エピソード7 二度は言わない、覚悟を決めろ
解らない。
俺とその子を包むように、ドーム状のバリアが張られている。
そしてそのバリアを張り、俺を守った張本人がこちらを向いた。
ヴィオラくらいの年齢と思しきその子は、少なくとも俺の世界ではあり得ない翠色の髪をしている(この時点で人間でないことはすぐにわかった)。
瞳も翠。ヴィオラと同じような黒いブーツ。
恐らく、サクヤの頭の上に乗っているもうひとつのスマホだ。
だがそれとは関係なく、俺は少し困っていた。
解らない。
何が、だって?
この子の、性別だ。
肩までの無造作なショートヘア。
少し長くうねったもみあげ。
中性的な顔立ち。
女子のように細く、男子のように力強い手足。
着ているだぼだぼのミリタリーコートは男物っぽいが、長いマフラーが女の子らしさを感じさせる。
いや観察してもやっぱり解らん。
だから俺はこの少女もしくは少年をさっきから『その子』としか呼ぶことができないでいる。
……だが、この子は多分女の子だろう。俺は何故か本能的にそう思った。
何故かは解らない。この子にどこかで会ったことがある。そんな気がするからだろうか。
「何ボーッとしてるの。死んじゃうよ」
中性的な声。口調からも、男か女か解らない。
俺はついに痺れを切らして、思い切って聞いてみた。
「……君、男の子?それとも女の子?」
「男だよ!」
あ、男なのか。
「全く、僕が男に見えないって言うのか」
そうブツブツ零してる。その問いに俺はこう答えるしかない。
見えません。
「んまあいいや。僕はサクヤに君を守れって命じられたから守るだけ。武器はもうあるんでしょ?早くサクヤの助太刀に行って」
そう言ってバリアを解こうとする。
「ちょ、ちょっと待て。確かに俺は武器は持たされているけど、真剣を使ったことなんて一度もないんだ。ましてや実戦経験なんて……」
「僕が守るって言ったでしょ?守りながら戦うのは難しいけど、僕にとっては君ひとり守るのなんて造作もないことだよ」
俺は目を伏せた。
早すぎる。サクヤが俺をここに連れて来たのは仕事の見学を兼ねているのだと思っていた。だがサクヤは実戦をさせるのも兼ねていたようだ。
全くあの転校生は何を考えているのか解らない。
少年はため息をついた。
「……じゃあ言うけど、あの世界の守護者は君が倒さなきゃダメな理由があるんだ」
バリアが解かれた。俺は思いっきり駆け出し、サクヤの元へ走った。
「サクヤ!!」
叫ぶと、サクヤは間合いをあけ、俺の横に耳鳴りの良い靴音をたてて着地する。
「ヴァレン、ウイルスはもういいの?」
「僕は平気。てゆうかサクヤ、また大事なこと話してないようだったから、僕から話しといた。サクヤの悪い癖だよ」
「それは後で。アリス、聞いたなら分かると思うけど、これは……」
「承知の上だ。俺にやらせてくれ、サクヤ」
サクヤは俺の目をじっと見つめていたが、やがて視線を世界の守護者に移し、
「任せた」
そう言って一歩下がる。
中央では、ヴィオラと世界の守護者との一騎討ちになっていた。
俺は一歩前に出て、目を瞑る。
さっき少年に言われたことが、頭をよぎる。
「生命力の、属性の相性?」
「そう、生命力には属性があり、君の属性は水、サクヤの属性は火、っていうのは知っているね?」
首を縦にふる。
「そして生命力は持っていないけど、それと同じような属性が世界の守護者にもある。あの世界の守護者の属性は『水』。でもこれはサクヤの属性『火』と相性が悪くて攻撃が効きづらい。でも新入り、君なら、同じ属性の君なら攻撃が通りやすい」
俺は俯いた。少年の言いたいことは解る。
これは試練だ。破壊の救世主として生きて行くと決めた者が必ず通る試練の壁だ。
だがやっぱり早すぎる。車の免許を取りに行って、練習もしないで一般道路に出される事はない。
現に、ひとりの俺の教官がそれをやってしまったが。
馬鹿なの?
結局最後はここに行き着く。全部サクヤのせいなんだ。
「…………俺がやらなきゃいけないことは解った。これも破壊の救世主の試練、なんだろうな。でもさすがに無理だ。今更俺に剣の才能が無いことくらい分かるし、ましてやあのサクヤでさえ勝てない相手に俺が勝てるわけないだろ」
少年は俺がそう言うのを解っていたのか、別に表情を変える事なく
「あっそ」
とだけ呟いた。
「じゃあ、君は剣を使わないでいいよ」
「え」
俺は眼の前、翠を見つめた。
この少年は何を言っているんだろう。
「剣を使わないって……それじゃ勝てないだろ」
「勝てるよ。まあ今回は全体的にサクヤが悪いな。 剣の技術はこれから上げればいい。今できる方法で勝ちに行くんだ」
「どう、やって……?」
少年は口の端をつり上げた。
「君がやりたい事を想像し、真っ直ぐで強い意志を持てばいい。君がはっきりとした目的を持てば、マナはそれに応えて力として還元される」
俺は目を開けた。
俺はまだどこかで迷っていたんだ。いくら自分の世界を再生するためとはいえ、そんな血塗れになってまで再生した世界に、俺の居場所なんてあるのか、と。
だが俺はここに来てしまった。半端な覚悟では来てはいけないところに、俺は半端な気持ちで踏み込んだ。
そんなのダメだ。そんな気持ちなんて捨てろ、アリス!!
たとえどんなに辛くても。どんなに残酷でも。俺は生きていくために、居場所を取り戻すためにやらなくてはいけない事をやると決めた。
自分の意思で。
その方法が破壊の救世主しか無いのなら、俺はその先にある責任から逃げてはいけない。
半端な気持ちはもう要らない。
もう、迷わない。
パァン!!
音がして、はっと我に帰る。
「………………え?」
そこには、氷でできた水晶のようなものが俺の足元から世界の守護者めがけて走っていった痕跡。
……これ、まさか俺がやったのか……?
俺は、普通だ。
特徴が無いのが特徴。それが俺。
そんな俺に神が与えた祝福。俺は神を恨んだが、案外感謝しなければいけないのかも知れない。
だって、サクヤが俺の世界を壊さなければ。俺が、破壊の救世主の素質を持っていなかったら。
俺は、世界を壊された時の絶望も、再生できるかもしれないという可能性に抱いた希望も、そして俺のこの能力にも、出会うことなく終わっていたかもしれないのだから。
「アリス、もう一度お願いします!」
ヴィオラの声だ。今度は目を開けたままイメージする。
俺は、自分の世界に帰りたい。その為なら、どんな犠牲をはらってでもーー。
俺の周囲にどんどん氷の塊が出来上がり、上下左右空間を余すことなく世界の守護者を囲む。
……凄い。本当に思った通りになってる。
俺は胸の高さまで手を挙げた。ハリーシアがやったように。そして広げた手で空間を掴む。
その瞬間、世界の守護者めがけて氷の塊が一斉に飛びかかった。
流石に世界の守護者なだけあって殆どかわしたが、数量かわしきれず世界の守護者の動きが鈍くなる。
その一瞬を、ヴィオラは見逃さなかった。
ヴィオラの札が何かの力を発して、世界の守護者の動きを完全に封じた。
「アリス、今です!」
(コールブランド……来い!)
俺がそう願うと、さっきまで何もなかった空間に剣が形成されていく。
それを掴み、そのまま構え、走った。
「はぁあっ!!」
西洋剣が、世界の守護者の体を貫く。
血は出ない。
そのかわり、この世界に住む多くの命が、消える。
「ぁあ……あ…………」
その言葉を最後に、世界の守護者の身体が光に包まれ、消えた。
そして心臓があったであろう位置に水色の球体が出現した。
「これが世界の守護者の本来の姿。これを破壊すれば、この世界は消える」
これを破壊すれば、俺の世界と同じことが起きる。
俺はよかった、と思った。初仕事で侵入した世界の人間に会わなくて。会っていたら、俺はまた迷っただろう。だが俺はもう迷わないと決めたんだ。
「破壊するにはどうすればいい?」
「手で触れて」
紅い瞳にこれを壊す意思は見えない。
俺は宙に浮かぶ球に手を伸ばした。
これが世界。これに触れると世界が消える。
馬鹿馬鹿しい。世界がこれほど脆いなんて。
そんな脆く儚い世界で命たちが醜くもがくのを見て、神様は面白がっているのかも知れない。
俺は球に手を置いた。世界の温もりが残っているのか、少し温かかった。球は柔らかいお菓子のようにぼろっと崩壊し、そこから空間にヒビが入る。そして
ーーーー音を立てて割れた。
あの日と全く同じ光景だ。
どこか信じられなかった、世界が破壊されたという言葉はたった今俺の真実になった。
いつの間にか俺たちはひとつ目の楽園に戻って来ていた。
「任務完了。これが破壊の救世主の仕事の大まかな流れ。あなたが変えなければいけない因果の計算はヴァレンがしてくれる。ヴァレン、契約を」
「はあ!?僕が契約するの!?」
「ヴィオラは私の契約で容量いっぱいだから。ヴァレンはけっこう容量余ってるでしょ」
やっぱりこの少年がもうひとつのスマホだったようだ。
ところで、
「契約って何のことだ?」
「契約はですねー、フィリアス・リーダー・アルティメット・ストレージ・オペレーティング・メモリーズと買い手の商品契約のようなものです。これをすれば主人は下僕になんでも命令できます。ただし法律等に触れる命令をすると軍に通達され自動でシャットダウンし、2週間電源が入らなくなりますので、ご注意を」
法律の範囲内で、命令し放題ということか。どうせなら女の子がよかったが、少年は女の子っぽいし、この小生意気な口をどうやって黙らせるか考えていると、
「ちょっと待ってよ。アリス、真名はあるの?」
「真名?」
「契約とかに必要なコードネームのことですね」
…………中二病には天国のような世界だなと俺はしみじみ感じた。
「サクヤにもあるのか?」
「ありますよー。サクヤの真名はコnおふぉっ」
ヴィオラの言葉が途切れた。サクヤがヴィオラの口に手を回していた。
「真名は他人に気安く話すものじゃない。色んな意味を持ってるし、場合によってはその人を殺せるから」
俺はいい方を引き当てたようだ。
契約相手、ヴィオラじゃなくてよかったー。口が滑ったせいで背後から刺されるように殺されるのはまっぴらごめんだ。
「で、どうするの、真名」
「うーん、急に言われてもな…………」
「ーーーーーー、は?」
突然後ろから声がかかった。振り返るとヤボ用に出ていた魔法使い、ハリーシアの姿が。
「えっ今のってアリスの真名ですか?」
ヴィオラが聞くと、ハリーシアはにこにこしながら頷いた。
「アリスは、それでいいの?」
少年が聞いてきた。
「……まあ他に無いし……いいか」
ハリーシアがますますにこにこして、
「じゃあ契約やってみよー!」
と言うとどこからか宝石を取り出し、俺と少年の周りに撒いた。
「魔法石で魔法陣描いてるからソレ踏まないようにしてね。さあアリス、真名を唱えて」
さすがに私に続いて詠唱を、というのは無いか。
……ちょっと残念。
俺は思いっきり息を吸い込んで、陰険魔法使いに言われるのは2度目な気がするその名前を、少年に向かって言い放った。
* * * * * * * * * *
夜中なのに昼間のように輝き続ける造花の箱庭のような楽園を見つめながら、ひとりの陰険魔法使いは目を細めた。
「……まったく、これだから宇宙の条理ってのは嫌いだよ」
そう呟き、空を仰ぐ。
街が明るいせいで星なぞ見えないが、彼女は星ではなく、ひとりの英雄を思い浮かべていた。
自分が救えなかった彼。
そんな彼を救ったあいつ。
これからアリスを中心に巻き起こるであろうもつれ絡まった因果の果てに。
それの役者がついに揃ったこの世界で、彼はどんな未来を選ぶのだろう。
自分に“観る眼”はもうないが、それはそれで楽しみだ。
「……願いが叶ってよかったな、あたし。これまで生きて来た甲斐があったってもんだ。今度は最後まで隣で見物させて頂きますよ。
……ねぇ、我が主人」




