エピソード12 願ったのはただの日常
そいつは、ただじっと俺を見つめていた。
怖いような、嬉しいような、いろんな感情が混ざって少し気分が悪い。
だが今の感情に一番近いのは、怒り。なんで俺は、会ったこともないこの少年に怒りを覚えているのだろう。
そんな自分の曖昧な感情に戸惑っていると、そいつが突然仕掛けて来た。
反射的にコールブランドで弾く。次の攻撃に備えて後ろを振り向くと、そいつはもう居なかった。元いた空中に、一瞬で戻っていたのだ。
……速い。
これは、俺じゃ勝てないかも知れない。
「……へえ、今回も同じ顔か。僕のことは……知りませんよね、もちろん」
そいつが口を開いた。
と同時に、未だ経験した事がない程の頭痛が俺を襲った。
「あぅ……っ!」
思わず頭を抱えてひざまつく。
知らない?僕のことは?
そうだ、俺は知らない。知らない筈だ……。
……筈なのに。
なんで怒りが、殺意が湧いてくる?
今すぐ殺せ。あいつを殺せ。そう言われているみたいに。
「お前は……何者、なんだっ……」
その瞬間、コールブランドが輝いた。
痛みで意識が朦朧とする中、喉から絞り出す声を最後に、俺の意識はコールブランドに吸い込まれていった。
そこは、前に夢オチした場所だった。
水中のような冷たい静寂の中、やっぱり『彼』はそこにいて、相変わらず姿は見えない。
「お前……なんで俺をここに呼んだ?」
俺は『彼』が俺を呼んだことが判っていた。
『彼』はひと息間をおいて答えた。
「『お前』はよしてくれ。『コールブランド』とでも呼んでくれ。……僕たちは契約した。主人は武器に命を預け、武器は主人に運命を預ける。これは必要事項であり、勝機を掴む手札だ。だから、僕に君の命を預けてくれないか。僕も、君に僕の運命を預けるから」
……彼、いや、コールブランドは淡々と説明しているが、どうも裏がある気がしてならない。
あの白髪少年の出現、それを待ち構えたかのように俺をここに呼んだ……。色々とタイミングが良すぎるのだ。
俺の意味不明な殺意と関係しているかもしれない。
それに、
「まるでこうなる事が解っていたかのような口振りだな。俺と契約したのには何か企みがあるのか。それに命と運命が同等に取引されるのは納得いかない」
そう言うと彼は(多分)苦笑し、
「……そう思われてもいい。裏があるのは事実だしね。でも、命にも運命にも、同じ“命”って字が入ってる。僕に命はない。捧げられるのは、僕の運命だけだ。僕はただ……」
一瞬、背の高い青年の姿が見えたような気がした。
「君に、謝りたい。そして、見届けたいだけだ」
「……あ、れ?俺……」
いつの間にか元の世界に戻ってきていた。隣でサクヤが俺を支えている。
サクヤだけじゃない。ハリーシア、司令、ヴァレンにヴィオラ、北極星の異能者達……全員揃っている。
奪う者の猛攻はいつのまにか止まっていた。
「アリス!大丈夫?」
サクヤが悲鳴に近い声を上げた。こんなでかい声出たんだな、そう思いながら俺は
「あ、ああ。大丈夫」
痛みはするが、さっき程じゃないのでそう伝える。サクヤは安堵の表情とともに、その唇は……。
笑っていた。
……なんだよ。普段全然笑わないくせにこんな時だけ笑いやがって。
だがそんなサクヤの初めて見せる笑顔に見とれる暇もなく、そいつは不気味な笑顔で語りかけてきた。
「ごきげんよう、世界樹の善き僕ども。僕の名前はリリス。永劫破滅の奪われし者。さぁ、君たちに選択する権利を与えよう。アリスかサクヤ、どちらかを僕に渡して下さい。渡さなかったら、奪う者達をたくさんたくさん生命の実に群がらせますよ」
その笑顔は、ハリーシアくらい胡散臭く、そして見る者に恐怖を与えている。
司令がそいつに向かって吼えた。
「てめぇの目的は何だ。生命の実じゃねーのか」
「僕は奪う者の統率者だが、残念ながら奪う者じゃない。侵入の手口を奪う者と真似ただけ。そうすれば、アリスとサクヤは自らやって来てくれるからね。というか、こうなる事くらいそこの魔法使いさんは解っていたんじゃないかな?」
ハリーシアは目を瞑り、首を横に振った。
「生憎あたしは昔のあたしと違って“観る”眼は持っていないからね」
……こいつもたいがい胡散臭いな。
こんな奴の要求をどう受け取るのか。司令をチラリと見ると、
「あい解った。アリス、お前行け」
案の定即答だった。
「タカオミ、馬鹿は顔だけにして!アリスは僕の主人なんだよ!?」
ヴァレンが即座に抗議する。
司令はそんなヴァレンを抑えながら小声で呟いた。
「落ち着け。どっちにしろアリスかサクヤ、どちらかが行かないとあいつは生命の実を求めるため楽園に奪う者達を侵入させるだろう。そして万が一にもサクヤを失うわけにはいかない。アリスには拘束具も付いてるし、危なくなったら逃げればいい。それにアリスなら……」
居なくなってもプラマイゼロ。成る程。ここは俺が行くべきだな。
「……アリスなら大丈夫だ。多分」
…………。
「司令。俺が行きます」
「よし。……アリス、くれぐれも気をつけろ。油断は禁物だ」
俺はリリスと名乗る少年向かって一直線に歩いて行った。
不気味な笑顔を携えたその顔を今にも剣でぶっ刺してやりたい程殺意は治まっていないが、それ以上に俺は解せない事で頭がいっぱいだった。
なぜ俺なんだろう。
サクヤは何となく解る。あいつはああ見えて凄い奴で、セイヴァー適性、戦績、成績ともに一位なのだ。
敵が警戒するのは必然といえる。
対して俺は適性はそこそこあるものの、戦績は十六、成績は五十九位。北極星安定の最下位。敵サマが何を血迷って俺を選んだのかが全くもって意味不明。
それにこいつはどうやら俺のことを知っているようだった。取引材料を俺に選んだのには、何か意味があるに違いない。
そいつの前で止まり、俺は拘束具からコールブランドを取り出した。そいつも何処からかコールブランドによく似た剣を取り出す。
「久しぶりですね、アリス・メルクーア・ハヤミ。貴方が来るのをずっとずっと待っていたんです。本当にサクヤは、僕の思い通りに動いてくれた。感謝の言葉しかありません」
リリスが放つ言葉の数々。俺は一言も聞き漏らさないように意識をしっかりと持った。
「サクヤが……お前に加担したって言うのか」
「そうですよ。貴方をこの世界に連れてくる為、そして二度と戻れないようにする為に……」
……俺をこの世界に連れてくる?
「お前……一体何を」
リリスは口端を歪め、笑顔でこう言った。
「破壊の救世主は増えすぎた世界、歪んだ世界を間引く存在。なら、貴方の世界を破壊させるには、その世界を歪めてしまうのが一番手っ取り早い」
そう言ったリリスの瞳に光は宿っていなかった。かわりに宿っていたのは
……俺と同じ、憎悪と復讐の色だった。
動けなかった。
リリスの放った言葉が、俺をどんどん蝕んでいく。
サクヤじゃ、なかったんだ。
俺の憎むべき相手は。
「お前が……お前が、俺の世界が破壊される原因を作った……のか?」
「その通りです。そして貴方がサクヤを憎み、殺し合い、残った方を僕が殺す。これが僕の、あなた方への……世界樹への復讐なんです」
俺はただこいつの掌で踊らされていた弱い人間。薄くて軽い紙切れ。復讐とか言って、沢山殺した人殺し。
人殺し。
人殺し。
人殺し。
憎悪とか、復讐心とか、怒りとか、そういうのは感情の中で一番行動力があると思う。
事実、今俺を動かしているのは俺じゃない。
「うあああぁぁああ!!」
気づいたら俺はリリスに斬りかかっていた。リリスはそんな攻撃をするすると避ける。
俺は苛ついて、氷を空中に出現させ、氷塊はリリスに向かって不定期に吸い込まれる。
だがリリスはコールブランドに似た剣で氷塊を斬っていた。
俺はその隙に背後に回り込み、死角から斬りこんだ。
え?
じわじわと、血と痛みが俺の身体に浸透する。
腹部を見る。
リリスが、コールブランドに似た剣で俺を刺していた。
そんな、なんで。
氷塊の数からして、完全に隙が生まれていた筈なのに。
読み違えた……?
リリスが俺の身体から剣を引き抜く。
同時に身体から力が抜け、足がぐらつく。
倒れたことを自覚したのは、数何秒か後だ。
「アリスッ!!」
サクヤの声が聞こえる。でもあいつの顔も歪んでもう見えない。
「うん、まあまあですかね。一ヶ月前に破壊の救世主になったとは思えない実力です。ですが、まだまだ未熟で青い。もっと経験を積んで下さい。その時また会いましょう」
そう言ってリリスは血をはらうと、すたすた歩き始めた。
「…………待……て」
待て。待て。待て。
リリスが立ち止まり、振り返る。
「待ちやがれ……まだ俺は、お前を……」
手探りでコールブランドを掴み、足に力を入れる。
立ち上がれ。俺の足!
「まだお前を……殺して、ない!」
『ーーーー解った』
『それが君の選択なんだね。なら僕もーーーー』
「この剣が届くまで、俺は……諦めない!!」
俺は走った。リリスめがけて。
憎悪と、怒りと、復讐心と、決意に突き動かされて。
『君に運命を預ける。そして与えよう。
“世界を救う資格”をーーーー!!』




