エピソード2 ふたつの楽園
俺は転校生を睨みつけた。
服が真っ黒な制服から真っ白なパーカーに変わっているが、白い髪、白い手足、紅い瞳。間違いなく今朝の転校生だ。
このタイミングで転校してきて、そのすぐあと教室……いや、少なくとも日本規模で何かが起きた。そしてこの真っ白い空間に俺とともに存在している。俺と同じでこの状況を理解していないか、それとも……むしろ
「ふーん、この子が新入りですか。まあ顔はまあまあですかね」
「え?うわっ!?」
いきなり背後から声がしたかと思えば、そこには10歳ほどの幼女が立っていた。
天真爛漫を絵に描いたような無邪気な笑顔で笑っている。ロリなのにセーラージャケットやネクタイ、チェックのスカートなんて履いてるから、小学校受験したお嬢様に見える。ただ紫のセミロングにスミレ色の瞳は、どこか、転校生とは違う不自然さがある。
「あ、驚きました?そりゃそうですよね、いきなりでしたもんねー」
背後に立った事なのかこの状況の事を言っているのかよくわからない。
「ハヤミアリスさん……だね」
場違いに抑揚のない声が響く。転校生だ。
「な、なあにサクヤ、知り合いですか?」
「さっき教室に居た。ヴィオラもあそこに居たのに覚えてないの?」
「……あー、確かに居ましたね」
転校初日クラス全員の顔と名前覚えられる奴はそんないないと思う。
……ん?この幼女もあの時教室にいたのか?
「……それより、今はここを出ないと。質問はそれからで」
転校生が俺の腕を引っ張り上げた。予想以上に強く引っ張られたので危うくバランス崩して足を捻りそうになった。
「ヴィオラ、お願い」
「あいあいさー!」
そう言うとヴィオラと呼ばれた幼女は目を瞑る。
何やってんだ、と思ってたらいきなり
「10時の方向!!」
と叫んだかと思うと、今度は転校生がまた俺の腕を掴んで、
「走って」
静かにそう言ってもの凄い速さで走るもんだから、一瞬腕が脱臼したかと思った。
しかしこいつ、異様に足が速い。俺も短距離はそれなりに自信あるが、腕を掴まれていなかったらあっという間に引き離されていただろう。
やがて遠くに何かが見えた。いかにも別次元に繋がっていそうなそれは大きくなったり小さくなったりして、見てるこっちを不安にさせる。あそこに行けば学校に帰れるのだろうか。
…………そういえば、普通に幼女を置いてきたけど大丈夫なのか?
「あれに飛び込んで」
「は?え、幼女は!?」
「ここにいる」
「はあ!?」
「早く」
質問は受け付けないって言ってたっけか、こいつ。
黒い物体のすぐ近くまで来ると、転校生は俺から手を離してさっさと黒い物体に飛び込んで行ってしまった。
おかしな幼女の行動といい、こいつの言動といい、転校生が何も知らないただの女子高生でないことはほぼ確定だろう。
つまりこの中に入れば教えてもらえる筈だ。さっきの現象が何なのか、ここがどこなのかが。
かといってこんなゲームのワープ機能のようなものにはい分かりました行きまーす出来るかと言われたら抵抗がある。普通に怖い。罠かもしれない。そもそも生きてきて16年間現実世界でワープなんてやったことがない。
ただ俺は何となく、あの転校生を思い出した。人の腕を豪快に引っ張るわ、このワープだって一緒に入ってくれればよかったのに、識りたければついて来いみたいに俺を置いていきやがって。
顔が可愛い分罵りづらいのも気に食わない。
この際細かいことは気に留めない。とりあえずあのアルビノ転校生に一言文句言ってやる!
俺は思い切って黒い物体に飛び込んだ。
飛び込んだ瞬間無重力になったかのように体が軽く、なったと思ったら磁石に引きつけられるかのように重くなり、全身に衝撃が走る。
そして遅れて痛みがやってきた。
なんだか、バスで酔ったかのように頭がくらくらする。
「大丈夫ですかー新入りさんー。朝ですよー」
何が朝だ。……あれ、幼女いつの間にここに?
「ようこそ、わたし達の楽園へ」
俺は腕に力を込めて起き上がる。
そこは学校などではなく、楽園、と言うより何かの制御室のような所だった。中央に円い装置があり、天井が奥が見えない程高い。だいぶSFチックというか、近未来というか。公にされない秘密施設……は流石に漫画の読みすぎか。
俺は立ち上がり、学ランの汚れを払った。幸いどこも怪我はしてなさそうだ。
楽園と呼ばれた場所にはさっきの転校生も居た。
「おい、お前」
「何ですか?」
転校生に話しかけたつもりなのに、幼女がこれ見よがしに俺の視界に入ってくる。こいつ絶対わざとやってる。
「お前じゃない、お前だ、おまえ!」
「お前じゃ判らないですよー、です!」
「…………火酔さん」
だが転校生は振り返らない。ボソボソしゃべった俺も悪かったが、絶対分かって無視してるだろ。
俺が舌打ちしようか迷っていると、幼女が俺に耳打ちしたそうに口元に手を当てている。
俺は幼女の身長ぶん膝を折った。
「ヒスイサクヤは、彼女の本名ではありません。でもファーストネームは同じなので、ですから」
幼女はそこまで言うと俺から離れ、声を出さずに転校生の名前を口パクした。年下のくせに揶揄いやがって。
「〜〜〜〜っ、サクヤ!!」
自分でも思ってたより大きな声が出て少したじろぐ。 女子を初めて下の名前で呼んだ気がする。
転校生は今度はちゃんとこっちを見た。
…………さて、もう聞いてもいいだろう。茶番で緩んだ脳みそを拳を握り直すことで起こす。俺は転校生に向き直り、
「そろそろ聞かせてもらうぞ。お前、何を識っている?」
問うた。その瞬間、幼女が目を逸らす。だが転校生はそんな幼女が見えていないかのように振り返る。
「全てを識っている、と言っても間違いじゃない。順を追って話すから、落ち着いて聞いて」
やっぱり……こいつがさっきの摩訶不思議な現象を引き起こした犯人だったんだ。こいつが今それを自分で認めた。
集団幻覚か、社会実験か、情報操作か、戦争のための新兵器か、はたまた闇の組織か?
思いつく仮説を頭の中で繰り返す。きっと俺は巻き込まれた側だ。たっぷり文句言って慰謝料を搾り取ってやる。
転校生は瞼を閉じ息をひとつついて、目を開ける。目と目が合った。鮮血のように紅い瞳にじっと見据えられて、俺は身に覚えのない恐怖を覚えた。
嫌な予感はこの時すでにしていたのだ。聞いてはいけない、識ってはいけないことを転校生は言おうとしている。そう思いつつ、識りたい、という好奇が恐怖を押し退けるのも感じていた。
転校生は俺の目を見て、ゆっくり、しかしはっきりと言い放った。
「あなたのいた世界は、私が破壊した」
「………………え?」
なに、言ってるんだこいつ。
だが転校生の紅い瞳は、嘘を言っている目ではなかった。
それに、さっき自分の目で見てしまった。まるで、そう____世界が壊れたような光景を。
世界が壊れた。
いまいちピンとこない。そもそも世界ってそんなアッサリ壊れる物なのか?こんな少女ひとりの手で。
それともただ単にからかわれてるだけ?そっちの方がまだ現実味がある。だが俺ひとりをこんな大掛かりにからかってなんの意味があるっていうんだ?
だめだ。状況と思考が追いつかない。
「何を……言って……」
言いたい事がごちゃ混ぜになって、結局何も言えていない。
「あなたのいた世界、枝25469001715TERIGを破壊した。あなたの知っている人間も文明も世界も、もうどこにも無いという事」
「……じゃあここは何なんだ?どこなんだよ?」
「あなたがいた世界とは別の世界。似ていても違う。ここに“あなた”を知っている人は誰もいないし、あなたが知っている人もいない」
転校生の言葉のひとつひとつが俺の心に深く突き刺さり、かえしのついた釣り針のように抜けず留まり続ける。
ここが違う世界?
「……冗談にも程があるだろ」
「私は嘘は苦手」
その瞬間、気がついたら俺は転校生の胸ぐらを掴んでいた。
「ふざけるな!人を馬鹿にするのもいい加減にしろ!!」
言い終わってから、俺はしまった、と我に返った。こんな状況とはいえ、男が女に手を上げていいわけがないのに。
だが転校生はそんな俺も掴まれて伸びている服も全く気にしてないかのように、
「ふざけてなんてないし、馬鹿にしてもいない。あなたの世界は破壊され、あなたの識る人全員死んだ。全て事実」
そう言って俺の手を解き、くるりと背を向ける。
「ヴィオラ、あとお願い」
「サクヤ……」
そのまま転校生は楽園から出て行った。
…………世界が壊れた?
俺の識ってる人全員死んだ?
どこをどうすればそんな話が出てくるんだ。そんなこと有り得るはずない。普通に考えろ。
みんな生きているに決まってる。生きている。生きて…………。
…………判らない。
あの状況でみんな本当に生きているのか?
みんなヒビが入って割れた。俺はそれをこの目で見た。
言い切れない。
みんなが絶対生きていると、俺は言い切ることができない。
もし、生きていなかったら。
さっきまで生きていたじゃないか。いつも通りの平日だった。あのまま卒業まで何事もなく、卒業してからだって普通に。誰かが死ぬことなんてない。
だって俺は普通だから。
俺は特別じゃない。特別な能力なんて無い。なにひとつ日常に、世界に刺激的なことなんてない。
たとえみんなが死んでしまったとして、なら俺も一緒に死ぬはずだ。生き残るなんてあり得ない。
俺は主人公じゃない。ならこの状況はなんだ?
俺はこれからどうなる?どうして生きている?もう姉貴に会えないのか?転校生の言っていることが仮に全て本当だったとして、俺は知り合い一人としていない、文明も常識も価値観も違うであろうこの場所でどうやって生きればいい?
そのとき残された幼女がこのどうしようもなく重い空気をなんとかしようと必死に笑い、話しかけてきた。
「え、えーと……改めて、はじめましてアリス、わたしはヴィオラと申します。どうぞヴィオラとお呼びください。好きなものはお花とクラシック、嫌いなものはコンピュータウイルスです。一応、サクヤのフィリアス・リーダー・アルティメット・ストレージ・オペレーティング・メモリーズをさせていただいてます」
「…………は?」
途中まで普通の自己紹介だったのが急にカタカナで攻めてきた。フィリア……なんとかメモリーズ?だいたい覚えてない。そもそも理解できないことを突きつけられた状況で、初見の長い横文字を覚えることなんて出来なかっただろう。
「あーっとですね……サクヤの頭の左側に乗ってる、アレです」
な……なんだってぇ!!??
あれ、最新の補聴器じゃなかったのか?
「わたし、人間じゃなくてマナを生産できるAIアシスタント、人類生活補助プログラムです。本体がサクヤの頭の上にあって、私はその擬人体。解りやすく言うと、アリス、あなたの世界でいうスマート・フォンのようなものです」
目の前の幼女……じゃなくてヴィオラが、スマホ?
どう見ても人間にしか見えない。たしかに、幼いのにやけに整った顔とか、ヴィオラという名前にぴったりの紫色の制服とか髪色とか、ほんとの人間じゃないと言われればしっくり来そう……ではあるけれども。
…………別世界。その単語が俺の思考を形づくる。
本当に、別の世界だとでも言うのか。俺の常識ではスマホは喋っても人型にはならなっかたし、頭に乗せるものでもなかった。取り敢えずいろいろぶっ飛んでる。いきなり常識を壊された。
「あなたの世界のスマート・フォンは、フィリアス・リーダー・アルティメット・ストレージ・オペレーティング・メモリーズの初期、ナーサル端末に酷似しています」
そう言ってヴィオラは手を挙げる。すると空中に透けた画面のようなモノが現れ、画像を映し出した。
これはこれで驚きはするが、いや、俺の世界でもこれくらいはいけるか…………?
いかん疑いすぎて何もかも信じられない。もう一旦この幼女の話を聞こう。
「左がナーサル、右がスマホです」
なるほどよく似てる。ボタンの位置や微妙な形のズレはあるが。
「この時のナーサルは通話、メールなどの機能しかありませんでしたが、時代と共に進化していき、今では人々の生活には欠かせないものになっています。主人が設定した人間の姿にもなれますから、ぼっちの人やニートの人も寂しくありません!」
最後の一言は果たして必要あったのだろうか……。
耳が痛い。何を隠そう、俺も中学生時代は重度のゲームオタクだったのだ。
……あれ、そう言えば転校生の頭にはもう一つ、このスマホがついてた気が…………。
そんな疑問をぶつける間も無く、ヴィオラは画面をしまい、真面目な顔になると、
「さて、わたしの主人はサクヤです。そのサクヤからわたしはふたつ、命令を受けています。まだ状況について行けていないとは思うのですが、今後のアリスの身の振り方に関する大事なことですので、いったんすべて信じて聞いて欲しいのです。…………よろしいでしょうか?」
ヴィオラの表情から察するに、よほど重要なのだろう。
彼女のいう通りついて行けてはいない。だがここで取り乱したままではいけないとも何となく悟った俺は、言う通り全て信じた気になろうと思ってやった。
俺が頷くとヴィオラは少し安心したような顔をし、また真剣な顔に戻って話し始めた。
「ありがとうございます。…………ひとつは、『私達』についての説明です。質問します。アリスはパラレルワールドは知っていますか?」
俺はちゃんと目を見て、聞き流さないように集中する。
パラレルワールド。昔やったゲームにそんな単語があった。確か、
「……もしもの世界、だっけか」
「そうです。ある世界から分岐したもうひとつの世界、それがパラレルワールドです。知ってるなら話は早い。この宇宙には、複数の世界が存在します。幾万幾億もあるパラレルワールドはある世界から分岐した、と冒頭で言いましたが、でしたら分岐した世界をずっと元に辿っていけば、ひとつの世界に行き着くことができるのです。それがわたし達が今いるこの世界、原初の世界、幹00ハレルヤです。この樹のように分岐したパラレルワールド、全てをまとめて私達は『世界樹ハレルヤ』と呼んでいます。…………その世界樹がいま、滅びの危機に陥っているのです。詳しいことはまだ言えませんが、『私達』はそれを止めるために動いているんです。それを止める方法が____」
「…………世界を破壊すること、なのか」
俺は図らずとも言葉の後を継いでいた。
まるで「諦めて信じろ」と言われているかのように並べられる文章を止めたかったのだ。
同時に聞くのが怖い。パラレルワールドとか世界樹とか、でかい質量の単語も出てくるし。それだけで動揺してる俺が子供なんだと思い知らされる。
でも聞かないと。聞かないとどうしようもない。時間は戻らないし止まってもくれない。
ヴィオラが俺を心配そうに見ていたが、俺が顔を上げると心配そうな顔のまま話を再開する。
「…………はい。そして世界を壊す能力を持った者を、破壊者と救世主、両方の意味を込めて『破壊の救世主』と呼びます。わたしは機械だから違いますが、サクヤは破壊の救世主です。そしてアリス、あなたも」
唐突、ごちゃごちゃ考えていた思考がヴィオラの一言でただひとつになった。
「俺が……破壊の救世主?」
「世界が破壊されてもあなたが生き残れたのは、あなたが破壊の救世主の素質を持っていたからです」
「…………そう……なのか」
なんとも言えない感情が胸に広がる。
破壊されて生き残るのは、転校生と同じように世界を破壊できる人間ってことか?悪趣味だ。
…………あいつと、同じように。
「……なあ、俺以外に生き残った人は…………いないのか?」
思わず聞いてしまった。
他にも素質がある人間が生き残っているかもしれない、という俺自身の望みでもあった。
しかしヴィオラは残酷にも首を横に降った。
「…………サクヤからの命令ふたつ目。世界を破壊すると稀にその世界にいた破壊の救世主の素質を持つ者……私達が『異能者』と呼ぶ、特別な能力を持った人間たちが生き残ってしまう場合があります。私達は、そんな異能者達にこちらでの衣食住を保障します。しかしそれには条件があります。保護施設に送られるか、サクヤのように軍人として破壊の救世主になるか、どちらかを選んで下さい」
意外だった。住んでいた世界を壊されてそのままかと思っていたが、ちゃんと保護はしてくれるらしい。
だがもっと意外だったのは、二つ目の選択肢だ。
破壊の救世主になる。俺が。
世界を壊された者が、壊す側になる。
瞬間、あの時の教室、世界が壊れるシーンがフラッシュバックし、俺は強烈な吐き気に襲われた。
「う、ぷ、うぇえっ!!げっ、うぇ、っはあ、はあっ、ふ、う…………」
「だ、大丈夫ですか、アリス!?」
ヴィオラが素早く俺に駆け寄った。
…………あれは、人が死ぬ場面だったのだと理解した。
たとえ血が流れていなくとも、あの、クラスメイト達の恐怖ただ一色に染まったあの顔は鮮明だ。助けを求める声も何もかもこびり付いて消えてくれない。
だめだ、もう思い出すな。また吐きそうになる。
少し酸っぱいのが上がってきたがどうにか飲み込む。仮にも機械とはいえ幼女の前で嘔吐するわけにはいかない。昼食少なめにしといてよかった。
「だ、大丈夫……大丈夫だから、続けて…………」
「……よく考えて決めて下さい。保護施設に行く手もありますが、あそこは風呂ありませんし、食料の供給もおぼつかないです。何より一生施設から外には出られません。そのぶん破壊の救世主は自由がききますし、食料が不安定になる事もなく、風呂もあります。もちろん立派な公務員ですから給料も出ますし、昇級も早いです。でも一生ついて回る屍を背負うことになります。…………今すぐに答えを出せとは言いません。さて、本題のサクヤからの命令二つ目は、そんなアリスを異能者管理塔まで送り届ける事です。あ、異能者管理塔というのはアリスが一生を終えるかもしれない施設です。施設体験も兼ねて、ゆっくりじっくり考えて下さい」
そう言ってヴィオラは俺を支えて立ち上がった後、出口らしき扉に向かって歩いていく。
「……どこに行くんだ?」
ヴィオラは笑いながら振り返り、言った。
「異能者管理塔ですよ。ついてきて下さい、今は夜だから、きっと楽園も綺麗ですよ」
「……?楽園はここだろ」
ヴィオラは少しばつが悪そうな顔になった。
「あー…………ここじゃない、もうひとつの楽園です」




