エピソード9 授業は居眠りするものだけど体育は居眠りできない
パラレルワールド。
それは、今自分が居る世界とは別の『もしも』の世界。
全ての可能性は、宇宙とともに今も広がり続けている。
ーーーーなら。
サクヤに世界を壊されずに今も退屈に生きている自分もきっとどこかの世界に存在していて。
その自分は、こんな感情を抱くこともなく。
それでも大切なものに囲まれて『幸せに』生きているのだろうか。
だったら。
今の俺が存在している意味って、何なんだろう。
どこかに別の俺が居るのなら。
俺はどうして生まれたんだろう。
世界って、何なんだろう。
「……ス。アリス!!」
ヴィオラの甲高い声が響いて、持って行かれそうになっていた俺の意識が現実に引き戻された。
「アリスー、居眠りしなくなったかと思えば今度はボーッとするようになっちゃいましたか。今やってるのはアリスが気になっているであろう“世界を破壊しなければならない理由”についてですよ。ちゃんと起きて下さい」
世界を破壊………理由……。
その言葉の内容を理解して、一気に目が醒めた。
そうだった。昨日サクヤがなんとなく含みのある言い方をしてたから今日の授業は期待していた。
なのに空間のひずみとかパラレルワールドの特異点についてとか眠くなる内容だったので途中から聞き流していた。
だが今やっと。俺が眠らずに受けられる授業がやって来た。
ヴィオラ端末を弄っていたサクヤがちらりとこちらを見、すぐ視線を落として話を続ける。
「今話せる事が全てではないけれど、アリスが識らなくてはいけない事は話すから安心して。まず、世界を破壊しなければならない理由。前にも言ったけど、今世界樹は危機に陥っている。本来の因果からズレて正しくない歴史を歩んでいる世界が幾多も生まれてしまっている。その原因として考えられるのが、人があまりにも『識り過ぎてしまった』為」
「それって……パラレルワールドとかを、か?」
「そう。人類は本来の役目は果たしているけど、それは同時に『可能性の増加』でもある。パラレルワールドの真理に辿り着く世界が増えてしまったことで、新たな可能性が生まれ、それが歪みとなって世界樹を蝕んでいる」
……他にも沢山訳の分からん事を教えられてきたので、この程度なら俺も理解できる。要するに『識ってはいけない事を識ってしまった事で戻れなくなった』ということだろう。
「そしてもうひとつ。世界樹というのは必ずしもひとつではなくて、世界樹ハレルヤ以外にも世界樹が幾つが確認されている。でも比較的ハレルヤに近い世界樹が、ハレルヤがあまりにも成長スピードが速い故に接触・侵食してこちらもあちらもそのせいで世界が一部『有害特異点』になってしまっている。ここまでいい?」
「それをなんとかする為に破壊の救世主が動いているって言うのか?」
サクヤが頷く。
「でも、全ての始まりーー全てと繋がっているここは壊せないという事は理解しといて」
……俺の意図を見抜いたな。
ここに来てすぐの頃、俺はこの世界を全てが終わったら破壊しようという考えを持っていたっちゃ持っていた。
世界を壊す、という考えを持つ人間がいる世界を壊せばいいと。
しかし、もうこの選択肢は消え失せた。
「でも宇宙が成長し続ければいずれこうなる事は解る。だから、それに対抗するシステム……救世主に適する者を生み出すのが人と世界に与えられた義務のひとつ」
「人と……世界」
それは…つまり世界は……。
サクヤの言葉をヴァレンが継ぐ。
「異能者はあらゆる遺伝子、あらゆる因果、が特定の組み方をして生まれる希少な人種。無限の可能性がある世界樹中探しても、見つけるのが困難なくらいね。そんな異能者の中でも特別な破壊の救世主は数えるくらいしか存在していない。生き物の本質は可能性を増やすこと。その過程を経て生物は進化していく。でも子孫を残す相手は自分で決めるものだから、そう簡単に破壊の救世主に適した生命体が生まれる筈もない。それこそ無限の可能性が在る。……これ、何かに似てると思わない?」
そこまで言われて、やっと理解した。そうだ、言われれば似ているーー
「世界に……」
「そう、自身が生み出すパラレルワールドというシステムに、いつか訪れる事象を想定し、自身への対抗システム、異能者を混ぜる……そうやって宇宙全てを救う。世界の破壊と破壊の救世主の存在は、ビックバンが起きた時点ですでに仕組まれていたんだよ」
そうか……サクヤとヴァレンの言いたい事がようやく解った。
なぜセイヴァーが世界を破壊して回っているのか。俺の問いの答え。
それは、最初から仕組まれていたから。抗えない運命だから。
そう言いたいんだろ。
そして、人と世界のシステムーー数え切れない屍の上に破壊の救世主として立っている俺。先人たちの可能性から破壊の救世主として生まれた俺。そんな俺に運命に抗えるはずがないんだから、世界再生なんて諦めろ、と。
宇宙はいつだってそうやって廻っていたんだから。
ふざけるな。
何がシステムだ。何が運命だ。
そんなものに縛られているなら、可能性なんて無意味じゃないか。
「ふふ……」
笑っているのが自分だという事に気づくのに少し遅れた。
「ふふふ……あはははははっ!!」
おいおい、これじゃ本気でヤバイ人じゃないか。しかも今けっこう頭混乱してるのに言葉がスラスラ出てくる。まるで俺の中の別人……俺の本音が喋っているかのように。
「俺は世界再生を諦めるつもりなんてさらさらないぞ サクヤ。そのシステムってのも不完全だな。人には意思ってのがあるんだ。俺は宇宙のためなんかにセイヴァーになるんじゃない。俺の世界再生と復讐のためだ。諦めさせようっつっても無駄だ」
俺は何を言ってるんだろう。中二か。だが口で言ってしまった。サクヤは本音と受け取るハズだ。
いや本音だけど。
「あーあ。絶望する顔見られると思ったのに。後で後悔しても知らないよ」
ヴァレンがサラッと毒を吐く。
サクヤはそう言うと思ってた、とでもいうような顔でファイルを閉じ、
「じゃあ次の内容。世界の守護者の弱点属性の見分け方 57通り覚えてもらうから」
うげえぇ……。さっき少し上がったテンションが一気に萎えた。
午後は剣の稽古だ。食事の後に動くのはどうかと思うが、いつまでも生命力任せで戦うわけにもいかない。
と言っても使うのは真剣ではなく訓練用の傷つけられない剣だが。
サクヤ曰く俺は覚えが早いらしく、来週は真剣を使ってやるらしい。
覚えが早い。そんなこと言われたのは初めてだ。
高校では剣道部に入っていたからだろうか。姉貴が部長をやっていたから、そのよしみで入部した(させられた)。
だが入部していい事もあったということか。姉貴、感謝する。
一週間は基礎をしっかり固めて、二週間目は応用。今日はその最終日。
応用は嫌という程やった。実戦で失敗する不安も持っていない。何しろあのサクヤが相手をしていたのだから。もう教えることもない筈。てゆうかもう覚えられない。
今日は何をやるんだろう。
そんなことを思いながらトレーニングルームに足をのばす。
トレーニングルームにはいつものようにサクヤが先に来ていた。傍らには、いつも使っている練習用とは明らかに違う、銀色の剣が2本。
あれ?でも今日は……。
「今日は真剣を使った実戦の練習。本当は真剣使うの来週にするつもりだったけど、アリスの上達が予想以上に早かったため急遽変更」
……まさかセイヴァーになってたったの二週間で真剣を使うとは思っていなかった。いや、セイヴァーになった途端さあ実際に世界を破壊してみよーと言って実戦に行かせたサクヤだ。別に不思議では無い。
「使用する剣はレベル40、無属性。平等にするために私も同じのを使う」
そう言って愛(妖)刀・血櫻を拘束具の絶対領域にしまった。武器の意識は持ち主に反応して出てきてしまう事があるから、らしい。
「私は受けに回る」
そう言いながら剣を俺の方に放り投げる。
サクヤの瞳がより一層紅くなった。戦闘モードに入ったのだ。俺は鞘から剣を抜いた。さすがに練習用と違って重い。
俺は戦闘モード(気持ち的)に入った。これに入ると俺の瞳は蒼くなる。これもセイヴァーの性質らしい。
俺はその体勢のままサクヤに斬りかかった。狙うは心臓か首。だが当たり前のように弾かれた。
第2撃。上に弾かれた時の力でそのまま振り下ろす。だがこれもするりと避けられる。
第3撃。サクヤが避けた方向に横向きで切りを入れる。しかしそこにサクヤは居なかった。俺の頭上に逃げていたからだ。
サクヤは真っ向から戦う俺とは違い、ジャンプや蹴りを混ぜたり、その場にあるものを応用したりする。いわゆるモノが多いところで戦うのが得意な前衛だ。
そういう奴は攻撃パターンが読みづらい。
しかも俺は二週間もサクヤ相手に剣の練習をしていた。癖、苦手な切り込み方、反応速度。全て知られてしまっている。ほぼ俺に勝ち目はない。
が、それはサクヤも同じだ。忘れてはいけない、俺がサクヤと共同生活しているのは、復讐相手の弱点を探るというのも目的のひとつだということを。
と言う事で、俺はサクヤを観察しまくった。一見ストーカーだが、そのお陰で見えてきたものがある。
サクヤは左利きだ。心臓はどっちかっていうと左寄りだから、左の防御の固いサクヤの心臓を狙うのはどうしても無理がある。
だが俺も左から打ち込めば話は別だ。
練習で俺は何度か右に持っていた剣を左に持ち替えて攻めた事がある。するとサクヤはその攻撃を全て右で受け止めた。つまり、サクヤも左から右へ刀を持ち替えたのだ。
さっきサクヤは左利きと言ったが、右が使えないわけでは無い。どちらも容易く使いこなす。なら、サクヤが右に持ち替えるように誘導すれば、左も少しは空く筈だ。
……そこに俺の勝機がある。
サクヤがジャンプしてそのまま落ちてきた。剣が握られているのは左。
よし。
俺は左に持ち替えて、左で受け止める姿勢をとった。
だがーーーー
サクヤは、右へ持ち替えずに左のまま突っ込んでくる。
ーーーー計算通りだ。
剣と剣がぶつかる音が響き、火花が散る。
もちろん、サクヤだって俺が何を考えてるのかくらい解るだろう。だから俺はフェイクを仕掛けた。
俺は最初から心臓なんて狙ってない。
俺の標的は………サクヤの首だ。
サクヤが俺の思惑に気づかない内に、右手を滑り込ませ首を掴む。
両手で掴むために剣を手放す。
するとせめぎ合っていた剣の力が余り、サクヤの剣が俺の手を掠めた。少し痛いがどうでもいい。
そのまま左手でも首を掴む。サクヤの拘束具の首環が手にめり込む。
サクヤは顔色を変えて剣を落とし、俺の手を剥がそうとするが、遅い。明らかに体格差のある同年代の男に先手を打たれては、こんな細い身では太刀打ちできない。
やった……
と思った刹那、俺の股間にこの世とは思えない痛みが走った。
忘れてた。蹴りを戦いに混ぜるほどなのだから、サクヤの蹴りは相当キツイ。それを男最大の急所に受けたのだから、もう立ち直れない。
俺はいつの間にかサクヤの首から手を離し、地面に突っ伏していた。
「………いや〜サクヤをあそこまで追い詰めるとはなかなかやりますねアリス。でもサクヤ、最後のアレはちょっと可哀想じゃなかった?」
そうだ可哀想だからこの痛み何とかしてくれ。
すると途端に痛みが引いた。見上げるとヴァレンが少しにやけて立っていた。
「……同情するよ、アリス。左手も見せて」
……天使だ。天使がここに舞い降りた。さっき切られた傷がみるみる治っていく。
痛みが引いたので起き上がると、サクヤが白い頬を少し赤らめて
「……さっきのアレは、反射的にやった。それ程追い詰められていたって事だから、自信持って。その………悪かったとは思ってる。ごめん」
と言って頭を下げた。いや殺しかけたの俺なんだけど。
……にしても、意外と可愛いところあるのな、こいつ。元は美少女なのに、変わらない表情のせいでその美しさが半減してしまっている。復讐相手としてしか見ていなかったので意識したことなかったが。
「いや、俺も真剣勝負だったのにマジで殺そうとした。俺の方こそ……悪かった」
……なんで復讐相手に謝ってるんだろう、俺。
だがサクヤは首を横に振ると、
「あれでいい。練習しなきゃ上手くならないけど、練習と実戦は違う。実戦で役に立たないと練習なんて無意味。練習で殺しかけるくらいが丁度いい。いつも殺す気でかかってきて」
……んなこといわれても困るだけなんだが。
「サクヤ、そんなコト言われても困るだけだよ。もっと『次は容赦しない』とかの方が伝わりやすいって」
おおヴァレン、俺の気持ちを見事に代弁してくれた。そういえば同じ男だっけ。
「そうなの?……じゃあ、『練習で殺しかけて。次は容赦しないから』…これでいい?」
「………子供か、お前は」
俺がそう言うと、ヴァレンとヴィオラが爆笑した。




