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黄金の双剣士  作者: ひろよし
五章:王宮のレキ
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第109話:少女の想い

「わ、私はもう、泣かないって。

 ただ泣いてるだけじゃダメだって。

 だから強くなるって、だからっ!」


拳を強く握り、眼の前にいる男達に向かってルミニアはそう言い放つ。

涙を滲ませながらも、それでも男達を強く睨みつけた。

まだ八歳でありながら、ルミニアは貴族の娘たる矜持を持って男達と対峙する。


「だから私はっ!

 あなた達に何も言う事はありませんっ!」


だがしかし、その強さはこの場面では仇にしかならなかった。


「へぇ・・・言うじゃねぇか」

「さすがお貴族様。

 こんな小さいうちからご立派なもんだぜ」

「ひぅ・・・」


今までとは違い、低く唸るような声を発しながら、男達もまたルミニアを睨みつけた。


短剣を振るった時には恐怖で声を失い、目には涙を浮かべていた少女。

後少し脅せば間違いなく折れるだろうと思っていたが、意外にも気を持ち直したらしい。

それが、男達にある決断をさせた。


「そんじゃしょうがねぇ、な!」

「ひっ!」


再び振るわれる短剣。

恐怖で体が竦み、ルミニアはそれでも縛られた腕で顔をかばおうとしたが、そんなルミニアの動きより短剣の方が速かった。


「・・・えっ」


何やら熱いものを感じ、ルミニアは頬に手を当てた。

頬は熱を増し、やがて一筋の赤い雫がポタリと床に落ちた。


「あ・・・あ・・・」


その雫を見て、ルミニアは何をされたかを悟った。

傷つけられたのだ。

事故ではなく、明確な悪意を持って。


「あ~ん、さっき言ったよな?

 体が無事な内にしゃべっちまった方が良いと思うぜ、ってよ」


言葉では屈しない少女に、男達が強硬手段に出たのだ。

さほど深く切ったわけではないが、少女の反応を見るに十分だろう。


男達に少女を傷つけて喜ぶような趣味はない。

だが、悠長な事をしている訳には行かなかった。


ここはフロイオニア王国の王都。

そうそう足が付く場所ではないが、目撃者がいないとも限らない。

スラムとはいえ何時騎士団の連中がやってくるか分からないのだ。


少女を攫った時は、誰も見られない様十分注意して行動に出た。

この場所までは荷車で移動した為、自由市場で購入した荷物を運んでいると思われたはずだ。

だが、絶対とは限らない。


あまり時間をかけてしまえば、少女を探すべく騎士団や貴族お抱えの騎士達がやってくるかも知れない。

爵位は分からないが、目の前の少女は貴族の娘である。

手っ取り早く聞き出す為、男達は少々強引な手段に出る事にしたのだ。


「次は指、あとその服だな」

「服と一緒に指を送りゃ、どこの貴族様だろうと本気にするからな」

「ゆ、ゆび・・・」

「もちろんお前が喋ってくれりゃ服だけで勘弁してやるぜ?」

「指を切っても喋らねぇならお次は耳が無くなると思えよ?」

「耳の次は腕、お次は足・・・さてどこまで耐えられるかな?」

「へっ、お貴族様なんだからせめて腕くらいは耐えろよ?」

「・・・」


ルミニアを見る男達の目が、少し低くなった声が、何より今切られた頬の熱さが、男達が本気である事を語っていた。

初めて受ける本物の悪意に、まだ子供のルミニアは声も出せなくなった。

体は無意識に震え、わずかでも気を抜けば泣き叫んだだろう。

先程決意し、男達に言い返した言葉すらも撤回し、ルミニアは心の中で助けを求めた。


男達を見返す事すら出来ず、ルミニアはただ目をきつく閉じた。

そうする事で、突き付けられた短剣と悪意から目を反らせると思ったのだろうか・・・。


「へっ、声も出なくなったか」

「さっきまでの強気な態度はどうした?

 えぇ、貴族の嬢ちゃんよ?」


いくら目を閉じても、悪意はルミニアのすぐ傍にある。

耳は容赦なく男達の悪意に満ちた声を拾ってくる。

叶うなら耳も塞ぎたかった。

だが、両手を縛られているルミニアにそれは出来ず、せめて視界だけでもと目を閉じ続けた。


脳裏に浮かんだのは強く優しい父親の姿。

公爵であり領主でもある父親は、貴族でありながらも武人として居続けている。

たまに恥ずかしいと思う事もあるが、それでもルミニアは父親を尊敬している。


自分に何かあれば父親は必ず駆けつけてくれる。

何度もルミニアに槍の稽古をつけようとしたが、今思えばそれは病弱なルミニアを思っての事なのかも知れない。


こんな事ならもっと前から槍を習っておけばよかった。

父親には勝てずとも、せめて目の前の男達から逃げられるくらいの強さが欲しかった。


敬愛するフランの窮地はおろか、自身の窮地にすら、今のルミニアは震える事しか出来ないでいる。

幼さは言い訳にならない。

自分と同い年ながら、父親より強い存在をルミニアは知っているから。


(レキ様・・・)


レキの強さ、それがルミニアには眩しかった。

自分もああなりたいと、心の底から思った。


今の自分がレキくらい強ければ、この状態から難なく脱出する事も出来るのに。


レキの強さはレキだけのもの。

他者を圧倒するほどの力を持ちながら、それでも毎日鍛錬しているのをルミニアは見ている。

それに触発されたのか、敬愛するフランも毎日真面目に鍛錬するようになった。


そんな二人に触発され、ルミニアも王都に来てからは毎日槍の鍛錬を始めた。

ひ弱なルミニアでも、半月も続ければ少しはマシになったように思えた。

敬愛するフランと、尊敬するレキと一緒に行う鍛錬は、ひ弱なルミニアでも楽しいと思えた。

何より・・・このまま鍛錬を続けていけば、いつかはレキのように強くなれるかも知れないと、そんな風に思ったのだ。


ルミニアは強くなりたかった。

フランが窮地に陥った時、駆けつけられる強さが欲しかった。


鍛錬中は父親も指南役として参加してくれた。

ニアデルが鍛錬に参加する理由の大半はレキと手合わせしたいからだろうが。

それでもルミニアの鍛錬には真剣に付き合い、手合わせもしてくれた。


自分の周りにいる人達が、みんな自分と共に鍛錬してくれた。

この半月、ルミニアはかつて無いほど充実した日々を送っていた。


なのに・・・。


(・・・フラン様、お父様、ミリス様、フィルニイリス様・・・レキ、様)


その暖かくも幸せな日々が、唐突に終わろうとしていた。


男達は命までは取らないと言っている。

だがそれは殺してしまっては奴隷として売り払えないからで、公爵家から十分なほどの身代金が取れたならその約束は破られるかも知れない。

何せ、男達はルミニアの指を、耳を、そして腕を切り落とすと言っているのだ。


指がなければ満足に槍を振るえなくなってしまう。

耳がなければみんなの声が聞こえなくなってしまう。

腕がなければ・・・。


そうなった時、フランは自分をどう思うだろうか。

変わらず親友として接してくれるだろうか。

一緒に鍛錬はできなくなるけど、側にいてくれるだろうか。


奴隷として売られたら、もう会えないかも知れない。

敬愛するフランに、大好きな父親に、憧れのレキに。


(・・・嫌、嫌です)


脳裏に浮かぶ幸せな日々。

フランやレキの笑顔、槍を振るう父親の姿。

それらがまるで走馬灯のように駆け巡り、とうとうルミニアの瞳から透明な雫が溢れた。


(私はまだ、フラン様やレキ様と一緒にいたい。

 お父様にも槍を教えてもらいたい)


ルミニアとて八歳の子供。

貴族の娘として気丈に振る舞ってはみたが、貴族としての矜持はまだ完全には身についていない。

ただ自分の弱さと決別したくて、ただ気弱な自分を見せたくなくて、強がっていただけなのだ。


本物の悪意にさらされ、その強がりが剥がれ落ち、後に残ったのは八歳の少女。


目の前の男達に対する恐怖、自身が置かれている現状に対する絶望。

親友であるフランや憧れの存在であるレキ、尊敬する大好きな父親に会いたいという願望。

死にたくない、助けてほしいという懇願。

それらがルミニアの心を専有し、そしてついにルミニアは声に出してしまう。


「助けて・・・」

「あん?」

「誰か、助けて・・・」

「なんつった?」


ルミニアの、心の底から零れ出た言葉。

その言葉は小さく、目の前にいる男達にすら届かない。


「ルミ~!」

「っ!!」


だが、声は届かずとも想いは届いた。

それはまるで、物語の一幕のようだった。


姫を救う英雄の物語。


今日この時だけは、救われるのは一国の姫ではない。

気弱で臆病で引っ込み思案で、でも気丈で優しい、とある貴族の娘である。


――――――――――


それは最初、ルミニアの心が生んだ幻聴に思えた。


己に迫る絶望から逃れたいという心が、自身に都合の良い声を聴かせてくれたのだと。


「ルミ~!」

「ルミ~!

 どこじゃ~!」


だが違う。

その声は、決して幻聴などでは無いのだ。


男達のアジト、薄暗く埃臭いこじんまりとした小屋の外から聞こえてくる声。

絶望に染まり、もう二度と会えないかも知れないと思った親友と、その親友を救ってくれた憧れの存在。

助けて欲しいと願い、手を伸ばしたくとも伸ばせなかったルミニアが、心の中で求めた人達。


「フラン様、レキ様・・・」


それはまるで、物語の一幕のようだった。

悪党に捕らわれた少女と、その少女を救う英雄の話。

その英雄は、敬愛するフランの窮地に駆けつけ命を救った少年である。


そして今、英雄はルミニアを救うべく駆けつけてくれた。


「なんだ?」

「ガキの声?」


「フラン様っ!

 レキ様っ!!」


「ちっ、おい、黙らせ・・・いや、待てよ。

 おい嬢ちゃん。

 良かったな、助けが来たみたいだぜ?

 でももっと大きな声で呼ばねぇと聞こえねぇかも知れねぇぜ?」

「お、おい何を・・・」


外から聞こえてくる声に応えるべく、ルミニアも必死に声を上げた。

最初はそんなルミニアを黙らせるべく口を塞ごうとした男だったが、何を思ったのかもっと声を出した方がいいぜなどと言い始めた。


「何って、助けに来てんのは嬢ちゃんのお友達だろ?

 つまりはガキだ。

 ってこたぁよ・・・人質が増えるってこったろうが」

「・・・な~るほど」


片割れの男の、欲望にまみれた説明にもう一人の男が下卑た笑みを浮かべた。

目の前の少女は紛れもなく貴族の娘。

聞こえてきた子供の声は、目の前の少女を助けに来た別の貴族の子供か、あるいは従者に違いない。


つまりは人質が増えるという事。

人質が増えれば増えるほど、男達の得られる金が増えるという事だ。


今更子供の一人や二人増えたところで男達の手間などそう変わりはしない。

男達もそれなりに場数を踏んでいるのだ。

多すぎれば何かと手間だが二~三人なら問題ない。


目の前の少女を攫った時のように口を押さえ、手を縛り、順番に家を白状させて金銭を要求する。

三人同時にとなれば足がつく可能性が高いが、それなら時をおいて順に行えば良いだけの話だ。

一人が終われば次の子供を、そしてもう一人の子供と順番に金をせしめて、そして奴隷として売る。


更に言えば、子供が複数いれば脅す方は楽だったりする。

一人を拷問にかけ、それを見せつけながら次はお前だと脅せば、子供なら簡単に白状するだろう。

軽く指を切り落とし、その指を見せつけてやれば、泣きながら口を割るに決まっている。


今までがそうだったのだ。


今度の子供達も間違いなくそうなるだろう。

泣きながら家を教え、帰してと懇願してくる。

そんな子供を奴隷として売る。

それが男達が繰り返して来た事だ。


だからこそ、目の前の少女を助けにくる子供達を出迎えようとした。


「おい嬢ちゃん。

 良かったな、お友達が助けに来てくれたみてぇだぜ?」

「あっ・・・」

「どうしたどうした。

 もっと大きな声で呼ばねぇと、お友達が迷子になっちまうぜ?」

「そうそう、なんせここは入り組んでっからよ」

「・・・う」


男達にそう言われ、ルミニアが口を紡いだ。


レキの強さは知っている。

敬愛するフランの命を救ってくれた、槍のイオシスの異名を持つ父親より強い少年。

今ルミニアが声を上げれば、さっそうと駆けつけて自分を救い出してくれるだろう。

そうと分かっていても、ルミニアは声を上げるのを躊躇ってしまった。


友達を巻き込みたくない、危険な目に合わせたくないと、そう思ってしまったのだ。


レキの実力なら、目の前の男達など敵ではないのだろう。

あまり武術に詳しくないルミニアでも、目の前の男達が自分の父親より弱い事くらいは分かる。

その父親を圧倒したレキならば、目の前の男達などあっという間に倒してくれるに違いない。


それでも・・・。


目の前の男達は短剣を持っている。

ルミニアの頬を流れる血はその短剣によるものだ。

レキ相手にそんなものが役に立つはずはないのだが、それでも人を傷つける事の出来る凶器である事は確か。

自分が今声を上げてしまえば、その凶器がレキに向けられてしまう。

そう考え、ルミニアは助けを呼べなくなってしまったのだ。


そんなちんけな短剣より恐ろしい、牙や爪を持つ魔物を相手に日々狩りを行っていた事や、短剣より鋭い父の槍、騎士団の剣を相手に日々鍛錬を行っている事を知っていても、ルミニアはそのちんけな凶器がレキに向けられないよう、必死になって声を我慢した。

そんなルミニアに、声を出させようと男達の手が伸びた。

先程ルミニアの頬に傷をつけた短剣をちらつかせ、下卑た笑いを浮かべながら。


男達は知らない。


今この場所に向かっている子供が、フロイオニア王国最強の騎士を圧倒する存在である事を。

魔の森に住むオーガを瞬殺し、カランの村に攻めてきた100匹ものゴブリンの群れを一撃で仕留めた事を。


ルミニアも知らない。


レキが、ルミニアの声や気配ではなく魔力を探知している事を。

王都の北区、スラムにある男達のアジトに迷う事無く文字どおり一直線に近づいている事を。


ルミニアがどれだけ声を我慢しようとも、レキは必ず辿り着く。

ルミニアを助ける為、ルミニアを傷つけた男達をやっつける為に。


それは、ルミニアにとっては希望をもたらす英雄で、男達にとっては破滅をもたらす存在。


「ここだっ!」


黄金の魔力をまとったレキが、勢い良くドアを蹴破りながら、ルミニアを助けにやってきた。

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