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蒼黒アリス  作者: 朱華 麒月&カロン
26/33

エピソード26 ロキー終らせる者ー






タカオミの戦闘は何度か見たことがある。



銃や爆弾を用いた戦術。優れた判断力に無駄のないモーション。動体視力はチート並み。



だが今思えば、タカオミは一度も生命力を使っていなかった。そして瞳も戦闘モードに入っていなかったんだ。




今なら解る。タカオミは北極星ポラリス最高司令官に相応しい、底知れない実力の持ち主だ。




「あたしを信用できないのかい?タカオミ、一応あんたの部下なんだけどな」




タカオミは答えない。


ただ皎い瞳を惜しみなく光らせている。




ハリーシアの顔から笑顔が消えた。




「……あっそ。でも真実を識ったら後悔するよ」




ハリーシアは突然翅を広げたかと思うと、そのまま上空へ飛び去っていく。



そんなハリーシアを何発かの弾丸が掠めた。





「待ちやがれ化け物が!!」




タカオミが追おうとしたその時、その行く手をサクヤが妨いだ。




「アリス、ハリーシアを追って」


「は?お前はどうすんだよ」


「私はここでタカオミを止める」





サクヤが戦闘モードに入る。




なんで味方の俺達が戦わなきゃならないんだ。


そう思っても、今はどうしようもない。





「……今夜の飯は牛肉のカルパッチョだからな」





少し表情が綻んだサクヤを横目で見ながら、俺はその場を後にした。







**********






「なんの真似だサクヤ」



タカオミが一度銃を下げる。


できることなら私と戦いたくないのだろう。




「ハリーシアを殺しても、『あの人』は戻らない。戦力ダウンは避けたい」


「その言葉アリスにも言ってやるべきだな。戻るとか戻らねえとか関係ねーんだよ。憎悪が渦巻く限り復讐は終わらねえ」



タカオミはその目を今度はヴィオラに向けた。




「ヴィオラ、てめえは下がってろ。これはお前が入る隙はない。ご主人様の生命維持に全力を注げ」




ヴィオラは反論したそうに口を開いていたが、やがて口を閉じ、



「サクヤを殺したら貴方を殺します」




そう言って消えた。



私はタカオミに向き直った。




「どうして今なの?復讐ならいつでもできたし、これからもできる。『命に代えてもアリスを守る』んでしょ?」



しかしタカオミは下げた銃を再び構え、セーフティーを外した。




「そこを退け」


「退かない」





私は血櫻を取り出した。






やる前から判ってはいたが、この戦闘かなり私に分が悪い。



タカオミの属性は『無』。どこにも属していない。だからどこにでも属せる。


『全属性』と言った方が解りやすい。



つまり、属性が大きく影響し合う異能者同士の戦闘では、この上なく大きなハンデだ。




しかもタカオミは無類のガンマニア。彼の拘束具の収納庫は世界中からかき集められた銃でガンミュージアムと化している。


だからタカオミは“本来の武器”を殆ど使わない。


『アレ』は危険だ。発動される前に決着をつける。




タカオミのバレルが私を、私の切っ先がタカオミを狙う。








次の瞬間、私達は同時に詰め寄り、互いの急所を捉えていた。



閃光が走る。




爆風に吹き飛ばされながら距離を取る。


地面に足がつくと同時に弾幕から銃声が響いた。



弾の気配を察知し、血櫻で斬りきざむ。




その時だった。斬った弾の中に爆弾が入っていることに気づいたのは。



無数の爆発音が轟く。




大規模な爆発だったが、私は無傷だ。瞬間移動していたからだ。


タカオミの背後に。




大天使の(アルカンジェルス)聖火(フレア)!」




血櫻から大天使のような形の爆炎が出現し、タカオミを襲う。


しかし爆炎はタカオミに到達する前に音を立てて消えていった。



タカオミがいた場所に水の壁が見えた時、




「フリントロック」




声は私の背後から聞こえた。



銃声と火花が散る。




「……っ!!」




右腕に痛みが走った。


白い戦闘服が、右腕だけ紅く染まってゆく。



なるべく右手を使わないように爆風を斬ると、小型ドローンに乗ったタカオミがこちらを見下ろしていた。





「これ以上お前を傷つけたくない。そこを退け」


「退かない。ハリーシアは今アリスが追ってる」


「それで戦闘になったらアリスは死ぬ。『アレ』でハリーシアを仕留める」


「なぜ戦闘になると言い切れるの」


「あいつのはねを見ただろう。あいつは今魔族の本能を抑えられていない。あれは人間の皮を被った化け物だ」


「それが北極星ポラリス最高司令官の言葉なの」





それを聞くとタカオミはハッと笑って、自嘲を浮かべて言った。





「今の俺は北極星ポラリス最高司令官のタカオミじゃない。ただの『ロキ』だ」





そしてタカオミはトリガーを引いた。



優しい兄は、どこにも居なかった。






**********








『サクヤが危険です……!きっと殺しはしないでしょうが、生かすつもりも無いと思います!』




ヴィオラは泣きそうな声で通信していた。




俺とヴァレンは今ハリーシアを追っている。



靴裏から水を噴射して走ると言う、なんか地味な方法で。





「あいつら義兄妹だろ?なんで戦ってんだよ……!」





そう、今は味方同士で戦っている状況じゃない。


それは俺にも解るし、解らないタカオミでもない筈だ。





『そいつは、俺の恩人……自らの親代わりでもあった人を殺したんだ!!』





タカオミのあの言葉は真実なのだろうか。



もしそうなら、タカオミにとってハリーシアは復讐相手。


俺で言うサクヤのような存在。



でもなんで今じゃなきゃダメなんだ。捕まえて情報を吐かせてからでいいだろ。






「ハリーシアが止まった!」





ヴァレンの言葉で足が止まる。



上空を見上げると、本当にハリーシアが建物の上で止まっていた。


その建物の屋上に俺達も瞬間移動する。






ハリーシアの息は荒かった。


20キロくらい走った人みたいだ。



今なら捕縛できるか?だが俺ひとりじゃ確実にこいつには勝てない。戦闘になってはいけない。



戦闘にならずに、どうやって動きを止める……?






「…………違う」





それがハリーシアの声だと気づくのに時間がかかったのは言うまでも無い。



なぜなら、いつもの口角が上がった喋りと180度逆の、今にも人ひとり殺しそうな声だったからだ。





「……違う。ちがう。チガウ。違う。あたしが、あの人を殺すはずない。……でもやっぱりあたしが殺した。だって、覚えている」





俺にはハリーシアの姿がブレて見えた。


まるで二人いるかのように。



それが不気味で、怖くて、本能が警鐘を鳴らすレベルで逃げ出したいのに、躰は一ミリたりとも動かない。





「あの時の血の味を……!」




やがてハリーシアがゆっくりとこちらを向き、ブレて歪んだ顔で笑いながら言った。















「逃げて」









その瞬間、何かが割れたような音が耳をすり抜け、その数秒後酷いノイズとなって押し寄せた。




不協和音が揺れて、頭が痛くなる。



それが止まった時の開放感に嫌な予感を感じながら、俺は閉じた目を開ける。








俺の前に居たハリーシアは、さっきとは打って変わっていた。




まず、服が変わっている。さっきの魔法使いのような外套はどこへ行ったのか、ワンピースのようなネグリジェになっている。髪もサイドポニーじゃなく下ろしていて、初めて会った時のような容姿だ。


そして耳あたりから天使の輪のような、なんか形容しがたいモノが飛び出ている。立派な鹿の角みたいな。


瞳は昼間の猫の開ききった瞳孔になっていて、足は裸足で、ハリーシアの足と接している地面だけ、コンクリートなのに花や草が踊り咲いている。



装いは可憐な妖精かも知れないが、こいつはそんな生易しいモノじゃない。


赤と黒に変色した翅と、ハリーシアのとても正気には見えない邪悪な表情がそれを物語っていた。



そしてこれが最大の特徴かもしれない、体のところどころから覗く水色の宝石のようなもの。


ハリーシアの体の内側から出ているのか、張り付いているのかは判らないが、とにかく体の至る所にある。



恐らくあれが『結晶化』だ。





……俺は、こいつと戦闘になったら勝てない。




いや、そもそも戦いになるのか?


きっと一瞬で即死する。



奪う者(ローバー)との戦いで一度見たきりだが、こいつは攻撃力も、防御力も、手札の数も他の異能者とは桁違いだった。



今更恐怖が湧いてくる。





「……主人、こいつはさっきまで少しの理性があった。姿と言動を隠せるくらいには。でも今は姿も変わって、本能を抑えられていない。勝算は、限りなくゼロに近い」





ヴァレンの演算を疑うわけでは無いが、そこはもう少しオブラートな勝算を聞きたかった。




「主人は全部攻撃に回って。防御は全部僕がやる!」




そう言ってヴァレンは構えの姿勢をとった。


俺もコールブランドを取り出す。



やっぱり戦うしかないのか……!





そしてその瞬間、俺は背後に恐怖を感じた。


同時刻、バチィッ!!と、火花と閃光の嵐が散った。



いつの間にか背後に回っていたハリーシアの攻撃を、ヴァレンがすんででシールドを張ったのだ。



先手を取られたことを歯痒く感じながら、俺は剣を据えた。




水聖すいせい!!」




シールドが解けるのと同時に、攻撃を放つ。






が、生命力がいつまでたっても発動しない。





おかしい、そう混乱しているうちにハリーシアが手を挙げた。



刹那、目にも留まらぬ速さでどこからか現れた無数の針が雨のように押し寄せた。



大多数はヴァレンが防いだが、フィールド内に入り込んだいくつかを俺がコールブランドで打ち落す。


が、打ち落とされた針は地面に突き刺さると、形を変えて俺の方に突っ込んできた。




咄嗟に瞬間移動して間合いを取る。




「どういう事だヴァレン、なんで俺の技が出ないんだ……!?」




俺はどれだけそれで頭がいっぱいだったのか、気づいたらそう言っていた。




「……解らない。ただこの空間はハリーシアのマナが散漫している。マナを充満させることによって、攻撃を対消滅させている可能性は高い」


「んなのアリなのかよ……」




そんなのただのチートじゃないか。




「生命力がだめなら、物理で行くしかないか?」


「それこそだめだよ。魔族はもともと物理と心理を調節するモノたち。物理を捻じ曲げて攻撃出来なくすることができる、それが魔法」



「これ積んだな」





喋りが終わるのと同時にハリーシアの方向から無数の蝶が飛んできた。


思わず見惚れそうになるほど美しいが、その蝶が触れた植物はみるみる枯れていく。







「……主人、」



「ああ。逃げよう!」






逃げるが勝ち、俺とヴァレンは脱兎のごとく駆け出した。





「ハリーシアの『逃げて』って、こういう意味だったんだな」


「ちょっと違う気がするけど。それより今は瞬間移動することに集中して!」







俺達は走った。全力で。



タカオミとサクヤの近くには瞬間移動できないし、折角つきとめたハリーシアの居場所から何もせず撤退するわけにもいかない。


だが瞬間移動というのは危険な機能でもあるため、公務員ないし軍人、民間人でも緊急事態にしか使用が許されない。



しかも1日の使用制限まであるのだ。


こんな風に惜しみなく使っていたら、使用上限に達した瞬間に死ぬ。





どうする。


どうすればいい?







俺は賭けた。この技に。


走りながらコールブランドを後ろ向きに持ち替え、思いっきり叫ぶ。





湯水のごとく(ネロ)!!!」






技は発動しない。


これもだめか……。




命運と使用制限が尽きようとしたその時。









俺の背後、どこからともなく大津波が押し寄せ、俺とヴァレンと蝶をみるみる呑み込んでいく。





……成功、した。






湯水のごとく(ネロ)は、ただ津波を起こす技ではない。



俺がこの水の中で息ができるのは、普通の水の何十倍もマナが含まれているからだ。


マナはすべての源。酸素はもちろん魔力さえもマナから派生したようなものなのだ。


だからこの技ならハリーシアに抗える。




しかもこの水は俺同然。俺はこの水中でも地上と同じように動けるし、火属性以外の技なら出せる。





俺は水中でハリーシアにコールブランドを向けた。







「そっちじゃなくて、こっちな」




突如、声と共に激痛と恐怖が首筋を襲った。




「ああああああッ!?」




右肩を恐る恐る見ると、大きな牙を突き立てたハリーシアがそこにいた。


俺を喰って喜んでいる目をしている。





ーーお前は本当に魔族なのか。




「あ……ぐっ……ぁああっ……!」




手で押さえても血が止めどなく溢れ、水が赤く濁り、自分の肉の感触が嫌に頭に残る。




「主人!!」




ヴァレンの声が聞こえると、痛みと圧迫感が少し消えた。



ヴァレンがハリーシアを引き剥がした事を理解したのはもう一度ヴァレンの声が聞こえてからだった。



「セントオールバンズ!」



聞き慣れた回復陣だ。



痛みがどんどん引いていき、血もいつの間にか止まっている。





「主人、大丈夫?」


「ありがとう、お前のおかげでな。……それよりハリーシアは?」





地面に、いや水中に浮いたハリーシアは、俺から剥ぎ取った肉を呑み込んで、赤く濁った水を美味しそうに飲んでいる。




吸血鬼、人食い人種、そんな単語が俺の頭の辞書から出てきてハリーシアと結びつく。




「……美味しいなあ、人間の血、人間の肉。やっぱりアダムの魂は原初に近い。もっと食べたら、死んじゃうかな?」




ぺろりと舌を出して、ハリーシアはこの上なく笑顔だ。





今までの胡散臭い笑顔と違う。



異常な笑顔だけど、心から笑っている。作り笑いをやめた顔。これがハリーシアの本心だ。





「お腹が空いた。お腹が空いた。食べないと死んじゃうよね」




彼女はそう言って、目を瞑り十字を切る。


そして最後に両手を合わせ、



「アーメン」





そう唱え、殺気に満ちた金色の瞳をこちらに向け、爪と牙をより鋭く剥いた。




「喰わせろ人間。その血肉と魂、骨すら残らないように切り裂いて啜って飲み干して、あたしの一部にしてやるからさぁ!!」








**********







カシャン、と音を立てて血櫻が地面を転がった。


同時に私の体も力が入らなくなり、膝から落ちる。




『サクヤッ……!』




ヴィオラがその容量全てを使って私の生命維持に努めているが、それでもマナ切れを起こすくらいにマナを吸い取られている。



これが、タカオミの相手のマナを吸収して己のものにする技、『レイジングジャッジ』。





「そろそろ諦めろサクヤ。お前が一度でも俺に勝てた事があったか」




タカオミが片方赤目でこちらを見ている。




「諦めない。タカオミがハリーシアを殺すのを諦めるまで私は退かない」


「お前俺が諦めても攻撃するだろ」




話している間にもどんどん体力が奪われていくのが分かる。きっとそれが狙い。




「……私、識っている。その銃麻酔でしょ。貴方は私を殺せない」


「黙れ。もう喋るな」



そう言ってタカオミはセーフティを外した。









「…………解ったよ。『おにいちゃん』」






銃声が鳴り響いた。







**********








「『おにいちゃん』」






その言葉が、俺ーーロキ・タカオミ・アルテア・メテオライトの何かを弄ったのは言うまでもない。




俺はずっと前にも、そう呼ばれた事がある。


サクヤじゃない誰か。名前もないあいつ。



記憶がフラッシュバックする。




これは誰かの忘れ物、どこかに記された埃まみれの物語。










今から十一年も前だったか。



人類の活動範囲が地上を離れても、地上を捨てることのできなかった者は少数いた。



そんな者達は地上を管理する名目、『メテオライト』の称号を与えられ政府から黙認されていた。



とはいえ政府の支配下では決してない。働かなければ食べ物も水も届かないし、学校も病院もあるはずが無い。人の居なくなった世界とは、とても生きるのが難しかった。


だから働かなくても食べ物がある、生きていれば生きる為のものを無条件で用意される楽園に人間は依存した。



逆に地上の人間が地獄のどん底に落とされたことも知らずに。






「おにいちゃん、寒い」



ふと誰かに着古したボロの端っこを掴まれた。



黒髪に黒目の俺の血の繋がった妹だ。名前はない。つけてもらえなかった。


俺が母親から唯一貰えた名前も、こいつは無い。




「……今日は冷える。もう寝ろ」


「うん。おにいちゃん、一緒に寝よう」




妹は俺によく似ていた。


顔立ちもだが、着ているものも、殴られた傷も、火傷も切り傷も作り慣れない笑顔も、全部。



父親は知らない。母親は俺と同じ。


ショートボブで、猫のようなつり目がよく似合っている。






するとその時、玄関のドアが開く音がした。



ドタバタと大きな音を立てて、ガチャーンッ!!と何かの割れる音がして、この部屋のドアを乱暴に開ける。




この時の母親の顔は……どんなのだったろう。思い出せない。





「…………メテオライト……日本人にメテオライトは与えられない……いつもね、いつもそう…………日本人が戦争を始めなければ、って……」




母親はいつもそう言っていた。


そしてそれは暴行の前触れでもあった。




「ねぇ、あんたらに解る?メテオライト無しでこの地上を生きるのがどんなに辛いか……解らないでしょ、だってまだ私が居ないと生きられない、」




母親の右手が上がった。


今日も寝られないな。そう思ったのを覚えている。





「糞餓鬼だものね」














「おにいちゃん、私たちにメテオライトの称号があったら、あの人はご飯くれたのかな」




部屋の端っこで痛みに耐えていると、同じように傷が増えた妹が俺にすり寄ってきた。




「……さあな。意味ねえよそんなこと考えても」


「そうだね。おにいちゃん、生きのころうね」





俺は後悔している。



今まで殴られるだけで反撃しなかったことを。


痛いのも辛いのもどうでもいいと思ってしまったことを。



妹にとってはどうでもいいことではなかったし、妹は俺の為に生きるのを諦めなかったのに。






母親はその日妹を殺した。


俺が少し目を離した隙に、その銃声は響いた。


軍人からくすねたファイブセブンで、妹を撃ち殺していた。



痛みで馬鹿になった身体を引きずって部屋に入ると、人形のように動かない妹と、鮮血の血溜まりと、血塗れの母親。





「あぁ、あんたも……殺してあげる、大丈夫。……使った事なんて無いけど、何発か撃ち込めば絶対死ぬから……そしたらまた会える。あっちで会えるよ、だから…………一緒に死のう?」





向けられた銃口、歪んだ笑顔、光の無い眼。




今思うと俺はその時、初めて自分の意思を持ったのだろう。だから俺はーーーーファイブセブンを奪って母親を殺せたのだ。



相手のマナを奪い自分のものにする生命力を使って。




あまりよく覚えていないが、転がった二つの死体が似た顔をしていたのは頭に鮮明に残っている。




そのまま俺は逃げた。誰かに殺して欲しかったけれど、地上に人間は殆どいないので、空中楽園都市に行った。母親の身分証明パスが役に立った。



しかしろくに食べ物も水も与えられていない子供の体は貧弱で、少し経たないうちに動かなくなった。



こういう死に方も悪くはないな、そう思った時。








『ーー能力検出、異能者発見。属性該当なし。よって北極星ポラリスは新たな属性“無”を作成します』




突然機械的な口調が聞こえ、身体に残った力で顔を上げる。






女が立っていた。亜麻色のポニーテールに白衣、手には懐中時計、もう片手にはトランクを携えている。


女は鋭い八重歯をきらりと光らせ、口の端を吊り上げると、




「君、このまま死ぬ?それとも罪を犯して生き延びる?」







……この女は何を言ってるんだ。


俺は死ぬ為にここに来た。生き延びる選択肢はない。



そっとファイブセブンを取ろうとすると、




「おっと、懐のモノを出してもらおうか」



強引にファイブセブンを盗られた。



「ファイブセブンかあ、いい趣味してるね。でもあたしはやっぱりガバメントだなぁー」



そのままくるくると回して白衣の懐に仕舞う。




「さて、君親はいるかい?居ないなら都合いいんだけど」




殺したから居ない。


首を縦に振る。




「おおそうか。じゃあ生きたいと思うかい?」




思わない。


首を横に振る。




「そうか。じゃああたしが君に『生きる理由』をあげよう」




女はそう言うと、問答無用にトランクから一つの注射器を取り出した。




「これはオーディン液って言うんだけど、極度の栄養失調、飢餓状態を一時的に回復させて動けるようにするんだ。これを使うかは君次第だけど」



どうする?とでも言いたいような目でこっち見てくる。





この女、人の話を聞いていないのか?



俺は疲れたんだ。邪魔しないでほしい。


もう死んで楽になりたいんだ。





「……生を死に変えるのは容易い。が、死を生に変えるのは不可能だ。死は必然だが、生は必然じゃない。必然に抗えなかった者にとって、『偶然の生』を自ら捨てるなど、侮辱に値する」





その瞬間、俺の頭を妹の顔が駆け抜けていった。


あいつはもう帰ってこない。






『おにいちゃん、生きのころうね』





あいつの言葉の本当の意味は。


もし、あいつがこれを望んでいたのなら。


俺に生きて欲しかったのなら。



俺はあいつに軽蔑される。







「……生きる、意味はもう無い。もし、あいつより守る価値のない意味なら、てめえをぶっ殺す」






女は満足そうににっこり笑って、胸に手を当てた。






「あたしはハリーシア。よろしくね」










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