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蒼黒アリス  作者: 朱華 麒月&カロン
30/33

エピソード30 救うこと、殺すこと







雨が降っている。




見渡す限り尸が転がっている。何人も何人も、死人が捨て置かれ腐っていく。




自分の手を見つめた。



誰かの血と誰かの血が混ざって、掌から肘へ滴り落ちている。









「…………愚かだな……僕は……」











血と雨が互いを薄めて僕の肩に重くのし掛かった。






**********









ふと何かの夢を見ていたことを思い出しながら目覚めたものの、夢の内容は殆ど目覚めた時には消えていた。



頑張って思い出そうとするが胸に嫌悪感が押し寄せてきたので考えるのをやめた。








年が明け、今日は連合王国特別裁判所が開かれる。




俺は証人として出廷する。ハリーシアの味方兵士殺人未遂を証明するためだ。




あまり心地よくないが、仕方がない。




起き上がりリビングに行くとサクヤは家を出ていくところだった。



「お前は今日法廷に来ないのか?」


「仕事が入った。私は行けない」





ドアが開き、サクヤは立ち止まった。




「……真実だけを答えて。無駄な私情は挟まないように。あいつを裁くのは人間じゃなくて法だから」



俺を見ずにそう言った。






俺はクリスマスの事を思い出した。俺だけでなくハリーシアにも復讐相手として命を狙われ、それでもハリーシアを案ずるサクヤに何て言葉をかけたらいいのか解らなくて俺は下を向いた。





カシャンとドアの閉まる音がして俺はゆっくり顔を上げる。




すると、さっきまでサクヤの居た所にヴァレンが居て、俺は思わず



「わっ…………なんだ?」



そう言ってしまった。





「僕の本体はサクヤの頭の上。でも僕の主人は君だ。これが意味することは?」




謎かけみたいなことを言われ、少し頭を捻って答えを導き出した。




「合法的に法廷について来れるのか」


「そう。フィリアスは本体を持っていたら回収されるけど僕は君と繋がってるから脳内会話ができる。脳内会話できるフィリアスは僕とヴィオラだけだから」


「じゃあ俺がまずいこと言いそうになったりしたら頼むな、ヴァレン」


Va vene(了解)











そして実際に連合王国裁判所に着いて、俺は嫌という程ヴァレンを連れてきてよかったと思った。




この裁判、裁判自体が非公式で判決も非公開。北極星ポラリスという存在を隠す為北極星ポラリス関係者と准将以上しか出席が許されていない。


だから普段なら式典でしか顔を出さないような大物がゴロゴロ居る。





例えば裁判長は海軍元帥、ウィリアム・フィル・エバンス国防長官。



判事には陸軍元帥、オリヴァー・ロバート・フォン・ブラッドフォード統合参謀総長に、空軍大将セオドリック・ノエル・エディンバラ作戦部長。


しかも、地球国王陛下まで来るらしい。




こんなところで変なこと一つでも呟いたら俺まで殺されそうだ。







法廷にはタカオミの姿もあった。

予想通り浮かない顔をしている。


自分の仇の裁判なのだから当然だろうが。





やがて時間になると、被告人席に大きな鳥籠が地面から生えてきた。



中には手足を拘束されたハリーシアが立っている。





「えー、ではこれより開廷します。被告人、証言席へ」



鳥籠が地面に潜り、足枷だけ解除されたハリーシアが証言席に着く。




「自分の名前を答えてください」




ハリーシアは顔を上げた。




「ハリーシア・カタストロフ・テイラーピール」




息を吸うように答える。


意外と落ち着いているものなんだな。




「被告人は本来全うすべき破壊の救世主(セイヴァー)としての職務を放棄。これは国王への反逆とみなす。また無許可で別世界チャンネルへ転移し、隠蔽するために拘束具を自己解除、さらには自身を保護しに来たアリス・メルクーア・ハヤミ少佐に鎖骨骨折、内臓破裂の傷害を負わせたものである」




俺の中で無意識にあの瞬間が蘇る。


肉を剥がされ、骨を噛み砕かれる感触がまだ鎖骨に残っている気がした。




「先程検察官が述べた起訴状に何か間違いはありますか」


「間違いありません。ただ、殺意はなかったし国王への反逆なども自分は企てていません」





凝り固まった空気がより重くなった気がした。







この地球星連合王国は全軍人、全国民の頂点に立つ『国王』が居る。



第四次、第五次世界大戦の英雄、第六次世界大戦を終結させた最初の異能者、国王にして連合軍の名目上、そして事実上の最高司令官エル・シャダイ・アリルイヤ。



彼女への反逆は死刑に値する。



そもそもこの裁判、無許可で別世界に侵入したとか俺に致命傷を負わせたとか、そういうのを計るものではない。軍部のお偉いさんが、今回のことで体良く魔族を殺すための軍事裁判……と、さっきヴァレンに教えられた。




和平条約を締結したとはいえ、お偉いさん方はそういう文化の時に生まれ育ったのだろう、魔族への差別は根強く残っているらしい。


その為に国王への反逆罪をふっかけるのは軍人としてどうかとも思うが。




そしてハリーシアは反逆を否定した。ハリーシア自身それを判っていて、その上で喧嘩を売ったんだ。




馬鹿か。買われるぞ、その喧嘩。







「……弁護人の意見は」


「被告人と同じです。被告人は国王陛下への反逆は企てていません。命令違反、傷害は認めます」




それでもやらかし過ぎだ。






「証拠調べに入ります。検察官、冒頭陳述をして下さい。被告人は席に戻ってください」




ハリーシアが席に戻ると、足枷がかかりさっきの鳥籠がまた地面から生えてきた。





『主人、手順は覚えてるよね?』




ヴァレンから脳内通信が来た。




『ああ。検察官の冒頭陳述、弁護人の冒頭陳述、裁判の争点と証拠の整理、そして証人尋問』


『そう、主人が証言席に立つのは証人尋問の時だけ。くれぐれも何かやらかさないようにね』


『判ってるよ』




そうだ、サクヤも言っていた。ハリーシアを裁くのは法律。俺は真実を語るだけでいい。








……でも、果たしてそれでいいのだろうか。



ハリーシアは下手したら冤罪をふっかけられて極刑だ。




あいつはまだ『何かを思い出す可能性がある』。




世界樹(ハレルヤ・)の救世主(セイヴァー)の事で、分からないことが多すぎるこの状況でそれは絶対に避けなければいけない。


なんであいつがそんな宇宙の真理や世界樹の(ハレルヤ・)救世主(セイヴァー)の事を識っていてしかも忘れてるのかも判らないけど、北極星ポラリス的にもハリーシアを殺させるわけにはいかないって将軍も言っていた。



死なないよな?ハリーシア……。







『主人』




ヴァレンに呼ばれて、俺は自分の思考がヴァレンに筒抜けなことを思い出した。




『ごめん。大丈夫、シナリオ通り動いてみせるさ』





俺は心の乱れを振り払って、検察官の話に集中した。





「……により産み出された魔合成生物ロードキメラであり、魔法と魔術の教育を施された。第二次魔導大戦……」




『なあヴァレン、魔合成生物ロードキメラってなんだ?』


『遺伝子情報だけじゃなくて、合成過程に出産を含む魔族クローン個体のこと』




「……死刑判決を受けるも異能者であったため死に至らず、北極星ポラリスに引き取られ軍人の籍を置いた。以降破壊の救世主(セイヴァー)として活動中。婚姻歴なし。第二、本件犯行に至る経緯。被告人の任務態度は決していいものとは言えず、任務放棄を繰り返し、挙句に長期の無断欠勤、司令官による召喚にも応じなかった。第三、本件犯行状況。無断欠勤中は別世界チャンネルに無許可で侵入したのち拘束具を自己解除。追跡を困難にする。自身を保護しに世界チャンネルに侵入したメテオライト将軍、フレイム少将、ハヤミ少佐の説得に応じず、ハヤミ少佐と戦闘になり、暴走した被告人は被害者の右鎖骨に噛みつき骨折させる。戦闘用AIで治療した被害者に被告人は「喰わせろ」等の発言をし、自身の腕で被害者の胴体を貫く。一時的に正気を取り戻すもすぐに暴走状態に戻り、被害者の物理を奪うが被害者に足を掴まれ、メテオライト大将に麻酔を撃ち込まれ沈黙。ニュートラルメイジ、モルガナイトに保護、管理され今日に至る、以上です」





サクヤと将軍が戦ってたこととか、ハリーシアが結晶化で暴走したこととかが抜けている。やっぱりこの裁判はおかしい。


検察は“あっち側”のようだ。





「弁護人、冒頭陳述を」



「はい。被告人は魔族本能が覚醒し暴走していました。被告人に殺意はなく、別世界チャンネルに無断侵入したのも暴走して周囲を傷つけない為、暴走した自分の姿を同僚に見せたくない為でした。また侵入した別世界チャンネル奪う者(ローバー)統率者と思われる少年リリスを追っており、有力な情報を得ています。命令を侵しはしましたが根本には国王陛下への忠誠があり、そして一時的に正気を取り戻した際、被害者に「殺してくれ」と頼んでおり殺意が無かった事が判ります。以上です」






弁護人は若い女の人だ。一見まともな人に見えるけど……。






裁判長のエバンス国防長官が顔を上げた。





「これより本件裁判の争点、証拠整理ならびに確認をします。まず争点の整理ですが、ただ今検察官及び弁護人によって明らかにされた通りであり、被告人が被害者に殺意を有していたかどうか、そして国王に対する反逆の有無です」





『あー、もしもし、聞こえますか?アリス』




突然、頭の中にヴァレン以外の声が流れた。




『その声ヴィオラか?今裁判中なんだが』


『すみません急用で。今サクヤが月に一度のメンテナンス中なんですが、ちょっと異常か発生しまして』


『異常?大丈夫なのかそれ』


『はい、大したことはありません。ただマナ生産回路が少し不安定なんです。マナを分けて貰えませんか』


『構わないけど、タカオミにも頼んだらどうだ?俺のマナ水属性に偏ってるけどあいつは無属性だから後から属性変えられるんだろ?』


『タカオミはフィリアス回収されちゃってるのでアリスにしか頼めないんです。すみません』


『解った。今から送るな』





俺はヴィオラの位置を意識しながらマナを送った。


普通の人間はマナを他人に分けたりしたら死ぬらしい。もちろん異能者は生命力を使うとき同じようなことをしてるから大丈夫だけど。


少し減っても身体に何ともないのはこういう時便利だ。




『これくらいでいいか?』


『十分です。ありがとうございます』






「では被害者の証人尋問に入ります。証人のアリス・メルクーア・ハヤミ少佐は証言台の前に立ってください」





俺の番がそうこうしているうちに来たようだ。


俺は立ち上がり、なるべくゆっくり歩いた。




証言台には空気中に映し出された文字が書いてある。





「映し出されている宣誓文を読み上げてください」




俺は素直に読んだ。




「宣誓、私が法廷に対して行う証言は全て真実であり、真実以外の何者でもないと神にかけて誓います。証人、アリス・メルクーア・ハヤミ」





俺神とか信じてないんだけど。この時点で真実じゃないな。




「今宣誓してもらった通り、質問には記憶の通り正直に答えてください。嘘をつくと偽証罪に問われる可能性があります。ではその場に着席してください」





やべーもう偽証罪だどうしよう。







「検察官、どうぞ」




背の高い三十代くらいの男性が俺を睨むように見てきた。




「検察官のデクスター・ヒルからお聞きします。被告人とはどのような関係ですか」


北極星ポラリスの同僚です。着任期を考えると先輩に当たります」


「関係は良好でしたか」


「良好だったと自分は思います」


「被告人に恨まれるような事は過去にありましたか」


「……無かったと思います」





だって、ハリーシアが殺したいほど憎んでるのはサクヤの方だから。


それにハリーシア俺がこの世界に来てすぐに居なくなったから、言うほど喋っていないんだよな。




別世界チャンネルで被告人と邂逅した際、被告人の様子はどうでしたか」


「翅が生えてる以外は、いつもと同じでした」


「被告人のいつもとはどのような事ですか」




そんな事も聞くのかよ。


ヴァレンの咳払いが聞こえたので、俺は変なことを言わないよう気をつけながら語った。



「魔法使いのような茶色い帽子に茶色い外套、髪型は左サイドポニーテールで口元は笑ってました。乱暴な喋りではなく穏やかでした」



「その後被告人はどのような対応をしましたか」





俺はタカオミを見た。



本当はその後タカオミがハリーシアに発砲した。


でも資料にその事やタカオミとサクヤの間にあった事は載っていない。




その事について裁判の前にタカオミに聞くと、



『……長官に抗議はした。だが暴走したハリーシアを止める為に発砲し、それを止めようとしたサクヤと戦闘になった俺は向こうからしたら都合がいいんだとよ。逆にサクヤがした事は命令違反。だからサクヤの命令違反を隠したかったら言う通りにしろ、と。お前も識ってるだろ。サクヤを失ったらヴァレンもヴィオラも破棄される。それは絶対に避けなければならない。……すまん』





……あの実験の為、か。




『真実だけを答えて』




サクヤはそう言った。


俺はどうすればいいんだ。





法廷のタカオミは変わらず俺を睨んでいる。







「……空を飛んで逃げました。自分はそれを追いかけました」





タカオミは押し殺した。なら俺はタカオミの足を引っ張ってはいけない。





「その後被告人は暴走したんですね?」


「はい。『逃げて』と言ってから服が変わって、攻撃してきました」


「あなたは逃げましたか」


「反撃しましたが歯が立たなかったので逃げました。それでも追いつかれて右肩を噛み砕かれました」



「それをどう思いましたか」



「…………怖かったです。殺されるんじゃなくて、喰われるんだと思いました。同時に人間じゃないんだと再認識しました」



「それは人類にとって悪だと感じましたか」




急に質問内容と場を満たす空気が変わった。




すぐさま弁護人が



「異議あり」




そう唱えたが、裁判長は



「異議を認めません。証人は質問に答えてください」



弁護人は何か言いたそうに歯噛みしているが、あくまで異議は通されない。





『ヴァレン、これどうなってるんだ?俺はどうすればいいんだ?』



『……どうやってもハリーシアを殺す気だ、あいつら。反逆罪の証拠が弱いから、主人の口から言わせるつもりらしい。発言に気をつけて』




そこまでしてハリーシアを殺したいか。


馬鹿げた大人達だ。




「……自分は一個人で、とても全ての人類にとって“それ”がどう見えるか判りかねます。それでも自分の意見を求めるというのなら、そうですね、そんな風には感じませんでした」




ちょっとイライラを含ませて喋った。




「つまりあなたは、自分にとっては被告人は『悪』には見えないが、人類から見たらどう見えるか解らない、と?」





は?




流石にそれはないだろ。




十六年間生きてきて、破壊の救世主(セイヴァー)になって、俺もそれなりに善とか悪とか考えた。


善悪なんて人間しか持ってない。



そしてそれは計る人によって、時代によって常に移ろうことを誰だって理解しているものだ。




それなのにこの質問は何だ。大衆の善悪に最も晒されやすい軍人の軍事裁判でよくそんなことをぬけぬけと。



いや、俺を怒らせて誘導尋問する気かもしれない。冷静になれ。質問に答えるのが俺の役目だ。






「そうとは言いません。そして違うも言えません。被告人は善人ではありませんが、人類の悪になり得るかも知れませんが、第一争点はそこではない筈です」



「そうですか。では被告人は国家反逆者だというんですね?」


「はい?」




もう意味がわからん。





「人類の悪とは即ち国民の悪。国民の悪は国王の敵。『全国民の半数以上が悪と認めたものは、反逆罪の対象とする』。連合国法第24776条です」



『違う!!そんな法律は存在しない!!』




ヴァレンが頭の中で叫んだので




「そんな法律は存在しません!」



そっくりそのまま返す。




「存在します。今朝可決されました」


「で、ですが全国民の半数以上は認めてーー」


「これは非公開、非公式のトライアルです。通常国民に課せられる投票はこの場合、本法廷の判事が行います」





この法廷の判事……。



つまりタカオミ以外全員ハリーシアを始末したい者たちだ。いや正確にはタカオミもハリーシアを殺そうとしてるけど。そんな奴らに投票させたら、もうなす術なく処刑一直線だ。




『してやられた。無茶苦茶のくせに、状況はこっちの方が不利だなんて……!』




ヴァレンが憤慨している。






「検察官、質疑してください」




裁判長が止めに入った。




「はい」


「待ってください。検察側の質問に私情を感じます。異議を申し立てます」



弁護側の女性がかなり低い声で唱えた。




「意義を認めません」


「誘導です!」


「検察側は質疑を続けて下さい」




弁護側は悔しそうだ。




こんな裁判あるかよ。


とんだ茶番だ。



このままじゃだめだ。俺はハリーシアをこんなどうしようもない裁判で喪うのか?


違う。違うだろ。




こんな場所で足を踏み外してどうする。




俺は裁判長と検察官を交互に見つめながら言った。





「その法律、国王陛下の許可は得たのですか!」


「証人、質問だけに答えてください」




しかし検察官は俺の方を向いて言った。




「無論です」


「じゃあ命令に背いたらハリーシアじゃなくても全員反逆罪なんですか!?」


「そうです。軍の命令は国王陛下の御心そのもの。それを無視したのだから当然の報いであります」


「違う。あなた方はハリーシアという個人を殺そうとしているだけだ!」


「それがどうしました?“それ”は人類の悪。これは破壊の救世主セイヴァーのしてる事と同じです。そんな台詞、破壊の救世主セイヴァーのあなたが言っても返って白々しいだけですよ」


破壊の救世主(セイヴァー)はっ!!」





俺は証言席を両手で思いっくそ叩いた。


廷内にやけに長く谺する。





「……破壊の救世主(セイヴァー)は軍内で最も死亡率が高い兵科です。いつ死ぬか判らない我が身でありながら、」




俺は顔を上げ、検察官、判事、裁判長、タカオミーーーーハリーシアに訴えるように言い放った。






「どうして反逆などを企てることができるでしょうか!?」









沈黙がこの空間に敷き詰まった。



タカオミもハリーシアも呆れを通り越した目でこちらを見てる。



やがて裁判長が口を開いた。





「証人尋問を中断します。衛兵、証人を連れて行け」



「ちょ、ちょっと待ってください!まだ弁護側の質疑がーーーー!!」




両脇を掴まれ、引き摺り出されそうになった時だった。














「待て、待て、待ちたまえ。我がまだ登場していないではないか」








突然背後の出入り口付近から女の声が響いたのだ。


途端に衛兵が俺をほっぽり出すものだから、危うく証言席に頭をぶつけかけた。



そして廷内を見てみるとどうだろう、手足を拘束されてるハリーシアを除いて全員が起立し敬礼しているではないか。



俺はゆっくりと後ろを振り返った。






背は低いが頭に乗った王冠がやけに大きくて総長は高い。


そしてヴィオラよりももっと小さいであろう少女が纏ったドレスは、さながら花嫁衣装のように純白で豪華だった。


半透明のヴェールで顔を隠してはいるが、ヴェール越しで見ても輝く青と金色の瞳と整った顔立ちがよく判る。


およそ腰くらいまであろう銀髪は途中から二股に分かれ、空間を踊っていた。





間違いない。





この少女はエル・シャダイ・アリルイヤーーーー地球国王陛下その人だ。






俺はその思考に至った時点で他の軍人と同じように敬礼した。




公の場では顔を隠し、どの資料やデータベースにも入っていない国王陛下の素顔がまさかこんな幼い少女だったとは。


そういえばこの裁判、国王陛下も来ると言っていたっけ。




陛下も敬礼をし、手を降ろすと軍人たちも一斉に手を降ろした。



そして陛下は何故か俺の目の前に立つ。





「ふむふむ、けいがアリスか。貴方はいつになっても変わらない容姿をしている」


「は、はぁ……?」




俺は突然陛下に話しかけられてなんて答えたらいいのか判らず、脳内で大声でヴァレンに聞いた。




『おおおおいヴァレン、陛下が俺に話しかけたぞ俺なんかに!な、何て返したらいいんだヴァレンお前そういうの得意だろ!?』


『ちょっと陛下の意図が判るまで黙ってて!!』





だが陛下は俺の横を通り裁判長に向かって言った。




「これよりこの裁判は閉廷。被告人ハリーシア・カタストロフ・テイラーピールを無罪放免とする!」




法廷がざわつく。



どういう、事だ?




「お、お言葉ですが陛下、突然そう申されましても裁判には順序というものが……」




検察官がさっきとは打って変わって腰が引けながら意見したが、




「何か不服があれば聞いてやるが、卿が言ったのだろう?我の命令に背いたら反逆罪だと」



目力と圧に押され呆気なく引き下がった。






裁判長は暫く国王陛下と見つめ合っていたが、やがてひとつ溜息をついて、




「……閉廷します。起立」




何か不満げにいいがらもたどたどしく、判事達が起立した。



一同が礼をしたので俺も頭を下げる。






……終わった。あっけなく。ハリーシアは処刑されないのか?





「ではアリス、いやハヤミ少佐、メテオライト大将、我と共に来るがよい」





国王陛下はそう言ってマントを翻す。



ついて行く……ってどこへ?




間も無くタカオミも俺の隣に来て、顎を前に突き出した。



行けってことか。





俺は軽く頷いて花嫁幼女の後を追った。













軍専用の交通線ジェニモを何本も乗り換えて着いた先は、この世界にはどうも不釣り合いなバロック様式の部屋だった。



ここ、まさか……。





『国王陛下の自室……だね』


『ヴァレン入ったことあるのか?』


『あるわけないでしょ』





見渡すと、大きな窓から太陽の街(エル・アッシャムズ)が覗き、暖炉にソファ、ティーセットと紅茶の香り、本物の蝋燭のシャンデリア。


何とも溢れ出る高貴感。




陛下は一際豪華な椅子に腰掛けて、俺達にも座るよう促した。




「手間をかけさせたな。埋め合わせはしよう、タカオミ」




あ、名前呼びになった。




「恐悦至極。埋め合わせなど必要ありません。これは小官の不手際が招いた事態ですので」


「はは、堅苦しい事を。卿はいつももっと砕けているであろう」




タカオミがいつものヤンキーじゃない。いつになく丁寧。てか逆に怖。





「アリス、卿にも礼を言う。ハリーシアを助けたのは卿の手柄だ。誇るが良い」



陛下に話しかけられた。



「め、めめ、滅相もありません……陛下」


「ふふ、緊張など不要だ。楽にして良いのだぞ」




いや無理だろ。この国で一番偉い御方の前で楽になれるか。無理を仰いますな国王陛下。



「御心遣い、感謝します……」


「うむ、うむ。さて、ではさっそく本題に入るが、アリス、卿は世界樹の救世主(ハレルヤ・セイヴァー)の資格を持つのだったな」





俺は顔を上げた。




「何故それを……」


「識っているに決まっているであろう。何しろ我は最初の世界樹の救世主(ハレルヤ・セイヴァー)、アダムの直系の子孫なのだから」





アダムの直系?いや、アダムが最初の世界樹の救世主(ハレルヤ・セイヴァー)






陛下は頬杖をつき、何か深い所を見つめるように話し始めた。





「アダムは聖剣を持ち、別世界パラレルワールドの消去をした最初の人間だ。その聖剣は代々直系の男子に受け継がれてきた。だが我の代で残っていたのは鞘のみだった。しかし鞘だけでも資格は得ることができる。だから我は鞘を武器庫に登録しておいたのだ。まさかこんなに早く巡り会えるとは、思っていなかったがな」




目を細める国王陛下。




そうだったのか。じゃあ俺の元にコールブランドが来たのも偶然ではなかったんだ。




俺はアダムの魂を持つ人間。


俺を選んだコールブランド(さや)


そして俺は世界樹の救世主(ハレルヤ・セイヴァー)の資格を与えられた。



点が繋がって線になって行く。





北極星ポラリスは、世界樹の救世主(ハレルヤ・セイヴァー)たる者を見つけ出し、育てる為に我が作った機関なのだ」



「そう……だったのですね」






じゃあ、陛下が北極星ポラリスを作らなければ、……。





「卿の世界を壊す遠縁を作ったのは我だ。恨むが良い。殺されても文句は言えぬ」


「そ、そんな事は絶対にしません!」


「そうか。しかし人の心は常に揺蕩い、同じところにいる事はない。心変わりを恐れてはいけない」




それはそう、かも知れないけど……。



いや、それを終わらせる為に俺は識りたいと願ったはずだ。全てを隠さず識りたいと。




「……たとえそうだったとしても、俺は識ろうとすることを辞めません。何があっても、受け入れられなかったとしても、識らないで答えを出すよりはマシだと思うから」





陛下は笑った。父親でも見てるような子供らしい笑顔だった。





そこでずっと黙っていたタカオミが口を動かした。





「陛下、世界樹の救世主(ハレルヤ・セイヴァー)は過去何度も出現しているのですか」


「そうだ。何人ものつわもの達が勝利を勝ち取り、その栄冠を手にした」


「何故ですか。ひとり出現したのなら、その者がずっとパラレルワールドを壊し続ければいい。どうして何人も出現しては消えるのです」




確かに。寿命だとしても、別世界パラレルワールドに行っている間元の世界の時間は止まっている。


数多のパラレルワールドを行き来できる異能者にとって寿命は存在しないも同じだ。






「……誰も辿り着けなかったからだ。世界樹の望む『答え』に」



「「世界樹の望む答え?」」




不本意ながらタカオミとハモった。




「ただ資格を持つ者同士が戦って聖剣を奪い合えばいいのではないのだ。刀身と鞘の揃った聖剣を持ち、ある『答え』とともに世界樹の核へ辿り着かなければならない。だが誰ひとりとしてそれに辿り着いたものは居ない。答えに辿り着いた者が現れれば、きっとその者は永遠にパラレルワールドを消し続けることができる。この宇宙が終わりを迎えるまで」




答え……?



辿り着いた者は誰ひとりといない。


辿り着けば永遠にパラレルワールドを消し続ける……。





「気負うな、アリス。卿が答えを出さなくともいずれ誰かが答えに辿り着こう。いずれ来るかの戦いに備えるのが身の為よ」


「戦い……資格持ちはもうひとり居るんですね」


「そうだ。もしかしたら、既にどこかで会ってるかも知れんな」










**********









「ヴィオラ、どうしたの?」


「え?ああ、何でもありません」




珍しくヴィオラがボーッとしていた。



私と一緒の時はいつも楽しそうだったり真剣だったり、何かしらの表情をしているのに。





「何だか最近多いんですよね。呼ばれているような、わたしが遠くへ行ってしまうような……」


「ヴィオラもメンテナンスしてもらう?」


「いえ、大丈夫です。きっとファジィが上手くいってないだけですから。それより、接続コネクト問題ありませんか?」


「うん、今の所。じゃあ……」


「はい、始めましょうか」





ヴィオラはそう言って少し後ずさった。




「ーー接続コネクト解除」





刹那、繋がっていた細い糸が切れたように小さな違和感が通り過ぎた。


間を置かずアナウンスが流れる。




『これより第66回実技戦闘試験を行います。制限時間は180秒、拘束具レベルLU、武器強化率6.6、零号6639の勝率ーー』




私は血櫻を取り出した。





『72.05%』





「今までで一番高いですね」


「うん。でもヴィオラが私に勝てたこと、今まであった?」


「無いです。だから今日は勝ちます。そうすればサクヤを……」



『3……2……』






カウントダウンが終わるその時、ヴィオラの瞳が紫色に輝いた。





「自由にしてあげられるのですから!!」





サイレンと共に戦いの幕は上がった。



私は詠唱の隙を与えずに間合いを詰める。


ヴィオラは典型的な後衛だから、接近すればこちらのもの




……というのは当然ヴィオラも解ってる。





月斬桜げつざんおう!」


勝利だ(ヴィットーリア)!」





二つの攻撃が重なり、ヴィオラを狙ったのが弾幕を切り刻むものになってしまった。



しかしヴィオラとの距離は五メートル程。私は刀身に炎を纏わせ、次の攻撃に備える。


ひとつ息を吸って、そのまま走り出すと、ヴィオラは思った通りアーの札で水属性生命力を展開した。



でも、私は今は生命力は使わない。


刀身に炎を纏わせたまま、攻撃をかかと落としに変える。




が、私のかかとがヴィオラに触れる直前、ヴィオラが姿を消した。


瞬間移動?いや、まずい。




私はなるべくその地点から遠くへ瞬間移動した。




虚しい愛情だ(ヴァノ・アフェット)!」






そこへ追撃が来た時、私は完全に嵌められたことに気づいた。




気づけなかったので、自動的に完全防御保護フィールドを使ってしまった。


あと残り二回。




ヴィオラはどこに行った?






私の全感覚が答えを見つけてくれる。



16時の方向だ。






「サングリア・エンド!」


真紅の薔薇(ローザ・ポルポリーナ)!」






赫い光と赤い光が交わる。



私の刀を札で受け止めるヴィオラが赫の間から見える。


ヴィオラの札はアーからエフに変わっていた。




足りない。第一段階じゃ出力が足りない。


なら、




「血櫻、第二段階……太刀!」




途端、血櫻は刀身が長く、大きくなり、攻撃力が跳ね上がった。


同時にマナが大量に私の身体から流れ出るので、最悪命の危険が伴う。


胸元の生命維持装置とリンクしてるライトが緑からオレンジに変わった。




制限時間はあと120秒。






「……ニーナの鎖(カテーナディニーナ)





それは私の知らない技だった。



地面から黒紫の鎖が生え、私の身体に巻きついたのだ。



まずい。AIの人工マナが創り出したにしては強い。




ヴィオラは今にも土下座し謝りだしそうな酷い顔で、




永遠に(コンジェラート)凍結(・エテリーナ)




技を繰り出した。





氷河が襲ったが、完全防御保護フィールドに守られて害はなかった。


でも、あと残り一回。




「……勝利だ(ヴィットーリア)私の心よ(・ミオ・コーレ)




今度は至近距離からの弾幕攻撃。



やはり無傷で済んだが、もうこれで後はない。




なんとか鎖を外せないか。



制限時間は残り90秒。




どうする?どうすれば勝てる?










**********











「陛下、小官どもをお呼びになったのはそれを話す為だけですか」




タカオミは陛下を食い入るように見つめる。




「勿論その為だ。そして卿の予想通り、要件はまだある」






陛下は立ち上がり、窓の外を見た後、勢いよく振り返った。





「ここに再び、リリス討伐作戦を始動する!」





ーーリリス。俺の世界を歪ませてサクヤに破壊させる原因を作った張本人。



あいつと戦う時が来たか。




「かの者は世界樹の脅威。そしてアリスよ、奴は卿の持つコールブランドによく似た剣を持っていたな?」




俺は思い出した。あいつと対峙した事は数える程だけど、確かによく似た剣だった。



「そうです」


「もしかしたら奴は聖剣の刀身、エクスカリバーーー世界樹の救世主(ハレルヤ・セイヴァー)なる資格を持つもうひとりかも知れん。奴を生け捕り、情報を吐かせるのだ」


「……その為にハリーシアを救ったのですね」




タカオミが言う。



その為に…………あ!





「ハリーシアは別世界チャンネルを行き来しながらリリスについての情報を集めてたって、弁護士の女の人が言っていた……!」


「その通りだ。作戦部隊はメテオライト大将、テイラーピール中将、フレイム少将、ハヤミ少佐の四名で構成する。そうだな、チーム名とかは決まっているか?」





……そういえば、特別部隊(仮)(かっこかり)のままで進展してなかったな、アレ。




「特に決まってません」




澄ました顔でタカオミは言うけど、そもそもタカオミが『どこの誰とも知れない男からサクヤを守りま小隊』みたいな名前つけるから今まで決まらなかったんじゃ……。



とか頭の中で愚痴ってたらタカオミにめっちゃ睨まれた。やっぱ怖。





「そうなのか。タカオミの事だから『どこの誰とも知れない男からサクヤを守りま小隊』とかいう名前でも付けてるかと思ったが」




いやなんで知ってんの陛下も陛下で怖すぎだろ。





「この際決めてしまおう。そうだな……」













交通線ジェニモに再び乗り込み、走り出して暫くするとヴァレンが急に喋り出した。




『アリス、気づいた?国王陛下、男の子だったよ』


「え……えぇぇええ!?」


「急に大声出すな気味の悪い」


「す、すみません。あの、将軍、国王陛下は男性……なんですか?」


「知らなかったのか」



むしろその事に驚きみたいな顔をされた。




「いや、だって髪長かったし、ウエディングドレスみたいなの着てたし、声も女の子……」


「もし女性だったら『国王』陛下じゃなくて『女王』陛下だろうが」


「あ、確かに。いやでも、なんで髪長いんですか?」


「短くしても次の日にはああなってるんだと」


「ウェディングドレスを着てるのは?」


「『世界樹の真似』とか言ってたな」


「声は?」


「声変わりしてないからだ。というか成長してないんだ。あの方実年齢は俺より一回り以上上だぞ」





そこまで突きつけられると結構クるものかある。合法ロリならぬ合法ショタじゃねぇか。





「それよりお前、その事教えたのヴァレンだろ。法廷にフィリアス持っていくのは禁止だ。お前の方が合法だ」



う……そう言われると何も言えない。




ヴァレンは俺の頭の中で溜息をつくと、俺の隣のシートに現れた。






「ついて行ってもあまり意味なかったけど。居ないよりはマシだったんじゃない?」


「……今回だけだぞ」





案外あっさり許してくれるから拍子抜けだ。




「あ、ありがとうございます、タカオミ」


「調子に乗るな。あと俺の事は将軍か閣下と呼べ」











北極星ポラリス本部に戻ると何故かサクヤがヴィオラの怪我の手当てをしていた。




「あ、お帰りなさいです。ちょっと遅かったですね」


「国王陛下からの直接命令が下った。リリス討伐作戦再始動だ。本日をもって全ての破壊の救世主(セイヴァー)の任務を中断、本作戦に集中してもらう」


「了解」




タカオミとサクヤが話している間、ヴィオラがヴァレンに駆け寄った。





「ハリーシアは処刑されないんですね?」


「うん。陛下のお陰で。どこかのバカが変な事しなければもっと円滑に進んだ気もするけど」




それを聞いたサクヤが俺を細い目で見てきた。




「……アリス、何したの?」


「別にバカはしてないし!……それより、ヴィオラは何で怪我してるんだ?」


「はは、ちょっと計算が狂いまして。まさか第三段階まで強化してたとは……」


「必要ならまたマナ分けてやるぞ?」


「いえ、もう殆ど問題ありませんので。あれ、わたしアリスにマナを分けてもらった事ありましたっけ?」




……ん?




「ついさっき俺が法廷にいる時分けてやっただろ。サクヤのメンテナンスに問題が発生したとか」


「……そんな通信履歴ありません。第一今日のメンテナンスは順調で問題ありませんでした。勘違いじゃないですか?」


「勘違いって、そんな事あり得るのか?」




どうも話が噛み合ってない。


でもヴィオラが嘘を吐いているようには見えないし……。





サクヤは何か心当たりでもあるのか、不安そうにヴィオラに目線を落とした。




「やっぱりヴィオラもメンテナンスして貰おう。どこかに欠陥があるのかも」


「しかし今日精密検査終わったばかりですよ?大丈夫ですって」


「でも……」





その時なかなか大きな咳払いが谺した。


タカオミだ。





「えー、話を戻すが、恐縮ながら陛下が本作戦のチーム名を考えてくださった。ハリーシアは居ないが、ここで発表したいと思う」




ハリーシア居ないのにいいのかよ。



何だかんだでタカオミってハリーシアのこと嫌いだよな。







「第二次リリス討伐保護作戦に参加する北極星ポラリス戦闘科破壊の救世主(セイヴァー)分野特別部隊、隊長は小官、メテオライト大将、副長フレイム少将、テイラーピール中将、ハヤミ少佐。第一次同様、作戦遂行に必要な如何なる行動を許可する。目的はリリスを名乗る少年の保護、尋問。本作戦は世界樹を救う大きな第一歩となるだろう。リリスを名乗る少年を捕縛し、情報を吐かせる。して、その特別部隊を……忠実なる復讐者達(フリアエロイヤルズ)、本日ここに結成する!!」










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