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第1章 埼玉県銃砲刀剣登録審査会 -2-

「あっそうそう。警察からこんな相談が来てるんだけど」

 そう言って成田女史が用意した書類のコピーに目を通した金之丞は、みるみるニヤけていく顔を懸命に抑え込んだ。

「成田さん。この件、僕が指示するまで伏せておいてください」

「なにか思い当たることがあるの?」

「ありまくりですね。少なくとも、今日は僕の完勝になります」


 朝九時五十九分。

 会議室のドアがノックもなしに開けられ、白髪白髭の男が現れた。

「おはようございます、桶川先生」

 若者二人の挨拶に対し、一瞥するだけで言葉は返さず、部屋に入る桶川。

 その後ろから、ドアを開けた初老の小男が続いて入室しようとする。

「北本さん! ここは関係者以外、立ち入り禁止ですよ!」

 成田女史がすかさず注意すると、北本と呼ばれた男ははるか年下の小娘を煩わしげに睨みつけた後、桶川の顔を伺った。

「わしの鞄を机に置くだけだ。そのくらい構わんだろ。いいから入れ」

 あくまでも自分勝手を押し通そうとする桶川に、今度は金之丞が噛みついた。

「いえ、この室内のものはすべて守秘義務の対象です。関係者以外の立ち入りは厳禁ですので、入室させるわけにはいきません」

 正論を振りかざす金之丞を、怒鳴りつけて黙らせようとした桶川は、金之丞の机の上に赤いライトが点いたICレコーダーがあるのを見て思い留まった。


(小賢しいクソ餓鬼め……!)

 口汚い罵りの言葉を飲み込んだ桶川は、諦めて北本から鞄を奪い取り、

「北本、下で待っておれ!」

 と鞄持ちを下がらせると、手近な長机に荒々しく着席した。


 すぐに成田女史が、煎れ立てのほうじ茶を運び、今日の書類を渡す。

 桶川と金之丞の激突は毎度のことなので、成田女史は桶川のなだめ役として、かなり上手に立ち回っていた。


 なお、先程の北本も古物商で、かつては埼玉県の銃砲刀剣登録審査委員を桶川と共に務めていた。

 しかし桶川の腰巾着のような働きしかしないため、八板金志郎と交代する形で審査委員を解任されており、金志郎への恨みには桶川以上のものがあった。


「それではこれより七月の埼玉県銃砲刀剣登録審査会を始めます」

 成田女史が内線をかけると、すぐに守衛さんが二挺の古式銃と各種書類を会議室に運び込んだ。

 朝十時に受付開始する審査会に合わせ、県庁を訪れた銃砲登録の申請者は、審査の間は別室で待機し、審査委員と顔を合わせることはない。

 これは、申請者の恫喝や賄賂によって審査に影響が出ないようにするための措置である。


 長机に古式銃が一挺ずつ、必要な書類と共に置かれた。

「まず、こちらの銃砲から審査をお願いします」

 成田女史が指す長机に、桶川と金之丞が足を運ぶ。

「へぇ、スナイドル銃だ」

 一目見るなり金之丞が旧式銃の種類を呟き、桶川は苦々しげに金之丞を睨んだ後、まずは書類に目を通し始めた。

 金之丞は(おもむろ)に遊底を開いて意味深に口の端を上げると、撃鉄や引き金の可動を確かめ、刻印をざっと見た後、銃を置いて桶川に場を譲った。

 面白くなさそうな顔をした桶川は、最初に銃の刻印をルーペで確認した後、撃鉄を上げて引き金を引き、錆付き具合を確かめると、銃を置いた。


 続けて金之丞が、目釘と胴金を外して銃身と銃床に分解し、銃身から尾栓を抜くと、筒の中をペンライトで照らした。

 中は五条のライフリングが判別できる程度の錆で済んでおり、状態は良好と言える。

 ペンライトを用意していない桶川は、金之丞に借りるのも癪であるため、天井の蛍光灯に銃身をかざして筒の中を確かめ、長机に置いた。

 以上で二人とも、この銃の審査を終えたようである。


 金之丞が分解した旧式銃を元通りに組み立て、元の椅子に座ると、いよいよ二人の審査委員が自分の見解を話す段になる。

「スナイドル銃。『癸酉(きゆう) 十三番 熊谷縣(くまがやけん)』の刻印あり。癸酉刻印は当時物で間違いない。撃鉄や引き金の可動、筒の状態も良好。認可して構わんだろう」

 旧式銃に対し、まずは桶川が審査合格の判断を下した。

「桶川先生。壬申(じんしん)刻印については前任の八板金志郎先生から教えていただいたのですが、癸酉刻印というのは何なのでしょうか?」

 わからないことは素直に教えを乞う主義の成田女史が、初めて耳にした単語にすぐさま反応し、桶川に質問した。

 ところが、桶川にとっては天敵ともいえる八板金志郎の名を出されたため、ここぞとばかりに怒気を発散させる結果となった。


「埼玉県教育局の文化財担当が、そんなことも知らんのか!?」

「不勉強で申し訳ございません」

明治五(1872)年に日本全国で武器登録が行われ、届け出た銃には廃藩置県後の県名と登録番号を『壬申刻印』として打刻した。当時現存した銃の半数以上が登録されたといわれるが、その翌年の明治六(1873)年にも同様に武器登録が行われた。明治六年、癸酉の年に登録したから癸酉刻印なのだ」

 若僧に、どうだと言わんばかりのウンチク自慢を決めた快感。桶川は文句の入る余地がない鑑定で、まずは一本取ったと鼻息を荒くした。

「お待ちください、桶川先生」

 金之丞がまたいつものように物言いをつけたため、桶川は想定済みとばかりに先手を取ってまくし立てた。

「入間県が群馬県と合併して熊谷県になったのは明治六年六月だ! 辻褄は合っとるだろうが!」

「いえ、刻印は問題ありません。ついでに銃の程度も問題なしです」

「ならば何の文句がある!?」

「遊底をご覧ください。このタイプは金属薬莢を使用するマーク2です。紙の薬莢を使うマーク1は古式銃扱いですが、マーク2及びマーク3は現代銃扱いですので、銃刀法違反です」

 金志郎(ちちおや)譲りの金之丞の銃砲鑑定には、一分の隙もないのである。

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