エピソード25 紅茶と珈琲とココアと復讐
メンテナンス室から勝手に抜け出したことはどうにか許してもらい、俺は正式に北極星に復帰した。
ライラック准将やスコーピオ中将は喜んで俺を出迎えてくれた。
将校の中には、一度精神崩壊した奴が戻ってくるとは思ってもいなかった人達もいたようで、スコーピオ中将達はその顔を見て笑いを堪えるのに必死だったという。
「僕たちはあなたが戻ってくると信じていました。どうかこれからも無事に生きていてください」
ライラック准将にそう言われた時はちょっと泣きそうになった。
さて、戻ってきてすぐさま俺とサクヤと将軍の『特別部隊(仮)』はハリーシアの師匠、モルガナイトを訪ねることになったのだが……。
ー空中楽園都市郊外ー
完全管理された空中楽園都市の中にも、完全封鎖、放棄された地区がぽつぽつある。
ここもそのひとつなのだが、まあ、何というか。
いかにもと言った感じの森が果てることなく続いている。
魔女が棲んでいてもおかしくない。とにかく、不気味だ。
サクヤは道無き道をずかずか進んでいき、やがて少し開けたところに出た。
かなり古そうな中世ヨーロッパの邸が、不気味さを増幅させて建っていた。デジャブを感じる。
サクヤがドアをノックするが、当然のごとく返事はない。
やがて将軍は我慢できなくなったのか、
「サクヤ、どけ」
そう言ってドアを蹴破った。
「失礼するぞ、モルガナ!」
そのまま中に入って行く。
「えぇ〜〜……。知り合いの家でもそんな事しないぞ……」
俺は半分呆れて中に入る。
本は一冊も落ちていない。誰も居なくなって数十年経ったかのように荒れ果てているだけだ。
将軍は玄関を通り過ぎ、廊下を突っ切り、階段を上がる。
「モルガナ!居ないのか!」
再びドアを蹴破って、将軍が邸の一室に入る。
そして流れ込んでくる、血の匂い。
うわっ。
そっち系かよ。
「なんじゃあ、無礼じゃのう」
その時、部屋の奥から女の声が聞こえた。
誰かがマントを羽織って立っている。
あれ?この声って……?
その人物が振り返った。
え
なん で……?
サクヤがその人物に話しかける。
「モルガナ、久しぶり」
「久しぶりじゃのう、イヴの仔」
その人物は俺に視線を移し、そして俺と同じように固まった。
茶色い跳ねた髪。
金色の瞳。
顔立ちから髪質まで、俺と足して割ったかのような容姿。
この人は……。
「……姉、貴」
この人は、俺の姉、速水 亜輝那だ。
そんな筈がない。
あの日、姉貴は死んだ。
サクヤが俺の世界を壊して、異能者以外の生命体は無空間に消えていった。
あの日俺以外の異能者は発見されなかったと聞いている。
ーーでも。
遺伝子と因果律で決まる異能者の能力。
異能者の血縁に近しい人も、何かしらの異能力を持っていることが多い。
授業でそう習った。
何らかの形で姉貴が生き残って居た可能性もある。
でも、そんな……。
「ア…………ルトス?」
姉貴は目を丸くし、そしてとびきりの笑顔になり、
「アルトス!!戻ってきてくれたのか!!」
そう言いながら俺に抱きついた。
「うわっ!?」
アルトス?誰のことだ?
姉貴なのに姉貴では考えられない行動に困惑する。
と、急に胸が楽になった。
サクヤが姉貴を引き離してくれたのだ。
「モルガナ、この人は別世界から来た人。名前はアリスで、アルトスじゃない」
「じゃが、儂のことを姉貴と呼んだぞ。のう、アルトス?」
そう言って俺を見上げてくる。
……人違い、だよな。
この人の大切な人の名前は『アルトス』で、俺の名前は『アリス』。
俺の姉貴の名前は『アテナ』で、この人の名前は『モルガナ』。
お互い違う人で同じ人を見ているだけだ。
それに俺の姉貴はこんなババァ喋りじゃない。
解っていたけど。
「すみません、俺の姉貴が貴方にすごく似ていたので、つい。人違いです」
「…………そうじゃったか。すまんのう、儂も昔亡くした弟がお主によく似ていてな。確かに、アルトスと比べて少し若いわ」
モルガナは名残惜しそうに俺から手を離して、フードを脱いだ。
「失礼したの。儂はモルガナイト。大魔法使い〜とかなんとか呼ばれているが、ただの人間と妖精の二成じゃ。よろしくな」
ふたなり。つまり、人間であり妖精でもある、ということか。
「俺はアリス・メルクーア・ハヤミ。一応破壊の救世主です。よろしく」
「うむ、よろしくな、アルトス!」
……俺もこの人のことを姉貴と呼んだ方がいいだろうか?
「話はついたようだな。モルガナ、解ってると思うが俺たちは虚像の再会をさせるためにここに来たんじゃないぞ」
「解っておるわい。儂の馬鹿弟子が何かしたのだろう?」
「そうだ。実は……」
「まあ待て。魔女は立話は好かんでな」
モルガナがそう言うと、彼女の足下が輝き出した。
魔法陣が床に彫ってあったのか、そう気づく頃にはテーブルと椅子が人数分出て来て、テーブルの上にはアフタヌーンティーが用意されていた。
「さあ、聞かせておくれ。物語の続きを」
「ふむふむ、それで儂を訪ねて来たのだな」
「ああ。だからハリーシアを探している」
モルガナは話を聞き終えると、美味しそうに紅茶をひと口飲んだ。
「……無くなりもせず、冷めもせぬ。まこと、魔法は美しいのう」
そう言いながらティーカップを置く。
「じゃが、美しい花には棘がある。魔法使いはその力が頂点に達した時、内側からその棘に貫かれる。魔法に魅入られた者の末路なんてそんなものよ。それを越えることができれば、強力な力が手に入る。あやつは、苦しんでる自分の姿を主らに見せたくないのだろう。今ごろ別世界を転々と行き来してるんじゃないのかの?」
将軍がモルガナを睨みつける。
「あいつには拘束具が着いている。別世界に行っても拘束具は反応するはずだ。なのにあいつは反応がここ最近途絶えている」
「今のあやつには、拘束具なぞ容易く解除できるわい。パラレルワールドを転々としているとなら儂にもあやつの居場所は判らん。それに……」
俺は背中に寒気を感じた。
モルガナの黄金の瞳が、見るもの全てに恐怖を与えていたからだ。
「あやつを散々化け物扱いしといて今頃必要だなんて、虫の良すぎる話ではないか」
……化け物扱い?
「あいつが化け物な事は取り替えようのない事実だろ」
将軍も負けじとモルガナを睨み返す。
「そうだな。かくいう儂もそのひとり。永遠に取り残された宇宙の塵。ああ、それは主らも一緒か」
彼女はそう言いながら立ち上がり、書棚から古びた本を一冊取り出した。
分厚いその本をぱらぱら捲り、やがて真ん中あたりの頁で止まりテーブルの上に置いた。
創造神のようなモノと、天使と悪魔が描かれている。
「主らも識っての通り、あやつは500の親を持つ魔族のクローンじゃ。魔法使いや魔術師、エルフにドワーフ、妖精に天使、堕天使、智天使、悪魔、はたまた神まで。魔族を排除しようとした政府の政策に怒ったモノは集い、己の遺伝子を使って生物兵器を創った。しかし戦争は魔族側の敗北に終わった。イヴの仔、お主のせいじゃな」
モルガナはそう言ってサクヤを見る。
「……あれは魔族の苦手な炎を私が操れたから。私の属性が他のものだったら、結果は変わっていた筈」
「そうかも知れんが、そうじゃないかも知れん。そして既に世界は収束された後じゃ。誰がもしもの顛末を観ることができようか?」
そう諭したモルガナはサクヤから目を逸らし、俺を見た。
「あれは人間になりたいと願っている。物凄く強い想いじゃ。同時に人間である者に憧れと嫉妬、憎しみも抱いておる。……特にアルトス、気をつけ。永遠の人間を約束されたアダムの魂を持つのだから」
「識っているんですね、その事」
「魔女は何でもお見通しじゃ」
そこでサクヤが聞き辛そうにモルガナを見る。
「……モルガナ、『魔法使いはその力が頂点に達した時、内側からその棘に貫かれる』って、どう言う事」
「おおそうじゃ、それを言い忘れておった。簡単に言うと、『成長』じゃよ」
「「成長?」」
俺とサクヤがハモる。
「魔理に属するモノは皆『結晶化』というものを経験する。蛹から蝶になるのじゃ。しかし衝動や本能が抑えづらくなり、力の無いモノは失敗して死んだり、永遠に目覚めなかったり。成功すればより魔法の高みに到達できる。弱いモノを篩いにかける選別のようなものじゃ」
紅茶に一口もつけていなかった将軍は喉の渇きが耐えきれなくなったのか、ついに一口紅茶を含んだ。
そして顔をしかめて少し乱暴にカップを置く。
「ごほん、つまり今のあいつはその結晶化ってのが来てんのか」
「そうじゃ。だから言ったじゃろう、『苦しんでる自分の姿を主らに見せたくない』、と。痛くて辛くて苦しいものじゃ、成長するということは」
モルガナの本が閉じられると同時に、静寂の合図となった。
そもそも俺達がハリーシアを探しているのは、行方不明の仲間の探索とあいつの識っているであろう『何か』を聞き出すためだ。
でもモルガナも、俺達の求めている『何か』を識っているんじゃないだろうか?
流されてしまったけど、モルガナはサクヤのことを最初から『イヴの仔』と呼んでいた。
でも俺のことはアダムじゃなくて、アルトス?
アルトスはアダムに何か関係があるのか?
もしモルガナからそれを聞きだせるのなら……。
『無駄だよ主人。そいつは『中立』。軍にも魔族にも属さない、でもどちらにも籍を置いている半端者。もともと軍人の話をこうして聞いてくれているのだって、随分珍しいことなんだ』
ヴァレンの声が頭に直接響いてきた。
じゃあやっぱりハリーシアを探し出して直接聞くしかない、か……。
「これは儂の想像なんじゃがな?」
モルガナのその声は、煩かった俺の脳内にこの空間が静寂であったことを思い出させた。
「あやつはこうなる事を判っていた筈じゃ。そして録音とやらを残し、主らは儂の元へやってきた。なら、あやつの居場所に通じる手がかりのようなものが、どこかに残っているのではないかの?」
「あいつの家とかですか?」
「家にあるとしても、『家にある』という事が判るものがあると思うがの。それは書き置きかも知れんし、口頭で伝えたものかも知れん。主ら、心当たりはないかの?」
その場の全員が目玉を斜め上に向けた。
書き置き…………口頭?
あいつに最後に会ったのっていつだっけ。
『困ったら本を探してね』
「……あ」
にやりとモルガナが笑う。
「アルトスは見つけたようじゃのう、あやつの残した欠けた頁を」
「本……あいつは最後に会ったとき、『本を探して』と言いました。それからあいつは姿を見せなくなって……」
「本か……となるとあやつの家じゃな。紙の本が残っているところなぞあそこか軍立図書館、そしてこの儂の家くらいじゃからの」
「でも本を見つけて、それだけで本当にハリーシアの居場所が判るの?」
サクヤが問う。もっともだ。
モルガナは閉じられた本の背表紙をなぞりながら呟くように言った。
「本は読んだ者を覚えているものじゃ。本は記録じゃ。書き手だけでなく読み手に寄り添うのもまた本の役割なんじゃよ」
なんか説明になっていないような……。
でもきっと本を探し出す事ができれば、ハリーシアに近づける。それだけは確かだ。
「つまり次の目的地はあいつのボロ屋敷か。行ったり来たりでたりーな」
そう言いながらタカオミは立ち上がった。
「今すぐここから出て行きたそうな顔じゃのう鷹の片割れの仔」
「1秒も長く居たくないからな」
タカオミはモルガナを睨み、今度は早く立ち上がれとばかりに俺を睨んだ。
仕方がないので席を立つ。
「アルトス」
モルガナが俺を呼び止めた。
振り返ると、モルガナは今までとは少し違う優しい微笑みを浮かべていた。
「……逢えて嬉しかった。またいつでも儂の所へ来ていいんだぞ」
それはきっと、俺を通して見ている誰かに向けられたものだと俺は察した。
「……ああ。喜んで」
俺もモルガナと同じように、ここには居ないあいつに向かって微笑んだ。
ハリーシアの屋敷には相変わらず侵入者避けの魔法がいくつも掛かっていたが、さすがに慣れたのかタカオミは短時間で避けるか解除して中に入っていった。
モルガナの廃墟のような家とは違い、こっちはゴシックのようなバロックのような美しいカントリーハウスで、大量の本と魔法具が無ければ住みたいレベルだ。
当然、ハリーシアは居なかった。タカオミやサクヤが隠し部屋を見つけては中に入っていったが、やはり居なかった。
「てゆうか、なんで『中立』の前ではフィリアスは実体化しちゃダメなんですかー?紅茶とパイ食べたかったですー」
本の山を登りながらヴィオラが言う。
「何故か僕たちを嫌っているよね、あの魔法使い」
ヴァレンがヴィオラの後に続く。
「ところでアリス、探さなければいけない本の特徴とかって聞いてる?」
サクヤが俺を覗き込むように聞く。
「えっ?あー……いや、『本を探して』としか……」
「ええ!?『本を探して』だけでこの大量の本の中から一冊を見つけるんですか!?無理ゲーもいいとこですよ!!」
ヴィオラは一体どこで無理ゲーという言葉を覚えたのだろう……。
いや、それよりもサクヤとヴィオラの言っていることは正しい。こんな本の墓場のようなところでたった一冊、特徴も名前も分からない本を探すなんて途方も無い作業だ。
思い出せ。ハリーシアは他に何て言っていた?ハリーシアは俺が知らない本を見つけられるとは思っていない筈だ。つまり、俺も知っている本。俺が見つけられる本。
『僕は、君に謝りたい』
その時、俺はコールブランドの声を聞いた気がした。
俺は自然と足が動いた。図書塔の方へ。
梯子を登り、家3階分くらいの所で俺はその本を見つけた。
前と場所は変わっていたが、確かにこの本だ。俺がハリーシアの家に来たとき、他の何を差し置いても手を伸ばした一冊。
アーサー王物語。
「それが、『困った時に探す本』ですか?」
ヴィオラが背後から覗いてくる。
「うーん、俺が分かる本はこれくらいしか無いからな。もし違ったら打つ手なしだ」
俺は本の頁を一枚捲った。
すると本を中心にブラックホールのような力で吸い込まれ、次の瞬間目の前にあったのは
ーー滅亡したスティーム00ハレルヤの空中楽園都市だった。
「今の光、別世界に移動する時に発するものと全く同じ光だったな」
いつの間にか隣にいたタカオミが頭を掻きながら言う。
「恐らく、アリスがあの本を開けたら……いや、『本の中を観測したら』、この世界へ来れるようになっていた、っていう事?」
右隣のサクヤがそう言いつつも、ヴィオラは首を横に振る。
「どちらかというと、『この世界を観測する為の条件を絞った』というのが正しいかと。『アリスがあの本を観測する』ことで初めて『ハリーシア以外の者も観測可能になる』んだと思います。だから軍もこの世界をどうやっても観測できなかったんですね」
なんか途中から何言ってんのか解るような解んないような感じだったので俺は完全スルーする。
にしても、この世界はどこか違和感がある。
感じるマナの流れが一人分だ。
しかも、よく知っている奴の。
「その通りだ、よく識っているね」
声は俺の背後からかかってきた。
久し振りの筈なのに、久し振りに聞く声にはどうも聞こえない。
俺達五人は同時に振り返った。
茶色のとんがり帽子に外套、亜麻色のサイドポニー、黄金の箒。
二つ名破壊神、ハリーシアはそこに居た。
「ボンジュール、ブリタニアの戦士達」
いつもと変わらないハリーシアだ。
相変わらず目つきは悪いし、顔に張り付いたにやけた口も一寸たりとも変わっていない。
背部に生えた翅を除いて。
そう、ハリーシアは翅が生えていた。
アゲハチョウの羽が白黒になったような、綺麗で巨大な翅だ。
心なしか、クマも増えたような気がする。
ハリーシアが人間ではないという事実が、今俺の目の前に突きつけられた。
パン!!
それは突然の出来事だった。
ハリーシアがバリアをしたこと、その音が銃声であること、そしてタカオミの目が皎く光っているのを俺は遅れ遅れ理解する。
「タ……タカオミ?」
ヴィオラがL85A3を構えたタカオミを、信じられないものを見るような目で見ている。
再びタカオミはトリガーに手をかけた。
俺はそれと同時にハリーシアの前に瞬間移動し、氷の壁を形成して弾丸を阻止する。
氷が弾け飛ぶ音が谺す。
「そこを退け」
タカオミの皎い眼は、これまでに見た事がないほど殺気立っていた。
少し気圧されそうになりながら、俺は声を振り絞った。
「なんでハリーシアを撃つんだよ!」
「そいつは化け物だ」
「ハリーシアを探そうって言ったのはタカオミじゃないか!!」
するとタカオミは鬼のような形相で吐き捨てた。
「ああ、探していたさ。復讐するためにな」
「え……?」
ズドン!!
銃声が響く。
思わず目を瞑り、恐る恐るハリーシアを見ると、彼女は右手で弾を止めていた。
チッとタカオミは舌打ちして、ランチャーを取り替える。
俺の隣に瞬間移動してきたサクヤが一歩前に出る。
「タカオミ、何で?ずっとハリーシアに復讐したかったなら、いくらでも時間あったでしょ?」
サクヤならタカオミを止められるかも、俺は一瞬そう思ったが、違った。タカオミの瞳は暗くて、自ら危険信号を発するようにこちらを向いていた。俺と同じ、憎悪と復讐を誓った目だった。
彼は再び銃口をこちらに向け、トリガーに指を置いた。そして喉を絞るように叫んだ。
「そいつは、俺の恩人……自らの親代わりでもあった人を殺したんだ!!」




