エピソード8 自分じゃない『誰か』
「お前は、誰だ?」
『彼』は答えない。
ただただ水底にいるかのような静寂が流れる。
俺はいつからここにいるのか、ここが何処なのかは知らない。覚えているのは俺の世界が破壊され、世界再生と復讐をする為に破壊者になって、実際に世界を破壊したことくらいだ。
「もう一度聞く。お前は誰だ?」
そしてこの訳わからん空間、俺と共に存在している、見えない『誰か』が今目の前にいる。
直感的に男性だと思うので『彼』と呼んでいるが、本当に男なのかは解らない。
また何かおかしな事に巻き込まれたのだろうか。
なんで俺なんだよいつも。
そんな愚痴を頭の中で吐いていると、『彼』がこちらに一歩近づき、答えた。
「僕は、君であって君でない。僕らは同じ存在だが、違う存在だ。分かり易く言えば…………“水竜剣コールブランドに宿った意識”、かな」
突然頭に衝撃が走り、我に帰る。
「あいだっ!」
目を開けるが、頭がくらくらして、視界がぼやけてよく見えない。
やっと痛みが引いてきて、頭を抱えながら起き上がる。
真っ白い天井。
無機質な部屋。
そしてすぐ隣には円形のベッド。
……夢オチ。
これが。
だがあれは夢だったのだろうか。やけによく内容を覚えている。なにより、『彼』が最後に言ったあの言葉……。
俺は左手首にくっついて離れない拘束具を見つめた。
今コールブランドはここに収納されてる。
『彼』が言ったことが本当なら……。
まさか、な。
俺は立ち上がって部屋を出た。そして隣の部屋に入る。
そこですやすや呑気に眠っているのは、俺の復讐相手。
この状況でも、殺せるのだろうか。
急に試してみたくなって、俺は拘束具からコールブランドを取り出した。
そのまま振り下ろす。
だがサクヤの方が速かった。身体をねじって剣をかわした後、隙ができた瞬間に思いっきり抱きつかれ、頚動脈を締め上げられる。
体格差はあるが、ここまで綺麗に決められてしまっては反撃はもう無理だ。というかやばい、声が出ない。降参です、白旗あげます、そう言いたいのに声が出ない。
自分でも馬鹿なことをしたのがよく分かった。
「サクヤ、もうその辺にして」
ヴァレンがいつの間にか出てきていた。サクヤの腕が解かれ、途端に呼吸が楽になる。
…………畜生、よくもやってくれたなこのアマ。
その時、紅い瞳と目が合った。
……あ。
これは、よく考えたらまずいのでは?
俺が下で、サクヤが上。これじゃまるで逆……。
……いかん。あらぬことは考えるな、アリス。
「あーびっくりした。死ぬかと思いましたよ」
ヴィオラも出て来た。いや、殺されかけたのお前じゃないだろ。
「無計画な奇襲はかえって気づかれやすい。相手をもっとよく観察して、見極めて。何の為に一緒の家に住んでると思ってるの」
復讐相手から容赦のないダメ出し。これはメンタル的にキツイ。
だが復讐の為だけに同居してるかのような言い草だったので思わず反論する。
「俺は仕方なくここにいるんだ。そこんとこ忘れるな」
そう、隠すまでもないが俺はサクヤのアパートに居候している。
俺は初任務終了後、異能者管理塔の自室に戻った。
だが忘れていたことがひとつ。
あそこに何人異能者がいるのか知らないが、夜中に奇声は響くわ破壊音は聞こえるわで大変煩かった。
そんな理由でまたサクヤのアパートに逃げてくると、ヴァレンが
「じゃあここに住んじゃえばいいじゃん。いちいち来られるのも面倒だし」
と、解決案を持ち出したのだ。
サクヤはどっちでもいい、というかどーでもいいみたいだったが、ヴィオラは真っ先に反対した。
「一緒に住んだら、サクヤの手の内とか癖とか知られちゃうじゃないですか!」
……と。
あれ、それ俺にとっては好都合なんですけど?ヴィオラさん?
ほんとこいつコンピュータでは測れない部分は疎いのな。
ハリーシアの家に行け、とも言われたがあいつなんか胡散臭い。あと玄関でさえあの調子なのだから、他の部屋もきっと本やらなんやらでいっぱいだろう。なので却下。
結論。サクヤの家が一番マトモで条件に合っている。
サクヤの上司も電話越しに
「手ェ出したら殺す」
と言っていたが最終的には同居を認めてくれた(というよりサクヤが脅した)。
悲しい事、俺たちの間に間違いが起こるはずない。
……まてよ、そういう復讐の仕方もあるのか?
…………。
いやいやいやないないないそれはない俺がしたい復讐はそーゆーのと違うかなり違うすごく違う落ち着け俺!
すー……はー……(深呼吸)
こほん。
さて、そんな訳でサクヤとヴァレン、ヴィオラとの同居生活が始まってもう2週間が過ぎていた。
あれから俺は太陽の街の中心に本部を置く地球国連軍直属の極秘機関・北極星の破壊の救世主として正式に登録され、サクヤと組む事になった。
一応職に就いたのと同じなので月から金(曜日の呼び方は俺の世界と同じだった)までは出勤しなければならない。
晴れて破壊の救世主となった俺がここ2週間していたことは、パラレルワールドの破壊
……ではなく、剣の稽古と、勉強だった。
何故こんな異世界に来てまで勉強しなければならないのか。そうつっかかると、サクヤは
「全宇宙で共通の理を識っておくことで、戦場で命拾いすることがある。それに何も識らないで世界を破壊するのは無責任、馬鹿がやること」
とすました顔で言った。
言ってることはもっともだ。
取り敢えず面倒くさいことにならない程度には授業を受けるか。
俺はしぶしぶ講義室の椅子に腰掛けた。
「まず、この北極星という機関について説明する。前にも言った通り北極星は異能者のみで構成された地球国連合軍の極秘特殊機関で、異能力による世界樹の保護と繁栄を目的としている。ここまでで質問は?」
「えーと……世界樹ってのは、分岐しまくった全てのパラレルワールドの総称で、北極星はそれを守るための軍機関……で合ってるか?」
「上出来ですよアリス。大方合ってますね」
「そして北極星は戦闘科、技術科、衛生科、研究科に分かれている。私達はもっとも規模の大きい戦闘科。戦闘科はさらに3つの分野に分かれていて、駆逐隊、修正者、破壊の救世主、それぞれの分野の総司令官たちが北極星のトップ3も兼ねている。修正者総司令のライラック准将は北極星参謀、駆逐隊総司令スコーピオ中将は北極星副司令官、そして破壊の救世主総司令メテオライト大将は北極星最高司令官、という感じで」
うん?ちょっと新しい単語が多いぞ?
これ覚える必要あるか?
しかしそんなの御構いなしにサクヤは続ける。
「だから彼らはたとえ階級的には低くても地位的には高い。私は少将だけれど、例えば修正者総司令のライラック准将より階級は高いけど地位は低い、と言った風に」
「な、なるほどね……?」
「そしてどのように分野分けされるかだけど、異能者は生命力のほかに意識破壊能力と不条理除去能力、そして永続的干渉能力という能力を持っている場合がある。意識破壊能力は文字通り人や世界に宿った意識を破壊する能力。不条理除去能力は歪みを除去、中和する能力。永続的干渉能力は生命力によって生み出されるマナを糧に理に半永久的に干渉し続ける能力。意識破壊能力と永続的干渉能力を持つ者は駆逐隊、不条理除去能力と永続的干渉能力は修正者、全て持つ者は破壊の救世主。これらを持たない者達は……」
「いっぺんに言うな覚えられんわ!!!!」
まあ最初のうちは別に良かった。俺のような一般人にも理解できる内容だったり、この世界の経済状況だったり。
しかし内容が途中からだんだんエスカレートしていった。
11次元世界の理論とか量子力学とかコペンハーゲン解釈とかシュレーディンガーの猫実験とか知るか。なんだよ11次元て。そんな次元要るか。時間は流れているのではなく超高速で入れ替わっているとかもう訳わからん。
せめて、せめてだ、俺の知りたいことを教えてくれ……。
そう思っていると、昨日の夜
「明日は期待していいから」
とサクヤが呟いた。
期待していい。つまり、俺が知りたいことをやっと教えてくれるのだろうか。
俺の知りたいことは結構あるが、一番知りたいのは、『なぜ破壊の救世主他の世界を破壊しているのか』。
これはサクヤが少し説明していたが、あんな回りくどい説明の仕方で納得、理解できるほど俺の頭は良くない。
今日、その答えが解る。
俺は自室に戻り着替えながら、今日の授業は少しでも楽しくなりますように、と祈った。
風が痛い。本部はまだなのか。
今日こそはちゃんとやるんだ。ヴァレンに毒づかれるのはもう懲り懲りだ。
足元から火花が散った。ブレーキがかかり始めたのだ。
つまり、本部はもうすぐそこーーーーと思った瞬間いきなりがくっとバランスが崩れ、全身に強い衝撃と、追って肩に痛みが走った。
ーーまた失敗か。
この乗り物は走路と言うらしく、電車、バスなどと同じ公共交通機関だ。肩幅ほどのレール(?)が街中に張り巡らされ、行き先、速さを設定し身分証明書をタッチさせれば一定の範囲内で連れて行ってくれる。
これの発明のおかげでこの世界の人々は移動手段に歩く、という事をほとんどしなくなった。
ただしちょっとばかり危険で、レールの上に足を乗せると重力に反発して走り出すのだが、超高速ゆえに気をしっかり保っていないと振り落とされてしまう。
まあ子供、お年寄りが乗っても大丈夫なようにいくつか安全装置が付いているのだが……。
俺の場合、それはあっても無くても同じだった。
不幸な事にサクヤのアパートのある区間と本部をつなぐ道路やリニア(電車のようなもの。電気で走ってないけど)は無い。
ハリーシアの家がある区間は本部から遠いから、という理由でも切り捨てたが、遠ければそれなりに道路も駅もある。
誤算だった。
今更遅いけど。
今ではちょっとした名物になりつつある。人並みに出来ないことってあるもんだな……。
後から来たサクヤが見事に着地した。
ヴィオラはどれだけ見ても飽きないのか、大笑いし始めた。ヴァレンがニヤつきながらも肩の傷を治してくれる。
しかしサクヤはクスリともしない。
この前の戦いの激しさを見れば、サクヤが全く笑わない陰キャラじゃないことは分かる。少しくらい表情を柔らかくしてくれれば俺も楽なのに……。
……そういえば、サクヤが笑っているところって見たことないな。白銀の髪を見つめながら、俺はふとそう思った。




