エピソード13 新任務始動(ニューミッション・スタート)
「痛い!痛い痛い だから痛いって!!悪かった!!俺が悪かった だから……」
「本当に悪いと思ってるなら別にこれくらいしても平気だよね?」
サクヤがそう言って触るな危険のところを思いっきり握り潰した。
……悲鳴が響いた。
「……な、何をしたんでしょうか、サクヤ……?」
「ヴィオラはサクヤと繋がってるんだから何されたかくらい判るでしょ?」
「あ、そっか。…………う……おえぇ……」
「まぁ僕も主人と繋がってるから何されたか判るけど」
「よ……よく平気でいられますね ヴァレン……」
「……お前ら全部聞こえてるぞ」
半透明カーテン越しにお喋りフィリアス妹弟を黙らせながらも、俺は痛みを堪えるのに必死だった。
アレは流石にない。リリスと戦うよりキツイ。
「いや〜豪快だったね〜サクヤ。あ、あたしも千里眼でちゃーんと観えたから安心して!」
「帰れ」
「サクヤ、仕置きは終わったか?なら、そろそろ本題に入りたい」
さっきからこの部屋の隅に座っていた司令が待ちくたびれたように言った。
ここは地球国連合軍本部にあるメンテナンス室だ。骨折しても足が無くなっても生きて帰ってこれれば、時間はかかるが再生できる。帰ってこれれば、だが。
あの後俺はリリスを退け、そのまま気を失い、腹部の傷を癒す為にここに運ばれたとか。
リリス戦からもう五日。
俺の意識が回復したのを見計らったようにサクヤ、ハリーシア、はたまた司令に北極星の将校達までもが押しかけてきた。
察するに、何か話があるのだろう。
……その前にサクヤから「油断するなと言われたのに感情任せに突っ込み、深傷を負ったのにまだ戦おうとした。そんな状況判断もできない部下に育てた覚えはない」と言われ、お仕置きを受けたところで今に繋がるわけだ。
半透明カーテンが消滅し、二人の将校が敬礼した。
俺も敬礼しなおると、ロングスカートの将校が先に口を開いた。
「自分は、地球国連合軍北極星所属駆逐隊総司令官、ガレス・ボーマン・スコーピオ中将です。まだ軍人になって日の浅い貴方に危険と責任を押し付けてしまったこと、本当に申し訳ない」
そう言って頭を下げた。
危険と責任というのは、リリスのことだ。中将ほどの人が俺に頭を下げる。それだけでリリスのヤバさが伺える。
中将が頭を上げるのを見て、もう一人の金髪の将校が慌てて名乗った。
「ぼ、僕は地球国連合軍北極星所属修正者総司令、エリザベス・リラ・ライラック准将です。ベティとお呼びください」
そう言ってあどけなく微笑んだ。
あ、この人はリリス戦で俺を助けてくれた将校だ。
……いや、それよりこの世界では男にエリザベスと名付けるのか。俺と同じだな。
「さて、病み上がりで悪いがお前に話がある」
司令はそう言って、楽な姿勢をとって話し始めた。
「あのリリスという少年だが、お前の元いた世界以外にも数多の世界を歪めていた。俺たちが今までに破壊した世界にもあいつに歪められた世界がいくつもあった」
「!……俺の世界だけじゃなかったんですか?」
司令が深く頷く。
何故だ?リリスの狙いは俺の筈じゃ……。
「そして歪められた世界は、歪め方は様々なんだが、どの世界にもひとつ、共通点があった」
「共通点?」
ライラック准将が言葉を継ぐ。
「今まで破壊してきた世界は、第三次世界大戦が起きた世界が多くなかったですか?」
「……そういえば、俺が最初に破壊した世界もそうでした。特にここ最近はそういう世界が増えていた気がします」
「そこで、なんですけど……ハヤミ少尉のいた世界は、どうでしたか?歪みの影響で、近いうちに戦争が起こりそうだった……とか」
「あ…………!!」
隣国と米国との戦争。絶えない紛争。予期されていた世界大戦。
あったんだ、俺の世界にも。歪みの影響が。
ハリーシアが脚を傾ける。
「戦争を起こすことで世界の理、因果を曲げるのが一番大きな歪みを作り出す方法なのかもね。というか、アリスの世界を確実に歪めるために他の世界で試してた、っていうのが正しいのかね」
「そして、その世界をサクヤが破壊して、目論見通りになった……か」
実験していた……とでも言うのか。
そこまでして、何をしようって言うんだ。
サクヤが俺の心を読んだかのように口を開いた。
「リリスは『アリスと私への、世界樹への復讐』って言ってた。アリスをこの世界に連れてきて、殺し合いをさせて、残った方を自分で殺す。これが『アリスと私への復讐』なのは解るけど……『世界樹への復讐』ってどういう意味だろう?」
「そこまでは判りませんが……問題はアリスさんがサクヤさんへの復讐をするかどうかです。復讐してサクヤさんがアリスさんに殺されたらリリスの思う壺ですし、やめてしまえばリリスは生命の実を求めて楽園に侵入すると、アリスさんが意識を失った後リリスは言い残して消えました。あれから奪う者が増えたせいで他の異能者達も出払ってますし。政府としては、一刻も早くリリスに手を打ちたいんです」
この場にいる全員が俺を観た。要するに、俺の復讐がこの世界に関わっている。俺の決断で、この世界の未来が決まる。
でも、俺はーーーー。
「知りませんよ、そんなの。この世界の事も世界樹のことも」
スコーピオ中将が身構えた。が、俺は構うことなく続けた。
「でもリリスは放っておけません。俺の世界を破壊したのがサクヤなら、その原因を作ったのはリリスだ。あいつは俺の立派な復讐対象です」
ーー俺は、自分の為にしか戦えない。
「……目的は一緒、ということか」
将軍が長いため息をついて、物凄い剣幕で俺を睨んで、こう言った。
「もっとも、お前がそう言わなかったら拘束具で無理やり従わせたけどな」
「えっ拘束具ってそんな事できるんですか?」
俺はサクヤを睨んだが、サクヤは忘れてた、とでも言うような顔をした。いつもの事だ。
「……主人」
「ん?何だヴァレン」
「……どうするの?サクヤへの復讐」
「それは……」
お前なら解るだろ、俺の思考が読めるんだから。
と言おうとしたが、ああ、そうか。
ヴァレンの考えていることが判った。
俺はサクヤに向き直り、目を逸らしたいのを我慢して言った。
「……一時休戦だ サクヤ。不本意だがリリスを倒すにはお前の力が必要だからな。リリスを殺した後、お前を殺す」
「?……うん。分かった」
あ、こいつ分かってないよ。
俺だけ恥ずかしい思いして馬鹿みたいじゃないか。
「でもどうするんですか?アリスがサクヤへの復讐をやめちゃったら、リリスが生命の実を求めて楽園に来ちゃいますよ?」
「それはあくまで順番の問題だ。復讐を続ければ先にアリスかサクヤ、もしくは両方が死に、復讐を続けなければ楽園が先に侵される。どっちにしろ、どちらも危険なのは変わりない」
「じゃあどうすればいいんですか」
ヴィオラが半ば半ギレ状態だ。
司令は気にしていない顔で続けるが。
「楽園に侵入される前に、リリスを倒せばいい。ヴィオラ、お前このあいだリリスについて調べただろう。それを教えろ」
ヴィオラはため息をついた。
「調べるには調べましたが……手掛かりになりそうなものは何も出て来ませんでしたよ」
そう言いつつ、空中にモニターを映し出す。
「リリスとは名乗っていますが、本名はイーモン・アルバート・ジョージ・オブ・ウェールズ・ラ・アリルイヤ。前地球国王の息子で、第五王位継承権を持っていましたが、第六次世界大戦にて新政府に権利も地位も全て奪われ、特別施設に送られたようです。そして一年前施設で目撃されたのを最後に、行方をくらましています」
「前国王の息子か。一年前に何かがあった、と考えるのが自然だな」
と、その時将軍の拘束具のアラームが鳴った。将軍はさっと素早く確認し、胸ポケットにしまい込んだ。
「たった今国王から命令が下った。破壊の救世主、メテオライト大将、テイラーピール中将、フレイム少将、ハヤミ少尉、以下四名はこれより別任務についてもらう。リリスを名乗る少年を殲滅せよ。任務遂行に必要ないかなる行動も許可する」
そして将軍はスコーピオ中将とライラック准将の方を向き、
「駆逐隊と修正者は増殖した奪う者の件について緊急会議を開くそうだ。すぐに本部作戦会議室に行け」
「了解!」
「了解です!」
そう言って将校二人は出て行った。
「さて、俺たちも行くぞ。まずは一年前リリスに何があったのか。それを明らかにする!」
その後俺達はリリスに関係するものを全て洗った。
リリスがまだイーモン王子だった頃の使用人や教官に話を聞いたり、サクヤの知り合いの情報屋から情報を買ったり、目撃者がいないか聞き込みをしたり。
病み上がりなのに司令はずいぶん人遣いが荒い。
が、有力な情報は殆ど出てこなかった。ひとつ共通しているのは、リリスは約一年前から急に別人みたいに荒んでいったことくらいだった。
完全にどん詰まりだった。
「ま、そりゃそうだ。『リリス』は宇宙中に幾らでも居る。そのどれかに寄生されたイーモン王子があの『リリス』なんだろうね」
ハリーシアのその一言がなければ。
「なん……だって?」
ハリーシアは傾いた夕陽に髪を揺らしながら言った。
「そもそもリリスっていうのは、人類が生まれた世界に必ず生まれる『正しい歪み』のこと。人類のいる世界なんて世界樹中に存在する。しかもそれは時代と共に移ろう。どうしてもこの世界で見つかるわけがない。『リリス』に寄生された人間は特定の人物に復讐するために動くんだよ」
唖然とした。今日一日必死に探した答えが、こうもあっさり見つかると。
「てめぇ……なんでもっと早く言わなかった!?」
司令は当たり前だが突っかかる。だがハリーシアはけろっとして
「今思い出した。ほんとだよ?」
そう言った。
サクヤがハリーシアに体を向ける。
「ハリーシア、今私達がこうして喋っている間にもたくさんの世界が歪みによって消滅している。あなたの気まぐれでどれだけの人が死んでいるか分かっているの?」
サクヤの瞳が険しくなった。だがそれ以上に、ハリーシアの瞳は不気味で恐ろしかった。
「壊しているのはあたし達だろ。あとあたし嘘言ってないし。本心で思ってもいないこと言って、人間ごっこは楽しいか?」
ハリーシアがサクヤに一歩近づいた。
なんで、こんな事したんだろう。
気付いた時にはもう遅い。
俺はいつの間にか、サクヤとハリーシアの間に立っていた。
サクヤが、やられる。そう思ったら、いても立ってもいられなくなっていた。
ハリーシアは目を丸くしたが、やがていつもの心地よく胡散臭い笑顔に戻り、
「じょーだんじょーだん、何もしないって。まぁそうだよね、自分の復讐相手が殺されそうになったら庇うのは当然だよね」
そう言って高笑いした。
「なっ、誰が……!」
反論しようとしたが、
「そこまでだ」
司令が遮った。
「テイラーピール、この件は後で俺が問いただす。今日の任務はここまで。全員お疲れ様。明日も引き続きリリスの調査を行う。しっかり休息を取るように」
将軍は言ったが早いか、言い終わってすぐ駅に吸い込まれて行った。
「主人、帰ろう」
「え?あ、ああ」
ヴァレンもサクヤもヴィオラも、帰りの駅に向かって歩いて行く。
俺も三人に続くが、
「アリス」
呼び止められて、振り返る。
箒に乗ったハリーシアだった。
「何だ?」
「忘れないうちに言おうと思ってさ」
にこにこしながら地面を蹴り、少し宙に浮く。
「困った時は、本を探して」
「本?」
「うん。確かに伝えたからねー」
言いながら俺の前を物凄い速さで通過した。
何が言いたかったんだ……?
「アリス、早くして」
サクヤの呼ぶ声がする。
「ああ、今行く」
俺はサクヤの方へ向かって走り出した。
その日を最後に、ハリーシアが俺達の前に現れることはなかった。




