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 セアだけではない、後ろのデュアンも一緒に、凍り付いている。

 返ってきた反応に、ん? と近くなったセアを、上目遣いでうかがう。何やら固まったまま、動かない。

 あれ、と首をかしげたところで、セアが叫んだ。

「なりません!」

「へ?」

「このような罪を犯した私を、唯一と定めるなど、狂気の沙汰ですっ」

「ええ?」

「ご再考を、聖女レー」

「ま、待って待って!」

 怒涛のように畳みかけられ、さらには目を吊り上げて睨まれる。勢い込んで前のめりになったせいで、レーは後ろに手をついて後ずさることになった。追いかけるようにセアの手がレーのすぐ脇に付けられて、囲い込まれてしまう。近い近い、とさすがに慌てた。

 ただのお仕事依頼のはずなのだが……何やらまたしても誤解を生んだようだった。

「つ、通訳っ。通訳してください騎士デュアン!」

「ええ、おれぇ?」

 これ以上拗れてはたまらない。急いで立ち上がり、傍観していたデュアンに縋りついた。どこに持っていたのか、小さな酒瓶さえ手にしている。さしずめ、レーとセアを肴の代わりにしていたのだろう。

「なんか態度急変したんですけどっなんなんですか一体」

「いやぁ、俺的にはレーちゃんの方がよくわからんけど。なんでいきなり『盾』の話?」

「私は明日のお仕事の話しただけですよっ」

 知り合いの騎士に「明日の盾よろしく」とかごく普通に使う言葉だ。あんな態度を取られたことはない。

 へえ、と間の抜けた返事をデュアンがする。

「お仕事かーそっかー」

「なんですか」

「だって、俺の知ってる『盾』って、もっと色っぽいし」

「いろ……?」

「そ。聖女サマからぁ……『盾になって』とか『剣になって』とか。カワイイ感じでお願いされちゃうんだな」

「……盾と剣、ですか?」

 胡乱げに半眼になってしまうのが、どうしたって抑えられなかった。なんだかまた……と身構える。

「うん。ちなみに、『盾』になれって言ったら……恋人になって、ていうオネガイ(・・・・)だな」

「こ、こいびと……」

 頭痛がした。どうしてこう、同じ神殿にいるのに別世界が広がっているのだろう、と。

 レーと騎士二人の知る聖女が、あまりにも違いすぎる。

 よろめきながら、セアの元へ戻った。

「あ、ちなみに剣って言ったら」

「そっちは別にいいです」

 ちょっかい掛ける気になったのか、騎士デュアンも寄って来る。しっし、と追い払う仕草をすれば、ええ~とにやけながら絡んできた。

「そんなこと言わないで」

「嫌な予感しかしないんで」

「鋭いなぁレーちゃん。なにしろ一夜のお相手にされちゃうからなぁ、このセリフ」

「……」

 げんなりとした。どピンクな世界にもほどがある。また余計なことを聞いちゃったよ、と肩を落とすしかない。

 後ろではセアが即座にいきり立っていた。レーを引き寄せ、剣の柄に手がかかる。

「聖女レー。そこの不埒者を成敗いたします。あまりにも無礼に過ぎますゆえ」

「おあ? あんたも俺に用があんの」

「ないと思っているか貴様は」

「あ、きでんじゃなくなったね」

「あ~……泥仕合の予感しかないので、止めてください」

 不満そうなセアを待った待ったと宥める。なんとも面白そうだな、とデュアンは目を眇めていた。完全に揶揄って遊んでいるのだ。

 頼むから乗っからないでほしい、とレーはセアを抑えながら願う。

 疲れたと心底思った。

 なんだか力が入らない。時刻は多分、とっくに真夜中だろう。いつもは見ることの叶わない、双子月がきれいに並んでいた。あれが空の真上に来れば、丁度夜の半分。だいぶ高い位置にあった。

 昨日からほとんど寝ていないし、結局今日は一度しかまともに食事をしなかった。思い出したせいで、ふらりとたたらを踏んだ。聖女レー? とセアが訝しむ。

「具合が悪いのですか」

「いえ。ただの寝不足です」

「それはっ。気づかず申し訳ありません」

 ハッとしてセアが窓の外を見て、遅すぎる時刻を確認した。

「どうぞこちらへ。部屋は明日一日押さえております」

 背中を押されて、寝台へ促される。横になる気はないけれど、座れればありがたい。

 素直に従って、大きな……見たこともないほど立派な寝台の端に腰かける。セアは備え付けの茶葉と湯を使って茶を淹れ始めた。何でもできる人だな、とレーは妙な所に感心する。

 そこを、ん~、と覗いてきたデュアンに遮られた。じっくり観察されるが、嫌な感じはしない。具合を確認しているのだろう、と推測がついた。

 が。

「レーちゃんも俺たちに、『剣になれ』とか言っちゃう?」

「……」

 どうしてこう、まともな言葉は訊けないのか。いや、大丈夫だと思ったからこそなのか。

()がそのセリフを言うことは、絶対にないので」

 嫌悪と侮蔑を込めて叩きつけると、デュアンが驚いたようだった。そうだ、とさっきの決意を思い出し、脛辺りを狙って寝台が高くて浮いていた足で蹴りつける。

「あたっ。なにすんのレーちゃん」

 全然痛くなさそうだった。ムカつくのでもう一回蹴った。うまいところに入ったのか、いてっとさっきより痛そうな声がした。ちょっとだけ憂さが晴れる。

「どうぞ」

 デュアンを押しのけて、セアが綺麗な茶器を差し出した。追いやられてひでえな、と苦笑いしているが、自業自得だとしか思えない。

 受け取った器には、湯気の立つお茶が入れられていた。香りもよく、透き通った赤茶色が美しかった。

「ありがとうございます」

 一口含めば、ほう、と少し気分が落ち着いた。

 見上げれば、じっと心配そうにうかがうセアがいる。人形よりも整った顔立ちに……まあ、いっかなーと唐突に思いついた。

 それで全部解決じゃないか、と。

「あのですね、聖騎士セア」

「聖女レー。その……先ほどは取り乱して申し訳ありません。事情は聞いておりましたので……」

「いえ全然。むしろお願いしますって感じです」

 は、とセアが応えかねて言葉を失う。レーちゃん? とデュアンも怪訝そうだった。

 けれどもう、レーには何もかもが気にならない。

「だから、恋人になってくださいって意味なんですよね? そういう意味に取ってくださいってことです。お仕事もきっと一緒に来てもらえるんでしょう?」

「――」

「まあ、慣習的に盾になったらたいていの奴はその聖女と仕事してたわな」

 固まってしまったセアの代わりに、デュアンが肩をすくめながら答えた。そうですか、とレーは頷く。

「だったら、私の方は全然問題ないです」

 ね、と首をかしげてセアをのぞき込む。

 セアの反応は茫然、が一番正しい。

 そばにあった小さなテーブルに、レーは空になった器を置いた。三歩ほど離れた位置に立ったまま、セアは動けない。

 にっこり、と笑いかける。

「はいって言ってくれればいいです。貴方が私に罪があるというのなら――――償いを」

 レーが手を伸ばせば、吸い寄せられるようにセアが歩み寄る。三歩だと思ったけれど、長い足では二歩もなかった。

「大丈夫ですよ聖騎士セア」

 濃紺の瞳が、さっきと同じように熱に浮かされているのを知っていて、レーはそれでもそっと囁いた。


「貴方はきっと、夢も見ずに眠れるようになりますから」


 ぎこちなく応えて持ち上げられた両の手が、触れ……ずにすれ違う。傾いだからだ。

「へ?」

 覆いかぶさってきた身体が、視界いっぱいに広がった。

「え? あ、あれ……?」

 レーの目の前が、暗くなった。






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