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Chapter-2

 依頼の期限は三日間。

 つまり、先輩たちが修学旅行から戻って来る前の日まで。それまでの間は放課後、詩歌研究部の部室でボールペンを探し続けないといけない。そう、依頼では、それは「放課後」に限られていた。

「宮山先輩、お待ちしておりました」

 次の日磯崎は、宮山先輩を部室の前で待ち伏せた。僕は少し離れた場所で待っていた。二人で行くと相手が威圧を感じるかもしれないから……と磯崎が言ったのだった。不本意だけど、僕は様子を知りたくて、離れた場所から覗いていた。廊下には、放送部によるお昼の放送が流れていた。磯崎に声をかけられた先輩は、びくりとした。

「な、なんだ?」

「探偵の仕事ですよ。もちろん」

「探すのは放課後だけでいいっていったはずだ。今は昼休みだ」

「活動熱心なんですよ、僕」

 宮山先輩は不機嫌そのものといった顔で、磯崎に「しっしっ」と犬でも追い払うようにした。磯崎はにこにことして、まったくそれに動じない。

「先輩も、すごく活動熱心ですよね」

「あ?」

「活動熱心であることが証明されれば、部員の人数が規定に達していなくても部の存続が認められる。もちろん一人では難しいけれど」

「何が言いたいんだ」

「単なる事実の確認です。では、放課後にまた参りますね」

 磯崎はそれだけ言って去りかけた。が、部室の扉に鍵を差し込もうとしている宮山先輩の方に振り返ると、付け加えた。

「あ、先輩。部室をぐちゃぐちゃにしなくても、僕はちゃんと時間いっぱい探し物をしますから。安心してください」

 先輩の顔が青くなるのがわかった。わざと自分で部室を散らかしたことを見抜かれて、先輩が逆ギレするのではないかと僕は思った。暴力に訴えた場合は止めに入らないと、と僕は身構えた。が、先輩はただ顔色を失って、呆然と磯崎を見ただけだった。磯崎は笑顔のまま、優雅な足どりでこちらに歩いてきた。


「部屋の片付けもそれはそれでやりがいのある仕事だが、また部屋を散らかす先輩の労力とそれを片付ける僕たちの労力、それは無駄以外の何者でもない。省けるところは省きたい」

 部室棟を出たあたりで、磯崎は口を開いた。

「でも、ボールペン探しは続行するの?」

「放課後先輩は、部室で活動をする必要がある。詩歌研究部のサイトは見たことあるか?」

「ないけど」

「なかなかコンテンツが充実している上に、更新はここのところ平日ほぼ毎日だ。部員の自作の詩がアップされていることもあれば、有名な詩とその解釈が載せられていることもある。生徒の人気も高く、先生方にも評価されている。おそらく部室のパソコンにデータが蓄積されていて、それを編集して載せているのだろう。だから必ず部室で作業する必要がある。部室で作業する必要があるということは、部の存続と部室使用の継続を学校側に主張する材料ともなる。だから三年生の不在の間にも更新が滞ることなく続くことは何より重要だ。しかし依頼人は部室で一人ではいたくない。だから僕たちに依頼をした」

「一人でいたくない?なんで?」

 僕が訊ねると、磯崎はちょっと顔を歪める。

「怖がりまたは寂しがり、の可能性を疑ったんだが。しかし彼は昼休みに一人で活動することについては何とも思っていない。たとえば部室に幽霊がいると思っているとか、誰もいない部室に一人きりの寂しさに耐えられないといった理由なら、昼休みは活動しないだろうし、先ほどのように僕を追い返すはずもない。放課後限定だ。放課後彼は一人で部室にいたくない。だが理由はわからない」

「それで君は、今日もそれにつきあうの?」

 僕の質問に、磯崎はにっこりと笑った。

「もちろんだ。それが依頼なのだから」


 その日の放課後、僕は磯崎とは別行動だった。僕は文芸部に、入部届を出しに行く必要があった。自分のことを文芸部員、と書いたが、厳密には、僕はまだ文芸部員ではなかった。中等部の時文芸部員だった僕には、当然ながら見知った先輩から直接勧誘が来た。二つ返事で入ります、と言い、仮入部期間に二回ほど顔を出していた。女性の先輩がいることが、何よりも驚きだった。それはそうと、すでに入ったような気になっていて、僕は入部届を出すことを忘れていたのだ。それに気づいた先輩から昨日連絡があった。届さえ出せば、それで用事は済む。言われた原稿さえ締め切りまでに出せば、あとはほとんど顔を出さなくても何も言われない、という地位を、すでに僕は中等部の時に確立していた。そのやり方を、僕は高等部でも貫くつもりでいた。

「お、来たね」

 文化部の部室棟に入ったところすぐの自販機の前で、その紅一点の野村先輩と鉢合わせした。高等部からは共学とはいっても、外部生の割合は内部持ちあがりの半分ほど、その中でさらに女子の割合は半分以下なので、学校内の女子の割合は極端に低い。部に女子がいるというのはとても希少なことらしい。野村先輩は髪も短くさばさばした雰囲気で、たぶん自身では、男子とか女子とかあんまり意識していないと思うけれど。

「入部祝い」

「はい?」

「奢ってあげる。どれがいい?」

「ええと……じゃあ、カフェオレで」

 紙コップがガコンと落ちて、氷がざらざらと投入される。

 自分のコップに口をつけながら、先輩が訊ねた。

「磯崎くん……はやっぱり入らないのかな」

「はい。その気はないみたいです」

 先輩と磯崎に直接の面識はないけれど、中等部の活動記録を見たのだろう。他の先輩から話を聞いているのかもしれない。中等部の時は、磯崎も文芸部だった。僕がこの学園に編入した当初、磯崎はすでに文芸部員だった。けれどもその入部動機はかなり不純なものだった。探偵の助手兼記録係にあてがうにふさわしい人物を見つけたいから入ったというのだ。結局僕は、その役にまんまと嵌められたわけだけど。

「部の存続条件の規定人数は五人。三年生が抜けるとかなり危ういんだよね」

 先輩は頭を掻いていた。

「でも、活動熱心なら人数が少なくても認められる場合があるみたいですよ」

 僕は磯崎が昼休みに言っていたことを思い出して言った。

「まあ、そうらしいけど……ハードル高いなあ」

 先輩は天井を仰ぎ、それから我に返ったように、

「って君は人ごとみたいに」

 冗談ぽく怒ったように言ったので、僕は笑って「すみません」と謝った。屈んで紙コップを取りだし、並んで階段を上る。

「文化部は兼部可なんだし、もっとみんな気軽に入ってくれたらいいのに」

 磯崎は他の部に入っているわけではないので兼部可能でも関係ない。それはともかく、兼部可能ということは、僕には初耳だった。

「初めて聞きました。部の説明会の時も、先生は何も言ってなかったし」

「どうもね、やる気のない幽霊部員や名前だけ貸す部員が増えるのをおそれて、兼部可の規定に反対している先生が多いらしくて」

 野村先輩は大げさにため息をつく。背は僕と同じくらいだろうか。男子のように短い髪で、でもそれだからこそ、そのうなじや肩、身体のラインの女性らしさが妙に際だつ感じがする。

「それでもこの前一人来たんだけどね。結局やめときます、って言われた。詩歌研究部に行くって」

「詩歌研究部?」

 思わず反応してしまう。

「一年生が、詩歌研究部に入るって言ってたんですか?それはいつ頃」

「先週。確か月曜日」

 兼部希望ではあったけど、かなりやる気のある感じだったよ。こつこつ書き溜めたものがあると言って……。

 先輩のことばに、僕は頭をめぐらせた。


 結局その日、僕は下校時刻まで文芸部で過ごした。途中磯崎から僕の意見が聞きたいから一緒に帰ろうというメールを受け取って、僕は了解と返していた。けれども文芸部の部室を出て電話をかけても、つながらなかった。詩歌研究部の部室に行ってみたけれど、すでに電気は消され鍵も締められていた。

 ――部室出た。

 メールを送った。が、返信はなかった。

 ――どこにいるの?

 やはり返信なし。

 ――帰るけど。

 返信なし。

 ――今日、どうだったの?何かわかったことあった?

 返信なし。

 

 ムッとしている自分にムッとしつつ、けれど僕は助手として、きわめて冷静に探偵の助けになることを心がける。磯崎に、知ったことを報告するメールを入れた。

 ――文芸部で、偶然情報を得た。仮入部に来た一年生の一人が、詩歌研究部に行くと言っていたって。依頼と何か関係ないかな。

 しかしやはり返信はなかった。

 夜寝る前にも念のためスマホを覗いたけれど、磯崎からの返信はなかった。

 たまにこういうことがある。


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