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「で? どうだった?」

「聖女ジェニ。袖が器に入ってるよ」

 朝の食堂はどことなく静かだ。濡れてしまった袖を、差し出したハンカチでジェニが拭く。

「じらさないじらさない。聖女レーの憧れだったじゃん、聖騎士セア」

 レーは目を閉じてそっと息を吐いた。

 確かに、憧れていた。好きといえるほど、会ったこともなかった。ただ見かけて、あまりにもきれいで目が離せなかっただけ。けれど、心の中にはしっかり刻まれて忘れられなかった人だった。

「話までしたんでしょ。ていうか積極的になっちゃって」

 きゃー、と言い出さんばかりに、バシバシとレーの肩をたたく。朝から元気だな、と寝起きに弱いレーはただされるがままだった。

 昨夜は結局、本当に眠ってしまった(・・・・・・・・・・)セアを宿に置き去りにして、レーはデュアンに神殿へと連れ戻された。心苦しかったけれど、あの宿で寝られる気もしなかったし、なによりデュアンが強引だった。

 だーいじょうぶだって、とこれしか言わず、押し切られてレーは戻ってきたのだ。

「会えたは会えたけど」

「けど」

「……イメージ変わった」

「そりゃそうでしょ。相手は絵じゃなくて、人間なんだから。なに、とんだ悪人だったとか」

「ううん。全然 」

 むしろ善人すぎて困るぐらいだ。レーに対してもっと怒っていいのに。

「怖い人?」

「怒った時はそれなりに……でも言葉とかは丁寧だった」

「実は不真面目」

「お堅いって言われてた」

「顔が偽物」

「それはなに?」

 意味が分からない。いやあ、とジェニが苦笑いする。

「いるんだって。化粧とか髪型とか、あとは使えれば魔術とか? そういうので、上手に顔をごまかしてるのが」

「……えと、なかなか壮絶な努力? だね」

「そだね。確かに、そーぜつかも」

 返答に困るレーとは違い、ジェニはあっけからんとしていた。まあ、なんにせよあのセアが出来そうなことではない。そんな器用さは持ち合わせがないのは、短い時間でレーでも感じていた。

「顔は、あれが生まれつきじゃないかな」

「へー。あんな男の人でも美人がいるんだね。じゃあ、残念な感じ?」

「……そこはアタリかも」

 本人には、少々申し訳ないことに。

 あんなお悩み相談――だと思うことにした――を打ち明けられてしまえば、どんな顔だとか立場だとかは、ひとまず全部放り出してしまえる。身を持って体験したレーは、少し遠い目になる。

 と、不意に入口の方が騒がしくなった。なんだろうと人の頭や影の隙間からのぞいて、げ、とレーは呟いた。

「どした?」

「……なんか、迎えにきたっぽい?」

「えー……」

 最悪、とまでは言わなかった。だれが、とも聞かれなかった。ジェニは察しがいいのだ。

 レーの目の前にはまだ食事の残った器がある。これを捨てるのは耐え難かったけれど……

 貴女方、と後ろから声がした。

 振り向けば、ゆるゆると背の後ろまである金色の髪が、薄く光をはじいて耀く。白い肌と小さな顔、バランス良く配置されたパーツが、にっこりと笑った。

「そちら、よろしいかしら。私たち少々人が多くて。椅子が足らないの」

 女神のようだと、誉めそやされる声の主は、聖女イレーナ。後ろには数人の聖女と、そば付の騎士もいた。全体で十人以上。

 レーは同じく、唇の端を上げて見せた。

「もちろんですわ、聖女イレーナ。お声かけていただいて助かりました。時間を過ぎるところでしたの」

「まあ、お役にたてたなら幸いですわ。お役目でしたのね。お手伝いいたしましょうか」

「まさか。些細な雑事(・・)ですの。聖女イレーナのお手を汚すまでもないことですわ。どうぞお気になさらず」

 ジェニには目で促し、立ち上がる。レーと一緒に歩きながら、ジェニがちらりと後ろをにらんだ。

「よくできるね、あの化かし合い」

 ころりと変わった態度に、ジェニは怒りを滲ませつつも感心する。

「十年はいるからね。いろいろ見て学んでるの。余計なことは、言わせないのが一番。言葉遣いがどうとか、本当は心の底からどーでもいいんだけど。関わり合いが減るし」

「上級聖女サマサマ、ね」

 皮肉は聞こえないようにひっそりと。これもジェニにレーが教えた。陰口はよくないが、諍いは起こしたくない。不利なのは自分たちで、最悪は追い出される。

 上級聖女とは、聖女たちの間での俗称だ。

 本来、聖女に序列はない。与えられた神の力に、個人差はないというのが神殿の見解だった。付与された力を人が推し量り区分けをするのはおこがましい、と。

 けれど、建前と実情は、いつだって異なる。

 神の力に差はなくても、人には向き不向きがある。

 現れる魔物を討伐することと、魔物のせいで荒れた大地を浄化することは、全く別の仕事だ。また、聖女が王侯貴族に対して、浄化の力を使うことで穢れを払い、国と民の繁栄を願う儀式は、どこに国にも存在した。

 「力」の使い道は、様々だ。

 中でも、特に一般的な「聖女」としてイメージが定着しているのは、国の儀式に参加する姿だ。彼女たちは古代メテナ語を使い、繁栄の祝詞を神に捧げる。

 静謐で、清浄な姿。

 まさしく、神の代理人。

 が、この古代メテナ語はかなり難解な言葉で、単語ひとつ覚えるのも苦労する。ゆえに、 習得できるのは、それなりに限られた人たちだ。

 彼女たちは諸国諸侯の覚えもめでたかったし、実際に支援者のような立場になる人も多い。

 そんな聖女を、上級聖女と呼ぶ。

 彼女たちのこなす仕事と違い、レーやジェニの仕事にメテナ語は必要ない。そして、そんなメテナ語の不要な仕事を、上級聖女たちは「雑事」と呼んだ。

 権力を笠に着る者は少なくない。

 長いものには巻かれる人間も。

 レーだって、その一人だ。関わらないし、近づかない。

 力は平等でも、人の世界、社会で平等だなんて、どうしたって不可能だ。

 あーあ。とジェニがため息をつく。

「三年ぽっちのあたしじゃ、まだまだか」

「そうねー。慣れと諦めがつくまでにもうちょっと、って感じじゃない?」

「ええー。こんな事しなくて済むと思ったから、ご令嬢辞めて神殿に来たのに。これじゃ変わんないじゃん」

「令嬢辞めてって……辞められるもの?」

「出来る出来る。花嫁修業止めてー、夜会出ないでー、このまま結婚しないでいれば辞められるって」

 あっさりきっぱりしていて、まったくもって清々しい。そんなジェニに、思わずレーは苦笑いを浮かべてしまう。

「そんな簡単かな?」

「さあ? あたしあんまり頭よくないから、微妙。でも聖女になってもベンキョーはしないとダメなんだなんて知らなかったわー」

「上級聖女になりたいならね。古代メテナ語は必須だよ」

「貴族の一般教養なんだよ、それ。あたしもちょっとだけかじった」

「かじったって……」

「全然覚えらんなくて、投げた。勉強する気もないから、上級聖女にはならない」

「なれないね」

「うん」

 躊躇いなくジェニが頷く。この割り切った性格が、レーは好きだった。それから、ちょっと納得した。

「ほんとに全然貴族向いてなかったんだね」

「まったくだよねー。詰まんないやり取りとか、嫌がらせとかあるんじゃ、ここも大して変わらないかも」

「そりゃ、どこにでもあるんじゃないの?」

「だね。身分も出自も関係ない、なんてとんだ建前だし。メテナ語ある時点で嘘だよ。差別上等、みたいな」

「ジェニって……ホントその言葉、どこで覚えてきたの?」

 彼女だって、元は貴族のいい身分があるはずだというのに。にこ、というより、ニヤ、が近い笑顔をジェニが浮かべた。

「神殿に来てから、あちこち行ってるもん。規則とかないし、自由だよね」

「ジェニ」

 舌を出して笑った相手に、さすがにレーは渋い顔になった。

「大丈夫。『天の神に良心に誓って恥じる行いではない』範囲だよ。ちょっとおしゃべりしたり、お酒飲んだり? 夜はちゃんと帰ってきてるから――どっかの誰かと違って」

「ジェニ……」

 大勢の行きかう場所でうかつなことは言わない。これも割と鉄則なのだが。

「ごめんごめん」

「気を付けてよ。つまなんない揚げ足とったり、パターン多くない割に捕まると長いから。でもまあ、今回は丁度よかったかな」

 諦めがついて、とそっとため息をつく。

 残飯となった食事を洗い場に渡した。人に紛れてわからないが、どこかにレーを探す人がいるのは、まだ聞こえるざわめきから察していた。

 逃げるようなことをして、申し訳ないとは思う。

 が、こんな衆目の集まる場所で、ぜひ話をしたい、とは絶対にならない。

 だっていろいろ、面倒くさい。

 せっかく多方面に気を使いながら、とりあえずは円満に毎日を送っているのに、彼に話しかけられた時点で要らない注目とやっかみを集めることになる。

 けれど多分、そんな配慮を聖騎士セアに求めるには、難易度が高すぎる。

 聖人でも神でもないレーは、さっさと逃げを決め込んだ。







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