第119話:宴の翌日
王都で過ごす初めての光の祝祭日。
王宮で催された宴を、レキは友達のフランやルミニアと心から楽しんだ。
その宴の翌日。
レキは朝から鍛錬場で剣を振るっていた。
鍛錬場には、いつもと違い非常に多くの貴族達が押しかけていた。
レキの武力や功績を話でしか知らない貴族達が、レキの実力を一目見ようと鍛錬場に詰めかけているのだ。
レキの実力を実際に見たのは、レキが初めて王宮にやって来た日に王都にいた一部の貴族のみ。
残りの貴族達は、実際に見た貴族達から話を聞かされているだけだ。
知ってはいるが見た事の無い貴族達が、帰る前にぜひともその実力をこの目で見ようと考えるのは当然だった。
相手をするのは、今回もまた王国最強の騎士ガレムだった。
御前試合を見た貴族達は、時間が経っているからだろうあの試合は実は八百長だったのではないかと今更ながらに疑いを持ち、御前試合を見ていない貴族達は話でしか知らないレキの実力を自身の目で確かめるべく殺到した。
その中には、先日レキに敵意を向けたデシジュ=デイルガとその息子ガージュもいた。
試合に関しては今更語る事もない。
元々魔の森で鍛えた我流の剣で、レキはガレムと互角に渡り合っていた。
その後、レキはミリスの指南の下で正式な剣術を学んでいる。
フロイオニア王国の騎士剣術とは違う、双剣での戦い方。
王宮に来てからの二月、毎日真面目に鍛えたレキの双剣術は相当な物になっている。
素の身体能力が高く、更には三年間魔の森で生き抜いた経験も手伝い、既にいっぱしの剣士を名乗っても良いほどだ。
今回の試合は、ただでさえ実力を上げているレキが始めから身体強化を行った上で始まった。
当然のごとくレキはガレムをぶっ飛ばした。
王宮での毎日の鍛錬でもちょくちょくぶっ飛ばしている為か、王宮の者達は今更驚く事無くいつもどおりだとうんうん頷いていた。
圧倒的な実力と黄金に輝くレキの魔力。
王国最強の騎士をぶっ飛ばしたレキの実力は、やはり本物だった。
それでも、見物していた貴族の中にはその実力を見誤る者もいた。
レキとて何も全力を出したわけではない。
身体強化を施した一撃も、ガレムを壁までぶっ飛ばす程度に抑えている。
剣に魔力を流してもいなければ、魔術を纏わせ切りつけたわけでもない。
現に、ガレムは全身を強く打ち付けはしたものの怪我は負っておらず、即座に起き上がりハッハッハと満足そうにしていた。
レキの全力なら、それこそガレムごと鍛錬場の壁を切り裂いてもおかしくはない。
だが、ガレムを吹き飛ばしただけの一撃をレキの全力と判断した貴族達は、噂ほどでは無いと言いながら鍛錬場を去っていった。
あの年の子供にしては凄いが、驚くほどではない。
それが、レキの実力を見誤った一部の貴族の感想だった。
更に翌日。
この日は宴に参加した貴族達が帰っていく日だった。
もちろん前日どころか宴が終わると同時に帰る貴族もいたが、大抵の貴族達は宴の翌日は王都にてゆっくり羽を伸ばし、その次の日に帰っていくようだ。
その中にはデイルガ親子もいたが、ガレムとの試合を見て取るに足らないと判断したのか、レキに対し再び敵意を向ける事は無かった。
ニアデル=イオシス公爵とその娘ルミニアもまた、本日領地へと戻るようだ。
「今度はわらわが行くからのう」
「はいっ!
お待ちしておりますね」
親友を通り越して実の姉妹の様に仲の良いフランとルミニア。
鍛錬のお陰もあり近頃のルミニアは健康そのもので、以前のように病に伏せる事も無くなっている。
「レキ様もお待ちしてます。
・・・レキ様?」
「・・・」
「レキ様っ」
「へっ?
あ、何?」
今日のレキはどこか上の空だった。
少なくとも昨日まではいつも道りだったように思う。
ガレムをぶっ飛ばした後も、帰る前にもう一度と挑んできたニアデルや「私はまだ認めたわけではないぞ!」と挑んできたアランを含めて、レキはいつも通り元気に景気良くみんなをぶっ飛ばしていた。
レキの様子が変わったのは、そんな賑やかな鍛錬(?)が終わり、宴に参加していた貴族達が去って行った後だ。
う~んと首を傾げたり、でもなぁ~と呟いたり、かと思えば外の景色をぼんやりと見つめたり。
イオシス親子を見送りながら、今もレキは何やら考え事をしていた。
「レキ君、何か言いたい事があるのでは?」
いつもはフラン程ではないにせよ活発なレキが、今日は朝から上の空。
リーニャで無くとも気になるのは当然である。
「えっとね、お墓参り行こうかなって」
「お墓参り?」
リーニャに尋ねられ、レキが口を開いた。
光の祝祭日は家族で祝うと聞いた時から、レキは考えていたのだ。
魔の森にある両親の墓参りと、同じく魔の森に住むレキの友達、シルバーウルフのウォルン達に会いに行く事を。
――――――――――
光の祝祭日は家族と過ごす日である。
両親を亡くしているレキは、それでもフラン達のおかげで寂しさなど感じる暇も無かった。
その宴が終わり、自分達の領地へと帰って行く貴族達を見て、レキもまた望郷の念が湧いたのかも知れない。
まだ数か月しか過ごしていないとはいえ、王宮は既にレキにとって新たな家となっている。
家族のように接してくれるフランの両親、友人と言うよりもはや兄妹に近いフラン。
レキを優しく導いてくれるリーニャやミリス、フィルニイリスは姉だろうか?
レキ付きの侍女であるサリアミルニスも含めて、レキはこの王宮で新たな家族を得ていた。
だからと言って本当の両親を忘れた事は無い。
シルバーウルフのウォルン達も、魔の森で出会ったレキの大切な友人だ。
「なるほど、お墓参りですか」
「うん・・・ダメ?」
これがただの墓参りならばなんの問題もなかった。
レキの家やお墓があるのは魔の森なのだ。
この大陸で最も危険な場所であり、実際にフラン達が命を落としかけた場所。
そんな場所に行きたいと言われ、簡単に「行ってらっしゃい」とは言えるはずもなかった。
「う~ん。
流石にレキ君一人だけで行かせるわけには行きませんからねぇ」
「レキは王の庇護下に入っている。
単独行動は許されない」
「そもそも魔の森まで一人で行けるのか?」
別にレキ一人で行かせるのが危ないという話ではない。
むしろ足手まといがいない分、一人の方が安全なくらいだ。
だが、実力以外の面では正直不安があった。
魔の森まで迷わず行けるかどうか。
王都で馬車を借り、魔の森に近い街まで乗せて貰ったとしても、途中の宿や食事、その他必要な買い物など、果たしてレキ一人で出来るのだろうか。
街によらず、道中は野営と狩りで済ますと言うのは一つの手だろう。
魔の森で三年もの間生き抜いてきた、半ば野生児と化していたレキならむしろそちらの方が楽かも知れない。
だが、それはそれで途中で迷い魔の森へ辿り着けなくなる恐れがある。
王都から魔の森へ向かうにはいくつかの街や村を経由する必要がある。
それは食料や宿といった話だけではなく、その都度方角を確認する為でもあるのだ。
王都から魔の森まで一直線に走れば辿り着くかもしれないが、まっすぐ走ったつもりでも僅かにずれたとあれば、最悪の場合永遠にたどり着けない可能性もあるだろう。
「お日様見れば大丈夫だよ?」とレキは言うが、その太陽が時期によってずれる事をレキは最近知ったばかりである。
一人で行かせるのは正直不安しかなかった。
かと言って、レキの墓参りを許可しないという選択肢は取れない。
国王の庇護下にいるとはいえ、レキは王族であるフランの命の恩人にして英雄、言わば王の客人でもあるのだ。
そんなレキがちょっと里帰りしたい、両親のお墓参りに行きたいと言っているのに、それを許可しないなど客人にする対応ではない。
国王がレキの行動を制限している、そう取られてしまう可能性があるからだ。
レキの力があれば王宮などたやすく抜け出せるのだが、周囲はそう考えないのである。
レキが望む以上、お墓参りは許可しなければならない。
ただ、レキ一人では辿り着けるか分からない。
であれば、誰がレキと共に行くか、という話になる。
まず、レキ付きの侍女であるサリアミルニスは問題が無い。
レキ専属の侍女なのだから、例え行き先が魔の森であっても一緒に行くのは当然・・・とは言い過ぎかも知れないが、少なくとも道中の安全性に関してはレキがいれば問題ないだろう。
サリアミルニスに求められるのは、戦い以外の、つまりは生活全般の補佐である。
サリアミルニス一人だけでも問題は無いが、レキは一応フロイオニア王国の恩人であり、なおかつ現在は国王の庇護下にいる少年である。
その少年を一人の侍女だけ付けて旅立たせる、と言うのは王家として面目が立たない。
せめて後二~三人は付けないと体裁が悪いのだ。
希望者を求めれば、手を挙げる者は大勢いるだろう。
例えば恩人であるレキの役に立ちたい、恩義に報いたいと望む騎士や魔術士達。
恩義云々を除いても、騎士達は剣術の鍛錬で良く手合わせをしているし、魔術士達も主に無詠唱技術を確立する為、共に魔術の研鑽をしている。
レキは騎士、魔術士問わず人気者なのだ。
誰でも良いと言う話ではない。
ある程度の実力が無ければ足手まといであり、王国最強の騎士であるガレムをも圧倒したレキに付ける意味がない。
こう言っては何だが、護衛という点では騎士も魔術士も不要なのだ。
必然、レキに付き添える者は限られてくる。
具体的には、王国一の知恵者でありレキをあらゆる面で補佐できる宮廷魔術士長のフィルニイリスや、レキの剣術指南役であり道中は馬車の御者も務める事が可能なミリスとか。
こうなってくると絶対ついていくと言う者がいる。
誰であろう、フロイオニア王国王女フラン=イオニアである。
レキは一応フランの護衛でもある。
そんなレキがフランから離れて行動するのを、少なくともフランは良しとしないだろう。
例え行き先が魔の森であっても、だ。
一度は命を落としかけた場所だが、そのフランを救ったのが他ならぬレキである。
「レキと一緒なら何も問題ないのじゃ!」フランならばそう言うだろう。
それは残念ながら事実であり、つまりフランの意見は否定出来ないのだ。
だからと言ってフランを連れて行って良いかと言えば、当然そんなわけにはいかない。
王族たるフランをわざわざこの世界で最も危険な場所に連れていく理由がない。
レキの両親の墓参りに、王族たるフランが付き合う必要は無いのだ。
近場ならばまだしも、行き先は遠く離れた魔の森である。
行くだけで一月ほどかかるような場所に、それも個人的な用事に王族を付き合わせるわけにはいかない。
残念ながらフランはここでお留守番・・・と言って納得してもらえるならば苦労はしない。
「う~ん、でも流石に」
「嫌じゃ、絶対行くのじゃ!」
「まだ野盗の危険性も残っているのですよ?」
「レキがいれば大丈夫じゃ!」
「魔の森とて安全とは」
「それも大丈夫じゃ!」
何を言っても「レキがいれば大丈夫」とフランは一歩も引かなかった。
それが事実なだけに、誰もがなかなかフランを説得できなかった。
いつの間にか、レキの墓参りに誰が付きそうかという話から、どうやってフランを諦めさせるかという話になっていた。
フランの言うとおり、レキがいれば大抵の危険は排除できる。
宿の手配や食料の調達、野営の準備などはサリアミルニス達がいれば大丈夫だろう。
フィルニイリスやミリスも共に行くとあれば、馬車の御者なども含めてなんの問題ない。
問題は、フランが着いていく事を国王でありフランの父親でもあるロラン=フォン=イオニアや宰相アルマイス=カラヌス達にどう認めさせるかだ。
前述したとおり、今回の旅の目的はレキの墓参りであり、目的地は魔の森である。
どう考えてもフランが付きそう理由も無ければ、国王や宰相が許可を出す理由も無かった。
気が付けば、フランを諦めさせるにはどうすればよいか、と言う話から、どうやって国王や宰相を説得するかに変わっていた。
「黙って行けば良い」
「いえ、流石にこれだけの人が黙って出ていくのは問題が・・・」
「でしたら、我がフィサス領に訪問するという事ではどうでしょうか?」
解決方法を見いだせず、話し合うフラン達。
そこに、今まで事の成り行きを見ていたルミニアが、フラン達にとある提案をした。




