03話 伝説と勇者と魔王と
精霊と私は向き合い、しばらく無言で睨み合う。
精霊に目はないが、こちらを見ている気はしている。
この沈黙を先に破ったのは、精霊だった。
「はぁ。……分かったス。神様がここまで頑固だとは、想定外っスねぇ。俺は別に、神様と言い合いする為にいる訳じゃないっス」
「じゃあ」
「……ハイ。とりあえず、これから人間達の事は」
そこまで言うと、精霊は黙ってしまった。
どうしたのかと、問おうと思った時。私の背後、遥か先から、ヤバいくらい重い気配が近づいてくる。思わず振り返った。
まだ何も見えていないが、胸が騒つく。
「神様も気付いたっスか? 話は後で。一時休戦っス。で、撤収〜っス!」
また突発的な風に、体が舞い上がる。
「神様、『上に』と祈ってくださいっス!」
(上に)
心の中で唱え、一気に天高く吹き飛ばされた。
しかし、私は、はっとした。
「あ! 待ってストップ! ストップ! さっきの人置いて来てるよ。あの人も何処かに」
「大丈夫っス! 今狙われてんの、俺達なんで!」
「へ?」
頭の中がハテナだらけになりながら、私は吹き飛ばされ続けた。
「……もう来たっスか。流石に気づくの、早すぎるっスね」
独り言の様に、精霊が呟いた。
精霊の呟きの先、ヤバいくらい重い気配のする方へ目をやる。
私達が先程までいた所に真っ黒な塊が飛び込み、大きな木もろとも地面へ衝突した瞬間だった。もの凄い速さだった。衝突した衝撃が、辺り一面吹き飛び、土色のクレーターが出来上がってしまった。黒い塊より何倍も広い規模で。
ヤバいくらい重い気配はそのままに、黒い塊が薄れ、中から人が現れた。
赤い髪の、男性だろうか?
ふと、赤い髪がふわりと揺れ、頭がこちらに振り向きそうな瞬間。
「神様、飛ばしまスよ!」
今日1番最強に、グルグルと体を回転させられながら吹き飛ばされた。赤髪の人は、もう見えない。
ヤバい気配なのに、何故か気になる。心がザワザワして、落ち着かない。
顔を見たら良かったのか。
そうすれば、ザワザワが少しでも落ち着いただろうか。
夕暮れと、夜の狭間の青暗い空を飛び去る。進行方向に、一番星が輝いているのが見えた。
「ふう、ここまで来れば大丈夫っスね」
飛ぶスピードがとても緩やかになった。夜の星空をバックに、精霊が話し始めた。
「じゃあ、落ち着いたとこで、聞きたい事が沢山あるでしょうから、今から質問タイムにしまっス! 何から話しまス?」
「……質問。それは、何個でも良いの?」
「お好きなだけ、どうぞっス。風の精霊が答えられない質問なんて、無いんスから」
なんだか、とても嘘くさい。
胡散臭そうだな〜と、見ていたのが分かったのか、精霊が慌てて言った。
「あ、今、嘘くさい〜とか思ってるっスか? 安心してくださいっス! 風の精霊は、おしゃべりっスけど、嘘はつきません」
更に嘘くさい。
風の精霊の話す事が、本当かどうかなんて私には判断出来ないし、上手く丸め込まれるだけかもしれない。
けれど、それでも聞きたいことは沢山ある。
「じゃあ、絶対に嘘は付かないって約束して」
「了解っス!」
「軽いなぁ。……さっきの黒いのはなんなの?」
「そうっスね〜。なら長くなるっスけど、最初に俺の事から話した方が良いっスね」
「それについては話が長くなるっスね〜」
ぐるぐると回って飛んでいた精霊が、ずいっと、目の近くに来た。
「俺は、250年と少し前から精霊やってるっス。やってると言っても、勝手に精霊に生まれただけっス。精霊はいっぱいいて、精霊はいつの間にか生まれて、いつの間にか消えていくっス。なんでかは知らないっス。基本は自由なんス。けど、例外がありまして、守護精霊つー奴っス。守護精霊は、動物とか植物とかに引っ付いて引っ付いた生きものを守ったり、魔力を送ったりするんス。けど、その生きものは精霊が決められたり、決められなかったりでランダムっス。生まれた瞬間に引っ付くっス。生まれる前に精霊がスタンバイしてても、実際になったのは数キロ離れたとこにいた精霊だったとかあるんス。精霊は、自由な奴、守護精霊の2つに変動するっス。」
「で、精霊には幾つか属性があるんス。風、木、土、火、水、光、闇の7つ。属性の性質を持って生まれてくるんス。属性は変えられなくて、俺は知っての通り風の精霊っス。この7つの属性に、それぞれ1代づつ神々がいるんス。神々は、精霊をまとめる力があるんス。リーダー的存在っス。神様もまた自然に生まれて、消えて行くっス。そして、11代目の神様が消えて去り、暫く風の精霊の前に神様は現れなかったんス。もう、風の精霊の神様は来ないのかと思われた時! 今、12代目の風の精霊の神様が生まれたっス」
「それが私?」
「そうっス。で、その神様に引っ掴まれて、守護精霊に選ばれたのが俺っス! ちなみに俺、守護精霊も神様の守護精霊も初めてなんで、お手柔らかに〜っス」
「引っ掴まれたって?」
「いきなり、空に透明な卵形の物体が現れて風の精霊達が『この中に神様がいる』って、言ってたんで俺も見に行ったんス。そしたら、物体が割れて手が伸びて来て俺を掴んだんス。で、神様の守護精霊になったって話っス」
あの暗闇から手を伸ばした時だろうか。確かに光に向かって手を伸ばした。それと確かに、この精霊は私が握りしめていた。
辻褄は合っている。
「守護精霊も、神様もチェンジ出来ないの? 私が神様って何か勘違いとかじゃないの?」
「チェンジは出来ないっス。神様は神様なんスよ。間違いじゃないっス。精霊は自分とこの属性の神様の気配に敏感なんス。あ! 神様だ! って、直ぐ分かるんス。今ここに居ないっスけど、他の風の精霊だって、神様の誕生を喜んで、喜んでハイになって台風12コと竜巻が地上と海上合わせて6千コ作っちゃったっスから」
「は? 台風? 竜巻?」
「ハイ! 風の精霊の喜びの表現なんスよ。もう皆んなお祭り騒ぎなんスよ〜」
規模がデカすぎて、頭に話の内容が入っていかない。
「あ、皆んな集まって、此処に集合したいみたいなんスけど、良いっスか?」
「〜〜〜だっ」
「はい? 神様なんて?」
「〜〜〜だめっ、解散!! お願い、すぐに解散して! すぐ伝えて!!!」
「了解っス! 風の精霊同士は空気で繋がってれば、世界の裏側にいたってすぐ話せるっス! 余裕っス!」
何だろう、スマホかな?
精霊って、皆んなこうなの?
「解散完了したっス!」
「はぁ。......で、なんの話をしてたっけ?」
「俺は250年と少し前に生まれ、さっき神様に引っ掴まれて神様の守護精霊に。風の精霊の神様は何百年も空白でしたが、目の前の神様が12代目になられたとこっスね」
精霊が認めても、神様とか無理だ。
星が輝く夜空に浮かぶ。
◇3月18日は精霊の日だそうです。