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蒼黒アリス  作者: 朱華 麒月&カロン
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エピソード24 花が咲いたら






気づくと、俺はメンテナンス室のベッドに居た。




外は夜のようで、窓の外には眩い満月が輝く。


そしてその月を遮るように、窓際にヴァレンが立っていた。




「おはよう主人」




いつも通りヴァレンは挨拶するが、どこか様子がおかしい。



いつまで経っても俺と目を合わせようとしないのだ。





「……ヴァレン?」





気になって上体を起こそうとすると、





「うぐぇっ!!?」




ベッドから出てきたアームやらワイヤーやらにみるみる手足が拘束された。




「……解除」



鶴の一声、ヴァレンがそう言うとそれらの拘束具はするすると外れていき、体が楽になる。



……てゆうか、




「なんで俺こんなベッドに居るんだ?」



「主人、精神崩壊して手がつけられなかったんだよ。覚えてないの?」




それを聞いて、俺は朧げながら思い出した。





そうだ。樹月が死んで、がむしゃらになってどうにか世界の守護者を倒した俺は、スティームに帰ってきて即メンテナンス室に突っ込まれた。



あまり詳しく思い出せないが、多分その時にはもう精神がおかしくなっていたのだろう。




「…………サクヤは?」





俺はふとさっきのことを思い出した。




自分の心の奥に閉じこもっていた俺を引っ張り戻したのは、サクヤの声だった。


つまりあいつはさっきまでここに居て、寝ている俺に怒鳴ったんだ。





もしもなんて考えるな。どんなに後悔しても、喪ったモノは戻らない。今できる最善の方法を死ぬ気で考えて選択しろ、と。




しかしヴァレンは黙ったままだ。さっきも感じた違和感がだんだん強くなっていく。




悪い予感がする。




「どうしたんだよヴァレン、何かあったのか?」





彼は答えない。





俺は痺れが切れた。





「ヴァレン!!」



「サクヤは!!」





怒鳴ったら怒鳴り返されて、俺は混乱した。ヴァレンの肩は子供のように細く震えていた。






「……サクヤは、お前が大事だったんだ。識っているでしょ、『あの実験』のこと。そのせいでサクヤ、友達が居なかった。保護した異能者達もすぐ死んだ。お前が初めての同世代の友達だったんだよ」




突然何を言い出したかと思えば、俺はぽかんと口を開けてヴァレンを見つめた。




「だから僕『たち』は、サクヤの命令を破るわけにはいかない。あいつを縛っているのは僕()()だってことも解ってる。僕の主人は君だから強制的に従える事もできるけど、僕は抵抗するよ」





……反抗期がきた子供のようだ。



心の中でそう言うとヴァレンに一層睨まれたので、俺の心がこいつに筒抜けなことを思い出した。






『お前が初めての同世代の友達だったんだよ』






ヴァレンのその言葉が反芻する。



あいつは俺のことをそんな風に思っていたのか。





………………。








「……ヴァレン、サクヤはどこだ?」


「……サクヤのアパート」


「じゃあ、命令だ」





俺は自分の着ている病人用の服を指差して、




「俺の学ラン出してくれ。あと、ここから出る方法はあるか?」
















夜中でも明るい太陽の街を、俺は全力で走った。




あいつらが何を隠しているかは識らないけど、俺は識らなければいけない。


その為に戻ってきたんだから。





ところがアパートに着いて建物中探しても、サクヤは何処にも居なかった。



移動してしまったんだろうか。



一体何処に。




そう思考を巡らせながらアパート中を走っていると、ある物が目に飛び込んで来て、反射的に足が止まった。






桜。巨大な枝垂れ桜が、季節外れなのに満開になっていたのだ。



根を張る地面はひとつの湖のように水が流れ、花筏になって水面を薄紅色に染めている。そしてガラスの橋がところどころ突出して、木の根元まで行けるようになっている。




中庭に桜があったのか。



と、一息つく暇もなく、もうひとつの事象が発生した。





サクヤが、桜の樹の麓に居る。




俺は息を切らしながら桜の樹に近づいていった。







見れば見るほど立派な桜だ。樹齢はゆうに千年を超えていそうで、桜吹雪が休むことなく舞い散ってゆく。俺も一応日本人だから、素直に美しいと思った。




サクヤはそんな花びらたちを紅い瞳に映していた。



声を掛けてはいけない気がしたが、そんな気はすぐに追い払って、





「何してんだよ、こんな所で」




サクヤは無表情のまま振り返った。




「目を覚ましたんだね」


「お陰さまで。もうアパートの消灯時間過ぎてるぞ。早く戻れ」


「うん……」





そう返事しつつも、サクヤは再び桜に目を移した。帰る気なんて毛頭無さそうだ。





「……この樹、なんて名前なんだろう……」


「え?」




サクヤはぼそっと呟いた。




「先の戦争で資料が失われて、この樹の名前を覚えて居る人はいない。でも、この樹の美しさはみんな覚えているから、一年中咲くように管理されている。みんな適当に名前をつけて呼んでるけど、私は本当の名前が知りたい」




サクヤの瞳は、以外に真剣だった。






「……桜、だ」


「サクラ?」




俺は教えてあげることにした。




「昔、サクヤヒメって言う美しい花の女神がいて、そこから取られた名前らしい。誰も覚えていないわけじゃない。お前の名前がこの木を覚えてる。桜は、お前の花だ」




いつか読んだ本にそんな事が書いてあったのを断片的に思い出して、俺は文章を紡いだ。


柄にもなくかっこつけた事を後悔しつつサクヤを見ると、サクヤは俺のことなんて微塵も気にせず舞う花びらを見つめ続けている。





「私の、花……」




数秒の沈黙。






「アリスの花はないの?」


「俺?」


「うん」


「さあな。誕生日花ならあるんだろうけど。俺の名付け親はもう居ないから聞けないな」




サクヤははっとして、顔を伏せてしまった。





「お前のせいじゃない。お前が世界を壊す前に俺の親は事故で死んでるんだ」


「……父親か母親がアリスに名前をつけたの?」


「母親だって聞いた。俺も姉貴も母親の記憶なんて殆どないから本当かどうかは判らないけど」





サクヤは少し考え込んで、やがて俺を見上げた。






「……アリスは青薔薇じゃないかな」


「青薔薇?ずいぶん派手だな」




俺は苦笑したが、サクヤは案外真面目そうで、




「青薔薇の花言葉は、『夢かなう』、『神の祝福』、『不可能を可能にする』、『奇跡』、『一目惚れ』」


「『神の祝福』は多分『神の呪い』だと思うけどな」


「でもアリスは『不可能を可能に』しようとしてる。それはきっと『奇跡』だよ」





不可能を可能にする……。



サクヤの口からそんな言葉が出るなんて思わなかった。





「にしてもよく識ってるな。桜の名前は知らないのに」


「第6フロアに咲いてるから。摘もうとしたらヴィオラに『“奇跡”を手折るんじゃありません!!』って怒られた」


「怒る場所そこか?」




サクヤはふふ、と笑って、




「あの子ああ見えて花が好きなんだよ」




そう言って口元を手で覆った。








「……何かあったのか?」




俺はさっきから気になっていて、そして今も思ったことを口にした。



サクヤは



「どういうこと?」



と目を丸くしている。




「いや、お前なんか変わったっていうか……俺が寝ている間、何かあったんだろ?」




そういうとサクヤは頭の上のヴァレン本体を見た後、哀しそうな眼になった。




「……識ってもいいの?」






識ってもいい、とはどういう事だろうか。



サクヤが俺に『何か』を話して、それで俺がそれを識ってしまって何が起こっても許してくれるのか、という意味だろうか。



もしそうなのなら、



「いいよ。俺が勝手に識るだけなんだから。お前を責める理由はどこにも無い」




サクヤはそれを聞くと、哀しさを殺すような微笑で




「…………そう」




とだけ言った。



風が花びらを舞い上がらせ、それに押されるように白い髪がたなびいていた。















「……なんだってこんな時間に押しかけるかねぇ、お前らは」





現在午前1時32分。




俺とサクヤは北極星ポラリス本部に来ていた。


最高司令官は本部の最上階に住んでいるからだ。




「でも、寝てはいなかったでしょ?」



サクヤが言うと、将軍は眠そうな目で何故か俺を睨み(この眼はいつもより怖くなかった)、ドアを全開にする。入れということだ。



促された通り中に入り、居間に通される。



必要最低限の家具しかないモダンで殺風景な部屋だ。

銃の手入れをしている真っ最中だったようで、テーブルの上には手入れ道具と愛銃のL85A3が乗っていた。




「俺はコーヒー派だからコーヒーしか無えが、文句言うなよ」




その声が聞こえると、テーブルからコップとコップに入ったコーヒーがにょきっと出てきた。




正直文句を言ってやりたい。俺は大の紅茶派だ。そんな泥水飲めるか。


というのは腹の底にしまって、椅子に腰掛けコーヒーを飲む将軍の目を見つめた。




「将軍て本当に二十三歳なんですか?」




ブーっと将軍がコーヒーを吹き出す。




「げっほうえっ……はぁ!?なんなんだよ急に沸いてんのか?!?」


「気になったから聞いただけですけど」


「いや今聞く必要ないだろ!てゆーかちょっと傷ついたよ俺そんな老けてる!?」


「少なくとも二十三歳には見えないです」




将軍の口からコーヒーが溢れる。


サクヤにヴァレン、ヴィオラは必死に笑いを堪えていた。




「いやちょっと待て、お前そんなことを聞くためにここに来たんじゃないだろうな?」


「早く答えてください」


「なんでお前が逆ギレしてんだよ」



「…………俺は、識りたいんです」


「は?」




俺は目の前にあるL85A3のバレルを見つめた。




「俺は、識らない事が多すぎる。無知は罪だ。もうこれ以上俺を失くすわけにはいかないんだ。だから識らなくちゃいけない。なので将軍、本当の歳を教えてください」


「おい文脈おかしいだろ途中まで通常路線だったのになんでだよ」


「気になったからその場で確かめておきたいんです!」


「23だわ殴るぞてめー!!」





と、ここでついにヴィオラが耐えきれなくなり、あはははははっと腹を抱えて笑い出した。










「……つまりハリーシアについて判っていることを全部吐けということか?最初からそう言えよ」




将軍は頭を掻きながらため息をつく。




「情報共有は悪いことじゃないしな。じゃあまず一つ目。あいつの家に行ったら、録音が残されていた。自分の師匠に会いに行け、クリスマスに行けば多分居るから、と、だいたいこんな感じの」




サクヤが身を乗り出す。



「師匠って、あの中立の魔法使い?」


「そう、第一次も第二次も、魔導大戦に参加しなかった中立の魔法使い(ニュートラルメイジ)、モルガナイト。何千年も前から生きている本物だ」




ハリーシア以外にも魔法使いは存在したのか。



「そのモルガナイトなら、ハリーシアの行き先について知っているんですか?」


「判らんが、行ってみる価値はあるだろ。そして二つ目。ハリーシアの拘束具の反応が消えた。自分で解除したか、第三者の存在か。まあこれは今はどうにもならないな」



「将軍が識っているのはそれだけですか?」




するとタカオミはサクヤに目線を送る。サクヤは首を横に振った。




「……三つ目。これは軍属なら全員知っていることだが…………あいつは人間じゃない。魔導大戦のために創られた魔族のクローンだ」



「魔族の、クローン……?」




ハリーシアが人間ではないことは何となく判っていた。将軍はたまにあいつのことを『魔族』と呼んでいたし、ハリーシアは耳尖っているし、たまに牙も見えたし。


だけど、クローン?




「あいつの親は二人じゃない。魔族側の力を持ったモノ達の遺伝子を全て持っているんだ。その数500人。あいつの戦闘力がずば抜けて高いのは、優れた遺伝子を通常の人間の倍持ち合わせているからだ」



サクヤがその後を継ぐ。



「そしてその分魔族としての本能も強い。……『人間を喰らう』という本能が」




人を、喰らう。



クローンというのにも驚きだったが、話を聞けば聞くほど、俺の中の魔法使い(ハリーシア)が遠ざかっていく。



いや、もしかして俺の識るハリーシアはハリーシアではないのかも知れない。前からあいつはどこか自分の意思が欠けていたような気がする。




「軍が躾けて犬になったはいいが、いつ理性のリミッターが外れて狼に還るか判らん危険生物、それがハリーシア・カタストロフ・テイラーピールだ。間違ってもあいつに感情を抱くな」



タカオミは実弾の入っていないL85A3のトリガーを引く仕草をした。




「ところでお前、識らなくちゃいけない、とか言ってたな。識るってのはどこからどこまでだ?明日の晩飯を識りたいのか、宇宙の果てまでを識りたいのか。お前は識った上で何をしたい?」


「……何が言いたいんですか」


「識らなくてもいい真実もある」





このとき俺は、タカオミが何かを識っているのが判った。あえて俺に言ってない、いや、『言わないでおいてある』何か。





「……在り来たりな言葉ですね」


「おめーみたいな馬鹿が多いからそれを諭す奴らの言葉も多くなるんだろうが」




俺はタカオミを睨んでみたが、すぐに睨み返されて威圧に負けた。




「識りたいのは、俺が識りたいと思ったこと全てです。全てを識った上で俺はどうするのかを決める。サクヤに復讐するかも、リリスをどうするかも全部識ってからです」


「時間は待ってはくれない。時間をかけすぎるとあっという間に三年経つぞ」


「将軍、その事ご存知だったんですね」


「それは俺の台詞だ。サクヤは言わないと思っていたが」




将軍がサクヤを見やるのでつられて見ると、サクヤは少しばつが悪そうに顔を背けた。



将軍はコーヒーを一気飲みしてコップをテーブルに叩きつけ、




「自分に時間が限られていると識ってなお、お前は識りたいと思ったこと全てに時間を割けるのか」



漆黒の瞳で俺の目を覗くように見つめてきた。




「……識ろうとすることをやめると、俺はどちらにしろ前に進めませんから」





数秒間沈黙が続いたが、やがて将軍の長い溜息がそれを破った。



「……そこまで言うなら、好きにしろ。俺はどうなっても知ったこっちゃないが、一応お前の上司だ。棺桶に花は手向けてやる」




ということはつまり、協力してくれるということか。




「ありがとうございます、将軍」



将軍は不機嫌そうに鼻を鳴らし、



「明日からビシバシ働いてもらうからな。覚悟しとけ」






俺に出されたコーヒーは、とっくの昔に冷めきっていた。









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