エピソード16 最初の人間
午前一時七分。
作戦開始まであと五十三分。
リリス討伐作戦当日。
ハリーシアはここ数日姿を現さず、この作戦には司令、サクヤ、俺の三人が参加する。もちろんヴァレンとヴィオラも。
ヴァレンの計算では、リリスという歪みを倒すことによって世界樹の歪みはかなり激減する。
そうする事で、俺の世界を再生するのに必要な因果律も少しだけ出揃うらしい。
俺の為にも、この作戦は絶対成功させなければならない。
「……脳波正常。『不安』の感情起伏あり」
「……ヴァレン、いつ現れるか判らず、頭ん中四六時中観られてる、それが結構怖いの知ってる?」
「スマホってそういうものでしょ」
「……何しに来たんだよ」
ヴァレンは顔を上げた。
「主人、君は弱い」
「……突然だな。そしてやけにムカつく」
「肉体的にも身体的にも主人は凄く弱い。まあ強い人なんて僕は殆ど知らないけど、君はとてもとても弱い。だからそんなに焦んなくてもいいんじゃないの?」
「まどろっこしいな。何が言いたい?」
ヴァレンの瞳の奥が深くなった。
「サクヤへの復讐心が揺らいでしまう程、君は弱いってこと」
何も言い返せなかった。
図星だったから。
「黒幕がリリスだと判明した瞬間、君は迷い始めた。『全部リリスのせいだった、サクヤは悪くなかった。サクヤに復讐する意味がない。』……本気でそう思ってる?」
……ああ。
そう、俺はだんだん分からなくなっていた。
世界再生という目標は失っていない。
ただ、サクヤへの復讐は、俺の中で意味を持っているのか、それが見えなくなっている。
弱い自分が居るのが腹立たしい。
自分が一番解ってるんだ。
そして、
「俺が一番解ってるなら、お前もちゃんと理解しているだろ?」
ヴァレンは虚をつかれたような顔をし、
「……そうですか」
そのまま粒子となって消えてしまった。
暇になった俺は拘束具から林檎味の栄養剤を取り出して口に放り投げる。
「……不味い」
作戦開始まで、あと五十分。
『ーーーー作戦開始!!』
将軍の指令とともに、特別チームは一斉に動き出した(結局チーム名は未定)。
「……始めるか」
俺はそう言ってヴァレンのキーボードを取り出した。
俺、サクヤ、司令はそれぞれ別の世界に待機しており、別々の境界面からリリスの世界に侵入し干渉することによって一瞬だけ世界の波動を乱し、そこから発した乱れをヴィオラ増幅器で連続的に起こさせることで別世界への転移を防ぐ。
これは俺たちも離脱、撤退ができないというリスクを伴うが、『まあその時は俺がどうにかする』と将軍が言っていたので大丈夫……多分。
そんな訳で、とあるどっかの世界のどっかの都市のどっかのビルの屋上で、俺はヴァレンにリリスの世界の座標を打ち込んでいる。
しかしこのタイピングに見える行為も、指から発せられる微弱な意思情報を読み取っているので、適当に指を動かしていればいいだけというチートなのだが。
『オールクリア。侵入ゲート開きます。他隊員完了まであと十五秒』
「なんで急に機械喋りなんだよヴァレン」
『こっちの方がムード出るでしょ』
「まいいけどさ」
なんてどうでもいい会話をしているうちに侵入点が開き始めた。
『三……ニ……一……零。侵入点解放、ゲートが閉じるまであと十秒』
「……行こう」
俺は光の向こうの世界に吸い込まれていった。
「な……んだ……ここ……」
そこは、悲劇の顛末を迎えたかのようなところだった。
生き物は居ない。砂に埋もれた都。僅かに地上に残った文明の遺物にこびり付いた血痕。弾痕などの激しい戦いの跡。
この世界は死んでいる。
「アリス、久しぶりですね」
怒りを増幅させる声が響く。
「……リリス。この世界に何をした」
「何も。ちょっとしたモルモットですよ」
相変わらずイライラするのは変わっていない。意図が読めないところも。
しかし、と俺は思った。
もちろんこいつは紛れもない悪なんだろう。だが俺の世界を壊したのがサクヤでも、その第一原因がこいつだったように、こいつの裏にも何かあるのではないか。
そんな気がしてならない。
サクヤも司令もそんなの気にしなくていいと言っていたが、俺は聞かずにはいられなかった。
「なんでこんなことをするんだ。俺とサクヤと世界樹へ復讐する理由を話してくれ、イーモン王子」
リリスは古傷を突かれたかのように顔をしかめた。
「……へぇ。僕の名前、調べたんだ……」
リリスの手元が光った、と思った瞬間俺は反射的に横に前転して避けた。
……毒針か。
「僕、あんまり怒らない方なんですけどね……。不思議です」
「怒った方がいいぞ。戦闘能力を上昇させてくれるからな」
この手の挑発には乗らないか、と頭の中で理解していても、俺の口からはそんな言葉が流れ出た。俺も隠してはいるが怒っているということなんだろう。
「……いいですよ。話さないと可哀想というものです」
リリスはビルの残骸から降りてきて、砂の上に着地した。
「知っての通り僕はアダムの最初の伴侶、リリス。でも僕の本当の名前はイーモン・アルバート・ジョージ・オブ・ウェールズ・ラ・アリルイヤ。これが意味するものは……」
彼は楽しそうに舌を出して言った。
「僕は“アダムとイヴをたぶらかした罪で世界樹ハレルヤに喰われた、『リリス』の残留思念に寄生された『イーモン王子』”なんです」
リリスに寄生……?残留思念……?
と、説明しながらリリスはコールブランドに似た剣を取り出した。
「僕は人類の生まれた世界には必ず生まれる『正しい歪み』。永遠にアダムとイヴを殺し続ける哀れな道化。これで満足ですか?」
そう言い終わって、リリスの瞳が一層蒼くなった。戦闘モード。もう話す気はなさそうだ。
『アリス、時間稼ぎご苦労様です!わたしの調整終わりました!これでリリスはこの世界から逃げ出せません!』
「俺達も、だろ」
『今からそっち行きますねー!』
ヴィオラの通信が途切れる音と同時に、俺の隣にサクヤと司令が瞬間移動してきた。
「ヴァレンを通じて聞いていたけど……あなたがアダムとイヴに復讐したいなら、私達を手にかける必要はない筈」
サクヤが俺の疑問も一緒に聴いてくれた。
そう、俺はアダムじゃなくてアリスだし、サクヤもイヴなんかじゃない。襲われる意味が解らない。
「おや、識らないんですか?」
リリスがわざとっぽくこちらを見下してくる。
「質問してんのはこっちだ。言え」
司令が今にも戦闘モードに入りそうな勢いでリリスを睨みつけた。
「……転生、というのがあるんです。この世界樹には」
「転生?」
場の全員が、その言葉に懐疑した。
「人が持つ魂と意識……そのふたつは宇宙が終わるまで輪廻し続ける。あなた方は、そんな『魂』の系譜。スティームの世界のアダムとイヴの生まれ変わりなんですよ」
「………………!!?」
サクヤの息を呑む音が聞こえる。
リリスの口から紡がれた真実が、俺を動けなくした。
もう何にも驚かないと思っていたが、そんなのは泡沫だった。
生まれ変わり。俺とサクヤが、最初の人間アダムとイヴ。
どうしようもなく身勝手な因果だ。
「……それが、復讐の理由か?」
俺の口からはそんな薄っぺらい質問しか出てこない。
それを聞いてリリスはより殺気立って、
「お前のように復讐の理由を大義そうに掲げるのが馬鹿なんだよ!!僕はお前とは違う。醜いところを言い訳して隠そうとは思わない。僕を捨てたアダムを殺し、アダムを奪ったイヴを殺し、こんな運命を仕組んだこの世界樹ハレルヤをブッ殺してやる!!!!」
「やっぱり中身は腐っていやがったか……」
司令の声が遠くに聞こえる。
でも、俺が聞いたのはそのことじゃなくて。
「違う。……お前はアダムとイヴの生まれ変わりという理由だけで俺達を殺すのか?」
「当たり前です。もちろんリリスが復讐したいアダムとイヴ本人はとっくの昔に死んでいます。しかし魂は受け継がれ続ける。何度も何度も転生を繰り返し、今その魂を持つのがあなた方ということです」
「そんな……それなら俺達に復讐するのは筋違いだろ!!俺達にはアダムだった記憶なんて無いんだぞ!?」
「そうでしょうか?あなただって『壊した張本人』という理由でサクヤを殺そうとしていますが、実際はサクヤに世界を壊すよう命令した地球国王がいて、国王にその決断をさせた、歪みを作った第一原因ーー僕がいるわけです。筋違いはどっちですか?」
「…………っ!!」
反論できなくなった俺を見てリリスは笑顔で頷き、
「ですからサクヤ、アリス」
一気に間合いを詰めて俺に剣を突き出した。
「僕に殺されて下さい」




