天を焦がす人類の一撃
雨音からライターを貰い、要に続くようにスタンバイした。
「そっち準備いいか?」
「いいわよー、思い切ってどうぞ!」
逃げる準備をした珠理たちが合図をする。それを見てダイナマイトの導火線に火をつける。
「いくぞ要。ちゃんと耳塞いどけよ」
「おう!」
せーので天窓からダイナマイトを思いっきり投げる。できるだけこの研究所を巻き込まないように遠くをめがけ、宙に放る。狙った場所は研究所から少し離れた場所にある池だ。火の粉が舞い落ちても派手な炎上を起こさないようにするためだ。
ゆっくりと美しい弧を描くように落下していき、途中で導火線が燃え尽きた。狙い通り空中で爆発したダイナマイトは一気に爆炎を巻き起こし、周囲は凄まじい熱風にさらされる。
今までに聞いたこともないような轟音が辺りに響き渡る。耳を塞いでいなければ鼓膜が破れていたかもしれない。
雲をも焼き焦がしてしまいそうな炎が宙で揺らめく。
「す、すげー」
あまりにも衝撃的な光景に、要は真情を吐露する。
耳を劈くような爆音、肌を焼く熱気、視界を曇らす黒煙、建物すら揺らす爆風。そのどれもが同時に襲いかかってくる。
「熱っ! やっべ……やりすぎたかも……」
思っていた以上に熱の波動が地表に降り注ぐ。真上に放らなくてよかった。確実に火事になる。
「言ってる場合か! それより見ろ! ゾンビたちが!」
要が指を差した窓から外を見ると、ゾンビたちの攻撃が一時的に止まっていた。爆風の圧力に耐えられなかったようだ。そして耐えられなかったのはゾンビだけじゃない。ビシビシと音を立てた窓ガラスに亀裂が入り、一斉に割れだした。
「今だ! みんな逃げろ!」
俺の号令で扉を開け、正面から堂々と逃げ出した。そして、すぐさまマシンガンの砲声が響く。珠理が先陣を切ってくれているのだろう。カツンカツンと薬莢の落ちる音を聞きながら、俺と要も先に逃げた女子たちを追う形で研究所から脱出することに成功した。
爆風は止み、ゾンビたちは徐々に活動し始めた。流石に爆風だけではゾンビを倒すことができないようだ。だが、走っている俺たちを追うことなどゾンビにはできない。ゾンビたちは走ることができない。足を引きずり、なんとか歩くことはできても追いつくことなど到底できない。
「雨音! 手榴弾だ! 後ろのやつらに食らわせてやれ!」
「う、うん」
雨音はすぐさま安全ピンを外し、ゾンビの大群に投げつけた。爆炎と共にゾンビが吹き飛ばされ、四散した体があちこちに落ちていく。
だが、全滅とはいかないようだ。煙の中からゆらりと姿を現すゾンビも多い。
もう一回手榴弾を投げてもらおうと、雨音に声をかけようとした瞬間――
「もっ、もう……はっ……走れない……」
「六花! ちょっと何やってんの!?」
六花だけは日頃の運動不足がたたり、徐々に失速していき、終いには息を切らし足を止めてしまった。
「ぼっ……くに……はっ、わず……はっ……はぁ……さに……っけ」
「何て!?」
「はっ……ぼっ……はっ、わ……はっ……はぁ……きに……け」
「だから何て!?」
はぁはぁと息を切らしているせいで何を言っているのかさっぱりわからない。
「たぶんだけど、『ボクに構わず先に行け』って言ってるんだと思うぞ」
「無駄にカッコつけてんじゃねーよ!」
そんなこと言う余裕があるならさっさと走れよ。六花自身言っていたことだが、バッチリ足枷になっている。
「要、六花のことおぶって走れるか?」
「うーん、微妙だなぁ……」
苦々しい顔をして六花の体型を見つめる。
「珠理の体型とちょっと似てるから大体五十キロくらいかな? 身長が低いからマイナス三キロくらいして……。うん、ギリギリいけ……ぶへっ!」
「ちょっ! 私そんなに重くないわよ! 勝手な見積もりやめてよね! 私より雨音の方が重いわよ!」
珠理が要の後頭部にドロップキックを食らわしながら激昂する。怒りのためか、何の関係もない雨音を犠牲にして、自分の体重のイメージを払拭させるというとんでもない手段に出た。
「ええっ!? 私だって五十キロもないよぉ! デタラメなこと言わないよぉ!」
顔を真っ赤にした雨音が珠理の背中をポカポカと叩きながら言う。もう! 女子ったらめんどくさい!
「ほんとだよ? ほんとに五十キロもないからね! 嘘じゃないよ! この前ちゃんと体重計ったもん! 信じて理人!」
唐突に俺の方を向き、必死に否定する雨音。
「う、うん。疑ってないからさっさと六花を助けに行くぞ」
「ほんとに信じてる!? もしかして理人ってすらーっとした人が好みだったりする?」
「いや、何の話!? それ今する必要ある!? もう! 早く行くぞ!」
危機的状況なのにも関わらず、何無駄話してるんだよ。
そうこうしている間に六花の背後に魔の手、もといゾンビの腐った手が差し迫っている。
すぐさま腰に下げた刀を抜き、ゾンビに向かって走り出す。
「六花しゃがめ!」
「はっ、はい!」
しゃがんだ六花の頭上に横一閃の鋭い斬撃を放つ。俺の刀の鋒がゾンビの肉を裂く。鮮血とは言い難い変色した血飛沫が飛び散り、六花の白衣を赤く染め上げる。
「要! 六花連れて先に逃げてろ! 珠理と雨音は要の援護をしてやってくれ」
「りょ、了解! 行くぞ六花。理人の死を無駄にするな!」
いや、死んでないよ? 死ぬ気もないし。
「骨は拾ってあげるわ!」
感じ悪っ! だから死ぬつもりないって!
「いい人だったねぇ……」
死んでないから! 何だお前ら! いい加減にしろよ! 温厚な俺だって怒っちゃうぞ!
「なんでもいいからさっさと行け!」
そう吐き捨て、俺は殿を務める。
やだ、俺超かっこいい! こういうの一度やってみたかったんだよ! 仲間を守るために敢て損な役回りを担うみたいなやつ。俺主人公みたい! いつもいつも俺より濃いメンツのせいで一番キャラ薄い気がしていたけど今日でさよならだ。空気さんとは言わせねーよ?
自分のかっこよさに惚れ惚れしていると、有無を言わさずゾンビの手が襲いかかってきた。もう少しかっこよさの余韻に浸らせてくれてもいいのに……。こういう展開ってあんまりないんだから……。たまにはいい思いさせてくれよ……。頼むよゾンビさん……。
ゾンビたちの手をバックステップで華麗に躱し、刀を握り直す。迫り来るゾンビの体に刃先を突き立て振り下ろす。
道路を縦横無尽に駆け巡り、ゾンビを近づけさせないようにする。一人で複数体のゾンビを相手にする時の戦いの基本だ。
そして隙を見て背後から攻撃。せこい戦い方だが、仲間がいない状態でこれ以上の戦い方はない。一撃を与え、離脱する。ヒットアンドアウェイを繰り返し、少しずつゾンビに致命傷を与える。
宙を飛び交う血が雨だれのようだ。血雨に打たれながら刀を一心不乱に振るうこと数十分、俺の足元にはおびただしい数の死体と血に溢れていた。
「はっ……はっ……終わった……」
余裕と言うには少々語弊があるが、それでも勝ちは勝ちだ。生きていることに安堵の息を吐いた。
乱れた息が整わず、刀を収めるとほぼ同時に地べたに座り込んでしまった。あんまり地べたに座るのよくないんだよなぁ……。どっかのなろう作家みたいにヘルニアになっちゃう。
「……みんな大丈夫かな?」
こんなところでのんびりしている場合じゃない。
途端に心配になり、ふらふらとした足取りでみんなが逃げた方に向かおうと、重い腰を上げた時――聞き慣れた爆発音が耳の奥に届いた。
「……うそん」
あいつらピンチじゃん。
次話は5月10日です。




