エピソード15 ちょっとした一面
どうしよう。
休む、と言ってもこの家には娯楽がない。
あるのは必要最低限の家具だけ。
ハリーシアの家は面白いが主人が行方不明。
将軍の家は死んでも行きたくない。
どうしよう。
休めない、この世界では!!
「……ヴァレン」
「言わなくても解るよ。ヒットしたのはここら辺」
ヴァレンが映し出したものを見て、俺は満足げに頷いた。
「アリス、おはようございまぁーー……って、え!?」
ヴィオラの顔が不自然に歪む。
「おはようヴィオラ。あ、これは気にしなくていいから」
「いやいや、気にしないなんて無理ですよ。……それはなんです?」
ヴァレンが届いた箱を開けながら言う。
「ヴィオラ、サクヤを呼んできて。主人、サクヤに一番見て欲しいらしいから」
ヴィオラはきょとんと、首を斜めに捻った。
何個目かわからない箱を開けると、俺の世界で言うフライパン(?)が出てきた。若干形は違うけど。
さっきからサクヤはキッチンカウンターに座って俺の作業をずーっと凝視している。
「アリス、それは何に使うの?」
「食材を焼いたり、炒めたりする」
「ふーん……」
そう言ってサクヤはフライパン(?)を手に取って、バットのようにぶんっと振った。
「殺傷能力高そう」
「やめろ」
俺は、給料がたまったらやってみたいことがあった。まさかこんなに早くできるとは、天に感謝だ。
「ところでアリス、こんなにたくさん注文して何に使うの?」
サクヤが聞いてくる。
俺がやってみたかったこと、それは……。
「料理、だ」
「りょうり?」
「お前も毎日1日3食食べてるだろ。でもあれは料理というより、必要な栄養分を食べやすいようにしているだけのものだ。俺の世界では、あれは料理と呼ばない」
「どうしてそんなことするの?何もしなくても食事は届くのに」
「配給は今日一日止めてもらった。あんな物ばっか食べてたら舌がおかしくなりそうだ。それに……」
俺は少し笑ってみせた。
「単純に楽しいしな」
この世界には、料理という文化は残ってはいる。
だが、それは味の研究だとかの理由で、そこそこ美味しくて栄養バランスもいいものを効率よく摂る、がモットーで味は二の次だ。というかこの国自体がかなり料理に関心がない。
それは食事であれど料理ではない。
しかし俺のようにそれに満足できない者のためか、料理器具や加工食品は未だ健在だ。
そしてサクヤのアパートには、使われた様子は一切無いが簡易キッチンがある。これを使わない手はない。
サクヤの許可も下りたので、俺は何ヶ月ぶりかの娯楽に取りかかった。
数十分後ーー
「……なんだかいい匂いがします」
「うん。……これが料理、なのかな?」
「ああ、そうだ。……よし、出来たぞ」
俺はテーブルの上に皿を載せた。
ベーコンエッグトーストにコンソメスープ、ソーセージ、ベイクドビーンズ、サラダ、デザートにチョコムースというちょっと贅沢な朝食だが、たまにはこれくらいいいだろう。
サクヤはあれからほぼ無言で、俺の出した料理を興味深そうに見ている。
俺も席に着いて、手を合わせた。
「いただきます」
サクヤとヴィオラが同じように目を丸くした後、ちょっとぎこちなく
「……いただきます」
そう言ってスプーンをとった。
実を言うと、俺はサクヤにずっと俺の料理を食べて欲しかった。食事の楽しさを知れば、警戒心も薄くなり、料理に毒を盛るという選択肢が増える。
それに料理は、作って食べてもらって、その感想を聞くのが一番楽しいのだ。
コンソメスープを掬い、スープが薄紅色の唇に吸い込まれる。
あの無表情のまま普通に指摘されていたら、俺のメンタルは崩壊していたかも知れない。
だがサクヤは、その紅の瞳をめいいっぱい見開いた後、狂ったかのように料理を口に運び、あっという間に平らげてしまった。
……これは、思った以上の成果だ。サクヤは意外にもグルメだったのか。これは使えるかも知れない。
サクヤは満足そうに息をひとつついて、そっぽ向きながらスープの入っていた皿を俺に突き出した。
「……もしかして、おかわりか?」
「…………」
驚きを通り越して、俺は呆れた。普段はあんなにも隙のないサクヤが、料理を与えた途端隙だらけの、ただのサクヤになってしまった。
「……お前馬鹿か。もしその料理の中に毒が入っていたら、とか考えないのか」
サクヤはびっくりしたように口元を覆った。
しかし考え直したように、
「……入っていたら、ヴィオラが気がつく」
言い訳をしたサクヤは、純粋に可愛かった。
復讐相手であることを忘れるくらいに。
「流石に、俺もそこまで人間できてるわけじゃない。そんな野暮はしないよ。休日の時は、俺とお前はただのアリスと、ただのサクヤだ」
「…………じゃあ休日は……これと同じのでもいいから、料理を作って」
俺達の距離感は、どこまでが正しいのか、俺には解らない。けど、今まで他人だった人間との関係が変化する、この瞬間は、きっと誰とでもかけがえのない時だ。
「覚悟しとけ。俺の料理なしじゃ生きられない身体にしてやる」
この日、異世界に来て初めて、俺は俺の料理を食べてくれる友人を獲得した。
俺は甘かった。甘々だった。
無惨に積み上げられた屍。
頬についた血を笑顔で舐めとるサクヤ。
サクヤが、こんなにも……こんなにも……。
「甘党だったなんて……!!」
「主人、料理の載ってない皿を屍と表現している時点で主人の厨二がばれ」
「ヴァレンちょっと黙ろうか」
「おかわり」
サクヤが空になった皿を差し出す。
俺の世界ではパフェと呼ばれていた甘味。サクヤはこれがたいへんお気に召したようで、飽きもせず次々と平らげていく。
「またか?何杯目だよ」
「十杯目」
「おえ……気持ち悪くなりそうです……」
「ヴィオラは意外にも甘いもの苦手なんだな」
「甘けりゃいいってもんじゃないんですよ 人生も機械も……うげぇ……」
「やれやれ……こんなんじゃどっちが楽しんでいるのか判んないよ……」
……でもまあ、いっか。
久しぶりにこの家の住人みんなが笑っているのを見る事ができた。これはこれで楽しい休日だ。
その日俺達は昼食にフィッシュアンドチップスを、夕食にシチューを作って食べた。
俺の世界ではごく普通の光景だったのに、懐かしさと違和感が混合している。
こんなに楽しい休日は初めてだった。
でも同時に、張り巡らされた因果の糸の先にある邪悪なモノを、俺はどこかで感じていた。




