6.騎士団長
麗華は頑張って覚えてますが、名前を覚える必要はありません。
…だめね、人様の自己紹介、しかも名前で笑うなんて失礼にもほどがあるわ。
うん、もう笑わない、たぶん。
とか思ってたら、その…えーっと。……臼、そう、フラウス王子ね。が、話しかけてきた。
「君は?あの丸薬の味はどうでしたか?」
…はぁ、本当にどうにかならないのかしら、その笑顔。あぁ、もう、答えればいいんでしょ、答えれば。
「残念ながら、おいしいと思える要素は微塵もありませんでした。」
えぇ、これっぽっちもおいしくなかったわ。私の回答、ご満足いただけたかしら。
でも、それに答えたのは、王子じゃなくて、騎士団長だった。
「…それはそれで驚いた、よく食べれたな、嬢ちゃん。」
……我は成人しているのだよ、本当なのだよ、嬢ちゃんじゃないのだよ!
あと、そんな自分が食べれないもんを人様に出すな!
私が心の中でちょっと怒ってたら、王子がスッと立ちあがり、喋り出した。
「どうやら、カグラが本物みたいですね。
…………………さて、カグラ、あなたに頼みたいことがあります。
ですがその前に、場所をかえましょう。ここは少し暗いですし、巫女がいる場所として相応しくありません。」
「え、あ、はい……?」
神楽ちゃんは、驚きながらもうなずく。
すると王子は、
「ミルザン、第1貴賓室に頼む。」
と、蒼髪のおじさんに向かって言った。ふむ、ミルザンさんか。「みる(←)みるザン(←)ギリ頭になる」で、どうかしら。ふむ、文明開化ね。
そのミルザンさんは、うなずくと、立ちあがった。
「カグラ様、ご案内いたします。どうぞこちらへ。」
「あ、はい……。」
神楽ちゃんも、慌てて立ちあがった。ここで、慌てて立ちあがるとこ、かわいいのよねぇ。うんうん。
神楽ちゃんが立ったのを見て、ミルザンさんが歩き出す。神楽ちゃんはそれを見て、ちらりと私の方を向いた。
あー、私は行かないわよ、お呼びじゃないみたいだし。と、言うことでヒラヒラと手を振っておこう。いってらっしゃい。
まぁ、巫女様巫女様言ってるし、危害は加えないでしょ。
………と、思った瞬間に、頭にフッと人身御供が浮かんだ。ちょ、ちょいちょい。ヤバいじゃない。
「待ってください、睦月さんはこれからどうなるのですか?巫女と言っていますが、巫女の仕事の具体的な内容を教えてください。」
内容によっては、なんとか助けてあげないと。神楽ちゃんなら、………魔法でなんとかなるかもだけど。
「君に教える必要はない。君には関係がないことだ。」
……ゆっくりと王子が答える。そして、スッと笑顔が消えた。
怖っ!…………怖っ!
でも、ここはお姉さんっぽく、そうよ。神楽ちゃんを守らなきゃ。
「確かに、王子が言う通り、私には関係がないことです。」
神楽ちゃんに会ったのは、今日が初めてだし。でも。でもね………。
「ですが、私とて、後悔はしたくありません。
お願いします、巫女の仕事が危険なものかどうかだけで、いいですから、教えてください。」
ここで神楽ちゃんを行かせて、もし神楽ちゃんが死んだら、私はきっと後悔するもの。
私は、王子が何も言わないのをいいことに、どんどん話す。
「先程の話を聞く限り、私には巫女になる資格はないみたいですから……可能であれば、すぐにでも自分の国に帰ります。それに、口は固い方です、絶対に誰にも言いません。」
どうせ魔法が使えないなら、ここにいても、しょーがないし。
私は日本に帰りますよー。しかも口が固いので、この国の不利益になることは言いませんよー。と、アピール。
でも、王子には届かなかった。
「ミルザン、行け。」
「はっ」
ちょい、待ちなさいよ、誰にも言わないと言ってるでしょうが。私が小さいからって、疑ってんじゃないでしょうね。
ミルザンさんが、「こちらです」とか言いながら、歩き出す。神楽ちゃんは、ついて行こうか、迷ってるみたい。
でも、ミルザンさんのために侍女さんがドアを開けると、神楽ちゃんは、何かを決意した目をした。そして、一度うなずくと、私に手を振り、ミルザンさんと一緒に部屋を出て行ってしまった。
ちょ………ちょいちょい、神楽ちゃん、何考えてんのよ……。さっきの話聞いてたら、危険かも、とか思わなかったの?何よ何よ、…………なんなのよ……。人身御供、ないとは言い切れないって言うのに。
そりゃあ、神楽ちゃんはこの後、貴賓室で、説明を受けることになるんでしょうけど。………いきなり、ふん縛られる可能性だってあるじゃない。
「…………教えてください。睦月さんの、」
安全を保証するだけで構いませんから。と、言おうとしたのに。
「………魔道師長、これはお前の召喚ミスだ。お前が責任をもって、なんとかしろ。」
王子は深緑フードにそう言った。
王子は、私を見ていなかった。まるで、私など居ないかのように。それが自然だとでも言うように。……流れるように無視された。
…いら。いらいらいら。心の底から、だんだんとイライラしてくる。いい加減にしなさいよ……、怒るわよ?
私がじろり、と王子を睨みつけていると、深緑フードが「はっ」と答えた。
「……おい、フラウス、さすがにこんな小さな娘に………。」
私の怒りの表情を見て、騎士団長が、王子に意見してくれた。ナイス、もっと言ってやって。
「私の敵かも知れぬ相手に優しくする理由はない。それが役に立つなら利用はするが、役に立たぬ者に興味はない。」
王子は、騎士団長の言葉をバッサリ切り捨てると、ドアから出ていった。
私は王子の言葉を聞いて、思わず下を向いてしまった。「役に立たない者に興味はない」。……この言葉が、ぐさり、と心に刺さった。………「私」という人間が否定されたみたいじゃないの………ひどすぎるわ。
「……その、すまん、嬢ちゃん。ちょっと国が混乱してて、あいつも気が立ってるんだ。深い意味はないと思うから、そんなに気にしないでいいからな。」
…………騎士団長が優しい、優しいわ。
「お気遣い、ありがとうございます。」
私が感謝を伝えると、「ウラグス!行くぞ!」と、ドアの向こうから、王子が叫んでいるのが聞こえた。
「おう、今行く!」
ウラグスさんは、そう叫び返すと、
「嬢ちゃん、巫女は大丈夫だ、命に関わるような仕事はないからな。……詳しいことはスルトンたちに聞いてくれ。達者でな。」
と、私に言うと、立ちあがり、ドアから出て行った。
………ウラグスさん。この人の名前は、忘れちゃ駄目ね。多分、もう会えないでしょうけど。そうね………「裏口(←)で滑(←)っちゃった」とかかしら…。
スルトンってのは、深緑フードのことかな。「スケルトン」、略してスルトン。覚えやすくていいわね。
残されたのは、壁際にいるフード男ズに、座ったままの私。それから、ドア付近にいる侍女2人。ついでに、後ろに停めてある自転車。
あ、この座布団とか、片付けるのかな。リュックを背負い、その場を離れると、侍女さんがパパッパッと片付けてしまった。速………。手伝おうと思ってたのに。
そして、侍女2人は、颯爽と去って行った。敷き布に座布団、それからお皿とお水。意外と重いと思うんですけど………さすがプロ技ってとこかしら。
私はそれをぼんやり見ながら、王子の「役に立たない人間に興味はない」発言について考えてた。………ウラグスさんは気にするなって言ってくれたけど、やっぱり心に刺さったまま。
とっとと抜くために、心の中で反論しときましょう。そうねぇ………。
『役に立たぬ者に興味はない』
『あら、お言葉ですが。私のことさえ役に立たせることができない、王子だって、国に立つものとしては役立たずなんじゃないですか?』
…………おぉ、いいわね、これ。次同じこと言われたら、こう返してやりましょ、うん、スッキリした。
人身御供……人間の命を、神への、いけにえとすること。
ザンギリ頭……文明開化の例として挙げられることが多い。まげを作らずに、西洋風に短く切った髪。