エピソード4 魔法使い、降臨
それは、俺の知っているいちばん家らしい家だった。
宙に浮いてるし、ゴーストが出そうな中世ヨーロッパ風のお屋敷だが。
俺達は転校生のその手の知り合いに会いに来たのだ。
世界再生が本当に成せるのか確かめるために。
転校生はそれはものすごーく気が進まなそうだったが、なんでかついて来てくれた。何でも、「あいつにアリスを一人で会わせたくない」かららしい。
世界再生を手伝うとか言ったり、こいつ意外といい奴なのか……?
とはいえ、昨日の今日で気まずさは残る。そして俺の世界を破壊した事実は変わらず、俺の中で怒りは順調に育っている。
…………なんで、転校生は世界再生を手伝ってくれるのだろう。
扉の前に立ち、転校生が嫌そうに取手に手を掛け、開ける。
中を見て____驚いた。
玄関が本でごった返していたのだ。
吹き抜けの玄関は、灯もついてなく埃臭い。おまけに壁全部が本棚になっている。本当に玄関だよな?
しかしこの世界特有の、無機質な家の部屋に比べて、かなり俺の世界の文化に近いのでどことなく落ち着く。
本以外にも、羊皮紙や白と黒の羽ペン、へんな形の箱、目玉のような不気味な装飾、天井からぶら下がったドライフラワーの数々、埃、埃、足下には色とりどりの宝石や水晶…………。
と思った瞬間、宝石たちが光り始めた。何でだろう、ちょっと危ない気がする……。
「足下に高エネルギー反応!!」
そう叫ぶヴィオラは紫の蛍光色のカード(?)を数十枚何処からかぱっと出現させ、カードが俺たちの周りをぐるりと一周したと同時に、爆発音。
思わず目を瞑る。ええええ待て待て、この世界はこんな日常的に爆発が起こるのか!?
パラパラと瓦礫の降る音がして、おそるおそる目を開ける。煙が充満しているが、辺り一面綺麗さっぱり吹き飛んでいることは判る。埃が燃えた臭いと爆発によって舞い上がった塵のせいで咳が出そうだ。
「あー、ごめんごめん。魔法石置きっぱだったわ」
突然、頭上から愉快そうな声が飛ぶ。
見ると吹き抜けになった玄関の二階に、人影が見えた。そこに立っていたのは
____女だった。ブカブカのネグリジェ姿で、前髪ぱっつん。亜麻色の後ろ髪は地面につきそうな程長い。俺よりも2、3歳年上に見える。
こいつが、転校生が会いたくなかった、その手の専門家のあいつだろうか…………?
「どうせ来るの分かってたんでしょ。なのにこんな陰気な侵入者避け張って待ってるなんて」
転校生から痛い指摘。言葉から、転校生があいつを嫌っているのが伝わるくらい刺々しい物言いだ。
隣のヴィオラは苦い顔で、
「でもいいんですか?侵入者避けとはいえこんな風にしちゃって」
見渡すと本や置物たちが無惨な姿になっていた。大量にあった本はほとんどぼろぼろに破け、原型を留めていない。まだ火がついたまま燃えているのもあるし、床は焦げ、美しかった宝石は粉々に砕け散り淡く炎を映している。
だが女はひとつ高笑いをして、
「大丈夫だって、家のもの全部に再生魔法かけてあるから」
全く気にしてない様子。キャラが掴めねぇ。今までにないタイプか。
…………ん?
「再生…………魔法って……?」
転校生が俺に教えるようにあいつを見上げながら、仏頂面のまま説明する。
「彼女はハリーシア・カタストロフ・テイラーピール。魔法族の生き残りで、様々な分野を研究してる変人。はぐれ者だけどかつ破壊の救世主」
「変人は非道いなあサクヤ。ま、はぐれ者は間違ってないけどね、はははっ」
魔法。この世界にはそんなものまであるのか。
近未来なのかファンタジーなのかどっちだ、スティームゼロツーハレルヤ。
と、そのとき魔法使いハリーシアと目が合った。
金色の瞳でこちらを凝視している。鋭いが、サクヤの全て見透かされるようなのではなく、どこか過去を懐かしむような優しい瞳だった。
俺の顔に何か付いているんだろうか……。
しかし彼女はぱっと目をそらし、
「サクヤ、その子だれ?」
そう転校生に質問した。
「新しい異能者。属性は水」
「ほほう……それは興味深いねー……」
そう言いながらハリーシアは階段を降り始める。
…………属性ってなんの事だ?
「きみ名前は?」
「……速水 有澄」
「え、アリス?もしかしてきみ女の子?」
「ちげーよ!!」
「あははー冗談だよ骨格が男だもん」
焦った……最近言われてなかったから油断してた。
元の世界では度々、特に幼少期に言われていたが、異世界でも俺は名前をいじられるのか…………恨むぜ母さん。
「あたしの名前はご紹介の通り、ハリーシア・カタストロフ・テイラーピール。魔法使い兼研究者兼破壊の救世主。あ、はぐれ者の、ね。よろしくね、ア、リ、ス」
こいつわざとやっているな。
転校生とヴィオラはまたか、という顔だ。これがこいつのペースって所か。飲まれないよう注意しないと。
「で、何しに来たの?サクヤはあたしのこと嫌いだった気がするけど?」
転校生がふんと鼻を鳴らした。俺が代わりに答える。
「あんた、パラレルワールドに詳しいのか?」
「まあ、あたしは天才だから色んなのに手を出してね、そっち系の研究も昔していたよ。今は魔法使いの起源についての研究が主だから、頭が完全そっちに行っちゃってあんまお役に立てないかもしれないけど」
「魔法使いの起源?」
「まあね。それより、あたしに聞きたい事ってパラレルワールドに関係してるの?」
ハリーシアが階段を降り終えて俺の前に立つ。
俺より少し背が高い。俺は175センチだから、180センチ前後って所か。遠目でも印象的だった琥珀色の瞳は近くで見るとさらに綺麗で、目だけ本物の宝石のように美しい。
…………なんだろう、サクヤやヴィオラのような「異物」感はあまりないが、それがかえって不自然だ。というかこいつ、本当に………………人間か?
って初対面でそれは失礼だろ、少年よ紳士であれ。
俺は気を取り直して、さっき見つめられた瞳を見つめ返した。
「ああ。一度壊した世界を再生することは可能か?」
ハリーシアの顔から一瞬笑みが消えた。しかしすぐに笑みを取り戻し、
「ふーん…………」
と呟く。すると、急に手を胸の位置まで上げて横一文字に切ったかと思うと、とたんに本が本棚に自動的にしまわれ、焦げた本や小物がみるみる元の姿に戻り、ハリーシアの服がネグリジェから黒のワンピースに、長い髪はサイドポニーテールにまとめられた。
全てが終わる頃には、玄関は最初来た時より綺麗になっていた。
「……奥においで。お茶淹れるから」
玄関が本だらけなら、奥の部屋も本だらけだった。こちらも玄関と同じく吹き抜けで壁も余す所なく本棚だ。ハリーシアは本の虫なのか。
しかし魔法使いの家だと聞けば大量の本もおかしな装飾品も、なるほど納得がいく。
取り敢えず客が来るのを気にしてか本に埋もれたソファとテーブルがあったのでそこに座る。
「お客が来るのなんて何年ぶりだろ。……ごめん、こんなのしか無かったわ」
キッチンの方で何やらゴソゴソしていたハリーシアが指を鳴らすと、テーブルの上にポットとカップ、スタンドに乗ったお茶菓子が瞬間移動してきた。
ポットの中身を確認すると、生クリームがたっぷり乗ったホットチョコレートだった。お菓子あるんだからここは紅茶だろ。てかお茶淹れるって言ってただろ嘘つくな。
ハリーシアが箒に乗りながら戻ってきて、俺の前にすとん、と座る。
凄い。特に願望とかはなかったが実際に見ると俺も乗ってみたくなる。俺でも乗れる…………訳がない多分才能がないから。
どうやら魔法使いというのは、本当のようだ。
「で、パラレルワールドを再生したいんだっけ」
俺は頷いて、昨夜転校生とヴィオラと立てた仮説をハリーシアに説明した。
彼女は全てを聞き終えるとふぅーーと長いため息をつき、こう言った。
「……カケラは持っているの」
「カケラ?」
「世界に宿っている意識は壊すとガラスの破片みたいになる。それがカケラだ。…………持ってんの?」
俺は思い出した。
そういえばそうだ、そもそも俺が世界再生を思いついたのは、あの破片から他の破片をパズルのように組み立てて再生できないかと思ったからだ。
俺はポケットから例の破片を取り出してテーブルに乗せた。
「よくこんなの持ってたね……」
転校生が口を開いた。俺は皮肉を込めて言った。
「誰かさんのおかげでな。で、これ何か役に立つのか?」
ハリーシアがにやりと笑う。
「これがないと世界の再生は不可能だよ」
「ほぇっ、ほぁうほぉえ?」
ヴィオラがサンドイッチを口に詰め込みながら聞く。てゆーか機械なのにお菓子食べて大丈夫なのかよ。
「魔法でもなんでも、完全に再生するにはそのものの本体、もしくは破片が必要なんだよ。ラッキーなのは、人とかの意識は壊したらすぐ消滅しちゃうんだけど、何しろものが世界だからね。無空間にいても少しの間ならカケラを保ったままでいられるんだ」
「無空間?」
「ビッグバンが起きる前にあった世界さ。本来生命は生きていられないけど、破壊の救世主であるあたし達なら諸事情により生きていられる。きみ、世界が壊れた後に真っ白いなーんにもないとこに落ちただろ?あそこのことさ。そんで、別世界を回って歴史を変えていけば、少しずつそのカケラに共鳴して元に戻っていく筈だ。歴史を変えれば、それに応じて戻らなきゃいけないものは戻るからね」
「じゃあ、世界の再生は____」
「いけると思う。まあ再生自体はカケラ無しでもできるだろうけど、さっきも言った通り完璧な再生をするには至らない。特に意識ってのは時間軸から外れた、意外と高位の物質だから、なおさら不完全なものしかできないんじゃないかな。でもカケラがあれば消失した因果律を逆説的に証明できる。そのカケラが無くなったら今度こそ打つ手なしだ。大切に扱いなよ」
俺はテーブルの上のガラス片を見る。
よかった。あの時これを拾っておいて本当によかった。とりあえずは一安心だ。
しかし安心して緩んだ俺の表情を、ハリーシアは険しく見つめていた。
「……それとアリス、世界再生は必ず君が為すんだよ」
「…………それは、どうしてだ」
他人にやらせるつもりはなかったが、俺がこの世界で死ぬ可能性もゼロじゃない。そのとき代理を頼めないのは少し困る。
ハリーシアは至極当然、と言った顔で身振り手振りする。
「ただの得手不得手。魔族じゃないやつがどうやっても再生魔法を使えないように、世界再生は異能者しかできないと思え。ま、ってことはあたしもサクヤもできるんだけどそれじゃダメだ。その世界の住人だった、その世界を知っている、その世界を覚えている君がやった方が確実なんだよ。君の世界は君の中にあるんだから」
その言葉は、今の俺を救うには十分すぎた。
生きていていいんだって言われている気がした。
あの時死ねたらよかった、なんて馬鹿みたいだ。俺は生きている。生きていることが嬉しい。
ヴィオラが今度はスコーンを口に詰め込みながら言う。
「となるとアリスは、なにがなんでも死ねなくなってしまいましたね!」
「…………そうだな」
ふと、俺はある事に気がついた。
この世界に来て初めて笑えたのだ。大笑いとまではいかないが、若干の笑み。笑顔を忘れていた俺にとって、笑う事がとても珍しい事のように感じる。
そしてさっきからじーーっと俺を見ていた転校生が言った。
「じゃあアリスは施設に行かないで破壊の救世主になるんだね」
「え!?なんでそうなるんだよ」
するとスタンドに出されたお菓子をぜんぶ平らげたヴィオラが、ホットチョコレートでそれを流し込み、啜りながら答える。
「ふぉらえふふぁーうおふぉふぉらえふふぁーうおおふぃひひふふほぉふぁごっくん、破壊の救世主じゃなきゃやっちゃダメです。一般人が意図的にやったら捕まります。事故とかの例外を除いて」
…………マジか。
どうやら俺に選択の余地はないらしい。つまり、覚悟を決めなければ。人を殺すこと。恨まれること。それらの十字架を背負う覚悟を。
どうしてもあの瞬間を思い出してしまう。だがあの悪魔のような光景を変えられるのは俺しか居ないんだ。そのために世界を壊さなければならないのなら____。
「…………分かった。破壊の救世主になるよ、俺」
ハリーシアとヴィオラ、そしてサクヤまでもが嬉しそうな顔をする。俺によほど破壊の救世主になって欲しかったのか、同僚が増えるのが嬉しいのか。なんか複雑。
「いやあ正直いうとですね、破壊の救世主の素質を持った異能者はとても少ないんです。アリスを抜いて、北極星には3人しか居ません。仕事量は多いのに、どこかのはぐれ者はろくに任務をこなしませんし……」
ただの人手不足だった。ますます複雑。修羅場にやってきたバイトの気分。
だからハリーシアはサクヤに嫌われているのか。
「ま、まあ…………これからよろしくお願いします」
「うむ、世界を再生するために破壊の救世主になる、面白いじゃないか!あたしはそういうの大好きだ、判らないことがあればなんでも聞いてくれ」
ハリーシアが俺の肩をバシバシ叩く。意外と痛い。
ヴィオラは目を細めてにっこり笑い、サクヤは相変わらず無表情のまま。
「…………あの、ハリーシア。世界再生は罪に問われる、って聞いたんだけど、いいのか?俺に協力して」
俺は気がかりだったことを問う。
世界再生は反逆罪になる。ハリーシアはちゃんと解っているのだろうか。
「なに堅苦しい、言っただろう、あたしははぐれ者だ。軍の狗なんて退屈で死にそうになる。いまさら軍規違反を重ねようが誰も気にしないし揉み消されるだろうよ」
「え、揉み消してくれるのか!?」
「これに関しては無理だと思いますよ……」
俺は会話しながらガラス片を掴んでポケットに____しまいながら思考を別のところに移す。
俺がしなきゃいけない事は、世界再生の他にもうひとつある。
「サクヤ」
呼ばれて振り向き、目が合った。
今度はちゃんと睨み返し、目を逸らさずに俺は言った。
「____復讐だ。お前は俺が殺す」
俺は、必ず世界再生を完遂する。成し遂げてみせる。
だがたとえ世界再生ができてもできなくても、こいつが俺の世界を破壊した事を忘れてはいけない。忘れるもんか。
俺の心の中に確かに存在する、この怒りによく似た感情____きっとこれは憎悪だ。これも俺だけの感情、俺が抱いて燃やし続けなければならないもの。
だから俺は復讐する。生き残った俺が世界の代わりに仇を取る。
転校生は自分が名指しされたのに驚いたのか、紅い瞳をぱちくりさせた後、真剣な顔になり
「受けて立つ」
とだけ答えた。
ヴィオラといえば呆れを通り越した大きなため息をつき、ハリーシアといえば嬉しそうににこにこしている。
こうして、俺の世界再生と復讐の旅が始まった。




