第123話:フィサス領へ
お墓参りを兼ねたフィサス領への訪問、名目上は王都―フィサス領間の安全確認の為の訪問が決まり、レキ達は準備に一日費やした。
打ちのめされていたアランはと言えば、長期休暇中フランに会えるのはこれが最後になった事に、何かとフランの側にいた。
都度フランから無慈悲な言葉を投げかけられては崩れ落ち、すぐさま復活しては再び構いだすという光景が、王宮のあちこちで見られたという。
そんなアランが未練がましく見送る中、レキ達はフィサス領へと向かった。
アランが危惧していた問題など何一つ起きる事無く、道中は実に平和だった。
魔物との遭遇はそれなりにあったが、向こうより先にレキが気付いては飛び出し撃退した為、護衛の騎士達は何もする事が無かった。
流石にこれはまずいと思ったのか、途中からはレキには索敵とフラン達の護衛に専念してもらい、倒すのは護衛部隊の役目となった。
レキには「護衛としての振る舞いを見て覚えるように」などと言いくるめ、ついでに「フラン様とルミニア様を守る事がレキ君の仕事です」と言って納得してもらったのだ。
なお、その言葉にフランは若干不満げな、ルミニアは嬉しそうな顔をしていたらしい。
野営の際もレキがどこからともなく魔物を狩ってきては、皆で仲良く解体と調理を行い、星空の下で焚火を囲いみんなで食事をした。
本来、野営時の食事は王族であるフランと公爵家であるイオシス親子のみが天幕内で食べ、残りの者は天幕を守るようにしながら交代で、という感じなのだろうが、フランもイオシス親子もそういった事は気にしないらしい。
「こんな時くらい皆で仲良く食べれば良い」と言うフランの言葉に従い、護衛の騎士達も一緒に焚火を囲った。
それはある種お祭りのようで、フランやルミニア、そしてレキも大いに楽しんだ。
就寝時には誰がレキの隣に寝るか、という話で一悶着起きた。
以前と同じくレキと一緒に寝ようとしたフランと、同じくレキの隣に陣取ったフィルニイリスに対し、フィルニイリスはともかく王族であるフランが護衛とはいえ同い年の異性と同衾するのは問題ではないかと、誰からともなく言われたのだ。
言ってる事は正しく、本来ならフラン付きの侍女リーニャやレキ付きの侍女サリアミルニス辺りが止めるべきなのだが、リーニャはこんな時くらいはとフランの希望を叶えようとし、サリアミルニスは姫様がそう願ったのだからとフランに協力的だった。
その後、何がどうなったか天幕内にはレキとフランとルミニア、更にはフィルニイリスに加えてリーニャとサリアミルニス、ミリスまでも一緒に寝る事になった。
レキとフィルニイリス、ミリスは護衛として、フランとルミニアはその護衛対象、リーニャとサリアミルニスは雑事を担当するという理由だった。
一緒に寝る必要などどこにもないのだが、最終的にはフランの「皆で寝れば良いのじゃ!」という声で決定したのだ。
正直これだけの人数で寝るには狭かったが、特に文句は出なかった。
終始顔を赤くしていた者もいたが、あえて誰とは言わない。
公爵でありルミニアの父親でもあるニアデルに関しては、流石にその年で王族であるフランや年頃の女性達と同衾するのは問題である為、他の護衛部隊と同じ天幕で寝ていた。
公爵ともあろう者が護衛部隊と同じ天幕で寝るなどと言う者もいたが、ニアデル自身がそれで良いとしたのだ。
普段から野営時は護衛の騎士達と同じ天幕で寝ているのだと、フィサス領から同行していた騎士達が苦笑気味にそう教えてくれた。
道中の野営は終始このような感じで、最初はレキの実力や索敵範囲の広さ、更には一度に狩ってくる魔物の数にも驚いていた面々も、次の街へ辿り着く頃にはすっかり慣れていた。
フィサス領へ向かう場合、当然ながらいくつかの街や村を通過する必要がある。
一行は道中にある街や村に立ち寄り、買い物や食事を済ませた後、無理せず一泊してから次の街へ向かうようにしていた。
魔の森から王都へ向かう際、合流した騎士団の人数が多く、レキはワンファの街に立ち寄れなかった。
今回は人数もそれほど多くなく、街を騒がせるような事態でも無い為、フランやルミニアと三人で街を楽しむ事が出来た。
最低限の護衛としてミリスとフィルニイリス、お世話役のリーニャとサリアミルニスも一緒だったが、気心の知れた者達ばかりでレキも十分楽しめた。
その他の街でも、子供達三人がそれぞれ行きたいところ(主にレキは武器屋、ルミニアは本屋や洋服屋、フランはお菓子屋)を順番に回ったり、リーニャやサリアミルニスが必要な物を買うのに付き合ったりしつつ、レキ達は行く先々で楽しんでいだ。
王都とフィサス領を何度も行き来しているフランやルミニアが、この時ばかりは得意気にレキにいろいろ教える様は、なんとも微笑ましいものであった。
食事も各街ごとに特色があるようで、基本的にはなんでも食べるレキはどの街の料理も美味しく食べた。
野菜が苦手なフランが料理を残そうとしては、リーニャに小言をもらっていた。
宿では、流石に全員同室というのは人数的にも無理があり、誰がレキと同室になるかで揉めたりした。
野営と違い、ここでは街の住人の目もある為、皆で同じ部屋という訳にはいかないらしい。
レキは子供である為、保護者的な者と同室になるべきだというフィルニイリスと、レキはわらわの護衛なのだから同じ部屋じゃと言うフラン。
わ、私もご一緒したいです、と顔を赤らめつつ控えめにルミニアが参戦し、でしたら私と一緒に泊まりますか?などと冗談半分にリーニャが加わり、私はレキ様付きの侍女ですからとサリアミルニスがさり気なくレキの後ろに控えたり。
結局、フィサス領に行くまでにはいくつかの街や村を経由するのだからと、最初はレキとフランとルミニアが、次の街ではフィルニイリスとお目付け役(?)としてミリスが、最後にリーニャとサリアミルニスの侍女コンビがそれぞれレキと同じ部屋に泊まる事となった。
そうして王都を出てから約二十日ほど経った頃。
レキ達は、フィサス領まであと少しの所までやって来た。
――――――――――
「見えてきたっ!」
御者台に座るレキが声を上げた。
フィサス領の中心にあるフィサスの街まであと半日程の場所。
もうすぐフィサスの街が見えてきますよ、というリーニャの言葉に居ても立ってもいられず、御者を務めるミリスの隣にレキが腰かけた。
今まで全ての街で同様の行為をしていたレキだが、目的地である分フィサスの街は他とは違うのだろう。
「ようやく着いたのう」
「はい」
同じく御者台に、ミリスを中心にレキと反対側に座ったフランと、そのフランの後ろから覗き見るような格好のルミニア。
レキにとっては初めての、フランにとっては数か月振りの、ルミニアは約一月ぶりに戻ってきた街。
レキ以外は見慣れているとはいえ、それでもようやくと言う思いはあるのだろう。
「フィサスの街にも冒険者ギルドってあるよね?」
「ええ、もちろんあります」
「冒険者ギルドは大抵の街にある。
ないのは村か宿場町くらい」
フィサスの街。
フロイオニア王国の北、フィサス領の中心に位置する街。
王都やその近隣の街ワンファに次ぐ発展を遂げた街であり、イオシス公爵家が治める街である。
主な産業は隣国との貿易、そして広大な土地を利用した様々な農作物。
魔の森にも近いフィサス領は、周辺をなだらかな平野に囲まれており、魔物の被害も比較的少ない平和な街である。
だからこそ、そんな領内にあれほどの規模の野盗が潜伏していたのは大きな問題だった。
道中、護衛の騎士達が常に周辺を探りながら移動していたが、野盗の痕跡は見あたらなかった。
王都全域をカバーできるほどの魔力探知能力を誇るレキにもお願いしてみたが、やはり野盗らしき集団はどこにもいなかったのだ。
代わりにゴブリンの群れやらアースタイガーやらが見つかったが、それらは全てレキが殲滅した。
「あれも売れるかな?」
「問題ない」
馬車に積まれたアースタイガーの毛皮や牙、ついでにゴブリン達の持っていた武器を見ながら、レキがフィルニイリスに確認する。
エラスの街で魔の森の魔物の素材を売り、そのお金で憧れのミスリルの剣を手に入れたレキである。
今回もまた、この戦利品を売る事でお小遣いを得ようと考えているらしい。
今のレキにこれと言って欲しい物は無いが、単純に魔物を狩って対価を得るという行為が、冒険者になったようで嬉しいのだろう。
戦利品については倒した者にその権利がある。
今回、馬車に積まれている戦利品はそのほとんどがレキの物だ。
もちろんレキは独り占めなど考えておらず、以前のようにお小遣い程度のお金のみを残し、残りはリーニャかサリアミルニスに預けるつもりでいる。
王宮に住んでいる以上お金に不自由する事は無く、物欲の薄さも相まって、レキはそれほど金銭を欲していない。
むしろお世話になっているのだからと、こういった場合は生活費のような感じで渡す事にしているのだ。
因みに、リーニャやサリアミルニスはレキから受け取ったお金を大切に保管している。
いずれレキが王宮を出る際にまとめて渡すつもりなのだ。
現在レキが王宮に預けている金額は金貨3,000枚以上。
平民なら金貨一枚あれば一年は過ごせると考えれば、下手をすれば一生働かずとも生きていけるほどのお金を持っている事になる。
まあ、レキが冒険者にならずフランの護衛として王宮に勤めれば、それだけで一生生活に困る事はないが。
そんな事は露知らず、レキは今回得た戦利品を売って得られるであろうお小遣いでフランやルミニア達と何を食べよっかな~、などと考えていた。
――――――――――
フィサスの街に着いたレキ達は、そのままイオシス公爵家の屋敷へと向かった。
今まで立ち寄った街のように、街中を散策したり食堂でご飯を食べたり、皆で宿屋に泊まったりするのだと思っていたのか、レキが「あ、そっか」と口にしていた。
ルミニアやニアデルが公爵である事や、この街の領主である事を忘れていたようだ。
「あれが我が家敷だ。
レキ殿もぜひゆっくり過ごしてくだされ」
「レキ様、何かありましたら遠慮なくお申し付けくださいね」
屋敷は、レキの知るどのような家よりも大きく立派であった。
もちろん王宮と比べてしまえば大した事がないのだろうが、レキにとってお城はお城、お屋敷はお屋敷と区別を付けているらしい。
レキの知る家と言えば、王都や途中立ち寄った街や村にある様々な家、あるいは村に住んでた頃の家や魔の森の小屋である。
公爵家の屋敷は、当然ながらそのどれとも比較にならないほど立派だった。
「ようこそお越しくださいましたフラン様。
お部屋の準備は出来ておりますので、まずはそちらでお寛ぎくださいませ」
「うむ、世話になるのじゃ」
屋敷では、留守を預かっていたという執事に出迎えられた。
イオシス家の屋敷は、フランを始め王族や他の貴族がいつ来ても良いよう常に整えられている。
フランも勝手知ったると言わんばかりに部屋へと進み、その後ろを物珍しそうにきょろきょろとしながらレキが着いていく。
「ふわぁ~」
案内された部屋は、王宮でレキが過ごす部屋とは違いお客様をもてなす為に用意された専用の部屋だった。
それも王族の為に用意された特別な部屋。
それも親友であるルミニアに会う為、それなりの頻度でやってくるフランの為に用意された部屋である。
「間もなく湯浴みの用意も整います。
まずそちらで移動の疲れを落として頂き、その後は夕食をお取りください」
「うむ、ごくろうなのじゃ」
慣れていないレキと違い、こちらは勝手知ったるとばかりに部屋でくつろぐフランである。
約半月ほどかかっている為疲れもあるのだろうと、リーニャも特に注意しない。
好きなお菓子もしっかりと用意されており、フランが良く訪れている事が分かる。
「レキ、レキ」
「お~・・・何?」
「こっち、こっち座るのじゃ」
室内に飾られた槍や鎧などを見ていたレキも、フランに呼ばれソファーに座り仲良くお菓子を食べ始めた。
一応夕食前だからと量こそ抑えられているが、王族であるフランの為に用意されたお菓子はとても美味しく、レキとフランは瞬く間に食べ尽くしてしまった。
「失礼致します。
フラン様、湯浴みの用意が整いました」
「うむ、分かったのじゃ」
夕食前の腹ごなしも済み、まったりとくつろいでいたレキとフラン。
屋敷の侍女に呼ばれて今度は湯浴みへと向かうのだが・・・
「えっ?」
何故かフランだけでなくレキまでも連れて行かれそうになり、レキは慌てて逃げ出した。
さすがに、女の子と一緒には入れないのだろう。
「む~」
その速度はまさに矢のごとく。
一瞬で屋敷の庭まで逃げたレキの背中を不満げに見送りつつ、フランがリーニャを伴って湯浴みへと向かった。
「ふふっ、レキ君とはまた今度ですね」
「うむ」
反面、フランにはいまだ羞恥心とやらが育っていないらしい。
実は王宮でも何度かレキと一緒に入ろうとしたのだが、その都度逃げられてしまい、これまで一緒に入った事が無かったのだ。
フランだけでは無く、レキはミリスやフィルニイリスにも誘われた事が何度もあったが、全て逃げている。
まだ子供とは言え、やはり家族ではない女性と一緒に入るのは恥ずかしいのだろう。
結局、フランはルミニアとリーニャ、そしてルミニア付きの侍女を伴って湯浴みを行った。
逃げ出したレキはと言えば、屋敷の庭に出たところでミリス達護衛部隊の面々と合流し、そのままゆっくりと過ごそうとした・・・のだが。
どこからともなくやってきたニアデルに捕まり、手合わせをする事になった。
手合わせ自体は嫌いではないが、何もこんなところに来てまでやることは無いのになぁ、などと思ったりもした。
その後、フラン達と交代でレキも湯浴みをした。
何故かニアデルも入ってきたが、移動の疲れは取れたといって良いだろう。
体も綺麗になったところで、夕食の時間となった。




