エピソード27 赤い剣と青い君
ハリーシアと名乗った女は、俺を空中楽園都市の中軸、シティ・オブ・ロンドンに連れて行った。
軽い質問をいくつか受けた後、自動洗浄され、メンテナンス室と書かれた部屋で傷の手当てをされた。
跡が残るような傷が多かったが、ほとんどの傷が跡を残さず消えた。
飯もたらふく食わせてくれたし、髪も切られ、新しい服を着せられる。
もとの薄汚い死にかけとは打って変わって、なかなか見られる姿になった。
だが、ただより高いものはない。
何か裏がある。
「まあ裏はありよりのありなんだけどー、その前にこの宇宙の話をしようか」
女はこの宇宙のシステム、条理、生命力、異能者、等の話を淡々と聞かせた。
そして俺が連れてこられたこの施設が国連軍であること、その中でも異能者のみで構成された組織、北極星であること、俺が破壊の救世主という、異能者の中でも特別な素質を持つ存在であること、などなど。
「と、いうように、我々シッターは宇宙の為に戦う選ばれし存在、異能者を探して世話するのが仕事だ。君はその異能者だから生きているだけで軍から保護される。代わりに仕事は危険と隣り合わせ。大体解った?」
首を縦に振る。
「うん、よろしい。君は死と隣り合わせだが、破壊の救世主である限り生活を保障し、多少の不祥事は軍が消す。今頃君の殺した死体も回収されている頃だろうね」
……俺の犯した罪をもみ消してくれるらしい。
「えーと、必要事項をもう一回聞くよ。地上……メテオライト・クローリー出身、父親がイングランドとアメリカのハーフ。母親が絶滅危惧人種、日本人。登録名ロキーー」
ガチャン!!
女が目を丸くして苦笑いする。
条件反射、俺は近くにあった薬瓶を投げつけていた。
「……次その名前で呼んだらブッ殺す」
実の親が付けて、そして一度も呼んでもらえなかった名前。俺は血反吐が出るほど自分の名前が嫌いだった。
「そうかそうか、本名が嫌いか。ならあたしが新しい名前をつけてやろう!」
何を言いだしたか、女はどこからか本を50冊ほど取り出し、手当たり次第ぺらぺら捲っていく。
「あんた日本人なんでしょ?あの国のことは抹消されたからほとんど残ってなくてね。でもあたしそういうの超好きだから、結構調べたことあるんだ。あ、コレは?タカ!目つき悪いの君そっくり!!」
女はそう言って鳥の写真を見せてくる。かっこいいけど、本名と同じ二文字じゃないか。
そういえばおいさっき何つったコラ。
「ダメかなー?んー、それじゃ……わぁっ、この花キレイだなぁ!!」
今度は花か。
「アサガオって言うんだって!でも君はこんなキレイじゃないしなあ」
あんだとコラもっぺん言ってみろクソガキがブチ殺すぞ。
「オミナエシ……だめだ、めっちゃ黄色じゃん。…………こーなったらアレで行くか!?」
こっち見てドヤ顔すんな。
「あたし色んな名前と名前をくっつけてひとつの名前作るの得意でさー。あたしの『ハリーシア』って名前もそうやって作ったんだよ!!」
「……自分の名前を自分でつけたのか?」
ぼそっと言うと、女……じゃなくてハリーシアは一瞬固まり、
「……とゆーわけでやってみようか!?」
話逸らすのヘタか。
「タカ……タカ?アサガオ……タカ、ガオ……タカオ?カカオみたいだな……タカ、オミナエシ……タカオミ」
ハリーシアはぱあっと明るくなり、俺を指差して
「タカオミ!!今からあんたはタカオミだ!!どうだ、我ながら良い名前だろう!?」
金色の目をきらきらさせて眩しい。
……タカオミ、か。悪くない。
「いいよ、じゃあそれで」
「いよっし!!よろしくな、タカオミよ!!」
そのまま高速で俺の手を取りぶんぶん振る。
ところで、
「……俺の生きる意味は、その破壊の救世主か?」
「いいや、それもあるが違う。直接見てもらおう。おいで」
何ヘクタールあるのか判らないくらいデカイこの建物を、ハリーシアは迷わず進んでいき、パスを通り、様々なチェックを受け、やっとAll clearの文字が出る。
ドアが開いたその先には、真っ白な空間が在った。
ハリーシアはその部屋の中央へ走って行き、しゃがんで「サクヤ」と言った。
その時初めて、俺は部屋にガキがいる事に気がついた。
白い肌に白い髪、白い服、おまけにミルクパズルをして遊んでいるもんだから、部屋の色と同化して気づかなかった。
ハリーシアが何かごちゃごちゃ話して、俺を指差す。ガキも同時に振り返った。
4歳くらいか。
俺の妹にどこか似ている。
ガキは変な髪型をしていた。
ボブなのに、耳あたりの髪だけ突出して長い。
頭には妙な装置が二つ着いていて、愛想のない表情。
そしてつり目に赤い瞳孔。
アルビノだ。何年か前に綺麗だからという理由だけで自分の子供をアルビノにデザインする母親が増えたと聞いたことがある。
ってゆうか、
「ハリーシア、アルビノだったらこの部屋良くないんじゃないか。眩しくて」
「大丈夫、色覚や視力を脳に埋め込まれた補正チップ、コンタクト等で矯正しているし、外に出るにしてもこの世界はオゾン層が殆ど消滅してるから、人工オゾンが地球全体を包み込んでて、サクヤも体の表面にオゾンを循環させているから問題はない。昔よりずっとアルビノは暮らしやすくなったんだよ」
そう言ってサクヤと呼んだガキの頭を撫でた。
「……さ、ということで、タカオミ、君この子の兄貴になりな」
「……はぁ?」
ついついハリーシアをよく母親にしていたように睨み返す。
「あははー怖い……。え、えっと、具体的にはこの子の教育係兼教官兼兄貴。この子も君と同じ異能者で、ある計画の実験体なんだ。あ、因みにこの子のことは極秘案件ね」
「……なんで俺が……」
俺がそう言うと、ハリーシアはきょとんと俺を見て、
「生きる意味が欲しいって言ったじゃないか、君」
……このガキが、俺の生きる意味?
この無愛想で無表情で無口で何事にも無感動そうなこのガキが?
齢4歳くらいでミルクパズルしてるガキが?
俺にできるわけないだろう。
痛いを痛いと感じることができず、辛いが何なのかも判らず、妹を殺されるまで自分の罪にも気づかなかった。
人間的に何かが欠けていると自分で解る、実の妹ひとり守れない、そんな奴が他人の面倒を見れるわけがない。
ハリーシアは俺のそんな考えを読心したのか、俺の顔を覗きこむように言った。
「君は愛を知らない。だから君はこの子にたくさんの愛を注いであげろ。愛の無い恐怖を知っている君は、他の者よりそれができる筈だ」
流石に傷を見られれば何があったかは察するか。
しかしだからといって、
「……知らないからどうすればいいのか判らない」
「そうだろうな。だからあたしが君に愛を教えよう。無償の愛の素晴らしさは、全人類が識って然るべきなのだから」
こうして俺とサクヤは面倒ごとを押し付け合うような形で義兄妹の契りを交わした。
真面目な話、あの時サクヤという存在の保護者にならないと地上出身者がどのような扱いを受けるか判らなかったらしい。
俺はそういうの慣れてるけど。
軍での暮らしは今までの俺の生活と比べれば天国以外の何者でもなかった。
発達障害が無くなる機械のおかげで身長は伸びる、焼かれた耳も徐々に治り聞こえやすくなる、味覚も正常になり、年下の友達だってできた。
そして約束通り、ハリーシアは俺に愛を教えてくれた。
生きてるだけで怒らない。むしろ褒める。
手を挙げても殴らない。優しく撫でる。
無視をしない。ありがとう、と感謝を述べる。
俺は、自分の妹に抱いていた感情の名前を識った。
俺がなぜあの時母親を殺せたのか。なぜあの日まで痛みを我慢できたのか。
俺がずっと欲しかったのは何だったのか。
馬鹿だけど、ハリーシアは全てを教えてくれた。
だから同じ感情をサクヤに注いだ。ハリーシアが俺にくれた、俺が妹にあげたかったものを全てこいつに。
いつのまにか妹とサクヤを重ねていたのだろう、そのせいで俺は度を超えたシスコンとして目覚めたが、それすら俺のずっとやりたい事だった。
いつからかサクヤも、同じ感情を俺に返すようになった。
幸せだった。
だがそれは突然やってきた。
「タカオミ、あたし実はスパイなんだ」
ハリーシアは俺を呼び出してそう言った。
軍に入って二度目の春だった。
「あたしは人間じゃない。魔族を祖に持つテイラーピール家のモノだ。ハリーシアだって偽名だ。騙してすまなかった」
ハリーシアはそう言って頭を下げた。
こいつがスパイなのは初めて会った日から何となく気づいていた。
そしてそれを俺に打ち明けたということは、隠す必要が無くなったということだ。
「戦争が始まるのか。人と魔族の」
「そうだ。もう既にいくつかの街で起きている。ロンドンに魔の手が届く日も近い」
「……魔族を裏切る気はないのか」
ハリーシアは、いや、ハリーシアではない誰かは、顔を上げ淋しそうに笑う。
「あたしに魔族の血が流れている以上、あたしは魔族を裏切ることはできない。血は水よりも濃い、ってね」
水より薄かった俺の血が追憶のどこかで笑った。
「死ぬなよ」
「お前もな。でも遺言を残すなら、サクヤを一人前の人間にしてやれ。あの子は本当はただの女の子だ。頼んだよ」
「言われなくてもやってやるさ。あいつは俺の妹だ」
目の前の魔族はとても幸せそうに微笑むと、
「じゃあな」
手を振ってドアへと向かって歩いて行った。
間も無く第二次魔導大戦が始まった。
世間的には第六次世界大戦と称された。
そもそもの話、新政府が台頭してから魔族社会は公になり、同時に差別され楽園の恩恵を受けることができなくなった。
魔族の中には人間の突然変異や、人間に混じって暮らしているモノもいて、差別は文字通りの『楽園追放』だ。
だから反旗は翻された。
血は流れ、命は枯れた。
魔族のスパイ、ハリーシア・スコットをも、その戦争で命を落とした。
しかし俺はそれに納得しなかった。
ハリーシアは馬鹿だが強かった。俺に銃の扱いや近接戦の基本を教えたのもあいつだ。
軍にも精通していたあいつが、みすみす軍の手で命を落とすだろうか?
『サクヤを一人前の人間にしてやれ』
俺の生きる意味はその言葉だ。
だから俺は、この言葉をくれたあいつの為に第二次魔導大戦について調べまくった。
軍立図書館にも通ったが、肝心の資料は准将以上しか入れない保管庫にあった。
一回爆発してやろうかと思ったが、骨が折れるし無駄なだけだ。
俺は死ぬ気で戦績を上げた。
北極星は他の軍隊より出世し易いらしいが、それでも俺の昇進ぶりは異例だったらしい。
そして俺は真実に辿り着いたのだ。誰も望まない終焉に。
昔話はここまでだった。
サクヤは変わらず沈黙したまま。
空の弾倉を捨て、新しい物と取り替える。
無音で風が吹き、俺はその風に何かが流されていることに気づいた。
花びらが舞っていた。
ピンク色の美しい花だ。
この花、どこかでーー。
「宵闇に咲く花のように」
その声を聞いた途端、しまったと思うと同時に爆発音が響いた。
コンクリートをブチ破る音と、瓦礫の雨が俺の視界を赤く染めた。
俺の背中はどこかの壁にすっぽりめり込んでいる。
そして銃口はサクヤの喉を、サクヤの刀は俺の心臓を狙っていた。
メキシカン・スタンドオフだ。
「昔の夢は、どうだった?……タカオミ」
サクヤは麻酔銃を撃たれながらも立っているが、限界も近そうだ。
「そーだなぁ、やっぱガキん時のお前今より愛想ねーな」
それを聞くとサクヤは一層俺を睨んだ。
当の俺は、滴る血の音がどこか懐かしくて気づいたら笑っていた。
「……サクヤ、お前は覚えてねーかも知れねえ。昔のことだからな。だが俺はあいつを覚えている。…………そっくりだったんだよ、“スパイのハリーシア”と、“ハリーシアを殺したハリーシア”は」
サクヤが目を大きく開けて、血櫻を下ろした。
俺もトリガーガードから指を抜き、セーフティをかける。
「スパイのハリーシアは、身内に殺されたんだ。テイラーピール家が生み出した、最後の切り札の生物兵器にな。だがどういうわけか、その殺戮兵器は名前も顔も一人称も髪の色も喋り方も動作も、ハリーシア生き写しだった」
「……だから復讐できなかったの?」
「それもある。いや、大部分がそれだ。あいつを信じてみたいという気持ちもどこかに在った。だがあいつの翅を見て、俺は復讐心が固まった」
サクヤは暫く言葉を失い、やがて血櫻を地面に刺した。
「何故クローンのハリーシアは身内を殺したの」
「それは識らねぇ。軍立図書館の資料室には、『工作員ハリーシア・スコット、本名ブランウェン・ゼラニウム・テイラーピール、クロイドンで生物兵器の叛逆により死亡』としか書いてなかった」
「……なら、ハリーシア……は…………」
ここでやっと麻酔が勝ち、眠りこけて倒れゆくサクヤを俺はしっかりと抱えた。
『サ……サクヤを殺しでもしてみてください!その瞬間わたしのマナ生産・放出回路焼き切ってでもあなたを殺します!!』
「するわけねーだろそんなん。俺はこいつの『おにいちゃん』なんだぞ」
俺は胡座をかき、サクヤの髪を撫でる。
「ヴィオラ、お前は化け物のハリーシアをどう思う?何故ハリーシア……ブランウェンを殺したのか」
ヴィオラは姿を現さなかったが、簡単に答えを返さない沈黙が、ヴィオラの表情を教えてくれた。
『……ハリーシアは身内を殺したのを軍に讃えられ、軍に降りました。彼女は馬鹿ではありません。頭の良い選択ではあったと思います』
「ブランウェンはあいつの親代わりのような存在だったそうだ。後からモルガナから聞いた話だが」
『親、というのがわたしにはよく解りません。所詮機械ですから。ですがサクヤは、ハリーシアを信じていました。そこまで器用な奴ではない、と』
「……確かに、そうだよな」
結局俺は真実を確かめていない。
全てを識りたいと言ったアリスの気持ちが今は解る。
「ヴィオラ、ヴァレンと繋げ。確かめるぞ、真実を」
**********
「主人、起きて!起きてよぉ!!」
ヴァレンの声だ。
何で俺を呼んでいるんだ?
「どけよAI。お前に用はない」
「主人を殺すなら僕を殺せ」
「やだよ。お前ら裂いても血出ないじゃん」
ドンッという鈍い音がして、水流が変わるのが判った。
ヴァレンが、押しのけられたのか?
「やあアリス、気分はどうだい?己の創った水の中で最期を迎える気分は」
水の中……最期……。
「この傷じゃ死ぬのも時間の問題だね。死ぬと鮮度が落ちて不味くなる。死ぬ前に喰ってあげるよ」
俺、死ぬのか?
何で?
俺はまだ何も……。
何も成してない。
死にたくない。まだ死にたくない。生きていたい。
……サクヤ…………。
「駄目……だ……」
……ハリーシアの、声だ。
さっきとは違う。
「殺しちゃ駄目だ……。こいつは……アリスは、あの人の……あの、方の……」
するとその瞬間、俺の右手に握っていたコールブランドが勝手に動き、鈍い音が水を振動させる。
コールブランドが、俺の腹に刺さったんだ。
「コール……ブランド?」
『……遅くなってすまない、アリス。もう大丈夫だ』
その言葉を聞くと、腹の底から温かいものが流れ、痛みがどんどん引いていく。
ヴァレンより、メンテナンス室の回復液より強力な超回復陣が展開されているんだ。
『……と、言う訳なんだハリーシア。アリスは“資格持ち”だ。僕がついてる限り、彼は死なない』
コールブランドがハリーシアに呼びかけると、
「よかっ……でも、今回も資格持ち……因果の定め、か……」
よく解らないが、さっきのハリーシアとは違う優しい声だ。
「コールブランド……いや、ア…………ス……あたしを、殺……せ……」
『君も辛い思いをしていたんだね。今回も魔族だなんて。あんなに毛嫌いしていたのに。……今はアリスを救うのが先だ。無事彼を救えたら……』
俺は目を開けた。
青年がいた。どこか懐かしい蒼い服を着ている。
『君を殺してあげよう』
その青年がそう言った。
「駄目だ……!!」
俺は青年の手を取ろうとした。
が、俺が取ったのはコールブランドの柄で、青年の姿はもうどこにも無かった。
……あの青年は
コールブランド?
「殺してくれ……もう、殺してくれよぅ……!!あたしは、これ以上……血を啜ってまで生きていたくない!!だから……」
ハリーシアは今にも死にそうな声だった。
目の前の魔族は、俺に手を伸ばして、俺の目を見て、確かにそう言ったんだ。
「殺してくれ…………アルトリウス!!」




