因縁
「如月ってなんでいつもあんなにイライラしてんの」
「あいつの弟ってすごい優秀らしいぜ」
「へぇー、兄貴があんなんだから反面教師ってことなのかな。っていうか、なんでそんなこと知ってんの?」
「あいつと中学同じだったやつが話しててさ、それでーー」
周囲の人間が、こそこそと自分の噂話をしている。
気にくわない。
そう思った悠介は、陰口を叩いてる生徒たちを睨みつける。
そうすると、彼らは何事もなかったかのように別の話題を出し始めた。
席の騒動で、悠介の孤独感は更に深まっていた。
元々は腫れ物を扱うかのような態度を取られていたのだ。
しかし、ついにはそれすら無くなった。
それどころか、先ほどの連中のように噂話や陰口を叩く者まで現れる始末だった。
そういったことを言う人たちは、それが本人まで届くとは思っていないのだろう。
しかし、予期せぬ所で話は広まり、それはやがて本人の元へ届く。
そのことに、彼らは気付かない。
仮に気付いてたとしても、辞める気などさらさらないのだろう。
何故なら、そう思う人は最初からそんな卑劣な真似はしないからだ。
そんな人間が溢れかえってる空間にいるという事実に吐き気がし、悠介は教室を後にした。
立ち上がった瞬間、周囲の空気がざわついた気がしたが、それには気付かないふりをした。
「ありがとうございましたー!」
お得意の営業スマイルを貼り付かながら、少女から商品を受け取る。
自分と同い年くらいなんだろうな、と、悠介はぼんやりと感じた。
「レシートはどうなさいますかー?」
その言葉に無言で首を横に振り、店を後にした。
店員から受け取ったお釣りを制服の右ポケットにしまい、悠介は早速袋の中身を取り出した。
慣れた手つきで商品の袋を破る。
悠介が買ったものは、チョコミントの棒アイスだった。
幼い頃、母がよく買ってきてくれたこともあり、チョコミントは昔から好きだった。
しかし、夏の季節に食べるそれは別格だと悠介は確信していた。
暑い時はチョコミント。
それがお決まりのパターンだった。
周囲の目線も憚らず、歩きながらそれを咥える。
口にした途端、涼しげな空気に口内は満たされた。
食べ続けていると、自分の中の熱も引いていく気がしてそれがたまらなく心地良かった。
熱気に負けてその姿を失ってしまう前に、悠介はそれを全て食べ終えた。
予め店員から貰っていた袋にゴミを入れ、鞄の中へと放り込む。
日は既に傾いており、周囲の景色は闇色に染まり始めていた。
家に帰ろう。
そう思った瞬間、悠介の背中に小さな衝撃が走った。
「なんだーー」
突如視界が激しく揺さぶられ、直後に頬から燃えるような熱を感じた。
身体を抑えられ、されるがままに人通りの少ない路地へと連行される。
襲われた。
考える前に状況を理解できた。
何故なら、悠介にとってこのような出来事は日常茶飯事だったからだった。
「ってーな……」
顔を上げると三人組の男が立っていた。
その中には、先ほど悠介の席に座っていた生徒もいた。
相手が自分と同じ制服を着てることを確認し、悠介はひとまず安心する。
ネクタイの色からして三年だろうか?
少なからず、自分と同じ学年でないことは確かだった。
「こんな所に連れ出して何の真似だよ。助っ人まで呼んでくるなんて卑怯この上ないな」
「昼の時の因縁を晴らしとこうと思ってさ。その方が君にとっても良いかと思って。ねぇ、“お兄さん”?」
その瞬間、落ち着きを取り戻しかけていた身体に再び熱が帯びた。
「……お前、やっぱり喧嘩売ってんだな。どこで弟のこと知ったか知らねーけど、家庭内の事情に首突っ込んでくるのは気にくわないな」
「君の弟は有名だからねー、兄弟逆だったら良かったのにね?」
「いい加減にしろよな、俺に何か恨みでもあるのかよ」
「恨みも何も、俺もお前のこと気に食わないからね。いつも機嫌悪そうな顔してて、構って欲しいのかなんだか知らないけど正直迷惑なんだよ。お前みたいなやつは」
あからさまな嫌悪感をぶつけられた。
そのことに苛ついた悠介は、ありったけの力を込めて舌打ちをする。
「この状況分かってる? そんな舐めた態度取ってると痛い目見るよ?」
教室の時と同じように、自分が有利な状況を確信している口振りだった。
そんな状況でしか威張ることの出来ない目の前の人間が、悠介にはひどく滑稽に映った。
「そう言うお前らこそ、文句言うなよ。こっちは正当防衛だからな」
不利であることは間違いなかったが、内心を見透かされないように悠介は精一杯強がった。
そんな抵抗も虚しく、頰を殴られ、腹には蹴りを入れられる。
その衝撃で、胃の中からムカムカとしたものがせり上がってきた。
体内の熱が急激に上昇する。
その衝動に任せるまま、悠介は抑えられていた肩を振りほどいた。
そこから先は、ほとんど覚えていなかった。