第101話:強くなりたい理由
「うむ、やはりレキは凄いのう」
「はい・・・凄いです」
試合に魅入っていたルミニアは、フランの言葉にほぼ無意識に頷いていた。
「流石はレキだ。
あの公爵の必殺の突きを真正面から切り上げるとは」
「団長が負けるわけだ」
試合を見ていた騎士達も、先程の試合内容に感心していた。
レキ達がこの鍛錬場に来た時からずっと、騎士達は己の鍛錬もそこそこにレキ達を見ていた。
最初の試合も見ていたが、その時は公爵の油断しきった態度に「あ~あ」と心の中で呟いていたのだ。
相手が公爵でなければ、それこそ声に出していただろう。
そんな一試合目と違い、二試合目は非常に見応えのあるものだった。
槍のイオシスの異名を持つ公爵必殺の突き。
真っ直ぐな構えから繰り出される突きは、騎士団の盾すら貫通してしまう。
その突きを、レキは真正面から切り払ったのだ。
まれに見る名勝負に、もはやただの観客と化していた騎士団の面々だった。
「・・・なんと」
「まさか、あれほどとは」
その騎士団の中、レキの実力を知らなかった者達がそろって唖然としていた。
フランの護衛を務めた騎士達。
ミリスからレキの功績を知らされ、実力はともかく恩人である事までは理解していた。
だが、その実力がどれほどのものかは知らなかったのだ。
護衛としてフィサス領まで共に向かった者達は、当然ニアデルとも面識が有る。
公爵家に滞在した際、自分達の隊長を務めたミリスとニアデルとの模擬戦も見ていたるし、自分達も共に鍛錬していた。
公爵であると同時に武人でもあるニアデル。
昔ほど血の気は無いにしても、「ミリス殿の様な強者が居れば手合わせの一つもしたくなるのが道理」という良く分からない理由で、毎回手合わせをしていた。
当然ニアデルの強さや槍さばきは見知っており、だからこそニアデルを圧倒したレキの実力を認めざるを得なかった。
「ちなみにレキは身体強化をしていない」
「「「・・・は?」」」
「レキが身体強化をすれば公爵と言えどもただではすまないからな。
団長ですら吹き飛ばされたのだ。
下手をすれば命にかかわるだろう」
「「「・・・」」」
フィルニイリスからもたらされた追加の情報。
ミリスの解説に、護衛部隊の面々はもはや言葉も無かった。
――――――――――
「えっと、大丈夫?」
「うむ。
心配かたじけない」
レキの一撃を食らい崩れ落ちたニアデルは、レキの治療によって再び意識を取り戻した。
一試合目の様な混乱も無く、当然結果も理解している。
「・・・完敗だ」
「お父様・・・」
完敗だった。
「我が必殺の突きを真正面から切り払うとは、このニアデル感服いたしました」
「えっと、ありがと?」
「うむ」
すがすがしいほどの完敗に、ニアデルは爽やかな笑顔でレキを称えた。
ニアデルの笑顔と言葉に、首を傾げながらも素直に受け取るレキ。
強くともレキはまだ子供。
負ければ当然悔しく、泣いてしまう事もあるだろう。
事実、同い年のフランはレキに負けては何度も悔しがっている。
そんなお子様と違い、ニアデルの態度は実に清々しいものだった。
もっとも、この国の騎士団は皆、レキに負けても笑顔で握手をするか再戦を求めてくる脳筋ばかり。
レキが首を傾げたのは「おじさんもみんなと一緒なのかな?」と思ったからだ。
「じゃからレキは強いと言うたのに」
「まさにフラン様のおっしゃる通り。
私の目が曇っていたようです」
「うむ、分かれば良いのじゃ」
ここぞとばかりにフランが胸を張り、ニアデルも己の過ちを素直に認めた。
一試合目は油断や驕りがあったが、二試合目は最初から全力で挑んでいる。
その全力を真正面から切り払ったレキは、間違いなく強者だ。
試合に満足し、結果にも納得したニアデルは、敗者であるにもかかわらず清々しい笑顔を見せていた。
「さて、ニアデルよ。
これでもう分かったかな?」
「おお、これは陛下。
もちろんです。
レキ殿の実力は身をもって思い知りました」
「うむ、そうか」
今まで何処にいたのやら・・・。
この試合を企んだ国王ロランがニアデルに声をかけた。
見ようによっては敗者に鞭打つような言葉も、ニアデルは笑顔で応じている。
ニアデルの言葉に一つの懸念が解決したのか、ロランもまた笑顔で頷いた。
今レキは国王ロランの庇護下に居る。
それはレキがまだ幼い故だ。
力はあれど知識の足りないレキは、その力を正しく振るうべく今必死になって知識を身に着けている最中である。
そんなレキの実力は、御前試合によってある程度貴族達の知るものとなった。
レキに擦り寄ろうとする貴族は多いだろう。
王族であるフランの命の恩人にして、友人でもあるレキを利用すべく近づいてくる者。
そんな者達からレキを守る為、ロランは御前試合終了直後に「レキを王家の庇護下に入れる」と宣言したのだ。
当然この宣言に反発する貴族は多かった。
レキの事を良く知らない貴族は、知らないが故にレキを自分の屋敷に招待したいと申し出た。
レキの力になると宣言した宰相アルマイスが断り続けているとは言え、表面上は好意的に見える申し出を断り続けるのは困難であった。
だからこそ一計を案じたのだ。
武人であり公爵でもあるニアデル。
フラン達が野盗に襲われた事件の関係者であり、ニアデル自身その責任を感じていた。
レキと合わせ、レキの実力を見せつけた上で庇護下に入れた理由を話す。
つまり、公爵であるニアデルを味方に引き込もうと言う計画だったのだ。
その目論見は成功するだろう。
レキの実力を知り、更にはその真っ直ぐな性根に触れたニアデルは、武人としてレキに心酔しているようにも見える。
ニアデルの、武人というより脳筋的な一面も出てしまっているが、それも悪くは無いだろう。
ある意味レキ以上に真っ直ぐな気質のニアデルならば、レキを利用しようなどとは思わないはずだ。
好意的に接しつつ、レキの力を他の貴族が利用しないよう共に牽制してくれるに違いない。
そこまで考えての模擬戦。
結果はこれ以上無いほどのものだった。
ただ・・・。
「してレキ殿。
レキ殿は明日もここで鍛錬を?」
「へっ?
うん」
「そうか、うむ」
「?」
どうやら、少々脳筋が過ぎているようだ。
――――――――――
「次はわらわの番なのに・・・」と項垂れるフランを引きづり、レキ達は最初の部屋へと戻った。
野盗襲撃の件から始まり、道中の様々な出来事を当事者であったミリスやリーニャも交え、ニアデル達に語って聞かせる為だ。
レキの武勇伝にニアデルが心底感服し、娘のルミニアはまるで創作物に出てくる英雄を見るような目でレキを見ていた。
レキが照れ臭そうにモジモジする中、話はそのまま夕食の時間までもつれ込んだ。
その時の面子を交えての夕食は、今回もフランの独壇場となった。
ニアデルがフランのおしゃべりに感嘆の声を上げ、時折ルミニアがどこか羨ましそうな目をするも、イオシス公爵親子を迎えての夕食は賑やかに終わった。
そして翌日。
「ルミはもう帰ってしまうのか?」
フランの無事を確認し、事の詳細を知ったイオシス親子。
三月ほど前にフィサス領に行ったばかりだが、その時ルミニアは病み上がりで満足に遊べなかった。
折角会いに来てくれたと言うのに、もう帰りそうなルミニアにフランが残念そうな顔をした。
「それなのですが・・・」
そんなフランの寂し気な様子に、ルミニアは笑顔でこう答えた。
「お父様は陛下と相談する事があるそうなので、その間私も王宮でお世話になります」
「おおっ!
それは本当か、叔父上?」
「うむ、少なくとも一月ほどは滞在する事になりましょう」
「おお~!」
フランが野盗に襲撃された件に加え、レキの今後の扱いに関していろいろ話し合いをするらしく、その間娘のルミニア共々王宮で過ごす事になったらしい。
その言葉に歓び、この一月どう過ごそうかとフランとルミニアは早速笑顔で話し合いを始めた。
「ルミニア」
「はい、お父様」
「折角王宮に居るのだ。
フラン様だけでなくレキ殿とも友誼を結ぶが良い」
「お、お父様っ!?」
友誼を結べ。
ただの子供であれば単に仲良くなれと言う意味だろう。
だが、ルミニアは公爵家の娘である。
対してレキは平民だが、同時に英雄でもある。
あれ程の力の持ち主。
剣術だけでなく魔術も凄まじい事は、昨夜の夕食時にフランやフィルニイリスから語られていた。
実際に見たわけではないが、あれほどの力を見せつけられた後だ。
宮廷魔術士長のフィルニイリスの説明もあり、信じる他無かった。
それほどの相手と、貴族の娘として友誼を結ぶ。
つまりは将来を見越して仲良くしろという事。
「あれ程の武人が側にいるのだぞ?
少しでも多く手合わせせねば損であろう?」
と、ルミニアは考えたようだが、どうやら違ったらしい。
「・・・お父様」
「ん?
どうしたルミニアよ、そんながっかりしたような顔をして」
「が、がっかりなどしておりません!」
「お、おおそうか」
何故ルミニアががっかりしたか、その理由に気付く者はここにはいなかった。
「おおそうじゃ!
ルミもレキと鍛錬するのじゃ!」
「フラン様?」
「わらわはもう二度と、わらわの為に誰かが傷つかぬよう強くなるつもりじゃ」
「っ!」
「わらわが弱ければわらわを守る為に誰かが傷つく。
わらわが強ければその分誰かが傷つかずに済む。
何よりただ守られるだけなのはもう嫌なのじゃ」
「フ、フラン様」
例の事件でフランの思うところは多かった。
自分を逃がす為、命懸けでその場にとどまった護衛部隊の面々。
フランを守る為、リーニャはその身を犠牲にし、ミリスとフィルニイリスは傷つきながら懸命に戦った。
それを、フランはただ見ている事しか出来なかった。
更にはレキという同い年の少年に救われた事で、フランの中に強さへの渇望が芽生えたのだ。
王宮に戻ってからのフランは、それまで嫌々ながらやってきた剣の鍛錬に非常にやる気を見せている。
大好きなレキと一緒にいられるから、という理由だけでは無い。
レキの様に強くなりたいと、心から思ったからだ。
自分がレキの様に強くなれば、リーニャが自分を庇い傷つく事は無かった。
ミリスやフィルニイリスが自分を庇いながら戦う事も無く、必要以上に傷つく事も無かった。
何より、強くなれば自分だって皆の為に戦う事が出来たはず。
そんな思いから、フランは今まで以上に鍛錬にやる気を見せている。
そんなフランの思いを受けたルミニアは・・・。
「・・・私も」
「うにゃ?」
「私も、強くなれるでしょうか?」
元来体が弱く、武術より書物を好むルミニア。
父親に言われて多少鍛錬はしているものの、どうしても好きにはなれなかった。
貴族としてある程度強さは必要だろう。
だが、父親の様な武人になりたいとは思わなかった。
第一、それほどの武を持ってどうするのだろうという思いがあった。
そんなルミニアの考えもあの事件で一変している。
正確には、あの事件と、それを救ったレキの活躍によって、である。
フランが野盗に襲われ、魔の森へと逃げ込んだという話を聞いた時、ルミニアは己の病弱な身を嘆いた。
自分が病気になど罹らなければフランがフィサス領に来る事はなかった。
当然、その帰路で野盗に襲われる事もだ。
行方不明となったフランを捜索すべく、父親であるニアデル直々に捜索の指揮を当たった時にも、ルミニアは何も出来なかった。
指揮を取るための知識も経験もなく、捜索に加わる力も体力も無い。
何も出来ず、ただ部屋で祈るしかできなかった。
そんなフランが無事に王都へ帰還したとの報を受け、父親に無理を行って同行したルミニアは、そこで事件の詳細と、フランを救った英雄と出会った。
フランの語る内容を、ルミニアも最初は信じていなかった。
荒唐無稽の話である。
信じろと言う方が無理だろう。
常人なら半日といられない魔の森に住み、魔の森の強力な魔物を一蹴する程の力を持つ少年。
カランの村を救う為、100匹近いゴブリンの群れをたった一撃で葬った。
呪文を唱える事なく魔術を使い、王国最強の騎士ガレムをも圧倒したと聞かされ、信じる方がおかしい。
そんなレキの実力はフランの語る通りだった。
父ニアデルの全力の突きを真正面から切り払ったレキ。
その一戦は、一夜明けた今でもルミニアの脳裏に強く焼き付いている。
ルミニアにとってレキは、親友であり自分が仕える主でもあるフランの命の恩人というだけでなく、物語に出てくる英雄そのものであった。
その強さにルミニアも強く惹かれ、そして憧れた。
レキと共に鍛錬をすれば、自分も強くなれるだろうか?
フランの様に誰かを傷つけずに済むとか、ただ守られるだけの存在から脱却したいとか、そんな思いではない。
もしまたフランが野盗に襲われるような事があれば、今度は自分がフランを守れるようになりたいと。
もうあの時の様に自分の無力を嘆く事無く、敬愛する主であり、無二の親友でもあるフランの元に、自分の足で駆けつけたいと。
聞かされた事件と、それを救った英雄レキの姿を見て、ルミニアはそう思ったのだ。
レキという存在に父親とは違う理由で心酔し、そんなレキと一緒に鍛錬すればもっと仲良くなれるかも・・・などと言う考えも、まぁ少しだけあったが。
「当然じゃ。
どうせならレキより強くなるのじゃ」
「・・・フラン様」
「一緒に頑張るぞ、ルミ」
「・・・はいっ!」
わずか一月という間ではあるが、イオシス公爵家当主ニアデル=イオシスとその娘ルミニアは王宮に滞在する事となった。
一月、ルミニアはフランやレキと共に毎日汗を流した。
共に滞在したニアデルもまた、暇を見てはレキと手合わせを行い、非常に満足気だったという。
レキと手合わせをしたいが為に王宮に滞在したのでは?と訝しむ声もあったが、面と向かって聞くものは誰もいなかった。




