第102話:城下街へ行こう!
フィサス領を治める公爵ニアデル=イオシスと、その娘にしてフランの親友であるルミニア=イオシスが王宮に滞在するようになって半月ほどが過ぎたある日の事。
「今日の鍛錬は中止じゃ!」
フロイオニア王国の王女フラン=イオニアが、レキやルミニアと楽しく美味しい昼食を食べている最中、突然そんな事を言いだした。
三月程前に野盗の襲撃に遭い、更には逃げ込んだ先の魔の森で魔物に食べられそうになった経験を持つフランは、王宮に帰ってからというものそれまでサボりがちだった勉強や鍛錬を、まるで人が変わったかのように真面目に受けるようになっていた。
幼いが故に無力で、無力が故に何も出来ず、親しい者たちが傷つくのを黙ってみているしか無かった王女の、後悔から来る心変わりだった。
同時に、そんな無力な少女を救った少年レキが、同い年ながら王国最強の騎士ガレムを圧倒した事も影響したのだろう。
頑張ればレキのように・・・そう思ったフランが、王都に滞在中の親友ルミニアを巻き込み、毎日一生懸命勉強に鍛錬に勤しんでいたのだ。
だが、残念ながらフランは元々勉強好きではない。
体を動かすのは好きだが、剣術や魔術の鍛錬にはそれほど身を入れてこなかった。
三月前の後悔と、レキの存在があったからこそ今日まで真面目にやってきたのだが・・・。
「どうしたのフラン?」
「そうですよフラン様。
レキ様とお手合わせをするのでは?」
五歳の頃に生まれ育った村を野盗に襲われ、それ以降強力な魔物が住む魔の森で自給自足(主に魔物を狩ったり野草を食べたり)の生活を送ってきた少年レキ。
フラン達と共に過ごす内、魔の森はおろか生まれ育った村でも食べた事のない、様々な食事に目を輝かせながらも、その旺盛な食欲で毎日二~三人前は軽く食べている。
そんなレキに触発されたのか、はたまた毎日行われる鍛錬のおかげか、好き嫌いの多かったフランも今では嫌いな野菜をしっかりと食べるようになり、病弱で食の細かったルミニアも一人前くらいは食べられるようになっていた。
友人と一緒の食事と言うのも、食が進む理由なのだろう。
そんな楽しい昼食の最中、唐突に宣言したフランにレキとルミニアが首を傾げながら理由を尋ねた。
レキはいつもやってる鍛錬をいきなり中止にする理由が分からず、ルミニアもレキと手合わせする事を楽しみにしていたはずだと疑問に思ったからだ。
レキとの手合わせは順番制であり、最初がフランでルミニアは二番目である。
騎士団長ガレムや他の騎士達が順番に並ぶ事もあり、更にはルミニアの父親であるニアデル=イオシス公爵が槍を片手に参加する事もある。
国王ロラン=フォン=イオニアと何やら話し合いをする為に滞在しているはずなのだが、半月経っても帰る気配を微塵も感じさせないのは、やはりレキとの手合わせが理由なのだろうか?
などと、分かり切った事を聞く者はいない。
喜々として手合わせに挑む公爵を見れば、答えは一目瞭然だった。
お陰で、ルミニアも王宮に滞在する事が叶っているのだ。
「毎日毎日勉強と鍛錬ばかりではだめなのじゃ!
たまには息抜きも必要なのじゃ!」
そのルミニアが王宮に滞在して約半月。
今まで真面目に頑張ってきた反動が来てしまったようだ。
むしろ、三月もの間良く頑張った方だろう。
――――――――――
「折角ルミが王宮にいるのじゃぞ?
一緒に遊ばないでどうするのじゃ!」
「ルミは一緒に鍛錬する為にいるんだよね?」
「は、はい。
お父様からはレキ様と少しでも多く手合わせをしろと言われてますから」
フランの我が儘にも聞こえる要望に対し、レキとルミニアは真面目に答えた。
「む~、レキは毎日勉強や鍛錬ばかりでつまらなくはないのか?」
「ん~、別に?」
座学は自分の知らない事が学べる大切な時間であり、剣術や魔術の鍛錬は自分の力を正しく把握できる貴重な時間であった。
将来冒険者に成る為にはどちらも必要だとミリスやフィルニイリスに言われている為、つまらないとも思わない。
むしろ、冒険者になる為だと思えば剣術も魔術も楽しくて仕方なかった。
将来の夢に向かって毎日頑張るレキの、王宮での生活は誰よりも充実しているのだ。
「ルミはどうじゃ?」
「わ、私も別に」
ルミニアはそもそも真面目な性格である。
座学は元より、体が弱いが故に今まであまりやらなかった槍の鍛錬も、フランの一件とそれを救ったレキへの羨望から頑張ろうと心に誓っている。
魔術に関しては、どうやら素養があったらしい。
読書好きで冒険譚なども好むルミニアの頭の中には、様々な魔術の知識が詰め込まれている。
そんな知識を元に魔術の鍛錬を行った結果、ルミニアの魔術はこの半月でかなり向上していた。
それに、普段は一緒にいられないフランと学べるこの時間をルミニアはとても大切にしている。
病弱な身でありながら強くなりたいと願ったばかりなのだ。
お陰でここ半月は調子も良く、食事も人並みには取れるようになっていた。
「む~・・・」
「どうしたの?
「今日こそはレキに勝つのじゃ!」って張り切ってたのに」
「ふふっ、レキ様ったら」
「む~む~」
フランの口癖を真似するレキにルミニアが笑い、フランのほっぺたがますます膨らんだ。
ある意味微笑ましい子供たちのやり取りだが、一人は王女で一人は公爵家の子女である。
故に。
「中止といったら中止じゃ!
今日は皆で城下に遊びに行くのじゃ!」
王女の言葉は、何よりも優先されるべき言葉となってレキとルミニアに届いた。
「お~!」
「え、えっと・・・」
鍛錬は鍛錬で楽しいが、城下街に遊びに行くのもまた楽しい。
レキは諸手を上げて喜び、ルミニアはそんなレキとフランに振り回されっぱなしだった。
――――――――――
「でもなんで今日?」
「折角ルミが居るのじゃぞ?
勉強と鍛錬ばかりじゃつまらぬではないか」
「そんな、私の為に・・・」
普段は遠く離れたフィサス領に住むルミニア。
フランと遊べるのは年に数回、互いに行き来した時のみ。
ルミニアが来た時は王都を、フランが来た時はイオシスの街中を仲良く散策するのが二人の楽しみでもあった。
今はルミニアが王宮に居る。
ならば遊ぶのが当然だと、フランが胸を張る。
「レキと城下で遊ぶ約束もしたしのう」
「あっ、そっか」
そう言えばそんな約束してたなぁ・・・と思い出すレキである。
今まで勉強や鍛錬が楽しく、すっかり忘れていたのだ。
王都に着くまではレキも楽しみにしていたのだが・・・王宮での毎日が充実しすぎていたのだろう。
そんなわけで、本日の午後の鍛錬は急遽中止となり、三人は仲良く城下街へと向かう事となった。
「と言うことでリーニャ。
城下に遊びに行ってくるのじゃ」
「あら、鍛錬はよろしいのですか?」
レキとルミニアの賛同を得たフラン。
思い立ったが何とやら、許可を得るべくフラン付きの侍女リーニャに話を付けに行く。
フランが赤ん坊の頃から付いていたリーニャは、フランにとって姉のような、もう一人の母親のような存在である。
リーニャもフランの事を心から大事に思っており、かつて野盗に襲われた際はフランをかばって怪我を負い、更にはその怪我では足手まといだからと自分を犠牲にしようとしたほどだ。
なお、その際リーニャを救ったのもレキである。
その時の事をリーニャは片時も忘れた事はなく、今はレキも大切な存在だと思っている。
「折角ルミが居るのに鍛錬ばかりではつまらぬ。
ルミとレキと城下で遊ぶのじゃ」
「う~ん、そうですね・・・」
なお、リーニャはフラン付きの侍女であるとともにフランの世話係と教育係でもある。
その為、フランをただ甘やかすのではなく、時には厳しく接する事もある。
当然、今回のような我が儘を素直に認めるような真似は、普段ならしないだろう。
「王都に戻ってからずっと頑張られていましたし、良いでしょう」
「本当かっ!」
「ええ」
だが、ここ三月程それはもう人が変わったかのように真面目に勉強と鍛錬をしていたフランの事を考え、また、王都に来て一日も遊びに行っていないレキや、遠くフィサス領からわざわざ来訪しているルミニアの事を考え、たまには良いかと許可を出した。
飴と鞭ではないが、あまり厳しくし過ぎるのは逆効果である事をリーニャは良く分かっている。
魔の森から王都へ帰還する旅の間、立ち寄る街や村をレキとともに楽しそうに駆け回るフランを思い出し、そろそろ限界だろうと思っていたのだ。
レキと王都を見て回るという約束もリーニャは知っているし、親友であるルミニアが王宮に来たと言うのに勉強や鍛錬しかしていないのも知っている。
だからこそ許可を出したのだ。
ただし、城下と言えども王女であるフランが気軽に出向いて良い場所ではない。
通常なら、リーニャに加えて数人の護衛の騎士達と共に出向くのだが。
「私は本日予定がありますので、フラン様に同行する事は出来ません」
「むぅ、そうなのか?」
「はい、残念ながら」
いきなり言われても都合がつかなかったのか、リーニャは同行出来ないようだ。
フラン付きの侍女であるリーニャが付き添えない理由も気になるが、リーニャにも都合があるのだろうとフランは深く追求しなかった。
「ミリスはどうじゃ?」
「ミリス様は騎士団での会議があると聞いています。
ちなみにフィルニイリス様も魔術士団で何やら話し合いがあるそうです」
「む~・・・」
ならばと、同じく魔の森から王都まで一緒に旅をしたミリスやフィルニイリスの都合を聞いたが、どうやらその二人も予定があるらしい。
リーニャだけでなくミリスやフィルニイリスまでも都合がつかないと知り、フランが不満気な顔をした。
今まで、城下や他の街へ出向く時は、大抵この三人が付き添ってくれたのだ。
その三人が全員都合が付かないなど今まで無かった。
リーニャが私用だったり、ミリスが遠征だったり、フィルニイリスが研究だったりと、それぞれが都合つかない時はあったが、同時にと言うのは不思議と無かったのである。
まあ、そういう日もあるだろうと、フランは不満ではあるが納得した。
そもそも急に言い出したのは自分なのだから、それ以上の我が儘を言うつもりはなかった。
かと言って今日の予定を変更するつもりもないが。
「それじゃ誰を護衛を・・・」
「あら、護衛ならレキ君がいるではありませんか」
「ん?」
「おおっ!」
仕方なく他の護衛をと考えたフランに、リーニャが笑顔でそう提案した。
実力だけならこの国の、いや下手をすればこの世界の誰よりも強いレキ。
魔の森のオーガすら一蹴するレキ以上の実力を持つ護衛など、少なくともこの国にはいないだろう。
魔の森から王都までの間、食事はおろか寝る時ですらレキは側にいた。
絡んできた暴漢を撃退した事もあったし、移動中の魔物も率先して狩ってきた。
王宮に戻ってからも、鍛錬の際は常に一緒にいる。
護衛として申し分ない人選に違いない。
「あの、よろしいのですか?
いくら王都とは言え私達だけでと言うのは・・・」
「おそらく問題はないでしょう。
少なくともレキ君がいれば大抵の危険は排除してくれますから」
フロイオニア城のお膝元、王国でもっとも栄え、同時にもっとも治安の良いと言われている王都。
街の中には子供だけで遊んでいる広場などもあるにはある。
・・・だからと言って、自分達だけで出歩いて良いものだろうか。
今までそういった機会の無かったルミニアが、思わぬ展開に不安を抱いた。
貴族の中でも公爵家は王族の次に位が高い。
その娘であるルミニアは、当然ながら街中を一人で出歩いた事はない。
フランがイオシスの街に来た時も、逆にルミニアが王都に来た時も、どちらも必ず護衛の騎士や魔術士が一緒だった。
子供だけで行動できる範囲など、それこそイオシス家の屋敷や王宮の限られた区画だけ。
それなのに、いきなり子供だけで城下へ行こうなどと。
例えレキが一緒でも、不安を隠せないルミニアだった。
この辺り、フランとルミニアでのレキに対する信頼の差が表れているのかも知れない。
一緒にいた時間も、潜り抜けてきた経験も違うのだから当然と言えば当然である。
まあ、フランはあまり良く考えていないだけなのだろうが・・・。
「う~ん。
でしたらサリアを同行させましょう」
ルミニアの不安を感じ取ったリーニャが、案内役としてレキ付きの侍女サリアミルニスの同行を提案した。
危険についてはレキが排除するとしても、金銭の支払いに関する問題もあれば道に迷う可能性もある。
レキは王都を出歩いた経験が無く、フランはしょっちゅう抜け出してはいるが必ず誰かが同行し(追いかけ)ているし、ルミニアはそもそも護衛なしで街を歩いた事がない。
買い物だって誰も一人でした事がないのだ。
それを思えば、確かに子供たちだけでというのは無理があった。
「後はよろしくおねがいしますね、サリア」
「はい、リーニャ様」
側に控えていたレキ付きの侍女サリアミルニスが快く了承し、こうしてレキにとっては初めての、フランやルミニアにとっても久しぶりの城下街行きが決定した。




