エピソード1動き出した運命
今日も廻る、灰色の世界。それはいつから存在するのか、いつ終わるのか誰も知らない悠久の成長。
私はそんな数多の可能性を抱えて今日も廻る。
いつか訪れる全ての始まり。
たとえその儚い運命が消えてしまうとしても、偽りに塗れていても。
その意思を嗤うことなど誰にもできないのだ。
ひとつ、水面に投げられた小さな雫の話を綴ろう。
これは、あなたを忘れない為の物語。
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耳元で誰かが叫んだような気がして目が醒める。実際には誰もいないのだが、つい隣を見てしまう。
だがそんなものもすぐに消える。今日は水曜日。学校に行かなければならない。
起き上がり、ドアを開け、階段を降りる。
洗面所で顔を洗う。
鏡に映った自分の顔をみて、俺は大袈裟にため息をついた。
昨日と何も変わっていない、ぼけっとした顔。茶色い少し跳ねた髪。若干蒼めの瞳。
姉貴によると、ご先祖に西洋の系譜が混ざっているらしく、よくイタリア人みたいとは言われる。だが飛び抜けてイケメン、というわけではない。そこそこだ。
顔だけではない。俺は全てそこそこ、『普通』なのだ。
成績の順位はど真ん中、運動は平均。陽キャとも陰キャとも会話するからスクールカーストも真ん中、浮いた話や恋愛経験などゼロ、特にこれといった、他人よりできる特技もない。
まるで俺を取り巻く全てが『普通』で設定されてるかのように。
他人と違うといえば両親がいないが、そんなの俺という存在の価値を上げるのになんら手助けにならない。なっても嫌だけど。
俺がこの世界に失望したのはいつだったか。
なんの取り柄もない自分が嫌いで、そんなのおかまいなしに廻り続ける世界に絶望したのはいつだったろうか。
どんな時でも付いて回る現実、得意なこともないからなにかに熱中もできない。理不尽ばかりで不完全。「仕方ない」で片されられた色んな感情。ああ、世界ってこういうもんだって理解したのは、小学生より前の頃だったかも知れない。
水を止め、リビングのドアを開ける。姉貴はもう着替えと準備を終えて歯磨きしていた。
「おんや今日は早いね。雪でも降るかな」
無視。
「とりあえずご飯作っといたけど足りなかったら自分で作ってね。あ、ヨーグルト食べていいから」
姉貴はそう言うと目にも留まらぬ速さで支度し、あっという間に出て行った。
ひとり残された俺は冷蔵庫のヨーグルトを引っ張り出しながら思った。退屈だ。こんな虚しいからっぽの世界はいつまで続くのだろう。
少しくらい夢を見させてくれよ、神様。
SHL前、校舎の窓から外を眺める。
今日は雨だな。曇った空を見て俺は思った。なんとなくだが、昔から空を見ると雨が降る時だけ判るのだ。変な特技。
「っはよー速水。久しぶり!」
昨日も会っただろ。
奴の名前は楸 風斗。なぜか俺につるんでくる。顔よし、勉強よし、スポーツよしの完璧物件だが極度の女たらしで、女友達は多いが男友達がほぼいないという哀しい男。
だからなのかあまり群れない、どっちつかずの俺に目をつけたのだろう。
「速水、今日の天気は?」
「晴れのち雨」
「うわぁマジか。傘持ってきてないよー」
だからなんで家で予報を見てこない。俺はお前の専用天気予報士か。
「あ、そういえば速水知ってる?今日来る転校生女子なんだって!可愛いかな?ロング?ショート?」
「そんな妄想してもブスだったら悲しいだけだろ」
「夢を壊すな速水!下の名前で呼ばれたくなかったら俺と同じ夢を見ろ!!」
…………ぐ。
そう、俺がしぶしぶこんな奴とつるんでいるのは、俺に弱み、というかいじられる要因があるからだ。
俺のフルネームは速水 有澄。
澄んだ心で有り続ける、という意味らしいが、肝心の心の字が入っていない。ただ単に名付け親が某国のアリスのファンだっただけだ。俺の心はこの名前のせいでとっくの昔に淀んだ。
女の子でさえアリスなんて名前、この国では珍しいのに。想像してみたまえ。
子供には普通の名前をつけてやれ。ここで特殊なのは迷惑でしかない。
正直俺は転校生なんてどうでもいい。俺の生活に干渉するか、絶対に関わらなければならない場面以外は無関係を貫こう。
チャイムが鳴って担任の山崎が入ってきた。転校生の姿は____ない。
「席つけー。今日はまず転校生を紹介する。が、少しばかり変わった子なんだ。偏見を持たず受け入れてやって欲しい」
フラグが立った。楸はそんな事気にしてないようにそわそわしてしているが。
「おーい、入ってこい」
ドアが開き転校生が入ってきた。転校生はまとも
…………ではなかった。少なからず。
まず最初目につくのは、真っ白な髪に雪のような肌。つまり、アルビノだ。ゲームとかでしか知らないが、本物は初めて会った。なんというか、白い。睫毛まで白い。瞳は血のような鮮やかな紅で、ややきついつり目も相まって心を見透かされるような感じがする。
……ここまでだったら俺はこの転校生を受け入れていたかも知れない。だがこの転校生、異常な点がまだあった。
髪はクセの強いウェーブがかったショートボブなのだが、何故か耳らへんから出てる髪の一部が胸の辺りまで伸びてる。よく女子の髪で触角というのがあるが、あれとは違う、まるで本物の蟲の触角のようだ。そして頭の両端には白いへんな物体がふたつ乗っていた(後で最新の補聴器だと知った)。
ここまででも十分異端なのに、決め手がもうひとつ。
…………顔だ。ブスではない。いや、とんでもなく美少女なのだ。
恋愛経験のない俺が言葉を失い、思わず見惚れてしまうくらいに。
輪郭、鼻の高さ、大きさ、形、それぞれのパーツの位置、全ての要素があるべき所に収まっている。ここまで整っている顔をした人間を俺は知らない。こんなに可愛い子が自然と産まれるのかと思えるほど、その美しさは異常なくらい作り物じみてて、誰にも有無を言わせず暴力的にすら見える。
加えてうちの学校の制服は男子学ラン、女子セーラーでどちらも色は真っ黒。こんな別世界から来たようなアルビノ少女が着ると、何だか違和感に違和感を重ねたようだ。
担任が黒板に名前を書いた。
火酔 裂夜
見かけより少しトーンの高い声が響く。
「…………火酔 裂夜です。宜しくお願いします」
ifエピソード
現在午前5時30分。いつもより早く起きてしまったが、今日は都合がいい。
仕立てたばかりの制服では当たり前なのだがパリッとしていて着心地は悪い。
テレビを見ながらトーストをかじる。今日は午後から雨のようだ。
鞄に折り畳み傘を入れ新品の靴を履いて家を出る。天気予報通りの曇り空だった。
「えーっと、君が転校生ちゃんかな?」
家を出た瞬間声をかけられ、驚いて思わず身構えてしまった。
そこには三十代ほどの男が立っていた。
「初めまして、俺は山崎 望。今日から君の担任になる者です。よろしくな」
ものすごく気だるそうにそう言って、右手を差し出してくる。なんだ担任の先生か……え、なんで私の家の前に!?
もしかして迎えに来てくれたのだろうか。一見パッとしないが、意外といい先生…………なのかも知れない。
差し出された手を私が掴むと、ぶんぶんと数回振ってからパッと離された。……なんなんだ一体。
「よーし、いっくぞー」
そう言って無駄に綺麗に回れ右をしてすたすたといってしまう。あっけにとられながらも、私は先生の後を追った。
このたび私が転校してきた悠里高校は、古いながらも隅々まで掃除が行き届いている、趣ある学校だった。
校長先生に挨拶し、山崎先生に案内されて《1ー2》と書かれた教室の前で止まる。
「俺が呼んだらこいよー」
私が頷くと先生はドアを全開にし、
「席つけー」
なんて気の抜けた挨拶をし、ドアがぴしゃりと閉まる。
………… 緊張する。私はアルビノだから周りから化け物扱いされる事も少なくなかった。転校するのも今回が3度目だ。皆私を受け入れてくれるだろうか。
「おーい、入ってこい」
えーい、受け入れてもらうには笑顔だ笑顔!しっかりしろ裂夜!私はぺしぺしほっぺを叩いて、しゃんと背筋を伸ばし教室に入った。
クラス中の視線が痛いが気にしたら負けだと思う、うん。
先生が黒板に名前を書き終わり、自己紹介するよう促した。
「今日からこの悠里高校に転校してきた火酔 裂夜です。宜しくお願いします!」
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6時限目は物理基礎だった。
音波がどうとか周波数は音階とか言っているがどーでもいい。
俺は窓の外、雨が降るのを待っていた。気分はどちらかというと地学だ。
雨は好きだ。髪はうねるけど、小さな雨粒でも石を穿つことができる、雨の音はなんとなく落ち着く。空気中に舞った埃も飲み込んでくれるし、この退屈な世界をまるごと洗い流してくれるようで。
例の転校生は二時限目に早退した。なんか、持病がどうとかって。
異物が居なくなってクラスみんな安堵していた。ただひとり楸は残念そうだったが。
こんないつも通りの時間が過ぎているだけの教室。いつもと同じ奴が居眠りして、いつも同じように起こされて、いつも通り小さく笑いが起こる。害をなすものは何もない。
…………退屈だ。
ぽつ、と音がした。
やっと雨が降り始めた、と思ったその時。
ガシャーーーーン!!
という大きな音がした。クラスメイト達がきょろきょろと辺りを見渡す。俺は誰か花瓶でも割ったんだろ、そう思ったが、よくよく考えるとあれ、となった。
今の音、どこからしたんだ?…………外?いや学校?
どうして音は聞こえたのに、どこから聞こえたか見当がつかないんだ?
俺は教室を見渡した。物理の講師がいなくなっている。
ドアが開け放たれ、たぶん勢いよく開けたのだろう、壁にぶつかって帰ってきたように中途半端に開いていた。音と共に講師は出て行ったのだ。
しかし、だとすると新たな問題が発生する。たかがちょっとでかい音がしたくらいで、授業ほっぽってどこかに行くだろうか?
ピシッ。
突然女子の悲鳴が上がった。そちらを見ると、妙な事になっていた。
ロッカーに、ヒビが入っている
……のはいい。が、普通ヒビは物体に入るもので、人間に入るものではない、はずなのだが…………。
ロッカーに入ったヒビの延長線上に、人がいた。確か、図書委員の宮野だったか。
なんだ、これ…………?
人にも、モノにも…………空間にも、ヒビが入っている、としか例えようがない。
んな馬鹿な。自分で言っておいて何だが、空間にヒビが入るなんてそんな事あるはずない。
…………普通は。
しかし現に起きている。つまりこれは普通じゃない。異常だ。
ピシッ。
パシッ。
考えてる間にもどんどんヒビが入っていく。女子だけでなく男子の悲鳴も上がり、クラスがパニック状態だ。
逃げるか?
だが逃げようにもどこへ?このクラスだけじゃない、隣のクラスからも悲鳴や机のずれる音が聴こえる。もし、この現象が外でも起きていたら逃げ道なんてないんじゃないのか?
それに体にヒビが入ると動けなくなるようで、誰も動かない。それとも動けないのか。
幸い俺の体にはまだヒビは入っていない。
どうする?どうすればいい?
「は、速水……」
背後から俺を呼ぶ声。楸だ。
奴の体には、もう何本も亀裂が走っていた。整った顔は青ざめ、声は震えている。
「これ……ちょっとやばいんじゃ……」
「そんなの分かってる。でもこんなの……俺たちにはどうしようも……」
生物としての本能か、自然と判る。これは、ダメなやつだ。このままじゃいけない。
雨の音が妙に耳に吸い付く。
不思議なことに俺の体には一本もヒビが入ってないが、俺以外、見渡す限りもうヒビが入る所はないんじゃっていうくらいヒビが入っていた。
外は、土砂降りになっていた。
パアアアアン!!!
空間が割れた。さながらRPGのフィールドでエンカウントした時のように。あの時は割れた先にあるのは戦闘画面だが、今日は………………
何も、ない。
何も見えない、闇だった。
「速水!速水イイィ!!!」
楸の声だ。振り返る。泣きそうな目で、こちらに手を伸ばしている。
「楸!!」
俺も手を伸ばした。
だが楸はどんどん遠ざかっていく。まるでこの世から消えていくみたいに。
楸だけじゃない。他のクラスメイト、カースト最上位の一条、バカ頭のいい瞿雲、モテて文武両道で完璧人格の四月一日でさえ、なす術なく闇にその身を投じてゆく。みんな必死に、俺に助けを求めるように手を伸ばして。
____届かない。
俺の伸ばした手はついに、誰の手も取ることが出来なかった。
なんで……?
どうして…………。
胸がよく解らない感情でいっぱいになる。
苦しい。
俺は考えるのをやめた。そして闇に身を任せ、堕ちていった。
俺は目を開けた。
…………ここはどこだ?
何もない、真っ白な空間。雨は降ってない。
上半身を起こす。
「いてっ」
その時指先に痛みが走った。見るとガラスのカケラが辺り一面に飛び散っていた。
数コンマ後、さっきの出来事が濁流のように押し寄せる。
楸は?学校は?教室は?皆は?
俺は、なんでここにいる?
パリン。
慌てて音がした方向を見る。かなり遠くに、人影が見えた。
俺以外にも人がいたのか。安堵すると共に、左手はガラスの破片へ手を伸ばしていた。
本能が警告してる。相手がいい奴とは限らない。自衛手段はどんな物でもあった方がいい。
そしてこんな時なのに冷静に判断できてる自分に少し驚く。
人影がだんだんこちらに近づいて来る。その影をはっきり捉えて、俺の頭は真っ白になった。
(なっ………)
なんで、こいつがここに。
その人影は、あろうことか今朝の転校生だった。




