜ければ、待ち伏せの危険性も少なくなるだろうとフィルニイリスが提案し、ひとまずはこの方針で決まった。


後は、この森をどう抜けるかだが。

それには、急なお泊りに喜ぶ少年に協力を仰ぐ必要があるだろう。


――――――――――


今日一日で魔の森の危険性は身をもって知ったフィルニイリス達。

レキがいなければ、今頃は皆仲良くあの世に旅立っていた事だろう。

せめて森を抜けるまで、出来ればそれ以降もレキの手を借りられれば・・・と考えてしまうのも仕方ない。


因みにフィルニイリスはレキの背中に乗ったままだ。


「レキはずっとこの森に住んでるのか?」

「うん、そうだよ?」

「魔素酔いは大丈夫なのですか?」

「そういえば"まそよい"って何?」


レキの力を借りる為、まずレキがこの森にいる理由を探るミリス。

何らかの理由でレキがこの森に住んでいる場合、長期間森を離れられない可能性もある。

その場合、さすがに王都までの同行は願えないだろう。


そもそもレキがなぜこの森にいるのか。

魔物に対する力がある事は分かったが、魔素酔いに関しても何か対策があるのかも知れない。

聞いてみたリーニャだが、今の反応を見るに、レキは魔素酔い自体知らないようだった。


言葉自体は知らなくとも、魔の森で活動していれば嫌でもかかるであろう症状。

それすら知らない様子に、フィルニイリスの興味が深まった。


「魔素酔いとは魔素の濃度の高い場所に長時間いることでかかる症状。

 具体的には頭痛、眩暈、吐き気、体のだる気、最終的には体が動かなくなる症状」

「うわぁ~」

「洞窟などの魔素が溜まりやすい場所でなら数日、この森なら半日で症状が出るはず。

 レキは覚えはない?」

「ん~・・・無いよ?」

「そう・・・」


魔素酔い。

通常なら魔力に変換される魔素が体内に残り、身体機能に影響を及ぼす症状。

主に魔素だまりと呼ばれる場所に長時間留まる事で発生し、最初は頭痛や吐き気、めまいなどに襲われ、最終的には指一本動かせなくなってしまう。

洞窟の深部で発生すれば助けも呼べず、魔の森で起きればそこらにいる魔物に食われるだろう。


人が保有できる魔力量には個人差がある。

変換出来る魔素量は魔力量に比例されると言われており、魔力量の多い者なら変換できる魔素量も多く、少ない者なら魔素量も少ない。

フィルニイリスのような魔術士なら、それこそ常人の数倍は変換できるだろう。


それでも半日ほどで魔素酔いになるのだから、この森の魔素量は異常と言える。


因みに、魔素酔いを完全に防ぐ手段は確立されていないが、遅延させる方法はある。

要は、体内の魔力が満たされている状態でさらに魔素を取り込もうするから溢れるのであって、常に消費し続ければ溢れる事は無いのだ。

事実、洞窟などの探索では身体強化を常に施し、また明かりの魔術などで足元を照らし続ける事で、魔素酔いを避ける事も可能だという。

残念ながら魔の森ではさほど効果はないようだが、それでも一時間くらいは遅らせる事が出来るだろうとフィルニイリスは述べた。


「き、聞いて無いぞ!」

「うん、言ってない」

「何故だ!?」

「面倒くさいから?」

「なっ!」


何より恐れていた魔素酔い。

それを避ける(正確には遅らせる)手段があった事を隠していたフィルニイリスにミリスが憤慨した。


確かに森で戦っていた時はまだ魔素酔いの症状が出ていなかったので、その段階では必要なかったかも知れない。

何より、森に入ってからずっと身体強化を使用し続けていた為、教えられずとも魔力を消費し続けていた事になる。

だが、魔素酔いを避ける為一刻も早く森の外を目指していたミリスとしては、事前に教えてくれさえすればもう少し余裕を持てたかも知れないのだ。

文句の一つも言いたいところである。


「面倒くさいとはなんだ、面倒くさいとは!」


レキの背に乗ったままのフィルニイリスにミリスが詰め寄る。

ミリスとフィルニイリスに挟まれる事になったレキは、これまでの話の内容にさっぱりついていけず首を傾げるばかりだ。


「魔素酔いが無くとも魔の森は危険。

 一刻も早く森を抜ける方針に変わりはない」


確かに、フィルニイリス達の行動方針に変わりはない。

魔の森を抜ける事を優先し、身体強化を施しながら全力で駆けていたミリス達である。

わずか一時間、魔素酔いが遅延したところで対して意味はないのだろう。

むしろその一時間の余裕が油断となり、最悪の事態を迎える恐れすらあった。


とはいえ、魔の森で魔素酔いにかかるというのもまた、最悪の事態である。

それを遅らせる手段があるなら、あらかじめ教えて欲しいと思うのは人として当然かもしれない。


「~~~!」

「むしろ教える事で過剰に魔力を消耗しようとするかも知れない。

 身体強化も過ぎれば肉体に損傷をきたす。

 そもそもミリスは魔術が苦手。

 知ったところで取れる手段など無い」

「そ、それはそうだがっ!」


「う、う~ん」


頭では理解できても心で納得できない事は多々あるもので、何より恐れ避けるべき魔素酔いに関して隠されていた事があるというのはその最たるもの。

知ったところで何か変わるわけではなく、むしろ知らない方が戦闘に集中できただろうというのは納得出来るのだが、それでも思わず声を荒げてしまうミリスである。


その声がよほど大きかったのか。

ソファーに寝かされていたフランが、ミリスの声に目を覚ました。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「急がないと"まそよい"っていうのになっちゃうんでしょ?」 「それはまだ大丈夫」 「レキはずっとこの森に住んでるのか?」 「うん、そうだよ?」 「魔素酔いは大丈夫なのですか?」 「…
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