手紙
悠介くんへ
君がこの手紙を読んでいるということは、どのような形であれ、私が君の前から姿を消してしまったということでしょう。
この手紙に辿り着いてくれて、私は嬉しく思います。
だけど、少しだけ複雑な気持ちです。
何故なら、君は私との約束を破ったということになりますからね。
ここに書いてあることを信じるかどうか、読んだ後にこれをどうするかは君にお任せします。
この先に書いてあることは、私が今まで秘密にしてきた全てです。
正直、話すつもりはありませんでした。
その理由は後の方に書いてあります。
何度も書き直したんですから、ちゃんと最後まで読んでくださいね。
と、その前に謝らなくてはならないことがいくつかあります。
一つ目は、私の正体についてです。
公園で会った時、私は“文月綾乃”と名乗りました。
実は、あれは咄嗟に捻り出した偽名でした。
もっと言うなら、そんな人物は存在しないと言う方が正しいです。
悠介くんが“如月”なので、暦に関係あるものを引っ張り出してきました。
とまぁ、そんなことはどうでも良かったですね。
私の本当の正体。
それは。
かつて君と一緒に暮らしていたチワワでした。
と言っても、信じられないですよね。
どうしたら信じてくれるでしょうか。
……ああ、そうですね。
君は、私を“アヤちゃん”って呼んでくれましたよね。
君から頂いた名前です。
これで信じてくれましたか?
名前を聞かれた時は本当に焦りました。
バレてしまうのではないかって。
あの時、悠介くんは荒んでいました。
そんな君にこの事実を告げたら、もう再起不能になってしまうのではないかと思いました。
出来る限り、傷心を蒸し返すようなことはしたくなかったんです。
……いえ、もしかしたら、自分を正当化したかっただけなのかもしれません。
私は、君に忘れられているかもしれないと恐怖していました。
そんなこと、想像しただけでも耐えられません。
結局、私は自分の身を守ってしまったのかもしれません。
でも、こうして真実を話すことにしました。
それは、今の君ならきっと受け入れられると思ったからです。
あとは、思っていたよりも君が私のことを好いてくれたからです。
だからこそ、このままでは不公平になってしまうと思いました。
告白までしてくれましたからね。
だけど、それに答えることはできませんでした。
だって、私はいずれ必ず消えると知っていましたから。
そうじゃなかったとしても、私は目的を達成したら君の前から姿を消すつもりでした。
ずっと一緒にいたら、君のためにならない。
私は、君が一歩を踏み出すために戻ってきたのですから。
それでも、君が私に恩返しをしたいという気持ちに負けてしまいました。
いくら理由を並べたところで、結局は君と一緒にいたかったのでしょう。
その結果、君を苦しめてしまったのであればごめんなさい。
二つ目に、“あの人”についてです。
これも、私の正体を悟られないための嘘でした。
もう気付いてるかもしれませんが、“あの人”というのは君のことですよ、悠介くん。
でも、そのせいで話がややこしくなり、君に余計な負担をかけてしまいました。
あの時から、君はやたらと“あの人”を意識していましたね。
それで、悠介くんが私に好意を持っているって何となく察してしまいました。
でも、一度言い出してしまった以上引き返すことは出来ない。
それをしてしまえば私の目的は水の泡になってしまう。
私がかつての“アヤちゃん”だと知れば、君は私との接し方に悩んでしまうでしょう。
そうしたちょっとした変化が、お互いの距離感を変えてしまうことがあります。
それに、さっきも言った通りに出来る限り傷を蒸し返したくなかったですからね。
正体がバレることだけは避けたかったんです。
私はどうしても君のことを助けたかった。
私にとっては、それが最優先だったんです。
嘘ばっかりですね、私。
本当はこんなことしたくなかった。
すごく苦しかった。
私のついた嘘に対して、君が何かしようとしてくれるのが。
でも、すごく嬉しかった。
やっぱり悠介くんはすごい人だって、この人は私の知ってる悠介くんで、何も変わってないんだって。
改めて思いました。
だけど、君を苦しめてしまったことには変わりありません。
これに関しても、本当にごめんなさい。
こんな私を許してください。
「ごめんなさい」ばかりじゃ、読む気もなくなっちゃいますよね。
なので、ここからは私の過去や、君への感謝を書きます。
君が私を想ってる以上に、私の方が君のことを強く想っているんですよ?
今からそれを証明します。
私が犬だった頃のことは、写真を見た時に話した通りです。
なので、今回は私が幽霊になってからのことを話しますね。
目が覚めた時には、私はこの姿になっていました。
理由は今でも分からないです。
もしかしたら、誰かが私の想いを汲み取ってくれたのかもしれませんね。
何はともあれ、これはチャンスでした。
初めて出会ったあの日から、私はずっと君に恩返ししたかった。
ようやくそれを叶えられると思っていました。
でも、そこまでの道のりは決して楽なものではありませんでした。
私が幽霊になってしまったと分かったのは、それからすぐのことです。
恥ずかしながら、最初は人に生まれ変わったんだと思っていました。
自分が生きている。
そう信じてやまない私は、何事もなかったかのように多くの人に話しかけました。
君と公園で会った、あの日みたいにです。
結果は知っての通り、誰も私に気付きませんでした。
相手の方に悪意がないのは分かっています。
それでも、ずっと無視されることは辛かった。
存在を否定されてる気がして怖かった。
私はここにいるのにどうして誰も見てくれないのって、ずっと心の中で叫んでました。
犬の頃も似たようなことがあったとはいえ、あの時はまだ認識されていました。
ですが、その差は想像以上に苦しいものでした。
その時になって、ようやく私は自分の正体を理解しました。
君と再び出会う三年前のことでした。
その後は本当に色々なことがありました。
目覚めたのは見覚えのない場所でしたので、とりあえずは手探りで君を探しました。
その道中で、この世界についてを学んでいこうと考えました。
人間社会についてはサッパリでしたからね。
幸いにも私は幽霊でしたので、修羅場に居合わせても誰からもお咎めなしでした。
それどころか、自分からそういう所に飛び込むこともあったくらいです。
せっかくこうして幽霊になってしまったのですから、有効活用しないと勿体無いですからね。
幽霊ってすごいんですよ。
お腹空いたりしませんし、病気になるわけでもありません。
あまりにも快適過ぎて、我ながらびっくりしました。
そんな風に生活していく内に、無知だった私は次々と知識を身に付けていきました。
結果的に、こうした経験が君の役に立つことになって良かったと思います。
記憶だけを頼りに君を探すのは困難を極めました。
何かあっても誰にも聞けませんし、地図も全く読めません。
それでも、なんとかしてここに辿り着くことができました。
だけど、私はずっと悩んでいました。
君に会っても、他の人と同じように無視されたらどうしよう。
仮に認識されたとしても、受け入れられなければ意味がありません。
何より時間が経っていました。
私はともかく、君が大きく変わっていたら……。
それだけならまだしも、私と同様に亡くなっていたら……。
不安は日を増すごとに大きくなり、いざという時になって私は怖気付いてしまいました。
そんなある時、私はついに君を見つけてしまいました。
成長期真っ盛りな君は、思っていたより大きくなっていました。
それでも、面影が残っていたのですぐに分かりました。
一目見れただけで、私は幸せでした。
でも、それだけじゃいけない。
君が喧嘩ばかりする日々を見て、私の決心はより強固なものとなりました。
自分の気持ちを整理すると同時に、私は君の様子を見守り続けました。
晴れの日も、雨の日も、雪の日も、毎日です。
なぜ荒れてしまったのか、私は君に何がしてあげられるのか。
しばらく考えた結果、ようやく答えを導き出しました。
時間が経つのはあっという間で、その頃には君を見つけて半年が経っていました。
そして、私はあの日、君の前に姿を現しました。
さっきも言った通り、とにかく私は不安でした。
最悪の場合は別の方法も考えなくては、と思っていました。
でも、君は私のことを再び見つけてくれました。
孤独だった私を、君は二回も救ってくれたんです。
涙が出そうなほど嬉しかった。
会話を交わすだけで、私の心はいとも簡単に満たされてしまいました。
……とまぁ、その後のことは君の知っての通りです。
悠介くんと過ごす日々は、幸せそのものでした。
一緒に学校に行って、家族やクラスメイトと喧嘩をして、時々勉強して、そしてまた学校に行く。
夏休みに入ってからは思い出に浸ったり、バイトを始めたり、圭吾くんが家出してしまったりと、とにかく色々なことがありましたね。
毎日が濃厚でした。
そして、私の望み通り、君は徐々にかつての自分を取り戻していきました。
悠介くんに必要だったのは、自分を受け入れてくれる人です。
自分のやってきたことを否定され、周囲と比較されることは辛いことです。
本人がいくら気にしないようにしても、周囲は否応なくそうしてきます。
だから、私がそれをしてあげようと思いました。
君が私を拾って助けてくれたように。
そして、幽霊と言った私を受け入れてくれたように。
それが功を奏したのか、想像していたよりも早く君は問題を解決してしまいました。
それが嬉しくもあり、悲しくもありました。
私が正体を隠し続ける以上、目的を達成してしまえば君と一緒にいる口実が無くなっちゃいますからね。
何度も正体を明かそうと思いました。
きっと、悠介くんなら信じてくれるって分かっていました。
それでも、最初に言った通り、それをしてしまえば君のためにはならない。
好意に応えるのは簡単でした。
私も、君のことを大切に想っていましたから。
でも、そうしてしまえば君は私から離れられなくなってしまう。
そうなった場合、来たるべき別れに一番苦しむのは他でもない君です。
そうは言いつつも、ここで書いちゃってるんですけどね……。
私はわがままなのかもしれませんね。
この手紙を読んでしまえば、結局それを知ることは変わらないというのに。
机の中からおもちゃが出てきた時は驚きました。
まさか、まだ保管しているとは夢にも思いませんでしたから。
君の古傷を抉るようなことをしてしまったと、今では反省しています。
私が犬だった頃の話をしてるのを見て、君は私のことを大切に思ってくれていたんだと知って、つい泣いてしまいました。
今だから言いますけど、私は君の前で泣くつもりなんて一切無かったんですからね。
なのに、君は何度も私のことを泣かせました。
本当に、君はずるい人間です。
アルバムを見た時、私にはもう一つの目的ができました。
それが、君を後悔の呪縛から解き放つことでした。
そういった意味もあって、この手紙を書いています。
君は、私を死なせてしまったことに対して罪悪感を感じていましたね。
「わんちゃんは幸せだったと思う」
あの時の言葉は気休めでも何でもなく、私の本音です。
あの頃は君の部屋にいることがほとんどで、特別なことをしたわけでもなんでもありませんでした。
いえ、幽霊になってからも結局そうでしたね。
それはともかく、私は君がそばにいてくれるだけで幸せでした。
家族と離れ、一人ぼっちになってしまった私を君は迎え入れてくれた。
それだけでもう充分です。
あの時、君に助けられなければ私はとっくに死んでしまっていたことでしょう。
そうなれば、再びこうしてめぐり会うこともなかったはずです。
全ては、君自身が積み上げてきた結果なんですよ。
だから、自信を持ってください。
君は自分のせいで私が死んだと思っていましたが、それは違います。
前にも話した通り、私はすでに弱り切っていたんです。
いつその時が来てもおかしくなかった。
むしろ、君のおかげで私は少しだけ長く生きられました。
最後の一年間は、本当に幸せでした。
君は何も悪くないですよ。
ネックレス、ありがとうございました。
なんだか昔に戻れたような気がして、気に入ってしまいました。
宝物にしますね。
私に優しさを教えてくれてありがとう。
命をくれてありがとう。
そして、好きになってくれてありがとう。
どうか、これから先も悠介くんが幸せでありますように。




