第114話:その後のアラン
愛する妹であるフランにぞんざいに扱われ、流石にもうダメかと思われたアランであったが、例えフラン本人に愛想を尽かされても、それでもフランの側にいる事を諦めるアランではなかった。
「私がレキより強くなれば良いのだ!」
そうアランは決意したのだ。
翌日以降、アランはレキの鍛錬中に押しかけては勝負を挑むようになった。
当然返り討ちに合うわけだが、それでもめげず毎日押しかけるのは流石としか言いようが無かった。
そんなアランに触発されたのか、あるいはレキ(との手合わせの順番)を奪われまいとしたのか、フランはおろか騎士団すらも更に熱心に鍛錬に参加するようになった。
魔術にも意欲を見せ、レキが魔術を行使する傍らには必ずアランがいるようになり、フィルニイリスの講義も改めて参加するようになった。
鍛錬中、レキの傍には常にフランがいる為、当初はフランが目当てなのだろうと思われたのだが、周囲の予想とは違いアランはとても真面目に鍛錬に参加し、レキとの勝負も真剣だった。
むしろ頻繁にレキに絡むアランに対し、フランが焼き餅を焼くほどだった。
アランとの勝負が終われば「次はわらわじゃ!」と言ってレキに挑むようになり、魔術の鍛錬も以前より更に真面目にレキの近くで行う様になった。
おかげで、アランとフランの王族兄妹二人はその実力を伸ばす事となり、指南役のミリスやフィルニイリスも満足気であった。
王族兄妹がレキと頻繁に手合わせするようになった為、自分達がレキと手合わせする時間が減ったと嘆くどこぞの騎士団やその団長がいたが、団長の娘であるリーニャに笑顔で窘められおとなしくなったとか。
イオシス親子と入れ替わるような形で来襲したアランにより、レキの日常は再び賑やかで楽しくなった。
――――――――――
「そう言えば、なぜ兄上はここにいるのじゃ?」
「フ、フランよ。
それは私が邪魔ということか?」
アランがやってきてから十日ほど過ぎたある日の事。
何故アランがここにいるのか?という純粋な疑問に、アランが愛する妹のフランが今更ながらに思い当たった。
以前ならどんな疑問だろうとフランと会話できる喜びが勝っていたアランだが、最近は邪険に扱われるようになった為か、つい悪い方へと考えてしまうようだ。
「鍛錬中は確かに邪魔だのう」
「ぐふっ!」
純粋に、レキとの鍛錬を邪魔されているから出た言葉だったが、まるでアランの存在自体が邪魔であるかのように聞こえたらしい。
もちろんフランにはそんなつもりは・・・最近は少しだけそう感じる時もあるようだが、基本的にフランは兄であるアランをそれなりに敬愛しているので、あくまで鍛錬中に限った話なのだろう。
多分。
「だめですよフラン様。
そんな正直に言っては」
「ぬぅ・・・折角レキと一緒に鍛錬しておるのに、兄上がいちいち突っかかってくるからのう」
「そ、それは」
「それは鍛錬中に限ったことではないのでは?」
「リーニャ!?」
「むぅ、そう言えばそうじゃな」
流石に邪魔は言い過ぎなのか、リーニャがフランを窘め(?)た。
鍛錬中どこからともなくやってきてはレキに勝負を挑むアラン。
レキが素振りをしてようが、ミリスと手合わせをしていようが、フランと一緒に型の稽古や手合わせをしていようが、休憩していようがお構いなしである。
アランがただ邪魔をしに来たなら鍛錬中ですと追い出せるのだが、目的はレキとの勝負であり、それは周囲にいる多くの騎士団と変わらない為か、ミリスも強く出れないでいる。
ちなみに、鍛錬中こそレキを超えるべく真面目に励んでいるアランだが、それ以外の時は相変わらずフランに付きまとっている。
勉強中は教師がリーニャなので近づけない(追い出される)が、食事や休憩中など隙を見てはフランの側に寄って来てはフランを構おうとするのだ。
おかげでレキと二人っきりの時間があまり取れなくなった為か、フランもだいぶ不満を貯め込んでいる模様だった。
「ちゃんと言い直さなければなりませんよ。
アラン様が邪魔だと」
「リーニャっ!?」
「む~・・・確かに邪魔じゃのう」
「がはっ!」
リーニャに言われ、最近の事を思い返したフランが無慈悲な言葉を吐き、そしてアランが崩れ落ちた。
ここ最近、毎日のように王宮で見られるようになった愉快な光景である。
「おまたせっ!
あれっ?
アランどうしたの?」
「大丈夫ですよ、いつもの事です」
「うむ、いつもの事じゃ」
「ふ~ん、まいっか」
アランが崩れ落ちたタイミングでやってきたレキ。
遅れたのは、剣の鍛錬の後少しだけミリスと話をしていたからだ。
ソファーにも座らず床の上で四肢をついて項垂れるアランを見てレキが首を傾げたが、リーニャとフランの言葉を聞いてまぁいいかと流した。
いい加減、レキも慣れたのである。
三人はアランを放置し、魔術の鍛錬場へと向かう。
しばらくすればアランも復活し、そのまま乱入してくるだろう。
これまた最近の王宮での、日常的な光景なのだ。
「なんでアランは項垂れてたの?」
「ん~、確か兄上が邪魔だと言う話になったのじゃ」
「邪魔なんだ」
「うむ」
意外にもレキはアランを嫌っていない。
フランを溺愛する様子も、家族のいないレキには羨ましいと感じる事はあれど鬱陶しいとは思わない。
当の本人ではないから、という事もあるのだろうが、兄妹の仲の良い様子を見るのは嫌ではなかった。
鍛錬は真面目に励んでいるし、毎回勝てないと分かっていても勝負を挑んでくるのも好感が持てた。
レキだって毎日ミリスに挑んでるし、フランや他の騎士達との手合わせも毎回楽しみにしている。
そこにアランが加わり、賑やかで楽しいとは思っても鬱陶しいとは感じていない。
少なくとも今のところは、だが。
フランの兄、というのも嫌いになれない理由だろう。
フランの兄という事は、同時にフロイオニア国王ロラン=フォン=イオニアと王妃フィーリア=フォウ=イオニアの息子という事である。
レキはフランの両親である二人も好きなのだ。
ロランはレキを王宮に住まわせ、勉強や鍛錬の許可を出してくれた人である。
フィーリアはレキをお茶や夕食に誘ってくれるし、いつも優しく接してくれる。
そんな二人の息子であるアランを、レキが嫌いになれるはずもなかった。
「せめて鍛錬中はおとなしくしてもらわねばのう」
「ちゃんと頑張ってるよ?」
「その分わらわとの手合わせの時間が減るのじゃ」
「でもすぐ終わるよ?」
「それでもじゃ!」
何よりアランは、レキにとって初めての、年の近い同性の知人である。
友達と言えないのが残念だが、レキにとってはほぼ友人と言っても良かった。
「鍛錬以外でも兄上はわらわにちょっかい出してくるし・・・」
「一緒にいたいんじゃない?」
「邪魔なのじゃ」
「え~・・・」
そんなレキの心情も知らず、好き勝手言うフランである。
「早く学園に戻れば良いのにのう」
少し前なら、流石にこれほどまでに邪険には扱わなかっただろう。
実際、アランが学園に入る時にはフランも寂しさを感じていたくらいだ。
だが、今のフランにはレキがいる。
命の恩人にして同い年の友人でもあるレキは、フランにとってかけがえのない存在になっている。
そんなレキと共に過ごす日々がフランにはとても楽しく、だからこそそれを邪魔するアランに対し、若干鬱陶しさを感じるようになってしまったのだろう。
「む?
そう言えばなぜ兄上は戻ってきたのじゃったか?」
「へっ?」
自ら発した"学園"という言葉に、フランは先程の疑問を思い出したようだ。
学園は全寮制であり、自宅から通う事は許可されていない。
休日は十日に一日しか無く、王都から学園のある都市まで片道で三日程かかる為、休日と言えども戻っては来れないのだ。
もちろん理由があれば返ってくる事も出来るが、今のところアランが王宮に戻ってくる特別な理由は無い。
学ぶ期間は十歳から十四歳までの四年間。
よほどの事がない限り途中で辞める事は出来ず、十歳のアランは通常なら王宮にはいないはずなのだが。
「学園は長期休暇に入っていますから。
アラン様もそれで戻られたのでしょう」
「おお、そうなのじゃな。
それで長期休暇はいつまでじゃ?」
「光の祝祭日を挟んだ前後三十日が学園の長期休暇です。
帰りの日数を考えれば、あと十四日ほどで戻られるかと」
「ふむ、分かったのじゃ」
学園の長期休暇は光の祝祭日、つまりは新年を迎える日を挟んだ三十日。
具体的には真紅の月の二十一日から白の月の十四日まで。
真紅の月の三十五日がその年の終わりであり、翌日が光の祝祭日。
さらにその翌日が白の月の一日目となる。
アランが王宮に戻ってきたのが真紅の月の二十四日、そこから既に十日ほど過ぎており、本日は真紅の月の三十四日である。
そう、二日後はレキが王宮に来て初めて迎える光の祝祭日なのだ。
「ねえ」
「ん、なんじゃレキ?」
「光の祝祭日って何?」
五歳の時に魔の森に移り住んだレキは、光の祝祭日の事を良く知らなかった。
「光の祝祭日とは新しい年を迎える日の事です。
その日は大陸中の人達が皆でお祝いするのですよ」
「お城の皆でお祝いするのじゃ!」
街なら街中で、村なら村中でお祝いするのが光の祝祭日の一般的な過ごし方である。
王宮でもそれは変わらず、王都に住む貴族達が一同に会してその日を祝うのだ。
フランもその日はドレスを着て、親友であるルミニアや歳の近い貴族の子供たちと一緒に楽しく過ごすつもりだ。
今年は更にレキもいる為、フランは数日前からその日を楽しみにしていた。
「ルミも来るんだ」
「うむ!」
「イオシス公爵でしたら、おそらく明日には到着されるかと」
フランの嬉しそうな様子に、レキも楽しみになってきた。
村にいた頃も当然光の祝祭日のお祝いをしていたはずだが、レキはあまり覚えていない。
微かに覚えているのは、父親が狩ってきた獲物を村の人達皆で食べた事や、そんな父親が楽しそうにお酒を飲んでいた事。
母親も村の女性達と楽しそうに食事をしていた事や、レキも幼馴染である一つ年上の女の子マールと朝からはしゃいでいた事。
うっすらと記憶にあるそれが、果たして光の祝祭日だったのか・・・。
それでも楽しかった事だけは覚えている。
そんな楽しい日がまたやってくる。
光の祝祭日まであと二日。
レキもなんだかそわそわしてきた。




