第98話:ニアデル=イオシス公爵との試合
「お、お父様。
その格好は?」
「ん?
なんだルミニア、聞いておらんかったのか?」
自分達の後ろをついて来ていたはずの父親が、何故か鎧を身に着け、そして槍を手にやってきた。
ここは騎士達の鍛錬場。
場所を考えれば何もおかしな姿ではない。
だが、なぜ父が今そのような姿をしているのか、という疑問が浮かんだ。
「今から私がレキ殿と模擬戦をするのではないか」
「えっ?」
「へっ?」
そんなルミニアの疑問に、父であるニアデルが当たり前の様に答えた。
「なんだ、本当に聞いてなかったのか?」
ニアデルの答えに驚くルミニア。
その隣では、レキとフランが首を傾げていた。
そんな三人に「まったく仕方のない奴め」とでも言いたそうなニアデルが、呆れ顔のまま説明を始めた。
鍛錬場に来たのはニアデルがレキの力を見極める為。
ならば武装するのは当然。
時間がかかったのは鎧を身につけるのに手間取ったから。
「い、いえ、そうではなく・・・。
模擬戦のお話は私も重々承知しております。
ですが・・・」
「む?」
「おじさんが戦うの?」
そんなニアデルの回答は、残念ながらルミニアの求める物では無かった。
模擬戦の事は聞いているが、戦うのがニアデルその人だとは聞いていない。
それはレキも同じである。
戦う相手はガレムかミリスだとばかり思っていたのだ。
以前の御前試合もそうだったが、レキの力を見るには王国最強の騎士ガレムはうってつけの相手である。
実力もさることながら、レキにぶっ飛ばされても平気なのはガレムくらいだからだ。
「レキ殿の力を見るのであれば、私自身が相手をするのが一番であろう?
聞けばガレム殿とは何度も戦ったそうではないか。
同じ相手と戦っても面白くはなかろう?」
「ん~」
レキの実力を知りたがっているのはニアデル自身。
ならば、そのニアデルが直接戦うのが手っ取り早い。
そこまでは何となく分かるレキだが、面白いかどうかに関しては良く分からなかった。
「ま、いっか」
手合わせ自体は嫌いではないので、レキはあっさりと了承した。
初めて戦う相手。
相手は剣ではなく槍を持っている。
フロイオニア王国騎士の武装は基本的に剣と盾であり、槍使いもいるにはいるが戦った事が無かった。
どんな戦い方なのかな?などと考えてしまう辺り、だいぶ騎士団に感化されているのかも知れない。
「よ、よろしいのですかレキ様?」
「へっ?
うん」
そんなレキと違い、ルミニアは戸惑いが消え去っていない。
レキは知らないが、ルミニアの父ニアデルは公爵であると同時に武人でもある。
ガレムには及ばないまでも、「槍のニアデル」と言えば国内でもかなり有名な実力者なのだ。
フランがフィサス領に訪問する度、同行するミリスと何度も手合わせをしては互角に渡り合っているほど。
「へ~、凄いんだね」
「はい。
ですからレキ様、無理はなさらないで下さいね」
「うん!」
自分が(身体強化をしないと)勝てないミリスと互角と聞いて、レキは俄然やる気になった。
「うむ、良い顔だ」
そんなレキを見て、ニアデルが笑顔を見せる。
相手は子供。
全力を出すつもりは無いが、稽古をつけると思えばいい。
娘のルミニアが武術より読書を好むせいか、娘に稽古をつけれやれず少々残念に思っていたのだ。
娘の代わりというわけではないが、やる気のある子供に胸を貸すつもりのニアデルでいた。
――――――――――
「良いかレキ。
絶対に勝つのじゃぞ!」
「うん、頑張る!」
「怪我をなさらないようお気をつけて下さいね」
「うん、ありがと」
フランの励ましとルミニアの気遣いを受け、レキが武舞台に立った。
いつもの様に動きやすい服装と模擬専用の剣を両手に立つレキは、どことなくワクワクしているように見えた。
「イオシス公爵。
決して油断なさらないようご注意を」
「うむ、分かっておる」
「公爵。
怪我しないように」
「うむ、かたじけない」
対して、ガレムやフィルニイリスの気遣いの真の意味に気付かないまま、ニアデルも武舞台に上がった。
鍛錬場に来る前に身に着けた鎧と、自身の身長より僅かに長い槍。
鍛えられた体と恵まれた体躯。
はたから見ても実力者である事は間違いなかった。
武舞台上の両者。
両手に剣を持ち、体を軽くほぐしだすレキ。
鍛錬の前には準備運動が必要だと、ミリスに強く言われている。
対するニアデルもまた、準備運動なのか槍を振り回した。
恵まれた体躯から繰り出される鋭い刺突や薙ぎ払い。
それにより発生する風を切る音が、武舞台の外にまで聞こえてきた。
「お~」
その鋭さに、レキが感心したような声を漏らした。
間近で見る槍さばき。
初めて戦う槍士に、今からワクワクしていたりする。
「レキは槍使いと戦うのは初めてだったな」
「そうなのですか?」
「ああ、騎士団との手合わせはそれこそ毎日やってはいるのだが、慣れるまではなるべく剣士としか戦わせないようにしているからな」
そんなレキの心情をミリスが冷静に見抜いた。
ニアデルの槍は鋭く、実力なら大隊長クラスと言われているミリスでもさばくのは容易では無い。
だが、いくら鋭くてもレキには及ばないと言うのがミリスの見解である。
いや、この場にいる者でレキが負けると思っている者などほんの一握り。
レキの実力を知らない護衛部隊の面々、あとはニアデル本人と、その娘であるルミニアくらいだろう。
「まさか怖じ気づいたのではあるまいな?」
「へっ?」
試合前の軽い素振りに感心していたレキに対し、ニアデルが冗談交じりにそんなことを言った。
ニアデルとて本気で言ったわけではない。
子供のレキを揶揄う為のいわば軽口のようなものだったが、レキの実力を知る者からすれば「何を言っているのだろうか」と言いたくなる台詞だった。
しかし相手は公爵。
冗談でもそんな事を言えるはずもなく、見守る騎士達は皆、公爵に気付かれぬよう顔を背けるのだった。
「そろそろ始めようか。
ガレム殿、よろしくお願いしますぞ」
「はっ」
ニアデルに呼ばれ、審判役のガレムがレキとニアデルの間に立った。
「これより、イオシス公爵とレキとの模擬戦を始める。
双方、よろしいか?」
「おう」
「うん!」
ガレムの言葉にニアデルが応じ、レキも元気に頷いた。
「では双方、構え!」
「ぬんっ!」
「構え」の合図にニアデルが両手で槍を持ち、上段に構えた。
格下の相手に胸を貸す構えだった。
「あちゃ~」
「仕方ない」
ミリスが額に手を当て天を仰ぎ、フィルニイリスがそんなミリスの肩にそっと手を置いた。
レキの実力を知る者からすれば、ニアデルの言動は全てが自殺行為としか思えないものだった。
「ミリス隊長、あの少年は一体?」
「あ、ああ。
そうだな・・・」
先程も問いかけた質問。
ニアデル達の登場で答えを聞きそびれた護衛部隊の面々。
何も今聞かなくてもと思うが、レキの実力を知らない護衛部隊からすれば、今から行われる試合の意味が分からないのだ。
共にフィサス領に行った護衛部隊の面々は、当然ながらニアデル公爵の実力は知っている。
フィサス領に着くなりミリス共々鍛錬に付き合わされているからだ。
脳筋はどこにでもいる、とはフィルニイリスの言葉である。
剣姫と称されるミリスに匹敵するほどの実力を持つニアデル公爵。
対峙するレキは、どう見てもただの子供である。
槍と双剣という、明らかに間合いの違う武器で対峙する両者。
ニアデルの構えこそ子供に稽古を付けるものだが、稽古なら何も今行わなくても良いはず。
「詳しい話は試合が終わってからするが・・・」
「この試合はレキの実力を知る為のもの。
知らないのはあなた達とイオシス親子位だけど」
「・・・はぁ」
今まさに試合が始まろうとしているタイミングである。
詳細を後回しにされるのは仕方ないとは言え、続くフィルニイリスの言葉に護衛部隊はなんとも言えない返事を返した。
レキという少年は騎士を志望する子供なのだろうか?
無邪気さからニアデル公爵に勝負を挑み、ニアデル公爵が応えたのか?
若さと言うより幼さ故の無謀と言うより我儘。
それに大人の度量でニアデルが応えた。
レキの実力も事の成り行きも知らない護衛部隊の面々は、この状況をそう判断した。
とあれば先程のミリスの仕草も納得がいく。
槍を上段に構えた、明らかに上位の者がする待ちの姿勢に対し、レキはろくに構えも取っていない。
折角ニアデル公爵が胸を貸して下さると言うのに、まともに構えを取らない子供。
ミリス隊長がレキの無知を嘆き、フィルニイリス殿が無知故に仕方ないとしたのだろう。
「・・・始めっ!」
事情も、レキの実力も知らない護衛部隊がそんな勘違いをしている間に、ガレムが試合開始を宣言した。
だが、開始の合図があったにもかかわらず、ニアデルもレキも動こうとしなかった。
ニアデルの方は分かる。
あの構えは相手の攻撃に対する待ちの構えだからだ。
レキが攻めない限りニアデルは動かないだろう。
レキが動かないのは相手がニアデルだからだろうか。
あるいは槍を持つ相手にどう攻めたら良いのか分からないからか。
何れにせよ、この試合はレキが動かなければ始まらない。
「どうしたレキ殿。
どこからでもかかってくるが良い」
「う~ん・・・うん!」
ニアデルもそう考えたのだろう、レキを促した。
それに対し、少し悩む素振りを見せたレキだが、何やら決意したように軽く前傾姿勢を取った。
そして・・・。
「でやっ!」
気合とともに飛び出し、一瞬でニアデルの懐に入ったレキが、その勢いのままに右の剣を振るう。
そして。
「なっがはっっっ!」
懐に入られ、ニアデルは無防備な脇腹を剣で打たれた。
油断もあったのだろう。
レキの実力を見誤り、自分が上位だと信じて疑わず、レキの攻めに対し完全な待ちの体勢を取っていた。
剣の届く間合いに入ろうと寄ってきたレキに構えた槍を軽く振るう事で牽制し、隙あらばその剣すら打ち払うつもりだった。
一瞬で懐に入られ、槍を振るう間もなく強烈な一撃を脇腹に叩き込まれてしまい、ニアデルは場外まで飛ばされてしまった。
「・・・はっ!
お、お父様っ!」
目の前で起きた事を把握するのに時間がかかったのだろう。
一瞬遅れて、娘であるルミニアが吹っ飛んだ父親の下へとかけて行った。
――――――――――
「お父様っ!
しっかりなさって下さい!
お父様っ!!」
勢い良く場外へ吹っ飛んでいったニアデルに、娘であるルミニアが慌てて駆け寄る。
父親が負けた事もそうだが、たった一撃で、あれほど勢いよく飛んでいくなど想定外にもほどがあったのだ。
槍なら誰にも負けぬと日頃から豪語し、騎士団長ガレムや剣姫ミリスとも互角に渡り合っていたニアデル。
ルミニアはそれほど武には明るくはないが、それでも父親の強さは分かっているつもりだった。
だから、そんな父親を一撃で倒したレキの強さと、父親のやられっぷりにしばし呆気に取られてしまったのだ。
上段に構えたが故に無防備となった脇腹。
実戦なら見せない隙をあえて見せたのはそこに打ち込ませる為だった。
躊躇ったり勢いが弱ければ容赦なく打ち払うつもりだった。
全ては、レキを子供と侮った結果である。
「お父様!
お父様っ!」
場外で倒れる父親に、娘であるルミニアが必死に声をかける。
まさか一撃でやられるとも、場外まで吹っ飛ぶとも思っていなかったイオシス親子。
その際頭を打ったらしく、ニアデルは意識を失っているようだ。
「「・・・は?」」
理解が追いついていないのはイオシス親子だけではなかった。
レキの実力を知らないフラン護衛部隊もまた、目の前の出来事についていけなかった。
ニアデル同様レキを子供と侮り、ニアデル公爵が子供のレキに稽古をつけて差し上げる為の手合わせだとすら思っていた護衛部隊の面々である。
このような結果になるなど誰も思わず、唖然とするのも無理はない。
「あ~」
「うん、仕方ない」
ミリスが再び天を仰ぎ、フィルニイリスがそんなミリスの肩を再び叩く。
「うむ、流石レキじゃ!
じゃが、あまり飛ばなかったのう」
フランは、はしゃぎながらも良く分からない不満を漏らしていた。
「・・・勝者、レキ」
そんな雰囲気の中、ガレムがとりあえず結果を告げる。
「あれっ?」
武舞台上では、レキが首を傾げていた。




