月下の訪問者たち
自宅に帰ってきてからも俺の不安は消えなかった。
むしろ一人になったことで更に恐怖が増した。判決を言い渡される前の被告ってこんな気分なのだろうか。じわりじわりと遅効性の毒のように精神にダメージを与えてくる。俺は無実なんだ! 何もやってない! 他人に迷惑はかけてない! 身内にはかけたけど。あ、重罪だわ……。
未知の出来事が俺の頭を支配する。なにか良くないことが起こっている。そう思うと夕飯も喉を通らない。気分を変えようとしてもすぐに現実に引き戻される。
「……一応連絡しとくか」
勤務中何かあったときはすぐに上司に伝えるようになっている。会社みたいだ。俺ら兵士には直属の上司がいる。上司と言っているが日本防衛軍将官という正式名称がちゃんとある。面倒だし覚えにくいからみんな上司と呼ぶ。
正直あんまり連絡を取りたくない。俺の上司は性格がアレだから。だけど連絡しないといけない……。社畜ってこういう気持ちなのだろうか。大変だな……。
そう思いながら携帯電話を手に取る。
隊のリーダーは連絡用に特殊な電話を持たされている。ガラケーみたいな形で電話以外の使い道がない。
そして電話をかけると、
『はーい! みんなのアイドル四月一日月姫ちゃんでーす!』
プツッ。
切った。
電話するんじゃなかった……。しかもあの人ノータイムで出たぞ。暇なのか?
お分かり頂けただろうか。先程電話に出た女が俺の上司、四月一日月姫。
ほとんどの人が読めない苗字を持ち、それだけじゃ飽き足らず月の姫と書いてかぐやと読むキラキラネームの女性。そしていろんな意味でキツい性格。ふざけた名前と性格の分際で異常に強いというわけわからない人だ。こんなアホ丸出し女の部下って……なんだか泣きそうだ。
そんなことを思っているとすぐに電話がかかってきた。これ面倒臭いやつだ。放っておくと何度でもかけてきそうだ。
「……はい」
『なんで切ったの! 月姫ちゃんとお話できるなんて喜ばしいことなのよ!』
渋々電話に出るとけたたましい声が俺の鼓膜を刺激する。というか自分のことをちゃん付けで呼ぶなよ、あんた三十路だろうが……。こんなのが上司とか辛すぎる。
『理人くんが月姫ちゃんに連絡してくるなんて珍しいね。どうしたの? 愛の告白的なやつ?』
ははは、こいつめー。冗談キツいぜ!
「ババアに興味ねーよ」
『あ?』
「すみません! すみません! 本当にすみません!」
こっわ。さっきまでの明るい声はどこいった? なんでそんなイカツイ声出せるの?
『月姫ちゃんはね、年齢なんて超越した存在なの。老いを感じさせない女の子なの。失礼なこと言ったらめっ!』
イタい! めっちゃイタい!
そして疲れる。ただただ疲れる。こんな三十路ぶりっ子嫌だ。
ウザすぎる……。
「ウザすぎる……」
やっべ、声に出てしまった。
『おい、今なんつった? あ?』
ガラ悪っ! みんなのアイドルじゃなかったのかよ? こんなヤクザみたいなアイドルいやだなぁ……。
『あんまりナメたことぬかすなよ。首、まだ繋がったままがいいでしょ?』
一瞬で血の気が引いた。
将官という名は伊達ではない。はっきり言ってこの人は俺の十倍は強い。まともに戦うと一分経たないうちに殺される。
だがな、どんな生物にでも弱点というものがある。弁慶のような豪傑にも泣き所があるように、この人にも責められたくない部分がある。
それは――
「そんな感じだから婚期逃すんですよ」
この一言だ。
『…………』
四月一日さんは黙った。借りてきた猫のように静かになった。
『……ぐすっ……』
泣いちゃった!? 嘘でしょ!? 泣かすつもりはなかったんだよ! だけどほんの少し、ざまあみろと思ってしまう自分がいる。
『月姫ちゃんのどこがダメなの……? 料理だってできるし、スタイルもいい方だし、顔もいい方だよ……。高望みもしてないし……。一体どこがダメなの? 教えてよ……』
先程の態度から一転、縋り付くような声で言う。
どこって……性格かな。確かに四月一日さんは綺麗な人だが、それを帳消しにする程性格が厄介。
だが、今なお泣いている女性に向かって性格がクソだからとは言えない。優しい嘘を織り交ぜ励ますしかない。
「えーっと、実年齢と精神年齢が反比例しているからだと思います」
『どの辺? 直せるところ?』
すっかり立場が逆転し、鼻声で尋ねてくる四月一日さんはちょっと可愛い。売れ残りにこんな気持ちにさせられるなんて複雑なんだけどさ……。
「今からでも直せると思います。男は結構単純なんで、仕草が可愛かったり、ついつい守ってあげたくなるような雰囲気を出してれば、樹液に群がる虫のように寄ってくる可能性がなくもないような感じがしなくもないような気がしなくもないです」
「ん? ん? ん? それ結局来るの? 来ないの? どっちなの?」
「寄ってくるといいですねー」
適当な返事で流しつつ、希望を待たせる。俺ってすごくいい部下。
話が脱線し、関係ない無駄話で時間をかけてしまった。
「あのー、本題に入っていいですか?」
話を強引に変える。
さっさと報告して切ろう……。
「実は今日、頭を打ち抜かれてた後再び行動を始めるゾンビに出会ったんですけど……」
『ふーん。それ、もっと詳しく教えてくれる?』
急に雰囲気ががらりと変わった。ふざけた様子はなく真剣な声だ。
今日の出来事をより詳しく説明した。
『なるほどね、倒れないゾンビか……。今のところそういった報告はないけどこっちでも調べてみる。何かあったらすぐに連絡する』
「はい。わかりました」
『理人くん、怖いと思うけど君は東地区のリーダーだよ。しっかりしないとダメよ?』
「俺がしっかりしなくてもあいつらは強いから大丈夫ですよ」
『そうかなー。月姫ちゃんはそうは思わないよ。要くんも珠理ちゃんも雨音ちゃんも理人くんのこと頼りにしてると思うよ』
「そうですかね……?」
『そうだよ。月姫ちゃんが受け持ってるチームの中で君たちは一番良いチームだと思う。ニートも悪くないなって思わされたもん』
四月一日さんは穏やかな声で言う。
仲間が褒められるというのは少し照れくさい。それと同時に誇らしくも思う。
『まぁ、何かあっても君たちなら大丈夫だよ。月姫ちゃんが保証します。理人くんは一人で戦ってるわけじゃない。理人くんがピンチになった時は必ずみんなが助けてくれる。とってもとっても心強いね』
「はい、ものすごく心強いです」
そう言って会話は終わった。
突然見せた一面が強烈だったが最後は励ましは正直嬉しかった。上司ってすげーわ。常にあんな感じならそこそこモテるんじゃないだろうか。あの人残念すぎる。具体的には何もしないし、する気もないけど、四月一日さんのモテ期が訪れることを心の隅っこでは願っています。
そしてまた一人の時間が訪れる。もしもあのゾンビが増えたら……そう思うと恐怖が襲ってくる。
ダメだ、一人でいると弱気になる。こればっかりはどうしようもならない。長い夜を一人で耐えるだけだ。
ピンポーン。
「おおうっ!」
急に家のインターホンが鳴った。インターホンの音を聞いたのは何年ぶりだろう。
そんなことを考えている場合じゃない。誰がインターホンを鳴らした? ゾンビか? そんな行儀のいいゾンビがいるのか? 考えすぎて頭がおかしくなりそうだ。
ゾンビは家を破壊することは無い。だが、今日のゾンビを見たらそんなことは言えない。怪力のゾンビがいたっておかしくない。刀を持って恐る恐る玄関の扉を開けるとそこには、
「「「今日泊めて!」」」
「……え?」
要、珠理、雨音の三人がいた。
お前らも怖いんだな、着替えまで持ってきているし。驚かすなよ……。いろんな意味で心底ホッとした自分がいた。
俺も、みんなに会いたかったんだ。




