エピソード20 十三番目の彼
俺はどうしたいんだ。
サクヤが怪我をしたことで、俺は五日間の自宅謹慎を命じられた。
『主人、君は弱い』
『次は動け』
そう言ったヴァレンとタカオミの声が頭から離れない。
サクヤを殺すことが、俺の全てだった。
あいつを殺し、世界を再生させる。それだけが俺の生きている意味。生き残った俺の使命。
でも世界樹は、俺が考えている以上に単純にできてはいなかった。
後出しジャンケンのように真実がぽいぽい出てきて、俺の思考を変えようとしてくる。
そしてサクヤの事を知っていくうちに、俺の中の感情も変化していってる。憎悪だけではない。もっと温かなものに。
俺は手の中の、俺の世界のカケラを転がした。
最初はただのガラスみたいだったそれは、俺が任務を達成するごとに確実に球を描き再生しつつある。
目標は近づいている。
それなのに……。
「まだ……完成しないでくれ」
そう願ってしまうんだ。
しかしもう五日も出撃していないので形は五日前と変わっていないのを。
嫌だと思っている自分も居て。
嫌だ。
このままなんて嫌だ。
未完成のままでたまるか。
半輪の夜は、冷えるばかりだ。
五日間の自宅謹慎が解け、五日ぶりに俺は本部に顔を出した。
司令は居なかった。どうやらハリーシア探しに本腰を入れたようだ。リリス討伐はサクヤが回復してから再始動するらしい。
任務リストには出撃命令と報告、あとはフリー練と書かれている。
サクヤはまだ入院中か……。
「おはよぉございまーす、マスター!!」
誰もいない筈の方から声が響く。
そこにはヴィオラが背筋を無駄に伸ばして立っていた。
「誰がいつお前の主人になったんだ?」
ヴィオラはヴァレンに目配せして、少し悲しそうに言った。
「残念ながらわたしはサクヤと接続解除してしまいました。ああしなければサクヤを救えなかったからです。仕方がないと言えば仕方ないのですが、このままだとマスター不在で解約され、軍に回収されるかもしれません。だから仮でもなんでもいいんで契約が必要なんです。サクヤが回復するまでアリスがわたしのマスターです!!」
胸を張るヴィオラは俺のことを気にしているのかそれともいないのか解らない。
ヴィオラが俺のものになるのか。てことは……。
「俺もサクヤみたいにお前らの本体二つ頭につけなきゃいけないのか?」
「嫌なんですか?」
「え……い……嫌だ?」
「なんで疑問形なんです」
いや、普通に嫌だ。想像してみろ、俺が頭にこいつら本体をつけた姿を。誰も嬉しくない。
お前なら解るだろ、ヴァレン。そう思ってヴァレンを見る。が ヴァレンは右手親指を立てて
「きっとかわいいわよーアリスちゃーん(裏声)」
「お前はなんなんだよ」
「サクヤの真似」
「似てねえなおい」
「漫才してないで仮契約してください〜!!」
ヴィオラがぷんすこ怒り始めた。
「はいはい。仮契約ってどうすりゃできるんだ。真名を言えばいいのか?」
「わたしヴァレンとの契約に立ち会ったのでアリスの真名はもう識ってます。真名を教えるのはわたしの方です」
「お前らにも真名あるのか?」
ヴァレンがヴィオラの頭を殴る。
「いったぁ!!」
「ヴィオラ、それじゃ語弊がある。主人、僕たちに主人達のような真名はない。教えるのは接続可能にする為のパスワードって感じ。識られたらまずいのは真名と一緒だけど」
あ、そういえばヴァレンの設定画面に見づらくなんか書いてあった気がする。言ったら俺も叩かれそうだから言わないけど。
「でも叩かなくてもいいじゃないですか……。えっと、なので今からわたし達は擬似接続してわたしの真名を教えます。アリスにそれが伝わったら仮契約成立、わたしはアリスのものになります。言っときますけど一時的なものですからね!サクヤが回復したら接続解除です」
「解った解った」
ヴァレンが一歩下がるとともに、ヴィオラが頷いていつも戦闘に使ってる紫のカード(?)というか何というか、とにかく出して空中に置くように浮かばせる。そしてなにか意味不明な言葉を小声で唱えると、ヴィオラから発した紫の粒子が俺の方へと流れてきた。
きっとこの紫粒子がヴィオラのマナなのだろう。
『アリス、聞こえます?』
ヴィオラが喋ってないのに声が聞こえてきた。
ヴァレンと頭の中で話す時に似ている。
『今からわたしの真名を教えます。ちゃんと覚えて、他言は絶対しないでください。わたしの真名……パスコードは……』
「……あんま本名と変わらないな」
「失敬な!品のある高貴な名前ですよ!……えー、こほん、今ので仮契約成立です。なんなりと命令してください、主人!」
命令を待つ子犬のような瞳でこちらを見てくる。
「じゃあヴィオラ、今日の任務は?」
ヴィオラは嬉しそうに目を輝かせた。
「本日の任務内容は、パラレルワールド枝0048539712ARTLEの破壊と報告。歪みがかなり進行しているようで、その分世界の守護者も暴走して強敵になっている可能性があります。十分警戒してください」
俺は頷いて、ヴィオラにマナを送ることに集中する。
やがて俺のマナの流れが変わった。
光の渦に吸い込まれるように、世界は切り替わる。
風が吹いている。
瞼を閉じても解る太陽の光が眩しい。
ゆっくりと目を開けると、そこはーー。
どこかの建物の屋上から見える空。
スクランブル交差点で踊る人々。
流れ続ける自動車。
天に向かってそびえ立つビル群。
そして遥か彼方の朱い塔を見て確信した。
ここは東京だ。リリスに侵略されず、文明も滅びていない、普通の東京。
「アリスの世界に似てますね。たしかトーキョーと言いましたか」
そう、誤魔化しようがない。俺の識っている世界の形。東京という響き。全てが懐かしい。
とても信じられない。
「この世界が歪んでいるなんて、本当なのか?」
「数値的にはかなり歪んでます。でもまあ今まで歪んでいた世界がかなり顕著に表れていましたからねー。文明が滅びていたり戦争が起きていたり等……」
「歪んでいるよ、この世界は」
何かのコンピュータファイルを弄っていたヴァレンが顔を上げた。
「これだけの文明がありながら、こんなに容易く宇宙空間に侵入できる。裏は腐りきっているみたいだね」
ファイルには、All clearと書かれていた。
その後宇宙へ瞬間移動した俺たちは、直後戦闘になった。
放たれたビームをヴァレンのフィールドで弾かれたのも束の間、今度は弾幕の嵐。フィールドから出るにも出られない。
「え、なんでこんな急に攻撃してくるの世界の守護者!?」
もの凄い轟音が響くので思っくそ叫ぶ。
「世界が歪んでいるということは、世界の守護者も当然歪んでいます!この世界は世界の守護者が暴走するほど歪みが進行しきった状態なのではないでしょうか!」
ヴィオラも叫び返す。
成る程。本当にあの世界は歪んでいたんだな。
ってそんな事思ってる場合じゃない。
「ヴァレン、フィールドはあとどのくらい持ちそうだ!?」
「頑張ってあと約210秒ってとこ、かな……っ!」
3分半。それまでになんとかする方法を考えなければ。
「ヴィオラ、お前俺のものになったって事は俺の考えている事判るって事だよな!?」
「まあそうですが!」
「じゃあ俺が今だっ!て思った瞬間に俺を世界の守護者の前に瞬間移動させる事はできるか!?」
「もちろん可能ですよ!1ミリ違わず完璧に!」
「頼んだ!」
世界の守護者の弾幕は、ちょっとした規則性がある。
短機関銃の弾倉をリロードするように。
いつだったか、タカオミが俺の授業に殴り込んできたことがあった。その時教えてくれたものだ。
『いいか新入り、世界の守護者や奪う者は弾幕や銃器を武器として使用していることが多い。そして銃器を装備している奴は必ず再装填のタイムラグがある。これは銃器戦で大いに役立つ。本来は相手の得物を見ただけでリロードのサイクルが判断できなければいけないが、お前の武器は銃じゃねえからできねえだろう。だからもうひとつ判断方法を教えてやる』
司令は今までで一番いきいきした声で言った。
『音で判断しろ。俺たち異能者は身体が生み出すマナで必要分の空気を循環させてるから、たとえ宇宙にいたとしても音が発生する。そして世界の守護者も……弾幕や銃器を使用している場合……は、必ずと言っていいほどマナ切れが起こる。あいつらは自らマナを出しているわけではないからな。だからマナを借りるとき、どうしても再装填タイムラグができる。そこを狙え』
今思えば完全にミリオタの司令の趣味全開だっただけだが、こんな場面で役に立つんだから感謝だ。
俺は集中した。再装填のタイミング。
そこを捉えることができればーー!!
「ヴィオラ、今だ!!」
「了解ッ!!」
言いながら俺は瞬間移動した。
俺がゴールブランドを出すが早いか、もう何も考えないで剣を突き出す。
一瞬だけ見えた世界の守護者は、涙を流していた。
轟音が鳴り響き、辺りが真っ白になる。
が、すぐに闇を取り戻し、同時に弾幕が止まった。
顔を上げると、弾幕の隙間から世界の守護者の腕から血が滴っているのが見える。
どうやら俺の策は成功したようだ。
弾幕が引き、世界の守護者の全身が露になる。
この世界の守護者は、今までの個体とはだいぶ違った。
普段右眼についている仮面は剥がれ、狂気に満ちた赤目が覗いている。そんな右眼の周りを黒い何かが侵食し、マントはボロボロに破け、二つのアホ毛は二本の角よろしく逆立ち、顔面は麻薬ドーピングしたかのような形相をしている。
俺が今までずっと戦ってきた、可憐さの内に無慈悲と命の灯を秘めた世界の守護者の面影はどこにもなかった。
「……けて……たす……………けて」
か細い声が世界の守護者の喉から嗚咽のごとく滲み出て、
「うあーーーーっ!!あうッああああああああああ!!!!」
聞き苦しい悲鳴となった。
そして悲鳴に反応したかのように、宇宙空間だった世界がテレビのチャンネルのように次々と変わる。
「空間が歪み始めている!エントロピー増大、固有値崩壊……あいつ……世界を創ってる!!」
普段叫ばないヴァレンが声を荒げた。
そうしてる間にも空間は宇宙、海の中、どこかの草原と次々と変わる。
やがてひとつの世界へと辿り着いた。
どこか外国の駅のホームだった。
「ころ……殺す……に……げん、殺すうううううううぅぅううう!!!!」
幼子が暴走して手がつけられなくなったかのように、弾幕が飛び出し、地面が隆起し、剣が出現してこちらに飛び、ぶら下がった時計が落下する。
暴走した羊は、草を食む狼に勝る。
草を食むことを教えられた狼が勝つにはどうしたらいいか。
ーー肉を食べるという本能を醒してしまえばいい。
俺の眼に蒼い血が流れる。
戦闘モードに入った俺は、どこか冷めていた。
哀れみも、憤怒も、過去も未来も無くなってしまったような。
あの日からだ。リリスに腹を刺され、それでも必死で剣を突き立てようともがいたあの時。あれから俺は自分の中の『何か』が目覚めるのを感じた。
狩をしなくなったヒト。それでもどこかで狩猟していた時代を懐かしみ、血に飢えている。
今、俺の中の『人間』が目覚めているんだ。
迫り来る弾幕を全て凍らせる。
コールブランドが勝手に動くことはなくなった。きっとコールブランドの真価に俺の能力が追いついたのだろう。
ホームをくるくる移動する世界の守護者に俺は氷の矢で追撃する。
ヴィオラも負けじと世界の守護者の出現場所を予測して魔法陣による攻撃を仕掛けている。ヴァレンは近接モードに切り替えて格闘術を繰り出している。
しかしこの弾幕の渦でさえ、世界の守護者は容易く避けて見せた。
速さでは勝てないか。
俺の考えを読み、ヴァレンとヴィオラが退く。
「母なる水よ、無償の命を有償の炎に。唯一無二の嚠喨とならんことを。湯水のごとく!」
唱えながら、俺は上手くいきますようにと願った。
実はこの技成功率が異様に低いのだ。
やがて遠くから水の流れる音が聞こえてきた。
どんどん近づいてきて、それは
……巨大な津波となって駅のホームに押し寄せた。
そして瞬きする間に駅を水の下に沈めてしまった。
世界の守護者はマナを生産できない。
剣技で勝てないのなら、生命力で勝てばいい。
俺達異能者が生み出す水は、普通の水と違い構成がマナに近い。
だからこの水の中では息ができるが、代わりにマナに慣れていないものには酷いマナ酔いが起こる。
そして水の中なのだから当然火は使えず、弾幕も出せない。動きも鈍くなる。
この水は俺のマナが切れるまで永遠に流れ続ける逃げようのない檻だ。
世界の守護者が戸惑いを見せたところに俺は一太刀浴びせる。
コールブランドは世界の守護者の肩をかすめた。
俺の連続技が世界の守護者に次々とヒットしていく。当の本人は動きが鈍くなって避けきれていないのに、何故俺が動きが俊敏になっているのか疑問と焦りの表情になっていた。
当然だろ。ここは水の中だぞ。
誰だって自分の得意な地形の戦場がある。俺の場合それは水に由来するところだ。
それにこれは俺の創った水なのだから、今俺は自分の都合よくできた世界で戦っているようなものだ。
流れがこっちに変わった所で、王手をかけにいく。
俺は世界の守護者の周りの氷を凍らせた。
これは生物だったら全身火傷だが、彼女はやはり物ともせず破壊し、水上に飛び出した。
だが水の上に逃げたからといっても、俺の力が弱まることはない。
それに……。
「スプリングフィールド!!」
「勝利だ!!」
二人が居ることを忘れてはならない。
機械とはいえ、異能者と同じくマナを生産できる武装した最新AIなのだ。
一瞬だけ、世界の守護者が怯んだ。
俺は瞬間移動して世界の守護者との間合いをゼロにする。
剣を構え、水飛沫が上がる。
「チェックメイト!」
閃光と破戒音が轟いた。
ところが、その日はいつもと違った。
空間が割れ、常闇に吸い込まれ、ずっとそうしていると北極星の本部が見える……。
……筈なのだが。
どういうわけか俺達は無空間に居た。
俺が世界を破壊された時落ちた、あの真っ白い空間だ。
ハリーシアによると、ビッグバンが起きる前に在った世界だったか。
「……居ますね」
「……ああ。反応がある」
ヴィオラとヴァレンが真っ白な空間に小さなシミでも見つけたように一点を見つめていた。
「居るって、何がだ?」
俺が質問する。
二人は同時に答えた。
「「異能者が」」
そもそもなぜ俺がサクヤと無空間で出会った時あいつがあそこに居たのか俺は深く考えなかった。
増すばかりの憎悪が些細なことを蚊帳の外に追いやっていたからだ。
「あのとき僕たちが無空間に居たのは、今回のように破壊した世界に異能者が居た場合、破壊後無空間に転送されるよう拘束具にプログラムされているから。今回で13回目だ」
歩きながらヴァレンがそう言う。
「無空間はマナを生産できる異能者でも生存は容易ではありません。生命活動に必要なマナの生産が徐々に追いつかなくなり、最終的に死にます。早急に発見しなければ」
ヴィオラも柄でもなく深刻な顔をしている。
「俺は12番目ってことか。それまでの11人は今どこに居るんだ?」
「どこにも居ません」
俺はヴィオラがさっきの泣いている世界の守護者に見えた。
いや、驚いたせいで世界の守護者の残像が見えただけかも知れない。
「全員死にました。自殺や発狂死が5人、そして世界の守護者との戦闘によって6人死亡です。アリスは長生きしている方ですね」
考えてもみなかった。
自分が死に近い場所を歩いているなんて。
だって俺は世界再生を為さねばいけないから。
あと…………。
「見つけた。あそこだ」
ヴァレンの声で俺は助けられた。
*********
あり得ない。
ここはどこなんだ?
どうしてオレはこんな所にいる?
誰か助けてーー。
「そこの人、立てますかぁ?」
突如真っ白の空間に紫髪のロリっ子が現れる。
冷静に考えればあり得ない髪色なのに、世界に色が戻っただけで物凄い安堵感がある。
ロリっ子の背後にはどこかロリっ子と顔の似た緑髪の子と、オレと同い年くらいの学ランを着た少年が立っていた。
こいつら、一体何者なんだ?
緑髪の子が学ランの少年に目配せし、少年は少し困ったように言った。
「事情は後で説明する。取り敢えず何も聞かずに、俺達について来てくれないか」




