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黄金の双剣士  作者: ひろよし
五章:王宮のレキ
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第111話:フィルニイリスの考察とその後

王宮の一角にある私室。

宮廷魔術士長にしてフロイオニア王の相談役であるフィルニイリスは、先の事件について一人考察していた。


フロイオニア王国にあるフィサス領を治める公爵ニアデル=イオシス。

その娘のルミニア=イオシスが誘拐されたという此度の事件は、王都の治安やスラムの整備など多くの課題を生み出した。

それでもある程度の方針を決めた後は、地道に行っていくしかない。


フィルニイリスが考えているのは今回の事件そのものについてだ。


犯人の狙いは「貴族あるいは商人等の裕福な家の子供であれば誰でも良い」というものだった。

これは、攫われたルミニアの証言と捕らえた男達からの自供により確認されている。

騎士団長ガレムと宮廷魔術士長フィルニイリスの元で行われた尋問による結果であり、まず間違いはないだろう。

つまり、今回の事件は無差別なものであり、ルミニアが狙われたものでは無いという事だ。


今から三月ほど前、フィサス領からの帰路で発生した野盗の襲撃。

あれはおそらく、フロイオニア王国王女フラン=イオニアが狙いだったとフィルニイリスは考えている。


根拠の一つに、フランが乗っていた馬車が王族専用であり、遠目からもそれが分かるという点にある。

いくら野盗と言えど王族と敵対するほど愚かではない。

襲撃してきた野盗は、その人数や統率された行動から分かるように、ただの野盗とは一線を画していた。

だからこそ、王族を敵に回すリスクを理解しているはずだ。


にも関わらず、野盗は王族であるフランを狙った。

護衛の騎士団に守られ、王族の馬車に乗るフラン=イオニア王女を。


フロイオニア王国を敵に回してでもフランを襲う理由があった、という事だろう。


それとは違い、今回の事件はルミニアを公爵家の娘とは知らず、ただ貴族の子供という理由で攫っている。

自供した後、ルミニアの素性を知った犯人達が青ざめた事からもそれは間違いないだろう。

貴族の娘とは分かっていても、まさか公爵家とは思っていなかったようだ。


今回の件とフランの件はおそらくは無関係。


気になるのは・・・誘拐し金銭を要求したのちルミニアを奴隷として売り払うつもりだった、という点だ。


取るものさえ取れば確かに人質は不要だろう。

犯人の顔や声を知る以上、殺してしまった方が良いくらいだ。


だが、今回の犯人はさらなる金銭を獲得すべく、殺すよりも奴隷として売り払う事を選択している。


その理屈も分からないではないが、問題はどうやって売り払うか、という点にあった。

と言うもの、フロイオニア王国を始めとした国々は、奴隷制度こそ存在すれど国によって管理された物であり、今回の犯人達のように攫ってきた子供を売り払うような真似は犯罪行為でしかないからだ。


この世界における奴隷は、大きく分けて借金奴隷と犯罪奴隷の二つ。


借金奴隷は食い扶持を減らす為、あるいは借金のカタにする為、自らの意思で奴隷となり、その対価として一定の額を得るというもの。

重要なのは「自らの意思で奴隷になる」という点にある。

生活が苦しく、家族等から説得されようとも本人が「自らの意志」で奴隷とならなければ成立しないのだ。

家族に強要されて仕方なく、あるいは脅しに屈して、という場合も中にはあるが、契約の際十分すぎるほど本人の意志を確認する為、よほどの事がない限り本人の意思を無視して奴隷になる事は無い。


犯罪奴隷はその名の通り、罪を犯した者が奴隷という身分に落とされ、その罪を償うまでの間労働を課されるというものである。

鉱山や街道整備などに従事する場合が多く、崩落の危険性や街道整備中の魔物の駆除など命の危険すら伴い、期間中に死亡する者も少なくない。

それでも刑期をまっとうすれば罪を償う事ができ、奴隷という身分からも開放される。

期間中も最低限の生活は保証される為、罪を犯した者の中には自ら犯罪奴隷になる者もいるくらいだ。


もちろん全ての犯罪者が犯罪奴隷になる訳ではなく、罪が軽ければ罰金や軽い刑罰、簡単な労働で終わる。

罪が重ければその命をもって償う場合もあるが、ほとんどの犯罪奴隷は一定期間国や民に奉仕し、罪を償うのである。


今回の犯人達がルミニアを売り払う手段は、当然ながらそのどちらでもない。


借金奴隷にするにはルミニアの意思が無く、そもそもルミニアとその犯人達にはなんの関係もない。

その場で取り繕ったとしても、奴隷商がルミニアのことを調べればそこで終わりだ。


犯罪奴隷に関して言えば、そもそも犯罪奴隷になるには一定の年齢を満たしている必要がある。

労働内容が過酷な為、子供ではその労働に耐えられずほぼ確実に死亡してしまうからだ。

もともと死亡する可能性のある犯罪奴隷ではあるが、確実に死ぬとなればそれは死刑と変わらず、ただの拷問でしかない。

いくら奴隷といえど、いたずらに命を奪う事を国は許していないのである。


よって、ルミニアを奴隷として売り払う事は事実上不可能だ。


にも関わらず、今回の犯人達はルミニアを奴隷として売り払うつもりだと述べた。

更には過去にもそうして売り払ってきたのだと。


売却先は不明。

毎回違う仲介人がどこからともなく現れ、取引をするのだと言う。

当然、奴隷がどこに引き取られていくかも分からない。

仲介人からも詮索はしない方が良いと、剣を突き付けられながら忠告を受けたそうだ。


どうやって売り払うのか。

どこに売り払うのか。

誰に・・・。


フィルニイリスはレキの村の事を思い出した。

レキの村は、今から三年ほど前に野盗の襲撃によって滅んでいる。


その事件はフィルニイリスも把握している。

レキの村はフロイオニア王国内にあったからだ。

国に所属する村が滅んでいる以上、調査も当然行った。


当時は手掛かりが何一つ無く、生き残りすら一人もいなかった。

そのあまりの被害の多さと、魔の森の近隣にある全ての村がほぼ同時期に滅んでいる事から、魔の森の魔物が何らかの理由で森を出て襲ったのでは?と考えられていた。

フロイオニア王国のみならず、全ての国の魔の森近隣の村が滅んでいる。

魔物の仕業でなければ不可能だろうと、当時はそう考えられていた。


レキの証言から、少なくともレキの村は魔物ではなく野盗に滅ぼされた事が分かった。

老人と男は殺され、女性と子供は連れ去られたらしい。

レキの村の住人は100人に満たなかった。

狼人を除く女性と子供なら半分以下だろう。

それでも三~四十人もの人を連れ去ったのだ。

よほど大規模な野盗、あるいは組織に違いない。


例えば、三月前にフランを襲った連中のような・・・。


あいにくと手がかりは何も残っていない。

村の跡地は整備され、生き残りはレキ以外見つかっていない。

改めて調査するのは、おそらく無理だろう。


フランを襲った野盗、今回のルミニアを連れ去ろうとした者達。

何か繋がりがあるかも知れないし、無いのかも知れない。


今回の事件はレキの活躍によって即座に解決した。

だが、その背後にはまだ多くの謎が残っている。


フィルニイリスは一人、考察を続けるのだった。


――――――――――


ルミニア誘拐事件から半月。

今日はルミニアとその父親ニアデル=イオシス公爵がフィサス領に戻る日である。


もともとフランの無事を確認する為にやってきたイオシス親子。

フランの命の恩人であるレキと対面し、その実力を見る為ニアデル自身が手合わせしてから約一月。

レキの実力は公爵であるニアデル自身も認めるものとなった。

自分より圧倒的に強い事を認めたニアデルが、滞在中何度も手合わせを申し込んではその度吹き飛ばされ、笑顔でレキを讃え続けたこの一月。

槍のイオシスという異名を持ち、フィサス領を治める貴族でもあるニアデルだが、その中身はやはり武人であり脳筋であった。


その娘ルミニアはと言えば、こちらも滞在中はフランやレキと共に勉強に武術に魔術にと励んでいた。

フランの窮地に何もできず、なおかつその原因が自分が病気になったせいだと思いこんでいた事もあり、今まで離れていた槍にもやる気を見せた。


更には半月前の事件。

今度はルミニア自身が窮地に陥り、それをフラン(を背負ったレキ)が助けに来た事で、自分の不甲斐なさとフランを巻き込んでしまった事を心から悔やみ、その後悔が更なるやる気に繋がったようだ。

もともと槍のイオシスと謳われた武人の娘である。

才能はあったのだろう。

流石に一月で目を見張るほどの成長は見られなかったが、それでも王宮に来る前に比べれば随分とマシにはなっている。


ルミニアのやる気にフランばかりかレキまでも触発されたようで、この一月は非常に実りのある日々だった事だろう。


もちろん一月の間ずっと鍛錬ばかりしていたわけではない。

半月前、城下街へのお出かけがとある事件によって台無しになってしまったのだ。

もう一度、改めてお出かけしたいと思うのは当然である。


十日間のおやつ抜きの罰が終わった頃、三人で一生懸命お願いした結果、今度はリーニャとミリス、そしてフィルニイリスも一緒ならばと許しが出た。

レキ付きの侍女サリアミルニスを加えて七名という人数ではあったが、レキを含めて気心の知れた者ばかりで、皆心から楽しんだ。


なお、前回の反省を活かし、子供三人は店内以外では常に手を繋いでおくという決まりがあった。

レキを真ん中にフランとルミニアが左右にというポジション。

客観的に見れば王族と公爵の娘を侍らす男、という図式である。

もちろん当人達にそんな意識はなく、まだ子供という事もあってか実に微笑ましい光景だった。

・・・ルミニアだけは、手を繋ぐたびに頬を赤らめていたが。


そして本日。


フロイオニアの城門には、レキとフラン、そしてルミニアがいた。

他にもフィサス領に戻るニアデルと、ニアデル親子と共に王宮へとやってきていたフィサス領の騎士たち。

そんな一団を見送る為に集まった者達と、多くの者が揃っている。


「一月もの間、大変お世話になりました」

「う~、ルミ。

 ほんとにもう帰ってしまうのか?」

「はい・・・。

 私も名残惜しいのですが、これ以上フィサス領を空けておくわけには行きませんから」

「ルミだけ残っちゃダメなの?」

「申し訳ございません」


子供達が別れを惜しみ、互いに言葉を交わす。

フランは予想外に長く滞在してくれた親友との別れを惜しみ、ルミニアはそんなフランとの別れに涙を流さぬ様こらえつつ貴族の娘として言葉を紡ぐ。

レキはレキで、せっかく仲良くなったルミニアにここに残ればいいのになどと無邪気な提案をしていた。

ルミニアの事情を知らないが故の言葉だが、その分ストレートな想いが伝わったのかルミニアが嬉しさをこらえつつ断りの言葉を返した。


「む~、わかったのじゃ。

 今度はわらわ達が行くのじゃ!」

「あっ!

 オレもっ!」

「はい!

 お待ちしております」


家でもあるフィサス領に帰るルミニアをこれ以上引き止める事はできず、フランが次は自分が行く番だと手を上げ、レキもそれにのった。

その言葉に、ルミニアは心からの笑みで応じた。


「そろそろよいか、ルミニアよ」

「はい、お父様」


頃合いを見計らい、父親であるニアデルが声をかける。

いよいよ、ルミニアとの別れの時がやってきた。


と言っても同じフロイオニア王国に住む者同士。

時間こそかかるが会えないわけではない。


「ニアデルよ、フランを襲った連中がまだいるかも知れぬ。

 道中気をつけてな」

「はっ、陛下。

 ご心配には及びませぬ。

 この槍のイオシス、野盗になど負けはしませぬ」


国王ロラン=フォン=イオニアもまた、公爵であるニアデルに言葉をかけた。


フランを襲った野盗。

護衛の騎士達が追い返したものの、壊滅させたわけではない。

フラン達が乗っていた馬車が王族専用である事は遠目でも分かる為、野盗の目的が王族であるフランの可能性が高い。

公爵であるニアデル達が狙われる可能性もあるだろう。


ニアデルもそれは理解しているのか、護衛の騎士を三十名ほど連れている。

往路にはそこにフランの護衛部隊十名も加わり、王都までの道中は特に問題は無かった。

帰路はその十名が抜けるわけだが、それでも三十名いるのであればおそらく大丈夫だろう。


何より、レキには負けたがニアデルもまた槍のイオシスと呼ばれた武人である。

そんじょそこらの野盗になど負けるつもりは無い。


「それでは陛下。

 フラン様もどうかお元気で」

「うむ」

「レキ殿も、今度会うときはまた手合わせをお願いいたします」

「うん!」


「フラン様、レキ様。

 またお会いする日を楽しみにしております」

「うむ、また会おうなのじゃ!」

「またね!」

「はい!」


こうして、イオシス親子はフィサス領へと帰って行った。

敬愛する親友と尊敬する友人と過ごした一月。

思いがけない事件もあったが、それでも楽しく充実した日々だった。


「お父様」

「うむ、なんだルミニア」

「帰ったら、槍の稽古をお願いします」

「・・・うむ」


自分の弱さを知り、理想の姿を見続けた少女ルミニア。

彼女が過ごした王都での一月は、今後の生き方を左右する程の日々だった。

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