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「聖女ジェニ」
呼ばれて、すこし驚いている自分がいた。日が空いたとはいえ聞きなれた声に、おやまあ、と思いながら振り返る。ジェニが呼ばれることはめったになかった。彼の関心はいつでも隣にいた聖女にあったから。
さらに、そこは通常の廊下ではなく、近道扱いしている中庭で、人目もそんなにない。この場所で呼び止められたことも意外だった。
「聖騎士セア。久しぶりって感じですねー」
「……ご無沙汰しております」
いつでも生真面目な聖騎士はわざわざ合わせてあいさつし、さらには胸の前に手を当てて一礼までした。こういうところが、気が合わないなあと思ってしまう一因なのだが。
「なんか、ご用ですか? 仕事なら間に合ってますけど」
あえて遠回りな問いかけをすれば、いえ、とこれまた固い声の返事と……沈黙が落ちた。
「……」
「……えーと」
妙な意地悪をしなきゃよかった、と後悔し、仕方なくこちらから切り出した。不器用の塊め、と心の中で詰っておく。
「聖女レーなら、今日は一日休みで、ついでに言うと約束はしてないからどこにいるかは知りません」
出てきた言葉もさながら笑顔で断言しつつ、底意地が悪いのをもちろんジェニは自覚していた。が、どうしたって協力的になんてなれそうになかった。なにしろ、どんな流れにせよレーを泣かせた本人なのだから。
明らかに、セアの表情が陰ったけれど、結局無表情のまま、承知いたしましたと呟かれて。
――ほんと、不器用だなあ。
なんて。心の中でしみじみ考えてしまった。
誰もが振り返るような美貌で、強くて、生まれも育ちもジェニよりずっと恵まれていて……レーとは比べることさえできない。だからこそ惹かれたのだとしたら、当然壁になるに決まっている。
どこまで気付いているのか、分からないけれど。
つらつらと考えて、ふっと気が付いた。用は無くなったはずなのに、まだ相手もそこにいる。そろそろ行ってもいいかなあ、と思っていると、ようやくセアが口を開いた。
「あなたにも……」
「はい?」
「あなたにも、私はご迷惑をおかけしたのでしょうか」
「……」
なんとも返答に困る質問だ。進歩だなあ、と感心すべきか、遅いわっと怒 るべきか。
害があったのはレーにだけだ。本人はひどく周りの目を気にするし、実際に酷いことをされているのも目撃した――まったくもって、あり得ないことに。
だから。
「聖騎士セア。私があなたに求めることは、たった一つですよ」
少し高い位置にある両目を、まっすぐに見据える。
「昨日より前の事も、私の事もどうでもいいですから――早く、探しに、行って」
短く区切ってきっぱりと断言すれば、はっとした表情のあとに、堅苦しい直角のお辞儀が返ってきた。と思った瞬間には、すでに背中が遠ざかっていて。
「……うん。それでいいってことよ」
ちなみに、レーの行方を知らないのは嘘だった。
うだうだと悩んではいたが、今日は聖騎士セアが神殿にいると分かり、朝一番で彼女も騎士たちの詰め所へ行くと言って別れたから。
とどのつまり、ただのすれ違いで。
締まらないし先が思いやられるが、とりあえずは放置だ。拗らせそうな二人に、他人が入ってはさらに厄介になる……多分、だが。
恨まれたくはないし、馬にも蹴られたくない。ので、ジェニは少し薄情とは思いつつ、突き放す方向にした。
それに、もっと気にすべきところが、ある。
「おーい。聖女ジェニ」
またしても聞き覚えのある声。けれどこちらは、今日会うのは必然だ。
「騎士デュアン」
仕事の約束を入れたのは数日前、夜中に食堂でレーと会ってから。すぐは無理、とすげなくされたのは、理由があるのかないのか。
こちらも、レーとセアとが疎遠になった途端、いきなり音沙汰無くなったが、呼び出しには普通に応じたから、外泊の仕事をしているわけではない。
この不明すぎる行動が、何を示すのか。
「元」貴族のジェニは、薄々感づかないではいられない。
「おはよ。準備はいい?」
「おう。今日は討伐だったな。ま、のんびり行こうぜ。気張りすぎてもなんだし」
「そうだね。ちょっと寄り道できるくらいの余裕を持っていくつもり。だから――なんか面白い話してね、騎士デュアン」
「ははは。面白い話、ねえ?」
「そう。期待してるから」
口角を挙げて、形だけの笑顔を作る。さすがに、相手の顔がちょっとひきつった。
悪いが、もう待ってなんていられないのだ。
焦りがある。心のどこかが緊張したまま、解けない塊になっていた。
聖女レー。
大切で、可愛い、年下の聖女。神殿で出来た、たった一人の友人。
あの子を失うわけには、いかない。
ならば、たとえ誰から非難されようが、持てる力と手札は、全部使っていく。
手始めが――今日の仕事だ。
空々しい笑い声を響かせ合ってから、ジェニは神殿の外へと出かけて行った。




