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めぐりめぐるその日まで  作者: たく
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エピローグ

「行ってきます」


声をかけた先にあるのは、綾乃がくれた麦わら帽子だった。


彼女が言った通り、恋しくなった時はそれを被ったりしていた。


そうすると懐かしい匂いに包まれ、誰にも見えていなくても、確かに彼女は存在していたんだと思える。


あれから一年が経ち、悠介は高校生活三度目の夏を迎えていた。


今日は三者面談の日で、これから母と学校に行くところだった。


圭吾はというと、あれから着実と調子を取り戻し、無事に受験を終えることが出来た。


今は、始まったばかりの高校生活を満喫しているようだった。


彼女がきっかけで初めたバイトは今でも続いており、後輩が入ってきたこともあって今では立派な先輩だ。


こういった関係は中学の部活以来で、なんとも感慨深いものがあった。



「おっ、悠介じゃん。これから面談だっけ?」


面談までの間、校舎内で時間を潰そうとしていると、突如声をかけられた。


その正体は、散々自分に嫌味を言ってきた彼だった。


去年の夏休み明けの始業式の日、悠介は彼と和解し、今では多くの時間を共にする友人となっていた。


様々なことがあったが、彼も当初は色々と荒れていたらしい。


似た者同士だったのか、一度心を許し合えば仲良くなるのはあっという間だった。


「そうそう、そっちはどうだったよ」


「それがさ、推薦取るにはやっぱり内申点足りないみたいで、これはいよいよ本腰入れて勉強しないとって焦ってる」


「まぁ、去年とか結構やばかったもんな、俺たち」


「そうだなぁ……」


彼の目は、どこか遠い所を映していた。


恐らく、頭に思い浮かべてる景色は悠介と同じものだろう。


ポケットの中で、携帯が振動した。


内容は母からのもので、そろそろ自分の番が来るから戻って来いとのことだった。


「そろそろ戻らないと」


「おう。頑張れよ!」


エールのつもりか、バシバシ、と肩を思いっきり叩かれ、悠介は「痛いわ」と愚痴を漏らした。



「じゃあ、これから三者面談を始めます。よろしくお願いします」


教師の言葉に合わせ、悠介たちは会釈を返した。


今の担任は、若いながらも生徒からの支持が厚い人だった。


一癖も二癖もある教師が多い中、生徒との距離感を適切に保てるのがその所以だろう。


例えるならば、この高校の母のような人だ。


「早速ですが、悠介くんの進路はこちらでよろしいですか?」


「はい」


差し出された進路調査票には、数ヶ月前に自分が書いたであろう文字が記されている。


あの日以来、自分に何ができるかをひたすら考え続けた。


そして、悠介はついにやりたいことを見つけたのだった。


「なかなかに厳しい進路ですが、本当に頑張りましたね。模試の結果も悪くないですし、このまま行けば問題はないでしょう」


教師の評価に、母は満足気に頷いていた。


「面談といっても形だけで、私からは特に言うことはないんですよね。本人が納得してることが一番大切だと思いますので。その辺、お二方は何かありますか?」


「いえ、私からは……」


「悠介くんは?」


「いえ、自分も特には」


「じゃあ、最後はちょっとした雑談ということで、どうしてこの進路を選んだか聞いてもよろしいですか? 硬くならずに、リラックスして下さいね」


教師は、愛想をふんだんに詰め込んだ笑顔を浮かべた。


母が背中を押すようにこちらを見る。


母の想いを知って以降、悠介はお互いの意見を交わすように心がけた。


自分が全て決めるのではなく、また、母は束縛することなく、着地点を見つける。


もちろん、今回のことも事前に話していた。


「昔、犬を飼っていたことがあるんです。でも、その子は衰弱してて長くは生きられませんでした。もしもあの時、彼女を救う力を持っていればって考えると、すごく悲しいんです。……だから、自分みたいな人が少しでも減れば良いなと思いました」


「立派な目標ですね。頑張ってくださいね。私も応援してます」


「ありがとうございます」


「……それじゃあ、今日はここまでにしましょう。お疲れ様でした」



「まさか、悠介が獣医になりたいなんて言うとは思わなかったわ。これでこそ、働いてた甲斐があったってものよね!」


学校の帰り道、母は隣で一人はしゃいでいた。


その表情からは、息子のことを誇らしく思っていることが窺えた。


「今更でしょ。前から話してたじゃん」


「そうだけど。ああやって先生の前で堂々と言うところ見たら、なんか改めてすごいなって思っちゃって」


「そういうものなの?」


「そういうものよ」


母は以前より明るく振る舞うようになった。


きっと、今まで一人でたくさんのものを抱え込んでいたのだろう。


その証拠に、圭吾が帰ってきて以降はどこか吹っ切れたような態度だった。


母は、いつでも自分たちのことを考えていてくれたのだ。


ただ、それが見えていなかっただけ。


それに対して感謝を述べると、母はすこぶる機嫌が良くなるのだった。


「……学費とか、色々ありがとう。大学行ってもバイト続けて、自分で少しは賄えるようにするよ」


「大変だと思うわよー? 今までとは全く違うことをするわけだし、きっと苦労すると思うわ。だから、無理しなくて良いからね。だけど、悠介がどうしても続けたいなら、そうすればいいと思うわ」


「その時になったらまた考えてみるよ」


慣れ親しんだ道を歩いていくと、見覚えのある場所に辿り着く。


綾乃と出会い、別れた、あの公園だった。


「俺、ちょっと寄り道していきたいから、母さんは先に帰ってて」


無言のまま頷くと、特に詮索することもなく、母は素直に指示に従ってくれた。


あの日と同じで、何も変わっていない。


粒の荒い砂利道も、静かに佇む木々たちも、何度となく寄り添い合ったベンチも。


全てが、悠介の記憶と一致した。


いつかのように、園内をグルリと回る。


それなりの規模のはずなのに、ここにはいつも人がいない。


それはそれで落ち着くのだが、忘れ去られてしまったようで寂しくもある。


この辺に住む子供たちが少ないのだろうか。


昔は誰かしら走り回っていたはずなのだが……。


公園の未来を憂いていると、あっという間に一周してしまっていた。


もしかしたら、進学したらここに来ることは無くなるかもしれない。


自宅から通うとはいえ片道一時間はかかるし、何より忙しくなることだろう。


それに、方向が真逆だった。


名残惜しさを噛みしめるように、悠介は思い出を振り返る。


この一年、本当にあっという間だった。


結局のところ、綾乃が言った通り自分は何も変わっていないのかもしれない。


目の前のことに必死で、もがいている内に時間はあっという間に流れていった。


彼女と過ごした夏休みは、悠介にとって間違いなく特別だった。


きっと、この先あんな出来事はそうそう訪れないだろう。


「俺は、もう行くよ」


思い出を心の奥底にしまい込み、悠介は公園を後にしようと踵を返す。


その瞬間、一際大きな風が悠介を打った。


何かに引き止められたような気がして振り返ると、綾乃とアヤがこちらに優しく微笑んでいた。

これにて完結になります。


最後まで読んでくださった方々、途中まで読んだ方、途中から読んだ方、様々な方がいらっしゃると思いますが、その全ての人たちに感謝します!


最近は本当に物騒ですよね。

悲しいニュースが多く、殺伐とした空気が充満しててとても心苦しく思います。


物質的には充実しているはずなのに、どこか生きづらい世の中ですよね。


もしかしたら、そう思ってるのは私だけじゃないのかもしれませんね。


この物語を書くにあたって、特に、私が高校生くらいの時に思っていたことが強く反映されています。


その時には、まさかこういった形で筆を取ることにはなるとは思いませんでした。


私なりに、様々なメッセージを込めたつもりです。


どれか一つだけでも、それが伝わっていたならばと私としては満足です。


言いたいことはたくさんありますが、それらは作品内で表現してましたので、ここらで閉めたいと思います。


最後に改めて、この物語に関わった人たち全てに感謝を!

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