疑惑
あれからというもの、圭吾が帰ってくることは一度たりともなかった。
すでに三日が経った。
頼みの綱だった捜索願も効果を発揮することはなく、時間だけが無情に過ぎ去る。
両親は仕事を休み、今もあちこちと探し続けている。
バイトを休みたい旨を伝えようと電話をすると、なぜが店長は事情を把握していた。
ニュースになったわけでもないし、話した覚えもない。
それなのにどうしてそこまで話が広がっているのだろうか。
疑問は次々と生まれてきたが、今はどうでもよかった。
両親は外出していて、今は綾乃と二人きりだ。
一緒に行くと言うと、父は決まって家にいてくれと言い続けた。
理由は以前と変わらないらしく、特にそれについて説明されることはなかった。
それを分かっていたからこそ、悠介も何も言えない。
幸か不幸か、夏休み期間だということも災いして、圭吾の行方は闇の中だった。
「綾乃さんは、今回のことどう思いますか?」
「以前も話した通り、何かあるのは間違いないと思います。……ただ」
「ただ?」
何に迷っているのか、綾乃はその先を決して言おうとしない。
そして、考え込んだまま固まってしまった。
そんな姿に焦れったさを感じ、つい急かしてしまう。
「……いえ、恐らく見てもらった方が早いでしょう」
決心がついたのか、綾乃は静かに立ち上がる。
そのままリビングの扉を開け、スタスタと部屋を出て行ってしまった。
「ち、ちょっと待ってくださいよ! どこ行くんですか!?」
聞こえているのかそうでないのか、彼女から返答はない。
慌てて追いかけると、玄関の前でようやく追い付いた。
こちらには目もくれず、綾乃は階段に一歩を踏み出す。
外に出るわけではないのだと安心した。
ふと、入り口の扉を見たが、誰かが帰ってくる気配は感じられない。
それを確認してから、悠介は再び綾乃の背中を追いかけた。
階段を登ろうとする頃には綾乃は上の方にいて、下からだとスカートの中身が見えてしまいそうだった。
視界を必死に反らしながら、悠介も一歩を踏み出す。
二階に辿り着くと、彼女は思いがけない場所に立っていた。
「おっと」
勢いよく綾乃とぶつかりそうになる。
そんなことを気にする様子もなく、綾乃は一点を見据えていた。
彼女が見ていたのは圭吾の部屋だった。
追い付いてくるのを待っていたのか、やがてゆっくりとその扉を開く。
一ミリも躊躇することなく、綾乃はズカズカと部屋に入り込んだ。
あまりの図々しさに気後れしながらも、悠介も続いた。
まだ午前中だというのに、カーテンはしっかりと外からの刺激をガードしている。
パチリと、途端に視界が明るくなった。
どうやら、綾乃が電気を点けたようだった。
彼女は未だに言葉を発さず、歩きながら部屋を凝視し続けている。
いつになく神妙な面持ちの彼女を見て、悠介は困惑した。
「あ、あの。どうかしたんですか……?」
「……やっぱり、そうですね」
何に納得しているのか、綾乃はコクリと頷く。
独り歩きを続ける彼女を見て、悠介の我慢は限界を迎えていた。
「さっきからどうしたんですか? 今日の綾乃さんは変ですよ」
「部屋をちゃんと見てください」
こちらの質問には答えず、一方的に要求をしてくる。
ここまで耳を傾けられないことは今までに一度もなく、仕方なくといった様子で部屋を見渡した。
自室に置いてあるものと同じベッド。
綺麗に整えられた机。
その端には部活の集合写真が飾られている。
圭吾は、青と黒を基調とした涼しげなユニフォームに身を包んでいた。
その時の記憶を辿っていると、写真の中の自分と目が合う。
本棚には中学生が好むとは思えない小難しい本が羅列されており、やはり彼は天才なんだと改めて思わされた。
特徴的な点はそのくらいで、特に気になる部分はない。
結果は、綾乃が何を考えているのか謎が深まるばかりだった。
「別に普通の部屋じゃないですか?」
「そうですね」
そう言われるのを待っていましたと言わんばかりに、綾乃は平然としている。
そして、彼女はシナリオ通りの台詞を紡いでいく。
「綺麗過ぎると思いませんか?」
「まぁ、そうですね。あいつは結構細かいところありますし、予想通りだったっていうか……」
昔はよくお互いの部屋を行き来してゲームの貸し借りなんかもしてたのだが、彼が中学に上がる頃にはそういったこともすっかりなくなってしまった。
そして、その頃から悠介は荒れ始め、気付けば顔を合わせることすらほとんど無かった。
それ以来この部屋に入ることはなく、こんな形で戻ってくることになろうとは誰が予想しただろうか。
「私が言いたいのはそういうことじゃないんですよ」
綾乃の言葉に、おびただしい数の疑問符が脳内を埋めていく。
「この部屋はあまりにも綺麗過ぎるんですよ。生活感が無いとは思いませんか?」
「そうですか?」
「私にはそう見えます。もちろん、悠介くんの部屋も綺麗ですよ。そして、ここには人がいるという雰囲気がちゃんとあるんです。それは置いてある物でしたり、状況を見れば分かります」
どさくさに紛れて褒められてしまい、少しだけ気分が良くなる。
「……でも、この部屋にはそういったものが感じられないんですよ」
「それは、あいつが帰ってこないからですよ。実際に人がいないんだから生活感が無くて当然ですよ」
「だからこそ変なんですよ」
綾乃の目には何が見えているのか、その正体は未だ遠い。
「悠介くんは圭吾くんがいなくなって以降、この部屋に入りましたか?」
「いえ、今日が初めてですけど」
「じゃあ、お父さんやお母さんは?」
「多分入ってないと思います」
「……やっぱり、そうなんですね」
今日何度目か分からないフレーズを、綾乃は繰り返す。
その回数と比例して、彼女は自身の推論への納得感を確実に強めていた。
「つまり、この部屋は圭吾くんがいなくなった時のままだということです。……まるで、彼自身がずっと前からこうなることを予見していたかのように見えませんか?」
そう言われて、得体の知れない違和感のようなものが徐々に込み上げてきた。
なんだろう、この嫌な感じは。
「それだけではありません」
綾乃は下からすくい上げるようにして、机の上を指差す。
「勉強道具や参考書なども見当たりません」
彼女が何を言いたいのか、なんとなく気付いてしまった。
「……もしかしてあいつは、自分からいなくなったってことですか……?」
「そこまでは分かりません。でも、圭吾くんか最初からこうなることを知ってたというのは間違いないと思います」
衝撃的な事実に、ズシリと何かがのしかかる。
部屋は明るいはずなのに、瞳に映る世界は薄暗い。
身体が熱い。
息が苦しい。
今まで、圭吾は何かに巻き込まれたものだと勝手に思い込んでいた。
それは、彼の気が弱く、周りに流されやすいからだ。
しかし、仮にも彼自身が当事者なんだとしたら、その意味は全くと言って変わってくる。
事態が良くなってるのか悪くなってるのか、何もかもが分からなかった。




