02話 トッツェドガネィ ≠ 剣と魔法のゲーム世界
(トッツェドガネィ…)
私は、知っている。それはゲームに出てくる世界の名前だ。
ひと月前、友人のなっちゃんに勧められて始めたスマホアプリ【七つの世界と童話の栞】に出てくる七つある世界の内の一つ、剣と魔法の世界の名が【トッツェドガネィ】だ。
じゃあ、私はゲームの夢を見ているのかな。寝る前にちょっと遊んでいたから? でも、ゲームと違う所が結構ある。
そういえば、なっちゃんに借りてた本の内容が、この夢と少し似ている。
なら、他にも今まで読んだ本の話も、混ざっているのかもしれない。
夢は、今まで見てきた記憶の欠片からなる、と聞く。
ファンタジーやオカルト、妖怪に神社や、お寺にまつわる話等々。何故かよく、怖がりながらも読んでいた。その中に、精霊が出てくる話もあった。
だからこんな夢を見ているのか。
だったら、どこまで夢?
朝の駅での出来事も、あの男の子も夢? あれは現実じゃ、なさそうだし。
そうだとしたら、これは目が覚めたと思った夢? 本当に目が覚めたら、いつもの自分の部屋のベットの上にいたり? うーん?
「神様ー?」
「わっ!びっくりした」
「ずーっと黙っちゃって、どうしたんスか?」
精霊が私の周りを、グルグルと回る。
「ごめん。ちょっと考え事してた」
「考え事っスかー」
「なんか、夢みたいだな~っと」
「へぇ~。“夢みたい”っスか?」
「うん。夢だけど夢のようで? 夢のような夢で? あれ? ……まぁ、そんなカンジ」
私は考えることを止めた。ポンコツな脳内が迷走し始めたので、早々に諦めた。
あ、ダメだ。なんだか夢の中でも、頭が回らなくなってきた。体がフワフワしてるせいか、頭もフワフワする。今はただ、風に吹き飛ばされている。頬に当たる風が少し、くすぐったい。
よく分からないけど、なんだかちょっと面白い。
私は、両腕を思いっきり伸ばした。
陸地の緑に空の青、地平線の白と、視界がぐるぐるする。感覚的に楽しくて、ちょっと声を出して笑ってしまいそう。世界は彩られキラキラと輝いている。死ななくて良いのなら、どんな風に目が覚めるのだろう。どこまで夢は続くのだろう。もしかしたら、朝には全て忘れるかも。なら、もうちょっとだけ、この景色を、風を堪能したい。
「よく分からないっスけど、これだけは言えるっス!」
「うん?」
「神様、よそ見してると危ないっスよ~?」
と言って、精霊は私から離れた。いや違う、私が上昇したままなのだ。
「へ?」
バアアアアアアアァァァァァン‼
爆裂音の様な雷にも似た音が、私の背後から響き渡る。音と同時に、何かにぶつかったようで痛みが背中から全身へと駆け巡る。
「があぁ!? 」
あまりの痛さに、視界がチカチカする。変なうめき声を出した私は、崩れるように落下する。
さっきまでの風は、どこへ行ったのか。
「神様大丈夫っスか? だから『あぶないっ』って言ったじゃないっスか~。
よそ見と、ながら風乗りはダメっスよ!」
何事もなかったかのように、精霊が私の目の前に現れた。
「……いや、私止まり方知らないよ! 今、自分だけ避けてなかった?」
「いやいや~光の壁に超激突したのに、超元気そうっスね! 良かったっス~」
「いやいやいや。じゃなくて」
「じゃあ今度は『留まれ』と願ってくださいっス」
「ながされた!」
「そうっスね。神様また、流されながら落ちてるっス! このままだと危ないっスよ?」
なんだか腑に落ちないが、このまま落ちる気はない。仕方なく、精霊の言う通りにする。
(とどまれっ! )
すると、急にふわっと体が上に浮き、そのまま宙にふわりと、止まった。そして、その場でゆっくり回りだした。回転椅子に座った時みたいだ。
私は周囲を見渡す。遠くに見える雲より、高い位置で留まっている。本当に空に留まってくれたようで、ほっとした。
先ほど居た場所、遥かなる上空を見上げるが、澄みきった青空以外何も見えない。
「すっごく痛かったけど、さっきのは何だったの? 何かに当たったんだよね?」
「えー。見えないっスか? うっすら虹色に光ってる”壁”があるんスけど。」
目を凝らして見てみると、確かにうっすらシャボン玉ような虹色の膜が、空に広がっていた。地平線の向こう側から,反対側の雲の先まで続いている。まるで、この世界を覆っているようだ。
「あ、見えたよ。あれより上には行けないの?」
「行けないっスね。触ったらビリビリするし、壁は見た目以上に頑丈だから破壊できないし、風にとって邪魔なんスよね~。光の精霊なら通れるみたいっスけど。なんでも、この空の向こう側に消えてったのがいたそうで、300年前に光の精霊の神が、この“光の壁”を作ったらしい……とかそんな感じみたいっス。
あ、これ、他の精霊から聞いた話っス。」
「へぇ。夢なのに、物語の設定っぽい。いや、これが普通なのかな。
それにしても、光の壁と言うよりは……」
檻のようだと思った。
この壁の先には、空の向こうには、何があるのだろう。
「神様。このまま留まってても、つまらないので移動するっスよ~」
「今度は、前に進めって願えばいいの?」
「いえいえ。今度は風の力を借りずに、自力で飛行してもらうっス!」
「自力……。」
「 ……神様? 何やってんスか?」
「えっと、歩けるかなって」
「わぁー。生まれたてのドラゴンの雛かと思ったっス」
私は真剣に、手足をジタバタ動かしていただけだ。少しも前にも後ろにも進めなかったが、決して何かのモノマネをした訳ではない。体が透明で良かった。じゃなかったら、顔が真っ赤になってる自信がある。
「手足を動かしてもダメっス! 空を飛ぶんスから。まずは、体内の魔力を感じて、放出。進みたい方向へ体を傾けてみてくださいっス!」
魔力? 放出? と一瞬、頭の中がハテナで埋まった。
けれど直ぐに、暗闇の中から脱出できた事を思い出した。
目をつぶって、自分の体に集中すると、体の奥底から体全体へと、まるで血脈みたいにグルグル回ってるモノがあった。これが魔力? その魔力を体中から全部出して、上半身を傾けてみた。
ビュッと音を立てて、頭から風を切り、まるでロケット花火の様に、高速で一直線に飛んでいる。
このままだと、また光の壁にぶつかってしまう。
「あわわわぁ‼ 留まれ! あれ? 効かない!? ぶ、ブレーキ! ブレーキは!?」
私の額辺りに張り付いている精霊が、楽しそうに答えた。
「風にブレーキなんて、ないっス!」
どこの走り屋だ!
「はっ! そうだ、魔力! 魔力を抑えればっ!」
体中から出していた量を小さくする。
身近な物でたとえるなら、ガスコンロだ。例えば、今は強火だ。それを細く小さい弱火に変えたい。そんな時、ツマミを弱へ捻る様に、燃料のガスが出る量を少なくする。
そんなイメージで、魔力を抑えたい。
さっきとは逆に魔力を体の内側に押し込むように、体中を回っている速さも抑える。
ガス切れのように速度は遅くなり、歩くペースくらいの速さになった。
「あーあ、すんごい良い風だったのに止めちゃうんスか? もったいないっス!」
私の周りをグルグルと飛ぶ精霊は無視して、飛行に集中する。
魔力量とやらを一定量放出し続けないと、ガクッと上下に揺れる。夢だから大丈夫だろうけど、慎重に進む。
今は雲の遥か上を飛び、雲が散らばる下には山々が連なり、頂上付近のへこんだ場所に、真っ白な花畑が見える。距離があるから平気だろうけれど、私は花を散らさないように、静かに飛行する。直進をし続けたら、周りの風景を堪能するぐらいの余裕ができた。
光の案内で、他の風景も見て回れた。
大きな猫の足跡のようなクレーターからマグマが噴き出ている地帯だったり、逆三角形の雪山、空に浮かぶ巨大な桃色の花や水晶の島、七色の砂漠、海のど真ん中にひよこ形のイルミネイション等々。
今更ながら自分のへんてこな景色に頭をかしげてしまう。けど、どこか懐かしく面白い。これも、昔に何処かで見たり、想像したりした景色の合作なのか。
夢中になって飛び続けたおかげで、飛行は上達した。少しだけど、ターンや回転も出来るようになった。
そして、夢中になりすぎて、いつの間にか、空が茜色に染まっていた。
「もう、帰らないと」
「帰る? どこにスか」
「現実に。もう起きなきゃ、遅刻しちゃうかも。」
私は、光を見つめて尋ねた。
「聞いてもいい? あのー。流石にそろそろ、この夢を終わりにしたいんだけど。どうやったら、夢から覚めるのかな?」
我ながらアホぽい質問に、変な空気が流れた。
だが、しょうがない。夢の住人に聞いた方が早そうだから。ずいぶん時間が経っているはずなのに目覚めない。いつもなら、もう目覚めてもおかしくない。これだけ起きないと、少し不安が過ぎる。
「は? 神様は、これが夢だと思ってんスか? これは現実っス! 夢じゃなくて」
「って言う夢なんだよね?」
「いや、夢なら光の壁に当たっても、痛くないっス。」
「いやいや、夢だよね。私の夢は全部痛かったよ。全部感覚もあったし。」
「いやいやいや! それだけが、特殊なんスよ! けど、これは現実っス‼」
「って言う」
「ち~~~~~~~がうっス! あーもー! どうやって説明すればいいんスか‼ そもそも、なんすか。痛みのある夢見てる神様って。どんだけ人間に……、あー人間! 忘れてたっス。」
私の周りをグルグルと回る光は、急に停止ししたのち、一瞬跳ねた。かと思うと、私の顔面に突撃した。
「神様、これからこれが、この世界が夢じゃなく現実だって証明します。付いてきてくださいっス!」
不思議に思いながらも、光の後を追う。ゆっくり下降し、青々とした平原の上空で留まる。平原の中央には、一本の大きな木が見える。
「じゃ、これから魔力を硬めに固めた、魔力の塊を作るっスよ。」
「どうやって?」
「体から魔力を出す感覚で、この辺りに俺くらいの大きさの魔力を放出っス。で、中央に集め、魔力をギュギュっと凝縮する感じに圧縮するっス。泥玉を作るイメージっスかね。」
光がぐるぐると回って示した場所に、言われるがまま両手を突き出し、手の先に魔力を少しずつ出しながら、泥団子を作るように回転させて丸く、魔力を均一に固めた。なんとか出せた魔力の塊は、黄金色に輝いている。大きさも、ビー玉くらい。
「上手いっス!そんな感じっス!!」
「次はどうするの?」
「じゃぁ、そのままあの木の下で寝ている人間にぶつけて、ーーー人間を殺してくださいっス!」
光の言葉が、聞きなれない言葉のように響いた。でも一瞬、響いた言葉で、頭の中がクリアになる。
私の手の先には、大きな木の根本に向いていて、根本には赤いローブのような服を着た人が寝っ転がっていた。服と同じ赤色のとんがり帽子で顔を覆っている。規則正しいリズムで、帽子が上下している。
「それは、どういうこと?」
「死ぬっス」
「そういうことを聞いているんじゃ」
「確認ス。神様の夢って、人間は傷付かずに、神様だけ死んで、目が覚めるんスよね?」
私の少し荒い言葉をさえぎり、光は聞いてくる。淡々とした光の声の違和感に、私の見えない心臓がざわめく。
「うん。そうだけど」
光は良かったと呟いて、私の頭を一周する。
「最初に神様は、夢を夢だと知ってて、夢を見たことがあるような言い方だったっス。それは、神様が前世の記憶を維持したまま生れたのだと思ったっス。でも違った。神様は自分が人間で、これが夢で早く目覚めたいと言ったっス。それは、死んだと理解していない証拠っス。」
精霊の話が、まったく頭に入らない。
「……何言っているの?」
「神様こそ、何寝ぼけたこと言ってんスか。……神様は、これが夢だとおっしゃった。神様の見る夢で人間は傷つかない。ならこの塊をぶつけても、生きているはずっス。けど相手の人間が死んだら、この世界は夢じゃないと分かるっス。これなら神様も理解してくれるっスよね?」
「……君の言いたいことは分かった。でも、これはぶつけられない。これは消してしまうからっ!…うそ、これ、消えないっ!えっ?」
「魔力の量を増やしたっス。これでもっと狙いやすくなったスね!当たらなくても、このくらいの大きさなら、あの辺り一帯吹き飛ぶっス!」
焦る私とは裏腹に、塊はビー玉サイズを超えサッカーボールくらいにまで膨れ上がった。さらに、腕も固定されたように動かない。
「夢を終わらせるっスよ」
私はゾッとした。この塊から強い気配を感じる。光の言う通り、あの大きな木ごと消え去るだろうと、何故だか素直に思えた。でもそう素直に、光の言う通りにしたくない。
どうしたら良いのか。焦っている自分に既視感を覚えた。頭の中がハッとしてさえているのに、心臓の早鐘はどんどん大きくなる。
あぁ、この焦りは、寝坊した時に似ている。時計を見てハッとして、慌てて着替えながら、戻らない時間に絶望して腹の底が抜け落ちたような、あの感覚に。けど、時間がどれだけ過ぎても、なんとかして最善かつ最速に目的地に行く。
なら、今の最善は何だろう。最速にこの塊を消すには、どうしたら良いのか。私の中で、すっと答えが浮かんだ。私の力で、できること。それは。
「分かった。君の言う通り、夢を終わらそう。でも、初めてだから、少し違う方向に飛ぶかも。だから、私の後方に行って、離れててくれるかな」
光は少しためらっていたが、早く、と急かしてゆっくりと視界から消えた。
いまだ! と思うと、すぐ手の平を返した。塊をすくう様に。腕と右手は動かないが、左手なら動く! 自分の心臓があるだろう部分目掛けて、塊をぱっと放った。
私の視界が真っ白になり、塊の光で目がくらんだ。魔力って、なんでこんな綺麗に光っているんだろと、私は呑気に思った。
眩しい光の塊を体に当てたと同時に、強い横っ風にあおられ、体が⒉3回
回転した。当の塊は、私の体に当たり、パッと花火みたいに散って、消えてなくなっていた。痛みもなく、私は生きている。あれ?
「何やってんスか!?バカなんスか!アホなんスか!」
私の目と鼻の先で、光が怒っている。やけにピカピカ光っている。光をじっと見つめて、一つ息を吸って、できるだけ落ち着いた声で伝えた。
「でもこれで証明されたよ。これが夢じゃないって」
「は?」
「私は死ななかった。夢に殺されなかった。だから、これは現実だ」
「……信じてないっスよね、それ。で?あの人間を助けた気なんスか? はぁ、これが"お人好し"っスか。あーもう! 神様はバカでもアホでもないっス。ドバカ、ドアホっス!!」
鼻の先に止まっている光を、まっすぐ見つめる。
「それで良いよ。私は人間だから、同じ人間を傷つけたくない。それと、まだ半信半疑だけど。ううん。これは現実だと、ちゃんと受け止める。だから」
「だからなんスか? 人間を殺さないでくれっスか? それは人間の考えで、俺たち精霊には関係ないっス。そもそも、どんなに吹き飛ばそうと、虫みたいにうじゃうじゃ出てくるのが人間ス。人間を傷つけちゃいけないって考えは要らないっス。もう神様は、人間じゃないんスから。」
淡い水色に光る風の精霊は、ふいに私から距離を置き、自己紹介をした。
「自己紹介が、まだっスね。俺は風の精霊で、神様の守護精霊。神様のお体から、魂が離れマナの流れに戻るまで、この世界で一生一緒っス!ヨロシクっス!」
夢みる時は終わり、現実の目覚めは"最悪"だった。




