エピソード22 サクヤの抗争
「サクヤさんっ待ってください!!」
バタバタと廊下を走る音にナースの声が混ざる。
待つも何も、本当はもう何日も前に退室してよかった。
それなのにタカオミの命令で缶詰にされていたこっちの身にもなって欲しい。
ーー私がここで過ごしている間に、最悪の事態が起きたんだから。
やっと教えてもらった番号の部屋を見つけ、自動ドアをこじ開けるように中に入る。
そこには、数人のドクターとナースに囲まれたアリスが居た。
私と同じメンテ室用の服を着せられ、ベッドに寝かせられている。
瞳に光が宿っていない。
私は荒くなった息を整えて、
「ア……リス」
そう口にした。
アリスが振り向く。
数秒こちらを見つめて、
「サクヤ……?」
と呟いた。
しかし次の瞬間には血相を変えて、
「サクヤ、サクヤサクヤサクヤアァッ!!」
叫び左手を上げて、氷の刃を形成しようとする。
しかし拘束具が光り、アリスの腕を無理やり止めた。
……本当にアリスが……。
「サクヤ殺す、ころす、コロス、殺す!!」
今にも私に飛びかかろうとしているが、ベッドから伸びた拘束具で手足を掴まれ押さえつけられている。
ドクターが何か言い、脳に繋がっているであろうケーブルに何かを入力する。
「……!!」
私はそこを追いついたナースに取り押さえられ、引きずられる形で連れ戻された。
アリスが保護した異能者が初陣で自殺とも取れる死を決したことは私の耳にも入ってきた。
でも大事なのはそちらでは無いような響きを伝えにきた将校は含めていた。
アリスは精神崩壊してしまったのだ。
私のメンテ室に来たヴァレンとヴィオラがその時の詳しい状況を教えてくれた。
「……イツキは多分最初から死ぬ為に行ったんだと思う。あの時 僕ほんとうに死にたくないんだと思っていたけど……」
フィールドを解いてしまったことに負い目を感じているのか、ヴァレンは下を向いている。
「イツキさんが亡くなった後アリスの意識は心の奥底に沈んでしまいました。もしもう二度と出てこなくなってしまったら……」
共鳴接続し直したヴィオラの顔もいつもの明るいものではない。
ヴァレンがマフラーに口元を埋めながら言った。
「主人は精神に負荷をかけすぎた。だから“考える”ことをやめてしまった。その代わり思考回路が恐ろしく単純になっている。サクヤを見たときサクヤを殺そうとしたでしょ?それは主人がサクヤへ対して抱いている一番大きい感情が『殺意』だからなんだよ」
……殺意。
アリスは私への感情が殺意しか無くなってしまったのだろうか。いや、元から殺意しかなかったのかもしれない。
……私は違うのに。
アリスと出逢って、一緒に暮らして得た関係。
あれが嘘として私の過去に刻まれるのだろうか。
その時ピッと扉のロックが解除される音がして、軍靴の音が響いた。
「タカオミ……」
制帽を被り、軍用外套を纏ったタカオミがそこに居た。
「フレイム少将、勝手なことをされては困る。ナースが随分騒いでいた」
「……申し訳ありません」
タカオミは少しの間こちらを睨んでいたが、やがて優しい笑みを浮かべ、
「お前は表情に出ない分身体が素直だからな。あまり無理はするなよ」
そう言って窓際に腰掛けた。
「……タカオミ」
こういう時、義兄の存在に感謝する。
「……私じゃどうしようもないのかな。私じゃ……復讐相手じゃアリスを救えない」
殺意の灯った瞳に見つめられた時、私は思ってしまった。
私は、アリスを絶望から引きずり上げることはできないのだと。
タカオミは目端で私を見て、再び窓の外に視線を移した。
「ハリーシアから伝言だ。『アリスを命に代えても守り抜け』ってさ」
私はタカオミを見た。
「ハリーシアに会ったの?」
「いや、あいつの家に行ったら録音された本があってな。それが言っていた。俺の口からお前に伝えてくれと」
「私はあいつの言葉を信じないから」
「俺の口から聞いた時点でもう信じただろ?」
ハリーシアに一本取られ、密かに舌を巻く。
「……何でそんなことを」
「さあな。とにかくあいつをあのままにしてはおけない」
タカオミが嘘をついていることに気付きながらも、私は黙っていた。
タカオミはもう真実を射ている。
言わないのにはきっと理由があるんだ。
「あとガリレオが神の聖剣について言っていたな。……そういえばサクヤ、お前武器はどうするんだ?リリスとの戦いで折れただろ、血櫻。軍用武器庫の武器は複製できないぞ」
「刀なんて戦えればなんでもいい。それよりタカオミ、神の聖剣って何?」
退院して、北極星に復帰してもアリスの話はそこかしこから聞こえてきた。
「水属性のさ、あの子……誰だっけ」
「アリスとか言ってなかった?」
「そうそう、アリス。スティーム出身じゃない割に長生きしてたけど……精神崩壊したらしいよ」
「あら残念。水属性ってその子以外いないんでしょ?」
「そうだね。あとここに来てまだ2ヶ月くらいしか経ってないのに剣の上達が異常なくらい速かったんだって」
「それは惜しい人材を壊したね。教育係誰よ」
「……あの実験体」
「アルビノか。あれは駄目だよ。部下全員死なせてる」
「今回死ななかったからまだよかったのかもね」
……という風な。
私はどうしたいんだろう。
ハリーシアの言葉を鵜呑みにするわけではないけど、北極星的に水属性の異能者を失うわけにはいかない。
何とかしてアリスを取り戻さないと。
テーブルに放り出された配給食を見る。
もう美味しくない料理は食べたくない。
**********
俺は…………なんだっけ。
俺は今、コールブランドの中に居る。
でも、俺がさっきまで何をしていたのか、何を考えていたのか思い出せない。
ただ時間だけが水のように流れていく。
「君はなぜここに来たんだ?」
何処からか声が聞こえる。
姿は見えないが、そこには確かにコールブランドが居た。
「……覚えてない。世界が破壊されて、それから…………思い出せない」
「……君は帰らないつもりか?」
「帰る……?俺の帰る場所はここだ」
「違う。君には帰るべき場所が在る筈だ」
何故か俺には、この時コールブランドが恐ろしく見えた。
開いてはいけない箱を開けてしまいそうで。
「君は逃げているだけだ。何も識らないようなフリをして赤子のように喘いでいる。そうすれば誰かが助けてくれると信じている」
「やめろ!!」
俺は耳を塞いだ。
「俺だって逃げているだけだって解っている!でもどうしようもないんだ。もう疲れたんだよ、運命に付き合うのは!!」
俺は自分の本心を全て吐いているかのような感覚に襲われた。
そう、俺は疲れた。もう考えるのも、人と関わるのも、指一本動かすのにも。
「どうせ運命には抗えない。俺が何をしたところで、結局は運命の言いなりだ。未来は変えられない」
コールブランドは俺を見つめているようだった。
哀れんでいるようにも、軽蔑しているようにも見えた。
「……僕はそうは思わない。世界はいつだって不条理で残酷だ。だがそれにはいつも意味があった。そんな最初から意味がないようなつまらないモノじゃないよ、この世界は」
「……じゃあ世界ってなんだよ?なんでもしもの自分が居るんだよ。それ自体が歪みなんじゃないのか」
静寂が訪れる。
そしてそれを破るのは俺じゃない。
「いずれ教えてくれるよ。……イヴの仔が」
**********
「この世界が?」
「スティーム世界とアリスの世界、どちらの世界にも繋がっていて複雑に因果が収束されてる。この世界に行けば何か判るかもしれない」
タカオミが見つけてきたのはある世界のデータだった。
歪んでいるのに歪んでいない、矛盾した特異点。
「もしかしたらアリスの世界に近いのかもしれない。あいつを取り戻すきっかけがあればいいと思ったんだが」
言いつつも、タカオミはあまり期待してないようだった。
でも、それでもいい。私はデータを受け取り、
「ありがとう、タカオミ」
タカオミが喜びそうな笑顔でそう言った。
ひとりでひとつめの楽園に来るのも久し振りだった。
いつもは傍にアリスが居た。
それを取り戻すためにも、必ず何かを見つけて帰らないと。
「いつのまにかあの青二才にずいぶんご執心だね、サクヤ」
ヴァレンの皮肉が飛ぶ。
「アリスはヴァレンの主人なのにそんなこと言っていいの?」
「僕はまだあいつを本物の主人だって認めてない。死なれたら困るだけ」
「なら、私と一緒。私もアリスに死なれたら……困る」
『侵入ゲート解放ーー』
ヴィオラの声が響く。
私は光る渦に自ら飛び込んでいった。
一番最初に目に入ってきたのは、スティームの世界の空中楽園都市だった。
太陽の街があって、九つの中心ビルがあって、コロニーがあって。
ほとんど私の世界と変わりない。
人が居なく、ゴーストタウンと化している以外は。
「アリスと関係がある世界って言ってましたけど、ここスティームですよね?期待外れですか?」
歩きながらヴィオラが言う。
「いや、データを見る限り波動関数の崩壊がアリスのデータと途中まで全く一緒なんだ。無関係の筈がない」
ヴァレンがファイルを開く。アリスとのデータを見比べているようだ。
「じゃあ途中から演算子が変化したってことですか?」
「多分。きっとそれがこの世界の特異点。歪みを生み出しながら消している変な世界。もしかしたら異能者が居るのかもーー」
ヴァレンがそう言った時だった。
「ーー氷河月扇!!」
突然どこからか声が響き、頭上から氷河の雨が降ってきた。
咄嗟に刀を取り出し、炎で氷河を焼き溶かす。
「なな……どこから出たんですか今の!?生体反応は周囲200キロ内どこにも……」
ヴィオラは一旦目を閉じて、ピピピと演算し直す音が鳴る。
私は第二撃が来ないか警戒しながら、頭の中を整理した。
さっきの技は水属性の生命力だった。
水属性の異能者は、アリス一人しか見つかっていない。
と、いうことはーー。
「ありました、生体反応!!同時にエネルギーの膨張を確認!!第二撃、12時の方向から来ます!!」
私は12時に日本刀を構え直す。
ヴィオラの導き出した敵の位置を頭に叩き込み、敵が動く前に攻撃を仕掛ける。
この距離なら届くはずだ。
見えない敵に向かって一気に間合いを詰める。
「月斬桜!!」
叫ぶとともに、刀が煌き破壊音が響く。
ただの斬撃だが、周りのビルや砂の一片まで粉々にする、私の得意技。
……もし本当にそうなら、これで気づく筈だ。
パラパラと瓦礫が崩れ、人の動く気配がした。
やがて砂埃が引き始め、その人物の姿が朧気ながら現れる。
跳ねた茶髪、蒼い瞳、氷のような剣、水属性の技。
フィリアスを欺く存在遮断力。
そこには、学ランを羽織ったアリスが居た。
「サクヤ…………?」
アリスの口から声が零れる。
目を見開き、私を凝視している。
「アリス……」
私も返す。
一瞬私の世界のアリスが私に向けた殺意の瞳を思い出したが、このアリスの瞳にはそんな色はない。
「骨格、声帯、歩幅、身長、質量完全一致。でも行動原理が違う。つまり君は……」
ヴァレンが顔を上げた。
「別世界のアリスだ」
「……それ飲んだら帰れよ」
もうひとりのアリスは私達をゴーストタウンのビルの一室に連れて行った。
まだ水道が通っているらしく、アリスは紅茶を淹れている。
「何故この世界は歪んでいるんですか?一体何があったんですか?」
ヴィオラがそう質問するが、アリスは答えない。
……このアリスは、本当に私達の識っているアリスとは違うようだ。
無駄口は一切聞かない。
少年のような熱気はなりを潜め、どちらかというと落ち着いている。
それに私の識っているアリスは相手の目を見て話をするけど、このアリスは目線を逸らしたままだ。
私はアリスの蒼黒色の瞳を見つめて聞いた。
「アリス、今私の世界のアリスは精神崩壊してしまった。でも私じゃアリスを救えない。私は……」
アリスが顔を上げる。初めてこのアリスと目が合った気がした。
「…………私は、アリスを救いたい」
蒼黒と深紅が交じり合う。
アリスは私の瞳を抉るかのごとく見つめていたが、やがて口を開いた。
「……てことは、そっちはこっちより三年ほど前の世界なんだな」
「えっこっちは三年進んでるってことですか?でもあっちのアリスと全然変わってませんけど……」
ヴィオラの言う通り、アリスの外見は私達の識っているものと全く変わっていなかった。身長も顔も成長していない。それは、
「アリスは本来スティームの人間じゃない。それに帰るべき世界が無いから歳をとらない」
「……そうでしたね、確かに」
ヴィオラは顔を伏せる。
アリスはヴィオラを少し見て、今度は私に目を合わせながら私に言った。
「どうすれば俺が戻ってくるか識りたいか?」
私は迷わず頷く。
「……この世界には、お前はもう居ない」
突然何を言い出したか、アリスは哀しい表情でそう言った。
「お前って……サクヤが死んだってことですか?」
「サクヤだけじゃない。ハリーシアもタカオミも……この世界の住人全員だ」
ヴィオラが小さな悲鳴を上げる。
あまり驚きはしなかった。
ただ私だけでなく、タカオミもハリーシアさえも死んだ世界。そんなことができるモノが世界樹のどこかに居るのだろうか。
「……奪う者が押し寄せたんだ。大量に」
私の脳内を見透かしたかのような返答だった。
「この世界、スティームに似てるし座標も近い。スティームと勘違いして生命の実を奪いにくる奴らが多いのかな?」
黙っていたヴァレンが口を出す。
「それだけじゃない。ヴァレン、お前北極星本部のデータをちょっと覗いてみろ。一番最後のやつでいい」
言われてヴァレンはハッキングモードに切り替え、目を瞑る。
少ししないうちに、
「何……これ」
彼の顔が青くなった。
瞬時にデータが宙に映し出される。
私とヴィオラは食い入るようにそれを見つめた。
「……三年前の奪う者の襲撃数が、スティームの約三十七倍。最近更新のは、約千百六十五倍。……なんでスティームじゃないのに、こんなに奪う者が……?」
そこまで言ってヴァレンはハッとし、
「まさかこれって……!!」
アリスの方を見る。
彼は頷いた。
「そう、本物のスティームに襲撃する奪う者を減らすためにこういった偽物の世界が犠牲になるよう、世界樹にプロセスされているんだ」
……そうか、だから歪んでいるのに歪んでいないんだ。
それが世界樹にとって『正しい歪み』だから。
「それって身代わりってことですか?そのせいでこの世界のサクヤやタカオミは死んだんですか!?」
ヴィオラが声を荒げる。
しかしアリスは首を横に振り、
「生命の実を不老不死の薬と思い込んでる馬鹿共が、世界樹中に腐るほど居るってだけだ。お互い苦労するよな」
そう言って苦笑いする。
苦労で済ませていいのだろうか、これは。
……いやそれよりも、
「私はどうすればアリスが戻ってくるかを聞いた筈」
「ああ、つまり俺が言いたいのは」
ドーーンッ!!!!
突然響いたのはなんの音か、アリスの言葉が遮られた。
「……運悪いなお前ら。悪いけど付き合ってもらうぞ」
一体なんのこと、と言う前に
「奪う者の襲来を確認!ワームホール発生場所はコロニー上空、既に三万敵兵侵入!!」
ヴァレンとヴィオラが立ちあがり、ヴィオラは胸の前で拳を叩く。
「もちろん付き合いますよアリス!一時的とはいえ主従契約を交わした仲ですから!」
「ヴィオラは僕とワームホールを塞ぎに行く。アリスとサクヤは侵入した奪う者の排除をお願い」
「Va bene!!」
何も言わせないつもりか、そんな会話を交わして二人はビルを飛び出していった。
「……全く、どっちが主人なんだ」
アリスはそう言って立ち上がり、コールブランドを取り出す。
「サクヤ、いけるか?」
蒼黒色は褪せることなく、変わらず私を見つめる。
……ああ、そうだ。
脳裏に浮かぶいつかの記憶。
私の欲しかったモノが、今、この空間を埋めている。
私は水面に映る自分に話しかけるように言葉を紡いだ。
「当然。私はあなたの復讐相手だよ」
外に飛び出すと、奪う者は異能者管理塔ないしコロニーに蟻の如くたかっていた。
「北極星本部の防衛システムってまだ生きてるの?」
「俺のやることなんて奪う者の排除とそれくらいしか無いからな」
「じゃあ私が正面から攻める。アリスは階段を!」
「了解!」
そういうとアリスはあっという間に見えなくなり、目の前には銃口を構える奪う者だけが残る。
銃声が響き、何十何百もの銃弾が向かってくるのが判る。
ーー魂が宿っていないな、この弾は。
自分の義兄の弾丸を思い出す。
そんなモノじゃ私は
「サングリア・エンド!」
殺せない!!




