エピソード18 北極星最高司令官1
「……と、啖呵切って出てきたのはいいがな……」
最高司令官ロキ・タカオミ・アルテア・メテオライトは溜息をついた。
「ここ……どこだ?」
見渡す限りの銀世界に、黒い影がひとつ。
いわゆる、迷子。
「サクヤァァァアァァァァアアア!!!!」
雪原にタカオミの声が谺した。
*********
義妹のサクヤが重症を負った。
それも彼女の部下で、あわよくば殺そうとしている異能者、アリスのせいで。
あいつはまだ十六歳という若造ゆえ、出した結論に疑問を抱き、悩むのは当然だろう。それが今回の事態を引き起こした。
……だが!!
サクヤに復讐しようとし、それが手伝って同居までして、そしてサクヤを危険に晒した。
こんな男のもとに、俺のかわいい妹をどうして置いておけようか!!
というわけでサクヤは本部のメンテ室に当分入院、アリスは自宅に缶詰めにして俺は任務に従事することにした。
まあ、アリスの顔を見たくないというのもあるが。
「……あの、司令。気持ちはわかりますが、国王はあまりよく思っていないようです。あのお方は、アリス殿を気に入っていらっしゃるので……」
そう俺に忠告するのは、修正者のエリザベス・リラ・ライラック准将だ。
「そんなのわかってるベティ。だが俺はこれ以上あいつの肩を持つつもりはないからな。未熟者は壊れるのもあっという間だ」
そう言うとベティは黙ってしまった。いつも思うが、彼は優しすぎる。軍人には向いていない。
「ベティは優しすぎです。軍人には向いていませんね」
そう言いながら部屋に入ってきたのは、北極星の弟、駆逐隊のガレス・ボーマン・スコーピオ中将。容姿も声もまるっきり女の子だが、立派な男である。確認済み。
「でもベティはそれでいいです。悩む必要はありません」
そしてこの二人は俺の最も信頼する部下で、歳の差はあれど大の親友だ。
ガレスはベティの頭を優しく三回ぽんぽん撫でると、表情を変えを俺に向き直り、
「それで司令、そっち専門の者に当たってみたのですが、『転生』は事実あり得るそうです。なんか、宇宙の条理とか、パラレルワールドの真理とか、そう言うことを口走ってる変人集団でしたが」
ベティが顔を上げた。
ガレスが続ける。
「魂は条理に従い輪廻し続け、導かれ、命と身体の繋ぎ目となる。そして、その世界の魂は、他の世界に転生することはなく、ずっとひとつの世界を転生し続ける、とか」
「魂は、意識とは違うのか?」
「はい。意識は肉体を通して“観測”しているモノ。魂は命と肉体を繋ぐモノ。持っている理が違います」
……転生はあり得た。なら、リリスの言ったことは強ち間違いではないのか?
あ?ちょっと待て……。
「……ん?ガレス、今なんつった?」
「意識は肉体を通して観測して……」
「じゃなくて、その前だ。命と身体の繋ぎ目とのくだり」
ガレスは右上を見ながら思い出すように言った。
「その世界の魂は、他の世界に転生することはなく、ずっとひとつの世界を転生し続ける、ですか?」
……どう言うことだ?
「アリスは別世界の住人だ。なのになんでリリスはアリスとサクヤのことを『スティームの世界のアダムとイヴの生まれ変わり』って行ったんだ?」
スティームは、宇宙が始まった時初めてできた世界。アリスはそんなスティームの住人のサクヤがアリスの居る別世界を破壊して連れてきた異能者。
しかし、今のガレスの話が真実なら、魂は別世界に転生しない。
だとすると、サクヤはともかくアリスはアダムの生まれ変わりじゃない可能性がある。
そもそも動機が不純すぎる。なんだ裏切った腹いせに他人の体乗っ取ってアダムとイヴの生まれ変わり追いかけて殺そうとしてさらには世界樹をも壊すとか。精神年齢赤ん坊か。
ブーッ。
ガレスはぱっとフィリアスを確認し、
「……それで司令、兄上がそこまで来ているのですが……」
困ったように言った。
「……は?」
ガレスには兄が二人いる。どちらも異能者だが、俺にこんな命令するのは……。
「……ああ次男の方か、ガトラスがどうかしたのか?」
「長男の方の兄上です」
「……」
信じたくはなかったがやっぱり長男か。てことはつまり……。
「嫌だ。俺あいつ嫌い。追い返しとけ」
「兄上は、アダムとイヴについて何か識っているようですが?」
「……」
というわけで半ば無理矢理そいつは本部に通された。
ガレスによく似た青い瞳にあっちこっち跳ねた寝癖。胸には『国連軍所属北極星技術本部部長』と書かれている。着崩した作業着、目の下のクマ、
「ガレスー今日も可愛いなー。やっぱ性転換したら?」
というこれまたイラつく声に顔をぶん殴りたくなる。
俺が殴る前にガレスが殴ったけど。
「いちち……ガレス、一応血を分けた兄弟なんだけど……って、な、なんだよタカオミ、親友の兄に会ってそんなヤンチーみたいな顔しないでくれよ、あはは……」
「要件を早く言え三・二」
「あ、そう言えばサクヤちゃんどう?あの子も今年で十六歳かー、さぞかし可愛くなったんだろうなー」
「おい話を聞けゴミ」
「俺の見立てだともうバストはピー(自己規制)くらい育ったんじゃないかなー」
「てめえっ……!!」
「あ、あの……兄上、流石にそれは……」
弾丸下ネタトークをガレスが鎮めようとする。
「サクヤの胸は今ピー(自己以下略)だっ!!そして現在進行形で成長中だ!!」
「ってあんたもかよ!」
「なんだてめえ、サクヤ狙ってんのか?その気持ちは解るぜ俺の妹なんだからよだがしかし!サクヤの本当に可愛いところは胸ではなく時たま甘えてくるときのツンデレであってだな……」
取り残された部下二人は、実兄と親友に為す術がない。
「……ど、どうします?ガレス、基本この小説ギャグ要素も下ネタ要素もないですよ……?」
「装填完了。ベティ、耳塞いだ方がいいですよ」
ドカーーンッ!!!!
「……別に俺悪くねーし。兄が妹愛すのは当然だし?」
「本当に大将ですかあなた」
「あーもーだから嫌だって言ったんだ。さっさと要件済ませろ、ガリレオ」
「あれ、俺の名前覚えててくれたんだあちっ」
スコーピオ家長男、ガリレオ・アルテア・スコーピオは火のついた白衣を叩きながらいつものトーンで言った。
「サクヤちゃんとアリス君がイヴとアダムの魂を持っている。可能性はあると思うよ」
その場の緩んだ空気が一気に変わった。
「転生は科学的に可能。アダムとイヴは神の化身。知恵の果実に堕ち、楽園を追放された最初の人間。彼らがその何代目かの生まれ変わり。そう考えると辻褄が合うことがいくつかあってね」
「辻褄?」
「異能者管理塔の中枢、ひとつめの楽園があるじゃん?アダムとイヴは楽園を追い出された。あそこがアダムとイヴが暮らした本物のエデンの園かは知らないけど、追い出したはずの人間が戻ってきたら当然楽園は追い返すよね」
「アリスもサクヤも楽園に入ったことはある。でなきゃ仕事にならない」
反論すると、ガリレオはきょとんとして
「あれ?もしかしてタカオミ知らない?」
「何がだ」
「……兄上、もしかして走路事件のことですか?」
ガレスが口を挟んだ。
「走路?なんだそれ」
「アリスさんが走路に乗れなくてだいぶ有名になったんです。サクヤさんのアパートから本部に行く時、走路使うじゃないですか」
「ん……?なんか似たような話をどっかで聞いたような……」
俺の取っ掛かりに答えが出ないうちに、ガレスが続ける。
「走路……空中楽園都市のほぼ全ての稼動エネルギーは生命の実がまかなっています。生命の実、つまり楽園はアダムを拒んだ。だから走路を使って本部に来ないように仕向けた。兄上はそう考えているんですね」
「といっても、確固たる証拠ではないけどね」
「……まさかそれだけの理由でアリスがアダムでサクヤがイヴだと本気で言うんじゃねぇだろうな?」
俺がガンつけると、
「違う違う、流石にそこまで馬鹿じゃないよ、俺」
両手を振って否定しながらガリレオは声を潜めた。
「君らが軍の結構偉い人だから言える話だけど、これは本当に秘密事項なんだ。くれぐれも口外はしないでくれ」
そう釘打った。
北極星最高司令官でも識らないことなのか?
「現地球国王がアダムとイヴの直系最後の末裔なのは知ってるね?」
これは有名な話だ。俺らの主人地球国王は、アダムとイヴの直系を名乗っている。嘘か本当かは識らんが。
ガレスもベティも頷く。
「そりゃ知ってるよね。でも……『神がアダムとイヴに与えた聖剣』については識らないでしょ?」
「「「聖剣?」」」
場にいる三人がハモった。
「聖剣というか神剣というか、とにかくすごい剣なんだけど、なんか特殊な剣でね。普段は刀身と鞘なんだけど、鞘から刀身を引き抜くと鞘も『剣』になるんだと」
「「「はぁ?」」」
ガリレオの性格上か、話の内容からなのか、ガリレオに冷たい視線が飛ぶ。
「ちょ、三人して『こいつ馬鹿だな』的な目で見ないで!特にタカオミ、君怖いよ!?今にも引き金引きそうだよ!?」
「いや、俺が引こうと思ってたのは手榴弾のピンだ」
「馬鹿言ってないから!!本当だから!!手榴弾はやめて!!」
「そこ静かにしてください。兄上、その聖剣がアリスさんとサクヤさんに何の関係が?」
「ガレス、実兄になんて冷たい弟になってしまったんだ……んー、実は関係があるかどうかすらよく判んないんだ。それは了承してくれ」
頭を掻きながらガリレオは困ったように言った。
「その聖剣の刀身の名前はエクスカリバー。そして鞘の名前が……コールブランド」
……コールブランド。
アリスの武器か。
「そもそもあの武器庫、前からなんかおかしいと思ってたんだ。たまに記録にない武器が出てくるんだよ。コールブランドもそうだし、あとはそうだね、サクヤちゃんの血櫻とか」
ガレスが頭を抱える。
「武器庫の責任者は、確か……エル・シャダイ・アリルイヤ。現地球国王です」
エル・シャダイ・アリルイヤ。
第六次世界大戦を終結させ、食料の確保、国連の強化、軍の解散、再構成、地球楽園化政策、など世界情勢を作り直した元孤児。国王とは名ばかりの、国連軍の最高司令である。
本名は誰も識らない。
そいつが政府武器庫の責任者となると、関連は否めない。
つまり、
「アダムとイヴの子孫である国王が、アダムの生まれ変わりであるアリスに神から貰った神剣を与えた?」
「俺はそう考えた、それだけのことだ。前にも言ったが確証はない。ただ全否定するには危なすぎる。それを伝えたかった」
「……まあ、全くの収穫なしよりはマシだ。ガリレオ、お前の分の給料500ペンスボーナスしとく」
「えっ本当!?あー、タカオミくん500と言わずもう1ポンド……」
「減らすぞ」
「すいません」
ちょっとは役に立ったな、と思ったらすぐこれだ。ため息が自然と出る。
さて、要件は済んだ。
俺が腰を上げて出て行く仕草をすると、
「あ、あの!」
黙りこくっていたベティが手を挙げた。
「なんだ?ベティ」
「え、えと……僕の記憶違いかも、しれないんですけど……」
ベティのアホ毛が左右に揺れる。ベティは考え事をするとき、アホ毛が動くのだ。
「サクヤさん……軍に入りたての頃、走路乗れなかった気がするんですが……」
……!!
「それだ!たしかにサクヤは四歳くらいの頃走路に乗れなくて俺が担いでいたんだ。一週間くらいでぱたっと無くなったから忘れてた」
そうだ。なんで忘れていたんだろう。
さっきの話を聞いてる時の既視感。胸につっかえた何か。
「……てことは、楽園はサクヤもイヴだと勘違いして追い返したことがある。アリスと同様に」
俺がそう言うと、ガリレオは少しだけ顔を歪めた。
「あれ?そうなると俺の仮説ものすごい正しいんじゃね?うわまじか怖い」
「てめー自分で言ったこと信じてなかったのかよ」
「いやー正直俺の妄想をタカオミに言えば最低5ペンスくれるじゃん。今月まじでやばくてさー」
「金たかるために俺を呼んだのかクソ童貞」
「結果役に立ったんだからいいじゃんか。ねっ?」
とか言いながら両手をこちらに突き出してくる。
俺はベティの方を向き、
「ベティ、さっきは思い出させてくれてありがとうな。50ポンド追加しとく」
「あ、ありがとうございます……」
「あーずるいベティだけそんなに多いタカオミ俺にもーー!!!!」
「ガキか。土に還れ」
そう突き放すとガキは捨てられた子犬のようにこっちをうるうる目で見てくる。
どーせくだらねー研究に使われるのがオチだが……。
「しょーがねーなぁったく。ガリレオ、1ポンド追加な」




