第105話:はぐれた二人
「お嬢ちゃんお使いかい?」
「お使いではないぞ。
迷子を探しておるのじゃ」
「おお、そうかい。
偉いねぇ。
ちなみになんか買ってくかい?」
「む?
ならばこの果実をもらおうかのう」
「まいどっ!」
「む~、それにしてもレキとルミは何処に行ったのじゃ?」
シャクッ、という心地よい歯ごたえ。
口の中いっぱいに広がる果実の、爽やかな甘さに笑みを浮かべながら、フランが周りを見渡す。
ここは自由市場の中ほどに設けられた広場。
買い物に疲れた者が休憩したり、市場で購入した食べ物を食べる為の場所。
フランの様にはぐれた者達が落ち合う為の場所である。
その場所に設置されているベンチに腰掛け、足をぶらぶらさせながら辺りを見渡しながら、フランが先ほど購入した果実を再び齧った。
シャクッ、という音と共に美味しさが口の中に広がり、フランの頬が思わず緩む。
「・・・レキとルミがおらんとつまらんのじゃ」
だがそれも一瞬。
すぐさま独りの寂しさが沸いてきて、項垂れてしまった。
今日はレキとルミと一緒に城下街で遊び回ろうと思っていたのに、気がついたらこんな場所に独りでいる。
楽しみにしていたのだ。
こうなってしまえば楽しさなど半減どころかほぼゼロだ。
もう一度果実を齧る。
シャクッ、という歯ごたえ、口の中に広がる爽やかな甘さは同じだが、三度目となれば独りの寂しさを紛らわすほどでは無かった。
「・・・レキぃ、ルミぃ」
二人の名を呼べば呼ぶほど、独りの寂しさが重くのしかかってきた。
レキを呼んでもルミニアを呼んでも、返事は返ってこなかった。
いつも一緒に居るはずのレキ、フランの身を案じはるばる王都まで来てくれたルミニア。
今日は、二人と目一杯城下街を楽しむはずだったのに・・・。
「・・・うぅ」
もう一度果実をかじる。
四度目のそれは、不安と寂しさの為かそれまでより小さな音しか鳴らず、飲み込んでしまいそうな程に小さな欠片が口の中に入ってきた。
その欠片すら噛む気力が沸かず、飴玉を舐めるかのようにフランは口の中で転がした。
「・・・」
今度口を開けば弱音が出てしまうかもしれない。
だからこそ、口の中の欠片を転がしながら不安と戦った。
そして・・・。
「・・・うにゃ~!」
口の中の果実をごくんと飲み込み、不安を振り払う為なのかフランが両手を上げて叫んだ。
不安で寂しくもあったが、同時に今の状況が納得いかなかった。
今日はレキとルミニアと一緒に城下街を楽しむはずだったのだ。
独りでいるなどあってはならない。
「え~い、こうしてても仕方ない。
とりあえずレキを探すのじゃ」
うじうじするよりまず行動を。
思いのまま行動するフランらしい結論を出し、一先ずはレキを探すことにしたようだ。
シャクッ、と力強く齧った果実からはこれまで以上に大きな音が鳴った。
「レキもわらわを探しておるに違いない。
ならば・・・とりあえずあっちへ行ってみるのじゃ!」
はぐれた時はなるべくその場から動かない方が良いのだが、はぐれたのは向こうだと思っているフランはレキを探すべく移動を開始した。
ちなみに、フランの思う"あっち"にはレキもルミニアもいないのだが、フランにとっては行動する事こそが大事なのだ。
「レキ~、ルミ~、ど~こじゃ~」
食べ終えた果実をきちんとゴミ箱に捨ててから、フランは意気揚々と歩き始めた。
その背中は、先程よりかは幾分元気で、でもやはり寂しそうだった。
――――――――――
「っと」
フランを追いかけ、自由市場の中へと突っ込んでいったレキ。
合流する事無く自由市場の端へと辿り着いてしまったレキは、今一度フランを探すべく来た道を戻ったのだが・・・フランを見つける事も出来ず自由市場の入り口へと戻って来ていた。
「ん~、どうしよ」
自由市場の入り口に設置されている看板。
周囲を良く見る為なのか、看板の上に立ちながらレキが首を傾げる。
レキとて何の考えも無しに行動したわけではない。
自分の方がフランより足が速く小回りもきく為、すぐ追いつけるだろうと思っていた。
事実、フランが自由市場の中央辺りをうろうろしていた頃、レキは自由市場の端まで辿り着いて、つまりは追い越していた。
戻る際も周囲を十分気にしながら、具体的には魔の森で魔物のを探す様にフランを探していた。
だが、ここは魔の森ではなく王都である。
木々が生い茂る魔の森では、気配を探る事で視界内にいない魔物をも探す事が出来た。
王都の自由市場は見渡す限り人で溢れ、視界内は人で埋め尽くされている。
多くの気配の中、たった一人フランの気配を探す事は叶わず、結局は見つけられないまま入口まで戻ってきてしまったのだ。
「ルミもいないしなぁ・・・。
サリアもいないや」
看板の所ではぐれたフランと、置き去りにしたルミニアとサリアミルニス。
二人もレキやフランを追いかけたのだろうと思ったのだが、今のところ誰も見つけられていない。
さて困った、と看板の上に立ちながら考え込む。
フランならば、少し落ち込んだ後に何も考えず再び探しに行くだろう。
何度も何度も、やがては涙目になりながらも、それでもとりあえず行動するはずだ。
レキは違う。
レキは魔の森で狩りをしながら生きてきた少年である。
毎日欠かさず狩りをし続けたレキだが、獲物が見つからない日もあった。
一日くらいならそんな日もあるだろうと諦めるが、それが二日三日と続けばレキとて考えるのだ。
野草や木の実、はたまた小屋の裏手で育てていた野菜(だとレキは思っているが実際は毒草)で空腹を紛らわしつつ、どうすれば獲物を見つけられるかと一生懸命考える。
そういった試行錯誤を繰り返してきたレキは、困った時はまず考えるという習性が身についていた。
その習性を活かし、レキは看板の上で一生懸命考えた。
「ん~・・・よし!」
考えに考えた結果、レキはとりあえずもう一度探しに行く事にした。
気配を探れない以上、手あたり次第探すしか無いと判断したのだ。
どれだけ頭を働かせようと、所詮は知識も経験も足りない子供であった。
だが、時としてそういう考え無しな行動が実を結ぶ事もある。
「あっ。
サリアだ」
再び特攻し、今度こそはと先程以上に気をつけて探した結果、ようやく探し人の一人、レキ付きの侍女サリアミルニスと合流したのだ。
――――――――――
「フランとルミ知らない?」
フランを探す為、王都の自由市場を往復したレキ。
フランは見つからず、入り口に戻ってもルミニアはおらず、もう一度探しに行こうと再び自由市場へ特攻し、中央辺りまでやってきたレキが合流したのはレキ付きの侍女サリアミルニスだった。
「申し訳ございません。
私も、自由市場の入口にて置いてかれたルミニア様に代わり、お二人を探していたのですが・・・」
「そうなの?」
別に置いていったつもりはなかった。
フランがどんどん先へ行ってしまい、見失わないよう慌てて追いかけた結果、後ろにいたルミニアとはぐれてしまったのだ。
レキはルミニアも追いかけてくると思っていたのだが、ルミニアは入り口付近でおろおろしていたのである。
「あれっ?
でもルミいなかったよ?」
「えっ?」
引っ込み思案なルミニアに仕方ないなぁと思いつつ、入り口付近にルミニアがいなかった事をサリアミルニスに報告する。
つい先程、レキは自由市場の入り口まで戻っている。
看板の上で誰も居ない事を確認し、再び探しに来ているのだ。
「それは入り口のところに、という事でしょうか?」
「うん。
さっき看板のとこまで戻ったけど、フランもルミもいなかったよ?」
「・・・おかしいですね、ルミニア様にはあの看板の場所でお待ち頂くようお願いしたのですが・・・」
レキの言葉にサリアミルニスが首を傾げる。
レキの言葉を疑っている訳ではない。
サリアミルニスの主であるレキは、こう言った場面で嘘を付くような子供ではない。
根本的に素直で真っ直ぐなレキは、基本的に嘘をつくと言う考えを持っていないのだ。
首を傾げたのはルミニアが入り口にいなかった事に対して。
フランの身を案じるあまり、心細さを振り切って市場に入って行ったのでしょうか?
入り口で待つようお願いした時のルミニアの様子を思い出し、それは無いでしょうねとサリアミルニスは判断した。
レキが素直であるように、ルミニアは年の割にしっかりとした子供である。
レキやフランより落ち着いている、というか臆病で引っ込み思案なだけなのだが、そんなルミニアがサリアミルニスの言葉に反してその場を動くとは思えない。
確かにフランやレキの事を心配していたが、混雑した自由市場の中に一人で入る事を躊躇っていた。
あれからまだ僅かな時間しか経っていない。
孤独に耐え切れず、という事は無いだろう。
とはいえ、レキが言うのだから入り口付近にルミニアはいないに違いない。
急ぎ戻ってルミニアを探す必要があるが、もう一人の迷子フランもまだ見つかっていない。
フランを探しに行くべきか、それともルミニアを探すべきか。
どちらを優先すれば良いか分からず、レキとサリアミルニスは自由市場の中ほどで悩み始めた。
――――――――――
「うぅ・・・フラン様、レキ様。
サリアミルニス様、どうかお早く・・・」
時は少し戻る。
自分の代わりにフランとレキを探しに行ったサリアミルニス。
彼女を見送ったルミニアは、サリアミルニスの指示通り自由市場の入り口にて、心細くも一人で待っていた。
本来ならルミニアが探しに行くべきだった。
迷子になったのは、自身が仕えるべきフロイオニア王家の王女フランである。
フランの窮地に、臣下たる自分が何もしないなどもう二度とあってはならない。
フランがルミニアのお見舞いの帰りに野盗の襲撃に遭い、そのまま行方知れずとなった時と同じ。
捜索に参加したくとも足手まといにしかならず、屋敷でただフランの無事を祈る事しか出来なかったルミニア。
あの時誓ったのだ。
今度フラン様が窮地に立たされた時は、必ず駆けつけてみせると。
それ以降、槍の鍛錬にも力を入れ、魔術の鍛錬も頑張ってきたつもりだ。
だが、自分の性根を変える事などそうそう出来やしない。
フランが突っ込み、それをレキが追いかけて行った時、ルミニアは自由市場のあまりの人の多さに尻込みし、結果置いてきぼりを食らってしまった。
気付いた時には二人の姿はどこにもなく、一人ぽつんと立ち尽くしていたのだ。
何も出来ないルミニアは、今も一人で待ち続けるしか無い。
そうする事しか出来ないのだ。
「・・・どうして、私は」
こんなにも力が無いのだろう。
こんなにも意気地が無いのだろう。
フランが窮地(?)に立たされているというのに、どうして何も出来ないのだろう。
先程まで共にいたサリアミルニスも今はおらず、ますます心細くなったルミニアは、自分の無力さに泣きそうになっていた。
レキは迷わず追いかけた。
ルミニアもまた、レキ同様追いかけるべきだった。
例えフランに追いつけず、市場内で迷子になったとしても、フランを思うならまず行動すべきだった。
にも関わらず、ルミニアは自由市場の入り口でただ突っ立っている。
そうするしか無く、そうする事しか出来ず、それ以外何も出来なかった。
「・・・うぅ」
そんな自分が心の底から情けなくて、一人でいる不安や心細さも加わり、ルミニアの涙腺は崩壊寸前だった。
「っと、危ねぇな嬢ちゃん。
こんなとこに突っ立ってっとぶつかっちまうぞ?」
「あ、あぁ、も、申し訳ありません」
自由市場は混雑している。
これから自由市場へ赴く者もいれば、用が済んで帰路に立つ者もいる。
そんな中、自由市場の入り口に突っ立っているルミニアは、正直邪魔でしかない。
「誰か待ってんならも少し向こうへ行くんだな。
そんなきれいな服着てこんなとこ立ってっと、そのうち攫われちまうぞ?」
「は、はい」
見ず知らずの男にそう注意され、ルミニアは素直に頷いた。
ただでさえ公爵家の娘にふさわしい、綺麗な服をルミニアは着ている。
そのルミニアが自由市場の入り口近く、多くの人が行き来する場所でポツンと立っていれば嫌でも目立ってしまう。
男の忠告に素直に従い、入り口から少し離れた、人気の無い場所までルミニアは移動した。
何の問題もない行動だった。
ルミニアが貴族の娘ではなく、その服装も貴族らしい豪華で綺麗な服で無ければ。
ルミニアの格好はどこからどう見ても貴族の娘である。
その貴族の娘がこんな人通りの多い場所で、供もつけずに一人でいる事がどれほど不用心な事か。
「きゃっ!
ん~ん~!!」
そうとは知らず、ルミニアは一瞬の内に口を封じられ、体を抱え上げられた。




