エピソード29 聖夜の誕生祭
色々、本当にいろいろあったハリーシア奪還作戦(後付け)は、こうして幕を下ろした。
俺とサクヤは共に二日間メンテ室の世話になり、ハリーシアはモルガナによって一時的に引き取られ、タカオミはすぐ完治。
退院した後は大量のオフが入っており、暫くは仕事は休みだ。
俺とサクヤは久し振りに自宅に帰って来た。
「紅茶?」
事の発端は、サクヤの一言が始まりだった。
「うん。新しい血櫻をくれたアリスが出した紅茶、とても美味しかった。普通のとは違うの。なんて言うのか教えて欲しい」
そう言ってキッチンのカウンターからいつものように俺の作る料理を眺めている。
俺は首を捻った。
「普通のとは違うって言ってもなぁ……。どう違うんだよ?」
サクヤは頬杖をついて少し考えた後、
「少しピリッとしてて、香ばしくて、でもオレンジみたいに甘い時もある」
ピリッとしてて、香ばしい……オレンジみたいに甘い?
「チャイティーじゃない、よな…………てことは」
俺はヴァレンのホーム画面に書いてある日付を見た。
十二月二十一日。
「……クリスマスティーだな」
そこからは忙しい日々が続いた。
せっかくのクリスマスのオフなのに、俺は出勤する時よりクマが増えた気がする。
そう、サクヤが飲んだのはクリスマスティー。
クリスマスの時期に飲む、特別にブレンドされた茶葉だ。
気づいたらクリスマスまで五日しか無かったことに気づいた俺は、死ぬ気で準備をした。
この世界はクリスマスという概念は残っているようで、クリスマスに家族と過ごす為殆どの店や施設が閉まる。
しかし、クリスマスは当日が本番ではない。
下準備が最も大事な行事なのだ。
今日のうちに材料を買い込むだけ買い込み、作れるものを作る。
「アリス、何してるの?」
次々と瞬間移動してくる小包や食品をキッチンに運ぶ手伝いをしながらサクヤが言った。
「何って……クリスマスだぞ、クリスマス!クリスマスまであと五日しかない。何とかして間に合わせるぞ」
「?クリスマスって、オフが多いだけの期間じゃないの?」
俺は馬鹿かお前、と言いかけて引っ込めた。
料理すら知らなかったこいつだ。クリスマスを知らなくても不自然じゃない。
俺は咳払いをし、
「クリスマスっていうのは、主の降誕祭だ。家で家族と美味しいご馳走を食べて過ごす日なんだよ」
そう言った瞬間、サクヤの瞳が輝いた。
「美味しいご馳走?」
まあ食いつかないわけがない。
「ああ。凄いぞ、サーモンにローストポテト、でっかいターキーにデザートはクリスマスプディング。一日で一体どんだけ太るか……」
料理の名前を出す度に身を乗り出すサクヤ。全く、こういう時だけこいつはちょろい。
「それをクリスマスに食べるの?」
「料理だけじゃない。クリスマスにはプレゼント交換にツリーの飾りつけやらがあってだな……」
俺の家はとてもクリスマスを重んじていた。
姉貴は仕事がどんなに忙しくてもクリスマスは絶対帰ってきてくれた(正月は居なかったけど)。
中学くらいで友達から聞いた話、俺の家は『やり過ぎ』らしいが、これが俺の識るクリスマスだ。
そんなわけで、姉貴が作っていたクリスマスディナーを思い出しながら、俺はずっとキッチンにこもりっぱなし。
取り敢えずよく分からないけど美味しいものが食べられると知ったサクヤは、俺の思考を読めるヴァレンに教えられながら、ヴィオラと一緒にツリーの飾り付けをしていた。
「ずるいですサクヤ、わたしたちもマスターにプレゼント渡したかったですぅ……」
オーナメントをぶんぶん回しながらヴィオラがごねてる。
「フィリアスはマスターから贈り物を貰えるけど、フィリアスからマスターにあげるのはダメなんだっけ」
言いながらサクヤはオーナメントをキャッチした。
「いいじゃん、マイナスは無い。そしてプラスになる。大前提、僕たちは人間の道具だしね」
ヴァレンはツリートップのクリスマスエンジェルの角度を吟味している。
「ではその分、わたしたちはマスターの力にならないとですね」
ヴィオラはサクヤのつけたオーナメントに満足そうに親指を立てた。
……プレゼントか。
昔は姉貴にしかあげる相手が居なかったのに、今年は随分増えたな。
まあこれが人生最後のクリスマスかも知れないし、いいか。
「主人、飾り付けこんな感じで大丈夫?」
「ああ、ツリーはもういいぞ。あとはヤドリギを吊るして、アドベントカレンダーをあそこら辺に……」
それからはあっという間だった。
サンタは来ないし、ヤドリギは偽物だし、ツリーはかなりモダンで、四日分の小さなアドベントカレンダーに、暖炉は無いし靴下も無いし。
だが今できる最大限のことはやった、と思う。
そして俺の作った料理たちが並べば、それなりに見えるくらいにはなった。
サクヤは並んだ料理を左から順に見つめながら紅い瞳を輝かせている。
本当に料理という料理に目がないな、こいつ。
まあそう言う属性を付けてしまったのは俺なんだが。
「なんだか不思議ですね」
ヴィオラが綺麗に飾り付けられた部屋を見てそう呟いた。
「何がだ?」
「いえ、つい先日まで味方同士で戦っていた割には、随分とその……面影がないと言いますか、ざっくばらんと言いますか……」
「確かにそうだが、あいつの事は年が明けるまで手出しできないんだろ?」
「そうですね」
ヴィオラはそのままサクヤの方へ行ってしまった。
ハリーシアは一時的に眠ったままだ。
タカオミがモルガナから事前に貰っていた、結晶化を抑制する薬をあの時撃ち込んだお陰で、ハリーシアはその後暴れていないらしい。
その代わり俺の拘束具はぶっ壊れて今メンテナンス中だけど。
これが最善の選択だったんだ。誰も死んでない。
『君を殺してあげよう』
……これでいいよな。
コールブランド。
ピー、ピー。
その時、家のインターホンが鳴った。
誰だ?こんな日に。
「はーい…………はあ!?」
「どうかしました?アリス」
ヴィオラとサクヤが走ってくる足音が聞こえた。
いや、おかしい。何故こいつが今ここに。
「やあやあ諸君、ハッピーホリデー。今宵お爺さんならぬお姉さんがキャロルを飾る星と成ろう!我が名はハリーシア・カタストロ……いや壊すのは心外だな、ハリーシア・マ・シェリ・サンタクロース!!メリークリスマス!」
俺達は数秒間玄関で立ち尽くしたあと、思いっきりドアを閉めた。
……ハリーシアガイタ。
「ちょ、追い出すなんて酷いじゃないか!もしもしー!?」
そう言って何回もインターホンを鳴らす。
五月蝿いのでもう一回開けて
「人違いじゃないでしょうか、隣の部屋はあちらです」
なるべく顔を見ないように右のドアを指差す。
まあ普通に入られたんだけど。
ハリーシア・マ・シェリ・サンタクロースはその名の通りサンタの服を着ていた。
ヘソ出しの厚底ブーツといういかにも寒そうな格好だ。所謂サンタコス。
「何しにきたんだよ」
「おいさっきの他人行儀はどこいったん」
「帰って。あんたにあげるご馳走はない」
「あ、サクヤいたんだ。てかご馳走!?ご馳走あるの!?」
「五月蝿いですねー本当に帰ってくださいよ……」
「ヴィオラ、クラッカーのそっち持って」
「あはい。てかヴァレンめちゃノリノリですね。仕方ないですから、ハリーシアも持ってください」
「え、ありがとうこれ好きなんだ!はいサクヤ」
「なんで私が……アリス、これ何?」
「これは、隣同士でクラッカーの両端を持って、引っ張り合う遊びだ。中にお菓子が入ってる。うまくいけば食えるぞ」
「お菓子……じゅるり」
いつの間にかテーブルを囲んで円ができ、五つのクラッカーを鳴らす準備が整ったその時。
「メリークリスマスサクヤ!今年もお兄ちゃんがプレゼント届けに来てやったぞ!」
キャラ崩壊はなはだしい兄貴を隠すかのようにクラッカーが勢いよく弾けた。
「プレゼント渡したら俺は帰るぞ」
「サクヤいるから帰んなよ。はいブランデー」
「ブルーマウンテン持ってこい」
「俺は紅茶派だ」
「てかなんでハリーシア居るんだよ聞いてたら来なかったわ」
「知らねーよ知っててたまるか」
タカオミはインターホンも鳴らさず入ってきては部屋の端っこでサクヤを眺めている。
「あとお前の妹めっちゃ食うな凄いな」
「そうだサクヤは凄いんだぞ沢山食べて立派におなり」
「アリス、ケーキのおかわり」
まさか任務でまともに揃ったことのない破壊の救世主が、こんな日にこんな所で揃ってしまうなんていいのだろうか。
「はいはい、まだあるからそう焦るな」
俺は立ち上がりキッチンにあるクリスマスプディングを切る準備に取り掛かった。
「…………で、何しにきたんだよお前は」
俺はクリスマスプディングに火をつけたまま食べるハリーシアを問い詰めた。
「?何しにって、暇だからリア充パーティーに乗り込んだだけだよ?」
「リア充パーティーって……お前、ちょっと前まで俺達殺しあってたんだぞ。今だってお前の真意を識りたくてたまらない奴だって居るんだ」
ハリーシアはタカオミを横目で流し、ケーキを口に運んで言った。
「固い事はいいじゃないか。今日がこのメンバーで集まれる最後かもしれないんだ、気楽にいこうや」
「最後……?それって」
ハリーシアはがちゃんと乱暴に皿を置き、口元から笑みが消えた。
「もう北極星に居られなくなるかもしれないって事」
俺は、いや一同全員がタカオミの方を一斉に向いた。
「事実だ。味方兵士の殺人未遂、拘束具の無断解除、別世界への無断侵入、またこれまでサボっていた事が今回で明るみになってな、国王への反逆罪までかけられている。そもそも北極星自体が極秘機関だからやらかした全てが全部公になる事はないが、それでも何らかの処分は免れない」
ハリーシア自身が後の言葉を継ぐ。
「最悪処刑さ。ま、そうなんないようにモルガナが今何かしてるらしいけど」
何とも言えない空気が流れる。
クラッカーに入っていた王冠を被ったヴァレンが口を開いた。
「じゃあ死ぬ前に識ってること全部話してもらわないと。そろそろ答え合わせくらいしてもいいんじゃない?」
俺も、サクヤも、ヴィオラも、ヴァレンも、そして誰よりタカオミが鋭い眼光をハリーシアに注いでいた。
「あたしの識ってることなんて、誰でも持ってる1ペンスくらいの価値しかないぞ?」
何故かハリーシアは俺を見つめて言ってきた。
俺は至極真面目な顔で言った。
「1ペンスでも、無くなったら困るだろ」
ハリーシアは少しの間を置き、
「解った。なら話そう。あの日の真実、全ての始まり。意味のない事だとしても、それを正しいと思う者達の為に」
魔族は語った。その身に宿した真実を。
**********
ここはどこだろう。
液体の中。何かに閉じ込められている。
少し顔をずらして、辺りを見回す。
同じようなカプセルに、肉塊が浮いているもの、液体の色が緑から真っ赤に染まっているもの、色々ある。
ああ、そうか。
実験成功だ。
「え……えぇええエリス様あぁあぁああ!!大変、大変ですうぅぅううう!!!」
間抜けな女の声が甲高く響いた。
そりゃそうだ。
あたしは、第二次魔導大戦の切り札として魔理が生み出した合成生物、殺戮兵器。
魔……つまり理の調整者との共存を拒んだ政府に対抗するため、魔理に属する種族の代表の英知と遺伝子を合わせて最強の魔族を創り出す計画が持ち上がった。
その主導権を握っていたのが、悪魔リリスを祖に持つ魔術家系、テイラーピール家。
表向きは公爵貴族、巨大な財力と権力を持つテイラーピール家は、第一次魔導大戦の敗北からずっとこの兵器の開発に尽力してきた。
しかし実験はなかなか成功しなかった。500人以上の親を持つ上、それぞれの魔属性の拒絶反応、魔力の暴走、細胞分裂の失敗。計画は頓挫していた。
が、あたしが生まれた。あたしはこの世界に生まれ出でることができた。
これで、魔族側の勝利は約束されたようなものだ。
「見てくださいエリス様!実験成功です!!これでようやく次の段階に移行できますね!!」
さっきの間抜け声の主が女を連れて帰ってきた。
その女は、あたし達の父親。悪魔エリス本人。
「ふむ、これが完成体か。……ああ、溢れ出る膨大な魔力、資質、どれをとっても素晴らしい。歴代最強の魔法使いになるぞ、こいつは」
「さすが魔理の定めの仔、いつかは魔理をも曲げかねないですよ!」
「そうだな。よし、最終調整に移れ。ブランウェン、後片付けは任せた。抜かるなよ」
「はい、エリス様!!」
エリスはそう言って瞬間移動して行ってしまった。
「後片付け、ね……取り敢えずそこから出してあげる」
ブランウェンと呼ばれた女はそう言ってカプセルの液体を抜いた。
扉が開き、あたしは素っ裸で外に出る。
すぐさま女が炎の魔法で瞬時にあたしを乾かし、瞬間移動したタオルがあたしの全身を包む。
「ごきげんよう、女王陛下。あたしはテイラーピール家ナンバー4、ブランウェン・ゼラニウム・テイラーピール。貴女がこの地に降り立ったこと、誠に幸せの限りでございます」
そう言ってひざまづいた後、辺りをきょろきょろ見回して立ち上がり、
「なーんてね。公式ではこうしなきゃなんないけど、堅っ苦しいのは嫌いなんだ。気楽に行こうや」
そう言ってあたしの頭を撫でた。
「……タオル一枚より服が欲しい」
「ああ、確かに!」
奇妙な女だった。
テイラーピール家特有の亜麻色の髪をポニーテールにし、白衣を着て、トランクケースに仕込んだ銃で戦う。
そして高い魔力を持つくせに極度の馬鹿だった。
いつもにこにこしていて、違う表情になっても全力で顔が動いている。
疲れそうな生き方だ。
あたしの世話係らしいけど、逆にあたしが世話してやる事が多かった。
テイラーピール家のあたしのもてはやし様はもはや滑稽に近い。
最高級のドレスを着せ、あたしの前でひざまづき、見るもの触れるもの聞くもの食べるもの、全てが決められている。
それは誰もが屈服するような素晴らしい魔力に異能者という事がのちに発覚、何より身に秘めた殺傷能力の高さという、魔法使いの素質ゆえ。魔理の女王だのマーリンの再来だのまあそれは魔族社会は賑やかだった。
しかしブランウェンはそれをあまり良くは思ってなかった。
「いい?タイタニア。あたしは殺戮を間違いだとは言わない。殺戮とは生物の本質、本能。けどそこに快楽を感じるようになってしまったら、それはもう生物として最悪の堕ち方。それは間違った行為。絶対に殺戮に快感を得てはダメ。解った?」
あたしは何となく頷いて、ブランウェンはその後いつもの笑顔に戻った。
「それじゃあ次は何しようか、タイタニア?」
「……視界が悪い。髪を切りたい」
「ああそっか、気づけなくてごめんね。後ろの髪はどうする?」
「地面につかない程度まで」
「はい、女王様」
第二次魔導大戦は文字通りの血に塗れた戦いだった。
国連軍は当初遠隔操作ロボットを送り込んできたが、それらを秒殺すると今度は核爆弾を投下した。
が、逆にそれをそのまま返され、甚大な被害が出た国連軍は交渉を求めたが決裂し、銃撃戦となり双方の要人が何十人も殺された。
スターリングの戦いだ。
これがきっかけに第二次魔導大戦の火蓋は切られた。
いたるところで紛争が起き、混乱による暴動、レジスタンス、ストライキ。
毎日血が降る戦場で、あたしの心を潤したのはブランウェンがしてくれるスパイ先の話、パラレルワールドの話、魔法使いの話だった。
血に塗れていない世界は、いつしかあたしの楽園になった。
戦争が終わったら、ブランウェンと二人だけでどこかで暮らすんだ。
あたしは無意識に、自然とその考えに至っていた。
あの日までは。
地球国連軍が投入した最後の砦は、S級の極秘機関『北極星』の異能者達だった。
魔理は条理には勝てない。条理を身に宿した異能者に魔族はなす術なく倒れた。
そしてあたしも異能者でありながら北極星の異能者に敵わなかった。
理由は二つ。
ひとつは敵の異能者に魔族の苦手な炎を操る者が居たこと。
ふたつめはその炎に焼かれた同胞を見て、あたしが擬似的な結晶化を起こして暴走したこと。
あたしは暴走の内に視界に入った肉体を持った全ての生物を喰い殺した。
敵も味方も関係なく。
その中にあたしを止めようとしたブランウェン・ゼラニウム・テイラーピールが入っていることも識らずに。
正気に戻ったあたしはその事実を突きつけられて怒りの末、地球を3日で滅ぼした。
異能者の力で別のそっくりな世界に誘導されていたので本来の世界は無事だったが。
力尽きた所を軍に捕らえられ、あたしは魔女裁判にかけられた。
危険な力を持つ生物兵器は無論処刑される筈だった。
だがあたしは死ななかった。異能者の炎を以ってしてもあたしは死ななかった。
生命力を持つ同じ異能者だったから。
その後北極星に回収され、北極星の計らいでモルガナと出会う。
身内を殺して、人間を殺して、後を追うこともできないあたしは復讐に心を燃やすことでようやっと生きていた。
全部あいつが悪いんだ。
同胞を殺した、形勢逆転させた炎の異能者。
命に代えても復讐してやる。
復讐のために魔族の部分を隠す人格を作ろう。
人間になるんだ。
自分が最も憧れた『人間』、ブランウェンを参考にして。
彼女のような話し方をしよう。
彼女のようにいつも笑っていよう。
彼女の話してくれた魔法使いの服を着よう。
彼女がスパイ先で使っていた名前を名乗ろう。
そして息を潜めよう。
完璧に人間を演じ切ろう。
サクヤ・ノヴァ・フレイムにこの刃が届くまで。
**********
「これがあたし。犯した罪の重さ。魔族の道化が生み出した愚かな錆。さあタカオミ、あんたの識りたいことはこれで全部判ったはずだ。真実を識ってなお、その復讐を続けるつもりかい?」
ハリーシアが語った真実。
まさか今のハリーシアの人格が意図的に作ったものなんて思いもしなかった。
言われてみれば、あいつの笑顔はいつもどこか胡散臭くて、本当の笑顔とは程遠かった気がする。
それよりこの状況。
タカオミはハリーシアに復讐したかった。
だけど真実を識って、今タカオミは迷っている。
これ、ついこないだの俺にそっくりじゃないか。
しかもハリーシアはサクヤに復讐したい。
俺とハリーシアは同じ獲物を狙った者同士ってことだ。
「……復讐を続ける、だあ?」
タカオミは下げていた顔を上げ、真っ直ぐハリーシアを睨みつけた。
「結局何も変わらないのは『事実』だろ。お前はあいつを殺した。どうあがいてもそれは不変だ。しかもお前はサクヤを殺すと言った。なら俺はサクヤを守る為にてめえを殺すだけだ」
タカオミから溢れた殺気がリビングを満たした。
ハリーシアは黙っていたが、やがてにっと八重歯を見せ、
「ま、気が晴れたのならそれでいいや。時に識ることに意味があり、時に識ることが罪になる。今回は前者だろう」
するとハリーシアは俺に向き直り、黄金の眼で俺を覗いた。
「しかしアリス、あんたが識りたいことは後者かも知れない。何故あたしがあんたに色々隠してきたか識ってるかい?あんたが色々識ることで、余計な罪を背負わせない為だったんだよ」
俺はハリーシアがそんなことを考えていたことを内心驚きながら、黄金の瞳に気圧されないよう見つめ返した。
「罪なら、もう肩に乗ってる。大丈夫。俺はまだ大丈夫だから、残った時間をその為に使いたい。だから教えてくれ、ハリーシア」
ハリーシアは微笑んだ。いつもの胡散臭い笑顔ではなかった。
「この世界には理がある。大きく分けて四つ。物理、心理、魔理、条理。物理は物質の決まりごと、心理は心の決まりごと、魔理は魔法の決まりごと。そして条理は宇宙の決まりごと、と言ったら分かり易いかな。通常の生物は物理と心理を身体に宿している。稀に魔理を宿したものが生まれるが、これが俗に言う『魔族』。そして条理を宿したものが何億もの世界に一人いるか居ないかで生まれる。これが『異能者』だ」
ハリーシアは俺だけでなく、サクヤにヴィオラ、ヴァレン、タカオミを順に見ながら話を進めた。
「そして世界を壊す破壊の救世主適性を持つものが異能者の中でも稀にしか居ない。だが思ったことはないか?世界を壊しても、結局人間ひとりにできる事なんてたかが知れてる。少ない人材の、限られた人間が世界を壊すより、もっと大多数で壊すか、一気にまとめて壊せてしまえば楽なのにって。……いや、破壊の救世主という存在自体、世界をまとめて破壊する“ただひとり”を生み出す為に異能者を篩にかけるシステムだとしたら?」
途中から、というか最初あたりから何言ってるか解らんが、俺の脳味噌が細胞フル活用して要約を導き出した。
つまり“一度に複数の世界を壊せる異能者が居る、破壊の救世主はそいつを見つけ出すためのシステム”って事だろうか?
「そのただひとりの特別な異能者……『世界樹の救世主』とでも名付けようか、になるには資格が要る。この宇宙によって作製されたもう一つの宇宙……その内のひとつがアリス、あんたの持つコールブランドさ」
「コールブランドが……宇宙?」
「正確には世界樹の救世主になり得る異能者を選定し、資格を与える選別機構だ。異能者の意識……強い『決意』などに応じて資格を与えることが多い」
その時俺は思い出した。リリスに貫かれ、剣を取ったあの日のことを。
『ーーーー解った』
『それが君の選択なんだね。なら僕もーーーー』
『君に運命を預ける。そして与えよう。
“世界を救う資格”をーーーー!!』
コールブランドの言葉が蘇る。
「あれは、俺がリリスを殺す決意をした時だった。てことは、その時に俺は……?」
「そう、資格を得た。つまりアリス、あんたは世界樹の救世主になり得る資格を持つ特別な異能者だ」
世界樹の救世主。
特別な異能者。
俺のような普通の人間には有り余る称号だ。
いや、もしかして俺は世界樹の救世主になる為に世界を壊され、異能者として開花したのかもしれない。
その時黙っていたサクヤが口を開いた。
「『なり得る』ってことは、資格を得ただけではまだ世界樹の救世主にはなれないの?」
「そう。まず資格を得られるのは全宇宙で二人まで。その二人で戦い、相手の『資格』を奪った者が世界樹の救世主となる。この資格というのはコールブランドのことだ。そしてコールブランドはある剣の鞘だ。刀身はエクスカリバーという。このどちらかを持っていれば資格持ちの証なわけだ。だから戦って奪い合い、剣を完成させる。この瞬間初めて世界樹の救世主が擁立する」
するとタカオミが窓の外を見ながら言った。
「ガリレオも同じことを言っていた。『神がアダムとイヴに与えた神剣は、鞘が刀身と離れると鞘も剣になる』、と」
「そうだろう?きっと今頃どこかでエクスカリバーを手にした者が資格を得ている。断片的にしか思い出せていないが、整合性はあると思うな」
「え、断片的にしか思い出せてない?ってことはまだ何か思い出す可能性があるってことですか!?」
ヴィオラが声を荒げる。
「ああ、何せ昔のことだからなあ。今思い出せるのはこれが精一杯さ」
……情報は聞き出せた。
きっとこれは俺の識るべき情報で、きっとまだ何か真実が隠れている。この場にいる全員がその事に気付いている。
なら、何かを思い出す可能性があるハリーシアを処刑させるわけにはいかない。
「タカオミ、ハリーシアの処刑をなんとかして止められないか?」
タカオミはサクヤへのプレゼントであるデザートイーグルをなぞりながらこちらを睨んだ。
「それはお前の私情か?」
そう言われて返す言葉がない。
狼狽えた俺を見てタカオミは溜息をついた。
「ま、お前が世界をまとめていっぺんに壊せる世界樹の救世主とかいうのになれる可能性があり、その情報を思い出せるかもしれない奴を殺すのは北極星としても避けたい。だが手を出せるのは年が明けてからだ」
「そうそう、年明けまで裁判所閉まってるし、それまでにまた何か思い出したら報告するよ」
ハリーシアとタカオミが帰った後、片付けをしながら俺は考えていた。
世界樹の救世主。またしても俺の意思とは関係なく揃ってしまった手札。
俺は世界を壊したいわけじゃない。
世界再生をして、サクヤに復讐したいんだ。
ただ消える世界、つまり歪みが多ければ、俺の世界再生も進むかもしれない。
全くの無関係でないのが腹立たしい。
しかも複数の世界を一度にまとめて壊すってことは、背負う業も普通の異能者の比じゃない。
だが俺には時間が限られている。タイムリミットまでにヴァレンが導き出した“壊さなければならない世界リストを全てこなせる技量は俺にはない。
また運命に弄ばれている気がしてなんだか腹が立ってきた。
「……リス。アリス!!」
「えっああサクヤか、どうかしたか?」
目の前の復讐相手は、白い髪を遊ばせながらこちらを見ている。
「ちょっとこっち来て」
「なんだよ、改まって」
サクヤは俺を座らせると、俺の前に座り小包を取り出した。
「……クリスマスプレゼント。 色々あったけど、そして色々あると思うけど、今までの分のお礼。いつもありがとう」
そう言って少し笑ってみせた。
こいつ本当によく笑うようになったな。
てかなんかクリスマスに異性にプレゼントって恋人みたいじゃないか?今更だけど。
「あ、ありがとう。……開けていいか?」
頷いたので綺麗な黒い箱をそっと開けると、中には蒼い薔薇の描かれたティーカップが入っていた。
「お前これ、高かったんじゃないのか?こういう中世風の食器は殆ど博物館行きだろ」
「アリスよく紅茶飲んでるから。お金なら使わないで貯まってるし」
俺は半分呆れて、半分嬉しくて笑ってしまった。
こいつはこういう所が憎めなくて殺しづらい。
「主人も、サクヤにあげるプレゼントあるんでしょ?」
ヴァレンがニヤニヤしながら突いてきた。
「私に?」
「あー、えーと、まあ……」
しどろもどろしているうちにヴァレンが拘束具の収納から大きな包を取り出した。
俺は今更恥ずかしくなってきた。
考えてみると、女の子に面と向かってプレゼントをあげたことなんて無い。姉貴はノーカン。
なるべくサクヤの顔を見ないように包を渡す。
「お、お前一応イングランド国籍なんだろ。英国人はぬいぐるみを大事にするんだ。だからお前にもやる。大事に扱えよ」
俺がサクヤに送ったのはテディベアのぬいぐるみだ。
なんとなくサクヤが好きそうなので買ってしまった。他に思い当たらなかったというのもあるが。
サクヤは大きいクマと目を合わせたあと、毛並みを確認し、頭を撫で、抱きついた。
ああ、こいつそういえばめちゃくちゃ美少女なんだった。
美少女がテディベアに抱きつくのはなかなか絵になるな。
「……気に入った。ありがとう、アリス」
サクヤは目を細めて微笑んだ。
喜んだならそれでいい。
するとヴァレンとヴィオラが俺の裾を引っ張った。
「わたしと」
「僕にも」
「ありますよね?」
「あるよね?」
「はいはい、あるからちょっと待て」
『……ねえ主人、あのこと言わないの?』
急にヴァレンが脳内会話に切り替わったので少し反応が遅くなった。
『……別に、言う必要はないだろう』
「サクヤー、主人が言いたいことあるってー」
「おいヴァレン!」
「何?アリス」
あーもー、何でこうなるのかな……。
頭を掻いて、ヴァレンを睨んで、サクヤの目をまともに見れず、サクヤの肩あたりを見ながら俺は呟いた。
「…………誕生日、おめでとう。サクヤ」




