第100話:ニアデルとの再戦
王宮に来てからというもの、レキは毎日のように騎士達と手合わせをしている。
大抵の騎士は一度手合わせすれば(その日は)満足するが、負けてすぐ再戦を申し込んでくる者も中にはいる。
例えば騎士団長のガレムとか。
脳筋にも種類がいるのだとフィルニイリスに言われ、レキも何となく理解していた。
「ダメじゃ!
レキはわらわと鍛錬するのじゃ!」
「そ、そこを何とか、フラン様」
どうやら、ニアデルもガレムと同じ種類の脳筋らしい。
強者との戦いに喜びを見出す種族、とでも言うべきか。
領主としての手腕は優れているそうだが、それでも二アデルは根が武人らしい。
フランの護衛として毎度同行するミリスとの手合わせを楽しみにしているだけの事はある。
そんなニアデル公爵が、武舞台上でフラン王女と言い争っていた。
いつもならこの時間、フランはレキと仲良く剣術の鍛錬をしているはずだった。
イオシス親子の急な来訪で予定は変わったが、親友であるルミニアと会えたのは素直に嬉しかった。
そんなルミニアにレキを紹介できたのも、レキにルミニアを紹介できたのも、レキとルミニアと三人で一緒にいられる事も、フランは嬉しかった。
折角大好きな二人といられるというのに、先ほどからレキはニアデルの相手ばかりしている。
ただでさえ自分との時間を後回しにされたフランである。
これ以上自分との時間を無くされてなるものかと、両手を振り上げ激しく抗議している。
「レキ殿がコレほどの強者とは思わず、自身が強者であると勘違いし、油断した私が悪いのは分かっております。
戦いに次など無いことも。
だが、それでもどうかお願いしたい。
レキ殿、今一度、今一度私と戦ってはくれないだろうか」
そんなフラン王女の心情も知らず、ニアデル公爵が熱く必死にレキとの再戦を懇願する。
「ダメじゃ!
レキはわらわと鍛錬するのじゃ!」
「一時間、いえ三十分で良いですから」
「ダメじゃ!」
いつかのガレムとのやり取りを彷彿とさせるフランとニアデルのやり取り。
間に挟まれたレキが困ったように辺りを見渡せば、ミリスはさっと目を逸し、フィルニイリスは我関せずといった風情でボーっとしていた。
一応、この場には国王もいるのだが、こちらは一歩下がった場所でにこやかに見守っていた。
レキは別にニアデルと再戦する事に不満は無い。
予想外にあっけない結果に、いささか物足りなさを感じているくらいなのだ。
自分の力を見ると言って挑んできたのだからと、てっきりガレムの様に攻めきれないだとか、ミリスの様に上手くいなされるとか、そんな戦いを予想していた。
騎士団には少ない槍使いにワクワクもしていたというのに、蓋を開けてみれば一撃で終わってしまった。
言葉は悪いが、はっきり言って拍子抜けしてしまっていたのだ。
もちろんそれを正直に告げるほど、レキは考え無しではない。
八歳児と言えど言って良い事と悪い事の区別くらいはつくのだ。
いくらたった一撃で倒してしまった相手であっても、その一撃にレキ自身が不満を抱いていても、だ。
だからこそ、こうして言い争っているフランやニアデルに困っているのだが。
「いい加減になさって下さいっ!!」
そんなレキを見かねたのか、あるいは身内の醜態に我慢できなくなったのか。
ニアデルの言動に呆気にとられていたルミニアが、フランと口論する父親に割って入った。
「止めるなルミニア。
コレは武人として譲れない事なのだ」
「武人なら潔く敗北をお認めになって下さい」
「敗北など初っから受け入れておる。
だがあれほどの一撃を繰り出したレキ殿と、今度は全力で戦いたいと思うのは仕方ないのだ」
「でしたら日を改めるのが筋ではありませんか?
レキ様はお忙しい中お父様との試合を受け入れて下ったのです。
この上更に我が儘を通すようでは、それこそ武人としての恥にはなりませんか?」
「ぬぅ・・・」
フラン相手に一歩も引かなかったニアデルだが、娘のルミニア相手では分が悪いらしい。
フランのように感情で物を言うのではなく、幼いながらも聡明な頭脳を駆使し、ルミニアは理屈で言い返す。
公爵であり、フィサス領の領主でもあるニアデルだが、中身は武人でありガレム以下王国騎士団と同じ脳筋である。
故に、娘とはいえ武力より知力に秀でているルミニア相手に、口ではもう勝てなくなっているのだった。
「大体フラン様やフィルニイリス様のお話を信じず、レキ様相手に油断したのはお父様の方です。
でしたら先程の結果は全てお父様の自業自得です。
何も出来ずに終わったとしても、それがお父様の招いた結果です」
「くっ・・・。
い、いやだからこそだな」
痛いところをつかれたニアデルだが、同時にそれこそがニアデルが再戦を申し込んだ理由でもある。
「レキの実力を見る」などと偉そうな事を言いながら、何も分からず一瞬で倒されてしまったニアデル。
何の為に試合をしたのか、コレでは分からないのである。
「せめてレキ殿の力の片鱗だけでもだな・・・」
「その片鱗すら理解できないのが、今のお父様とレキ様の力の差です」
「ぐぬぅ・・・」
元々ニアデルがフラン達の話を信じなかったのが原因。
試合を言い出したのは国王だが、ニアデルがフランやフィルニイリスの話を信じていればこのような事態にはならなかった。
何もかもニアデルの自業自得。
だが、そんなニアデルに救いの手を差し伸べる者がいた。
「オレ大丈夫だよ?」
「にゃ!?」
「えっ?」
レキだった。
フランの機嫌を考えれば受けない方が良いのだが、もう一戦くらいなら"直ぐ"終わるだろうと考えての事だ。
公爵相手に非常に失礼な考えである。
もっとも、レキは貴族の階級など分かっておらず、ニアデルの事もフランの友達のルミニアのお父さんとしか認識していない。
遠くからわざわざフランを訪ねてきたんだから、少しくらい我が儘を聞いてあげても・・・と考えたのである。
「おおっ、流石レキ殿。
懐が深い」
「よ、良いのですかレキ様?
いくら公爵家と言えども此度の件は何もかもお父様が・・・」
「大丈夫。
オレももう一回やりたいし」
もう一回やりたかったなどと気軽に言うが、公爵が負けを認めた上で再戦を申し込んでいるのだ。
他の貴族ならば試合を受ける代わりに何かと条件をつけるところである。
もちろんレキがそんな事を考えるはずもなく、第一そんな駆け引きが出来るほどレキは賢くない。
「かたじけない」
「もうっ、お父様ったら」
そんなレキの懐の深さに、ニアデルは心から感謝した。
「む~!」
こうして、どこぞの王女が不満を抱く中、レキとニアデルの再戦が決定した。
――――――――――
「勝負となれば話は別。
今度こそ全力で挑ませていただく」
「うんっ!」
意気揚々と、再び武舞台上に上がったニアデル公爵。
ニアデルが意識を取り戻すまでの間、フランと一緒に剣を振っていたレキも準備万端である。
「む~む~!」
「あ、あのフラン様。
この度はお父様が我が儘を・・・」
反面、折角のレキとの鍛錬を邪魔され、フランがこれでもかと言うほど頬を膨らませていた。
不満で不機嫌じゃと、全身で訴えているようだ。
その原因が自分の父親とあって、フランの隣でルミニアが必死に頭を下げていた。
「・・・ルミのせいではない。
叔父上とレキが悪いのじゃ」
「レ、レキ様はその、お父様の我が儘をお聞きくださっただけで」
「違うのじゃ。
レキはきっと物足りないから受けたのじゃ」
「も、物足りないですか」
レキも悪いとフランは言う。
試合と言うのは申し込んだ方だけでなく受けた方にも原因があるからだ。
同時に、先程の試合後のレキの様子から何か察したのだろう。
魔の森で出会ってからずっと、王宮でも暇を見つけては一緒にいるだけあって、レキに対する察しの良さはフランもなかなかだった。
「どうせガレムの時みたいに一瞬で終わったのが不満なのじゃ」
「「うっ」」
「い、一瞬でと言われましても、あれはお父様が油断なさってたから」
「「がっ」」
「レキ相手に油断など愚か者のする事じゃ」
「ぐっ」
「お、お父様とレキ様は初対面ですから」
「武人と言うなら初対面でも相手の実力くらい察するものじゃ」
「「ぐふっ」」
「大体レキの凄さはわらわが言うたのじゃ。
にも関わらず油断するなど武人としてあるまじき行為であろう」
「「がはっ」」
「おじさん大丈夫?」
「あ、ああ・・・なんとかな」
「ガレムのおじさんは?」
「・・・つらい」
"一瞬で終わった"、"油断したのが悪い"、"愚か"、"武人なら・・・"
フランとルミニアとのやり取りから聞こえてくる様々な単語がニアデルに、一部は審判を務めるガレムの心にも突き刺さった。
事実である以上反論も出来ず、哀れニアデルは試合が始まってもいないのに致命傷を食らっていた。
そしてガレムも、試合をしていないにも関わらず敗者の顔をしていた。
「・・・そ、そろそろ、よろしいですかな?」
「う、うむ。
そうだな。
とっとと始めようではないか。
・・・これ以上傷を負わないためにも」
「・・・ですな」
「傷?」
「「何でもない」」
先程同様ガレムがレキとニアデルの間に立ち、試合を取り仕切る。
「では双方、構え!」
「・・・ぬんっ!」
ガレムの合図に、二アデルが槍を構えた。
「ん?」
先程とは違い、切っ先を真っ直ぐレキに向ける。
体は半身に、足は肩幅よりなお広く、右手で槍の後方を持ち、左手は槍の中央よりやや穂側を持つ。
視線はレキを真っ直ぐ捕らえ、いつでも踏み込めるように僅かに重心を前に傾ける。
穂先はレキの眉間を捕らえ続けている。
ニアデル必殺の突きの構えだ。
「先程は武人にあるまじき醜態を見せてしまったが、今度はそうはいきませぬ」
「うん!」
ニアデルの本気が伝わったのか、レキもまた構えを取った。
以前の御前試合の時とは異なり、左の剣を前に、右の剣をわずかに後方に構える。
膝を曲げ、御前試合の時より更に腰を落とす。
今すぐにでも飛び出しそうな、そんな構えだ
「・・・お、お父様」
「むぅ・・・」
まるで野生の獣同士がぶつかり合い、試合では無く喰らい合いが始まりそうな気迫が伝わってきて、見ているルミニアが思わず呟いた。
先程までとは明らかに違う。
娘のルミニアですら久しく見ていなかった、ニアデル本気の構え。
隣に居るフランも思わず唸った。
レキが強者である事はフランが一番知っている。
いくらニアデルとてレキに勝てるはずもない。
にも関わらず声を漏らしたのは、それだけニアデルの気迫が凄まじいからだろう。
「レキ殿」
「何?」
「全力でいかせて頂く」
「うん!」
ニアデルは本気である。
それは、先程の試合での醜態を挽回する為ではない。
強者であるレキに対し、半端な試合をしてしまった事への謝罪故だ。
武人であるからこそ、無礼は試合で返すべく今度こそ全力で挑むのだ。
穂先は相変わらずレキの眉間を捕らえ続けてる。
今すぐにでもレキの眉間を貫こうとしているその刃に、見ている者が思わず息を飲んだ。
対するレキは冷静そのもの。
ただの子供であれば、ニアデルの気迫に泣いて逃げ出しただろう。
だが、レキは五歳の頃から魔物の溢れる森で生きてきた。
常にレキの身を喰らわんとする魔物たちに囲まれながら、逆に魔物を狩り続けてきたのだ。
ニアデルのような武人の気迫を受けたのは初めてだが、それ以上の敵意なら日常的に受け続けてきた。
レキの命を狙う牙や爪、そのすべてを返り討ちにしてきたレキである。
今更槍の穂先を前に怖気づくような、そんな弱気など持ち合わせていない。
ニアデルの穂先がレキの動きに合わせるかのように微妙に動く。
常に眉間を穂先に狙われながら、レキもまた目の前の獲物を打ち倒さんと身構えている。
ただの模擬戦であるなど誰が思うだろうか。
互いに刃は潰されているにも関わらず、二人はまるで互いの命を奪わんとする獣のようだ。
両者の間に言葉はなく、後はただ試合開始の合図を待つだけ。
ニアデルの穂先がレキの眉間を貫くか、それともレキの剣がニアデルを両断するか・・・。
その結果は間もなく訪れようとしている。
「・・・始めっ!」
「つあっ!」
ガレムの合図にニアデルが飛び出した。
先程は自分が強者だと驕り、挑戦者であるレキの攻撃を受けるつもりだった。
それこそが過ちであり、ニアデルこそが挑戦者だったのだ。
だからこそ、今度は挑戦者らしくニアデルの方から攻撃を仕掛けた。
全力の突き。
穂先でレキの眉間を捕らえたまま、体を使い槍全体を押し出すような鋭いそれは、レキの頭部を全力で貫かんとする基本にして必殺の突きである。
相手の視線に合わせた突きは、線ではなく点としての攻撃。
盾で防ぐならまだしも、剣で切り払うには相当の技量が必要だろう。
鍛え上げられた体躯から繰り出される突きは、その速度も相当なもの。
生半可な者なら、気が付いた時には眉間を貫かれているだろう。
だが、レキを相手にするには不足だった。
ニアデルの突きを真正面に捉えつつ、レキは体をわずかに沈みこませる。
レキめがけて突っ込んでくる、フォレストウルフの群れを相手にする時の戦い方だった。
フォレストウルフの群れと戦う際、大事なのは引かない事。
引けば別のフォレストウルフが飛びかかってくる。
躱すのは良いが、後ろに下がればそこは死地なのだ。
レキは引かない。
全力で飛びかかってきたフォレストウルフを、それ以上の速度で持って切り払うのみ。
「たぁっ!」
槍を用い全力で喰らいつこうと突っ込んできたニアデルを、それ以上の速度で切り払った。
ニアデル以上の速度で飛び出し、ニアデルの槍を右の剣で切り上げ、ほぼ同時に振るわれた左の剣がニアデルの胴体を捕らえた。
「がはっっ!」
勝負は一瞬。
それだけなら先程と同じ。
違うのは、それが互いに全力であった事。
もちろんレキは身体強化を施していないが、それでも本気で剣を振るっている。
刃が潰されていなければ、間違いなくニアデルは両断されていただろう。
それほどの一撃だった。
対するニアデルもまた、全力で突きを放っていた。
こちらは身体強化を施した上での突きである。
槍の穂先を相手の目線に置き、全身を使っての全力の突き。
穂先に集中させる事で距離感を狂わせ、真っ直ぐ突くことで迎撃すら困難にさせる。
避けられても相手の体制は崩れ、すぐさま追い打ちをかける事が可能な、ニアデル必勝の攻撃だった。
そんなニアデルの一撃も、レキには及ばなかった。
「勝者、レキっ!」
『うおぉ~~~!!!』
ガレムの宣言を合図に、鍛錬場が歓声に包まれた。




