エピソード28 任務完了
「アル……トリウス?」
ハリーシアはそう言った。
それはハリーシアが俺につけた真名だった。
何で今真名を?
何事かと思っていると、吹っ飛ばされた筈のヴァレンがいつのまにか戻ってきていて、俺に話しかける。
「主人が初めてこの剣を持った時、ヴィオラが言ったはずだよ。コールブランドはあと三回強化可能だって。強化可能条件推定機構が、主人の真名を呼ぶことによって起動したっぽい」
「よく分からんが、限界突破みたいなものか?」
「そう。今までよりもコールブランドの真価に近づいて、強くなったんだ。使ってみて」
「つ、使ってみてって言ってもな、どうすりゃいいんだよ」
「取り敢えず何か技を出してみて。ほら、ハリーシアの攻撃が来るよ!」
見てみると本当にハリーシアは正気を取り戻したさっきから戻り、狂気に満ちた目でこちらを狙っている。
「殺せるかな?人間が、あたしを?無理だよ無理無理、あたしは魔の理に選ばれた女王様なんだから!!」
そう叫びながら、ハリーシアは俺が創り出したこの水の空間を徐々に凍らせていく。
俺はまだ凍っていない水から水面へ飛び出した。
飛び出した瞬間、全ての水が凍り尽くされ、辺りは所々ビルの突出したスケートリンクみたいになっていた。
ハリーシアも氷を突き破り、氷の上に降り立つ。
そいつの裸足の足の裏と氷の境界面には、生きた草花ではなく氷の花が咲き始めた。
改めて対峙すると、さっきこいつに殺されかけた恐怖が蘇る。あれが死。あれが命。
こんなにも脆く消えてしまいそうな生命。
圧倒的力量差で、俺の創った水の中でさえ歯が立たなかった。
しかも今はそんな水から追い出され、こいつの魔力の充満した地上にいる。
この戦闘は始めから終わりが見えている負けイベントだ。
ーーーーコールブランドが無かったなら。
本当によく解らないけど、コールブランドには強力な再生能力があって、現に俺は今生きている。服破けたからちょっと腹が寒いけど。
そして何より強化というものを俺はすっかり忘れていた。
つまりこれは負けイベではない。新たな武器の試運転をする為の、勝ち確定イベントだ。
そうでも思わないと、こんな化け物に真っ向から立ち向かうなんてやってられない。
俺は蒼く輝くコールブランドを両手で構え、さっき出せなかった技のリベンジをした。
「水聖!!」
さっきはハリーシアのマナのせいで出すことの叶わなかった水は、その分のお返しなのかコールブランドのお陰なのか、見事な水龍を描き俺の周りを回ってハリーシアに突進した。
俺の中で少しの希望が咲いた。
技は直撃するが、当然ハリーシアは傷ひとつ付いていなければ濡れてすらいない。
そして技が出たことを歓喜する暇もなく、ハリーシアは俺に襲いかかってきた。
こいつは近接戦の時左腕を使う。なのに剣で弾いても斬れないどころか、鋼のように硬い。
今回も同様に、長い爪で俺を切り裂こうとしている。
取り敢えずコールブランドで受け身を取るが、衝撃が骨の髄まで伝わってきた。
それにこいつには物理も生命力も無駄と来やがった。
限界突破したコールブランドもどこまで通じるか解らない。
(ヴァレン、出し惜しみしないで行く!お前は援護を!)
(了解!)
頭の中で会話し、決死の思いで俺はハリーシアの腕を振り払った。
その時できた隙で、すかさず剣を持ち替え詠唱カット。
成功率は下がるけど、今は時間が1秒でも惜しい。
「細氷の滑腔!!」
その瞬間、空気中の水蒸気が一斉に昇華し、小さな氷晶となった。雪でも降ってるみたいに。
束の間、その全ての結晶がハリーシアに襲いかかった。
が、それはハリーシアが手で払うと方向転換してしまい、当たる事がない。
なら、次の技だ。
「暁に在します大日女、常闇の茜に浮く月兎、己が心に灼きつけ以下略!氷河月扇・火明かり!!」
俺はコールブランドを掲げ、振り下ろす。同時に氷雨が後光のような刃となってハリーシアに突進する。
だがきっとこれだけじゃ倒せない。
俺はハリーシアがどうなったかまともに確認せずに次々と技を出す。
「救世主の栄光!アイス・メルクリウス!理王斬裂水獄の帝!!」
閃光が物質という物質の動きを止め、コールブランドに霜が宿り、重々しい斬撃がスケートリンクに大きな亀裂を入れる。
流石にマナが足りないのか、ものすごく疲れる。
息が切れ、寒いはずなのに汗がどんどん出てくる。
はあ、はあという自分の息切れに心臓の音が重なる。
ハリーシアはどうなった?
死んだのか、生きているのか。
生きているなら、次は俺が殺される番だ。
と、俺は張り詰めた糸が少しの揺れを感じ取ったような感覚に襲われ、本能的に十メートルほど後ろに飛んだ。
時を同じくして、俺が居た場所が爆発し、氷なのに炎が上がる。
そして一息つく間もなくどこからか弾幕が飛んで来た。
ジャンプしてそれを躱す。
氷の上になんとか着地し、追撃から逃れる為走り出すと、予想通り弾幕が追尾してきた。
やばい。今の俺にこの数の弾幕をどうにかする術はない。
というかハリーシアはどこ行った?姿がさっきからどこにも……。
「エンフィールド!」
悶々と考えていると、円型のフィールドがいつのまにか俺を包んでいた。
そのフィールドが弾幕を弾く。
「助かった、ヴァレン」
「どうも。でも正直これが戦いと言えるの?向こうは無傷、こっちは回復があっても攻撃に意味がない。消耗戦だ」
「そうかもしれないけど、死んでないよりマシだろ。何か、あいつの弱点が判れば……」
まだ俺にはコールブランドがある。もし負傷してもコールブランドを刺せばまたさっきみたいに……。
「どんなに回復が優れていても、攻撃が無能じゃ死あるのみだよ、アリス」
ハリーシアだ。
俺は右手でコールブランドを、左手でそれを支え見えないハリーシアを睨みつけた。
「ちょっと水を操れるからって、あたしに勝てると思うなよ。“出し惜しみはしない”んだっけ?ならあたしも本気でいくよアリス。四つの理のうち一つ、魔の理を統べし者、魔族達の統率者……名は、妖精達の女王」
……タイタニア?
大地の娘、妖精の女王ティターニアと同義の?
考えていると姿を現したその魔族に、俺は思わず同情を感じた。
青い結晶が、手足の指先、首、顔さえも覆っていた。
瞳は充血して完全にイってるし、素晴らしい快楽に溺れたかのような笑顔。
瞳は両目とも明るい所に居る猫みたいに細長い瞳孔になり、不気味さを増している。
ネグリジェは左腕の部分はビリビリに破け、他の箇所も所々裂けている。
『魔理に属するモノは皆『結晶化』というものを経験する。蛹から蝶になるのじゃ。しかし衝動や本能が抑えづらくなり、力の無いモノは失敗して死んだり、永遠に目覚めなかったり。成功すればより魔法の高みに到達できる。弱いモノを篩いにかける選別のようなものじゃ』
『痛くて辛くて苦しいものじゃ、成長するということは』
モルガナの言葉が蘇る。
ハリーシアはこの姿を見せたくなかったんだ。
見せたくなかったから俺達から離れた。
それも誰にも諭させない胡散臭い笑顔で。
「…………ごめん、」
俺の口からはその言葉が漏れていた。
俺はこいつから情報を聞き出したい為だけに探していた。
真実を識るために。もう二度と失わないために。
けどそれはハリーシアにとって苦痛でしかなかったんだ。
俺は躰を貫かれても、腕を捥がれても文句は言えない。
『識らなくてもいい真実もある』
馬鹿だな、俺は。
こんな簡単なことも解らなかった。
タカオミの言葉の真意も汲み取れなかった。
せめてこの躰から流れ出る鮮血をハリーシアに捧げてやるべきなのだろうか。
『ーーお前はまだマスケットを口にするには早すぎるな』
突然、頭の中に声が響いた。
よく聞いたことのある声だ。少し低め、よく響く聞き取りやすい声。
「……タカオミ?タカオミなのか!?」
『その通りだ青二才。ヴィオラからヴァレンへ端末接続してお前の脳に言葉を送っている』
「ヴィオラ?……お前まさかサクヤを」
『あいつは麻酔で寝てる。安全な場所に移した。まさか俺が妹を殺すとでも本気で考えたのか?』
……確かにあのシスコンが妹を殺せる理由がどこにあろう。
『ったく、酔狂なもんだ。それよりそこの化け物何とかしねーとな』
「殺すってんなら手は貸さないぞ」
『殺さねえ。が、殺す気でいかねぇとな。いいか、お前はあの化け物の動きを何とかして止めろ。司令官命令だ』
「あの状態のハリーシアをどうやって止めりゃいいんだよ」
『知らね。それはお前が考えろ』
「おい。てか、何でこっちに助太刀に来ないんだ。俺一人であいつを止めるのにはいくらなんでも無理が」
『いいか、目標はハリーシアの戦闘不能。死にたくなかったら必要最低限の戦闘は避けろ、いいな』
「はあ?ちょっと待て、本当にお前どこにいるんだ?おいこら返事しろ!」
「主人、通信切れてる」
「あんのバカオミが……ハリーシアの動きを止めてどうするってんだよ……」
「……『アレ』を使う気なんだ」
俺は思わずヴァレンを見た。
ヴァレンはマフラーを巻き直して言った。
「タカオミ本来の武器……L125A3 MkXを」
「えるわんはんどれっどとぅえんてぃふぁいぶえーすりーまーくてん?いつも使ってるL85A3じゃないのか?」
「あれはタカオミの個人的なコレクションでしかないんだ。あいつの軍から正式に支給された武器は、チートというか反則というか……」
ヴァレンが翠色の頭をかく。ヴァレンは困った時よくこうする。
「L125A3 MkXは軍が世界の守護者を倒すために秘密裏に開発していた武器なんだけど、属性との相性が悪くて誰も使えてなかった。けど無属性のタカオミは扱えた。それはL125A3 MkXが属性を必要としない武器だったから。使用者は自分しか観測できない別世界から敵を狙い自分のマナを弾にして打ち出す。世界の守護者の核を間接射撃してね。敵はこっちに干渉することも気づくこともできない。……L125A3 MkXは、どんな者も……世界の守護者にも気づかれることなく殺すことができる、一撃必殺の狙撃銃なんだ」
一撃……必殺。
あのハリーシアを一撃で仕留められるというのか?
いやいや、
「仕留めちゃダメだ、生け捕りにしないと!」
「だから主人がハリーシアの動きをとめなきゃいけないんだよ」
「え?」
「別世界から狙うんだよ?即ち間接射撃だから、観測班FOと、射撃指揮所FDCが必要だけど、別世界に居るからFOがいない。世界の守護者だったらマナの溢れる核が目印になるけど、今回の相手は魔族。だから主人がハリーシアの動きを止めて、その位置を拘束具を通してタカオミに送る必要がある。主人が拘束具の位置を急所から外れた場所に指定すれば殺さずに殺せる」
「んな無茶苦茶な……」
そんな長話をしているうちにハリーシアの飛ばした花のような形の剣が俺とヴァレンの間をすり抜け、爆発する。
「と、取り敢えずやるぞ、ヴァレン!」
「Va bene!」
やばいなんてもんじゃないけど、やるしかない!
「妖精達よ、仇なす者に其の力を以て裁きを与え給え!」
ハリーシアがそう叫ぶと、四方八方から水色の光る球のようなものが大量に飛んできて、俺達の方に向かってくる。
「な、何だあれ、蜃気楼か?」
「いや、あれは、妖精だ。あの化け物、ここら一帯の妖精達を従えた」
「じゃあ操られているだけってことか?」
「……違う。妖精達は自ら降った。自分の意思がある。ただ女王に進んで従う、下僕になっただけだ」
ヴァレンの声のトーンが少し低くなる。
俺は目の前に輝く無数の光を見つめた。よく見ると確かにそのひとつひとつが小さな人の形をしている。
俺はコールブランドを握り直し、狙いを定めた。
「軍歌と踊れ、戦の王の玉座で。正邪と謳え、勝利の哀歌を。潮が満ち、霧が立ち込め深雪が溶けるまで、己が手に残った血を零さないように!王手、騎士の窮追!」
叫びながらコールブランドを地面に刺すと、半径二百メートルをフィールドが包み、その中に入った光球が次々と消滅していく。
「殺した……な」
それは小さな声だった。
ハリーシアではない、小さな妖精の声。
「殺した」
「あいつだ」
「同胞を殺した」
「たくさん死んだ」
「奪っちゃえ」
「あいつから理を奪え」
「許さない」
「殺そう」
それを皮切りに色んなところから声が上がり、光球の光がより増す。
「殺せ」
「殺せ」
「殺さなきゃ」
「殺す」
「死んでも」
「許さない」
「理を乱す者」
「死ね」
すると突然体の力が全て持っていかれたかのように体が重くなり、視界が揺れた。
倒れこむ前に左腕をなんとか動かし、顔面直撃を回避する。
「な……何だこれ、いきなり……」
筋肉が震えている。うまく動けない。
「理を奪ったんだよ」
ハリーシアの声が上から降ってきた。
俺は上がらない顔の代わりに目を向けると、ハリーシアはにこにこ笑顔で立っていた。
「この世は理で出来ている。石ころも草花も人間も理を持っている。その理を調整するのが魔法、調整する者が魔族。理を奪ったら、その奪われたモノは理で動いている世界から弾かれて死ぬ。今お前の『物理』を奪った。『心理』を奪ったら、お前は一体どんな声で啼くのかなぁ?」
物理?心理?
『魔族はもともと物理と心理を調節するモノたち。物理を捻じ曲げて攻撃出来なくすることができる、それが魔法』
ヴァレンが言ったのって、こういう事か。
体は動かないし、心なしか頭もうまく働かない。
魔族の本領ってわけだ。
「やっぱり無理じゃん、あたしを殺すなんて。ああ、殺す気じゃなかったんだけっけ。まあいいや、理を全部奪ったら美味しく食べてあげる」
ハリーシアが手をゆっくりと挙げた。
あれ、これは勝ち確定のゲームだった筈なのに。
俺なんで走馬灯みたいなものを見ているんだ?
ヴァレン、ヴィオラ、タカオミ、ハリーシア、ライラック准将、スコーピオ中将、リリス、樹月、モルガナ、コールブランド…………サクヤ。
出逢った人達の顔が浮かんでは消えていく。
本来なら絶対に出逢うことのない縁が結ばれて繋がって俺を作ってゆく。
ここまでなのか。俺の縁も、人生も、復讐も。
何も置いてはいけないのか。
俺は何のためにここまできたんだっけ?
『いいか、目標はハリーシアの戦闘不能。死にたくなかったら必要最低限の戦闘は避けろ、いいな』
刹那、走馬灯の一欠片に見たたった一言が、俺を無意識に動かした。
無意識に剣を取り、無意識に声が出る。
「救世主の栄光!!」
一瞬駆け巡った閃光がハリーシアの動きをも止める。
その機を逃さず、俺は持てる全ての筋肉を奮い立たせ左手でハリーシアの足を掴んだ。
「今だタカオミッ!!」
何処かの別世界から狙っているタカオミに俺は叫んだ。
そして俺の拘束具めがけて何かが吸い込まれるように命中する。
『Fire. Mission complete. Well done, Alice』
タカオミのその声を最後に、俺の意識は水底へ沈むように落ちていった。




