エピソード6 背負うべきもの
「行ってらっしゃい。あたしヤボ用あるから、じゃねー」
そう言ってハリーシアは箒に乗って逃げるように帰っていった。靴のお礼言いたかったのに…………。
「さては一緒に任務行きたくなくて帰りましたね、あれ……」
「ほっといていい。邪魔者がいなくなってさっぱりした。ヴィオラ、お願い」
「り!!」
邪魔者って……サクヤとハリーシアはそんなに仲が悪いようには見えないが、サクヤはだいぶ辛辣だ。サクヤの一方的な毛嫌いだろうか。
でもそんなに嫌うほど悪い奴に見えないんだよな、ハリーシア。笑顔は胡散臭いけど。
ヴィオラが中央の装置をいじり始める。それと同時に、サクヤが俺に近づき、俺のコールブランドを取り上げてしまった。
「は?おい、何して……!」
サクヤは取り上げた反対の手で俺の左腕をおもむろに掴み、自分の方へ引き寄せる。
すると、凛々しく輝いていたコールブランドはその姿を青い粒子へと変え、俺の左手首の腕環____つまりは拘束具へと収束され、消えた。
「え……!?消え……」
「拘束具に仕舞った」
サクヤが静かに言う。
「拘束具の機能、もう忘れたの?能力強化、所持品収納、パラレルワールド探知、侵入、離脱、その他諸々…………そのうちの所持品収納をいまやって見せた。拘束具に近づけたり、あなたの意思に従って出し入れが可能。鞘も帯剣も不必要」
どうやらサクヤは説明より先に実践したいタイプの人のようだ。ちょっと気付いていた気もするけど。上司からは好かれて部下からは嫌われそうだ。
それはともかく、鞘も帯剣も不必要ときた。俺は拘束具の腕環へ目線を落とす。
さっきコールブランドは間違いなくここへ収納されていった。それなのに重量感も温度も感じない。画期的な発明だ。
「コールブランド……」
出ろ、と言う前に蒼黒色の剣は、柄を俺の掌の中に上手に持ってきて現れた。
…………凄い。銃刀法を違反しまくれる。できてもしないけど。
とか何とか思っているうちにひとつ目の楽園の中央にある丸い装置が光り始めた。俺は急いでコールブランドを仕舞い、そちらへ駆け寄る。
それは、見てるとだんだん吸い込まれそうな、眩しい筈なのにずっと見てられる不思議な輝きだった。
そしてヴィオラを中心に空中にスクリーンがいくつも出現し、訳のわからない数式が映し出され、ヴィオラも俺の知らない単語を機械的に羅列していく。
「1、2、3、4……5次元探知しました、固有値固定完了、異能者両名の波動関数正常。目標多世界観測可能です。サクヤ」
「うん。……来たよ、許可コード」
すると今度はサクヤの掌にくっつくかのようにスクリーンが現れ、そこには小さく英語でなにか書いてある。
…………Colt Government?
「まーた1911ですか。ほんとに好きですね」
「ヴィオラ」
「分かってますって。……許可コードを認証、侵入ゲート開きます。……3、2、1、ゼロ。ゲート開きました、侵入点閉鎖まであと30秒です」
がちょん、と音がして丸い装置が変形する。そのおかげでさらに光が増し、俺とサクヤ、ヴィオラの影を楽園に伸ばす。そうして伸びた影が、盲目だった俺に教えてくれる____この光の渦に飛び込め、と。
…………など思ってるとまたいつの間にかサクヤが俺の腕を掴んでいて、そのまま思いっきり光めがけて走り出した。
「はあ!?お前、また……!」
そしてサクヤに引っ張られているのか光に引っ張られているのか、はたまた囁く影に押されているのか解らないまま、俺は異世界へ突入した。
「え…………」
理解するのが半歩遅れた。
だって世界がほんとうに切り替わることも、切り替わった世界が母なる大地でなく空の海であることも、俺には確信なんてできないのだから。
「ぅわぁぁああああああっ!?」
「アリスー、起きてくださいー」
ヴィオラの声が聞こえた。目を開ける。そこには、俺の顔を覗き込む幼女の顔。
唐突に始まったスカイダイビングで俺は意識を失い、まさに今この世界に帰ってきたのだ。額を撫でる。まだ三半規管がうまく機能していない気がする。
…………よくこういうシチュで、死ぬかと思ったー、とかあるけど、あれ嘘。絶対うそ。死ぬ「かと思った」じゃない。「死んだ」。空中で二回ぐらい死んだ。
そして俺がいま生きているのは、ずっと俺の手を離さないでいてくれたあいつのおかげだ。
「サクヤは……?」
「居ますよ。すぐそこに」
起き上がって見てみると、サクヤはコンクリートの壁に背を預け、ヴィオラ本体から映し出された半透明なパソコンのようなものをいじっていた。スクリーンが多少多いが。
「……何してるんだ?」
まさかこの状況でネットサーフィンなんてするはずが無い。サクヤはこちらを向かず、代わりにヴィオラが体をこちらに向け説明してくれる。
「世界によっては幹00ハレルヤくらい……いいえ、それ以上に量子力学が発達してる世界があります。アリス、あなたのいた世界もそのひとつでした」
わざわざ量子力学と言ったところを見ると、科学の進歩とそれらは別物ということになる。時代に数百年の開きがあれど、分野によっては足並みを揃えているということなのだろうか。
「俺のいた世界?」
「はい。アリスは、サクヤに初めて出会った時の時間、覚えていますか?」
初めてサクヤに会った時。あいつが教室に入って来た時のことだろうか。
それなら、SHRが始まるのは8時40分。正直にそう答えると、ヴィオラは満足そうな顔で頷いた。
「では、世界が破壊されたのは何時頃ですか?」
そっちの時間ははっきり覚えている。何しろ俺の腕時計がその時刻で止まっているのだから。
「14時12分だ」
「その通りです。しかし世界に侵入して破壊するまで、サクヤなら1時間もかからず実行、完了できるでしょう。彼女はこのわたしのマスターですから当然優秀ですので。……その8時40分から14時12分の間、わたし達は国連による妨害を受けていたんです」
国連の妨害?
そんな世界的に規模のでかい機関が、ひとりの少女とひとつのスマホに手をかけるなんて、おのずと理由は限られてくる。
「…………国連はサクヤ達が世界を破壊しに来たって判っていたのか?」
ヴィオラの綺麗な紫色の瞳は俯いたまま、哀しみを増していった。
「はい。わたし達を宇宙空間へ行かせないよう、空に網を張っていましたから、当然破壊する方法も識っていたでしょう。途中何度も軍人や兵器に追いかけられたりもしました。そしてあの日、警察はなるべく大捕物などは避け、不可思議な現象が起こった場合は国連の指示通り行動せよ、という密旨が加盟国に出され、国会、警察、国防省はもちろん、裁判所や教育機関にも伝わっていた筈です。しかしこのわたしにかかれば、手厚い歓迎を受けましたが見事包囲網を突破する事に成功し、今に至るわけです」
胸を張って言い終わった後、ヴィオラはしまった、という顔をした。そのとき破壊した世界の住人の前でそんな話するのは流石にまずいだろ。怒ってないけど。
機械なだけにそういう、人の心を伺ったりするのは苦手なのかもしれない。
しかしこれでひとつ謎が解けた。世界が壊れる直前、なぜ物理の講師が音とともに飛び出していったのか。まさか世界を破壊されることまでは把握していなかっただろうが、そうした情報は教師陣にも共有されていたらしい。だから俺を含めクラスメイトが誰ひとり動けなかったにも関わらず、瞬時に行動ができたんだ。
…………事前に知っていて、動けても、世界の破壊からは逃れられなかったのか。
「えー…………と、とにかく、そのような妨害がこの世界でも発生しており、サクヤはその対処をしているところです」
俺はサクヤの方を見た。こちらの話には目もくれないで一心不乱に指を動かしている。
どうやらここは路地裏のようだ。人が来ることはなさそうだが、サクヤのことを気遣い俺は小声で新たに浮かんだ疑問をヴィオラにぶつけた。
「てゆうかサクヤって、世界を壊しに来た別世界の住人だろ?なんで俺の世界の学校にいたんだ?別人ってわけでもないだろうし」
俺と無空間で会った時、サクヤは俺を知っていた。あの日の転校生と別人のはずがない。
ヴィオラは言いたくなさそうにさらに声のボリュームを下げて、口元に手を当てる。
「アリスの世界にはサクヤとは別の、もうひとりのサクヤがいたんです。それがあの日アリスの教室に転校して来るはずだった本物の火酔裂夜さんです。でも運悪くふたりが鉢合わせになって…………火酔さんには悪いことをしました」
殺した、ということだろうか。
「そしてこれまた運悪く学校の先生に会ってしまい、サクヤのことを火酔さんと勘違いした先生がなかなか突っ走るタイプでして……火酔さんには身寄りもなくて確認も取れずにそのまま学校に来させられたんです」
担任の山崎が頭に浮かぶ。あいつはどこか気が抜けてて不真面目でだらしがなくて死ぬほど音痴でマイペースかと思ったら突っ走るタイプだが、意外に生徒に対しては面倒見がいい。きっとアルビノの転校生を気遣って家まで迎えに行ったんだろう。
その転校生が自分の生徒そっくりの別人と気づかずに。
「火酔さん……はどんな人だった?」
「サクヤとは正反対ですね。明るくて天然ボケで、サクヤと鉢合わせた時も『私のドッペルゲンガー!?それとも生き別れの双子!?』って言ってましたし」
「…………そうなんだ」
破壊の救世主はなぜ、世界を破壊しなければならないのだろう。俺の疑問は結局そこへ帰ってくる。 世界樹の危機とはなんなのだろう。自分を殺した時のサクヤの心境はどんなものだったんだろう。
俺もいずれ、自分を殺すような日がやって来るのだろうか。
すると空中に浮いていた全てのタブが消える音と共にサクヤがこちらを向いた。俺とヴィオラは話の内容が内容だったので焦ったが、サクヤのその瞳には怒りや呆れなどは無く、かわりにさっきのヴィオラと同じ、哀しみの色が差していた。
もしかしたら今の会話を…………。
「準備は整った。行こう」
路地を抜けたら、そこは東京だった。建物や街の造りは俺の知る東京に酷似し、文字も読めるし見覚えのある企業名などもそこには在った。
だがそれは俺の知らない東京だった。
まず、人がいない。道路には車があるのに、肝心の人が乗っていない。車の中だけでなく、大通りや建物の中まで、人っ子ひとりいやしないのだ。いるのはせいぜい烏や雀、そしてなぜか都会なのに猛禽類が上空を旋回している。
そしてところどころ地盤沈下していたり、一部建物が崩れていたり、高速道路やビルに草木が生えていたり、水道管から水がでっぱなしになっていたり。
まるで人間だけがいなくなって数年ほど放置された、素人が急いで縫い合わせた継ぎ接ぎのように不恰好で不自然な光景だった。
「どうやらここは第三次世界大戦後あたりの世界のようですね。文明が進んでいるわりに人口が少ないのはそのせいでしょう」
ヴィオラがきょろきょろ辺りを見回しながら言う。第三次世界大戦。俺の世界でももうすぐ起こりそうだとかなんとか囁かれていた。もし本当に起こっていたら俺の世界も…………。
「ここら辺でいいかな。ヴィオラ」
「はい、サクヤ!」
気づくとまたサクヤが手を繋いで来た。こいつ、自分が俺にとって憎むべき復讐相手だということ忘れてないか?
それに常識的に考えて、こう何度も他人と手を繋ぎたがるのはろくな奴じゃない。まあこいつはそういう常識全部ぶっ飛んでいそうだけど。
「えっ…………?」
何が起こったのか、理解が追いつくわけが無かった。
それは、誰かが置いて忘れた宝石箱のように、もしくはとてつもなく大きな立体万華鏡の中に入ったかのように豪華で眩しい、闇を着飾る光の渦たち。絶景、という言葉では言い表せられない、360度まばゆく輝く恒星。地上で生きていたら到底拝むことのできない、宇宙から見た宇宙だった。
そうか、宇宙空間に瞬間移動したのか。遅れて理解する。俺はここに来た目的も忘れてただ目の前の美しい景色に見惚れた。
だが、重力らしきものに引っ張られるように、いきなり現実に引き戻された。
気づいたら俺達は地上でも宇宙でもない妙な空間にいた。光の渦は変わらないが、さっきはなかった地面を感じる。見るとなにか土台があるわけでもなく、星々の川なので一瞬落ちるかと思ったがそんなことにはならなかった。目に見えない地面、とでも言い表そう。
何処となくひとつめの楽園に雰囲気が似ている気がする。
「誰だ。私に土足で踏み込んだ礼儀知らずは」
突然どこからかサクヤでもヴィオラでもない声が響いた。
辺りを見渡す。
するとさっきまで誰もいなかった筈のところに、少女が立っていた。10歳くらいだろうか。左目だけ仮面をつけて、ツートンカラーの紫髪のショートカット。そして頭の左右には可愛く飛び出た2本のアホ毛。服は濃い紫色のベビードールで、靴は履いていない。いやこんな幼気な子どもにベビードール着せた奴誰だよ、ロリコンでもいるのか。
イメージカラーと年齢が近いからだろうか、どことなくヴィオラを連想させる。
サクヤが一歩前に出た。
「失礼。我らは破壊の救世主、ワールド・ミゼラセイヴァー。我らが母がこの世界の消滅を願っておられる。聞き入れてはもらえないだろうか、世界の守護者」
「…………は?え、この娘が…………世界の守護者!?」
俺は二度見する勢いでもう一度ベビードールロリを見る。いやいやいや、どう見ても人だろ。この子が世界の意識だって…………!?
だが俺は今まで多くの常識を壊されてきた。世界の意識が卑猥な格好した幼女でも、残念ながら不思議じゃない。
俺の問いに真っ先に答えてくれるのも、機械仕掛けの幼女なわけだし。
「はい。世界の守護者はマナを消費してこの姿に具現化することができます。邪魔者が侵入した際排除するのも役目のひとつですから」
ヴィオラの言葉は、敢えてそう言うことで俺に思考させようとしているように感じた。サクヤが言わないぶん気を遣ってくれたのだ。
邪魔者を、排除。それってつまり…………。
「…………たとえ彼の方が望んでおられるとしても、私はこの世界に生きる全ての命のため、全ての可能性のために、消されるわけにはいかないのでな。断る!」
「アリス下がって!」
サクヤの叫びが谺す。
ガキーンッ!!
音と音が重なり、どこまで続いているか分からないこの空間を漂い、消えた。いつの間にかサクヤが俺と世界の守護者の間に入っている。
サクヤの白い髪がやけにゆっくり宙を舞う。
その手に握られている真っ赤な刀身の刀とバラバラに砕けたアメジストのような石の破片、そして手先に紫の宝石を鋭く覆わせた世界の守護者を見て、俺は初めて、サクヤが守ってくれたことに気がついた。
やっぱり、そうか。
コールブランドを渡された時から、うすうす感じていた虚像。それがいま目の前で実像になった。
破壊の救世主の仕事は、世界の守護者と戦って殺すこと。武器を持たされているのも、見返りが太っ腹なのも、命懸けの戦闘があるからなんだ。
そんな思考を巡らせているうちに、サクヤがあっという間に世界の守護者との間合いを詰めてカウンターにかかった。
素晴らしい速さで剣技が繰り出される。目で追うことはできるけど、実際に真剣で自分に向けられたら一歩も動けない、そういう次元の速さだ。俺はこれでも高校では剣道部だったから、それがどれくらい凄いか何となくだが分かる。
こいつは……サクヤはやばい。とにかく、全ての動きが綺麗すぎる。こんなに綺麗な立ち回りを俺は見たことがない。多分うちの部の顧問より圧倒的に強い。
だが世界の守護者も負けじとどこからか出した紫色の剣でサクヤの刀を受け止めた。するとそこへ別方向から世界の守護者めがけて雷が飛んで来た。そちらを見ると、ヴィオラがカードを浮かせ魔法陣のようなものを展開している。
戦えるのか。
このとき俺は気丈でいようとする思考とは裏腹に自然と後退りし、逃げ道を探してしまっている自分に気がづいた。
違う、違う!俺はこの世界を壊しにきたんだ、そして世界を壊すにはあの世界の守護者を殺さないといけない。説明されていないが、破壊の救世主の仕事が戦闘であることも理解した。殺すための武器だって…………持っている。
でも____怖い。
そんな事どうでもよくなるくらいに怖い。だって目の前で戦っているサクヤとヴィオラが死んでしまったら、誰が俺を守る?…………真剣なんて振るった事のない俺自身が、俺を守らないといけない。
そんなの無理だ。死ぬに決まってる、逃げるしかない。だって相手は妙な術を使う、あんなに強いサクヤでさえ手こずる、こちらに殺意剥き出しな殺戮者だ。勝てっこない、逃げるしかない、逃げ道は、どこだ、どこから帰れる?
…………帰る場所なんて無いだろ。だって俺の世界は壊された。サクヤに破壊された。
あの時も俺の知らないところで、こんな命のやりとりがあったのか?破壊の救世主って、こうやって命懸けで世界中の命を殺すのか?負けたら自分が死ぬのに。
嫌だ。
怖い。怖い、逃げたい、帰りたい、まだ死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない!!
「アリスッ!!」
サクヤに名前を呼ばれて、一瞬だけ視界の霧が晴れる。
世界の守護者が剣を見えない地面に突きつけ、その地面は大きく割れ刀のようにこちらへ突き出して来ていたのだ。
その余波が俺の居る方向に飛んで来る。
この軌道、完全に俺に当たる!
サクヤがそれに気づきこちらに走って来るのが見えた。だが遠すぎて間に合わない。
避けられない。死ぬ…………!!
閃光が走ったのが目を瞑っていても判った。はっきり聞こえていた音が鈍くなる。覆っていた手をおそるおそる下げる。
そこに居たものを見て、俺は一抹、恐怖を忘れた。




