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二つに分かれた道の上で、正反対に向かおうとする二人が、同時に怪訝な顔を見合わせる。
「えと……市はこっちですよ、聖騎士セア」
「そんなはずはありません、聖女レー。私はこの街で十年は過ごしておりますので。お買いもとめの品物は、こちらに売られております」
「年月なら私も一緒なんですけど……」
あー、とささっと事情を察したジェニは、また揉めそーだなーと遠い目をする。
厄介だな……と、これまた先が見えた人物が苦笑気味につぶやいた。
街の大通りで立ち往生するのは、四人。
レーとジェニ、そしてセアとデュアン。
このメンバーになったのは、少し時間をさかのぼる。
出がけに、重いしかさばるし、持っているのも怖いと 、レーが部屋に渡されたお金を置いて行こうとしたところ、用事のあったセアと鉢合わせた。
誤魔化せず、ジェニとともに買い物へ行くことがばれ、聖女二人で出歩くことを良しとしなかった聖騎士がお供に増えた。レーはもちろん、一通り抵抗したのだけれど。
最後は、ジェニにぽんぽんと肩をたたかれて諦めた。
と、神殿の門を出たところで、今度はデュアンに会う。にやにや笑いながら、変なメンバーだな、と面白そうに声をかけてから……やっぱりついてきた。
変なメンバーなのは誰のせいだと、レーとジェニはこっそりため息をつきあった。
何しろ、目立つ。
二人だけであれば、まったくきれいに人ごみに埋没したというのに――ジェニはよく、街に出ているのでわかる。レーがいたとしても、きっとそんなに変わらないだろうとも、思う――後ろのおかげで、視線が振り返るのだから。二度見もあれば、わざわざ戻ってくる街人もいる。身分は当然、疑われているだろう。
支給の服を着替えてきた意味が、まったくなくなったし、その上積もる話があったらしい聖騎士セアに、レーが連れていかれて前にいた。自然と、残ったデュアンとジェニは横に並んでいた。
「とりあえず、行ってみたら?」
立ち止まっているわけにもいかず、ジェニは促す。折れたのはレーの方で、じゃあ、とセアに続いて左に曲がった。
この先は……貴族街へ続く大通りだ。進むたびに、建物も道も石で固められた立派なものに変わっていく。店らしい看板も、装飾や飾り文字で作られた凝ったものだ。
明らかにレーの顔色が悪くなっていった。
「あ、あの……聖騎士セア? 本当に 間違っていませんか」
「問題ありません。店はそこです」
指差したのは、緑の屋根と白い壁の三階建の店だ。艶のある立派な扉の上には、服飾店を示す紋章が飾られている。
ぴたりとレーの足が止まった。
「む、無理ですよっ」
「無理……とは?」
「買えませんって!」
「そんなことはありません。もともと、商人向けの品物扱っていた店ですから、この街の人たちが普段着ている服を作っているのです。貴族の礼服などを売るようになったのは、ごく最近です」
「……つ、つくる……」
常識が違う、とレーの顔が引きつってしまう。なんにせよ、この店に入りたいとは思えない。
助けを求めて、ジェニに駆け寄った。
「どうしよう?」
「どうしようったって……レーちゃん、もともとどこ行く気だったの?」
「ジニの店」
「……そんな貧民街に近い古着屋なんて連れて行ったら、卒倒されちゃうよ? ていうか私でも止めるから、そこ」
「え? ダメ?」
「うん……むしろなんでそんな変な店しってんの? て感じ」
「ジェニだって知ってるじゃない……だからって、こんなところで服なんて作れないよ」
無理、と首を振るレーに、ジェニは考え込む。
「ほかに当てはないの?」
「買い物なんて、ほとんどしたことないよ」
「そうだったね」
上手に間を取らないと、買うのはレーでもセアが絶対に頷かないだろうな、予想がつく。ちらりと店先を見てから、じゃあこっち、とジェニは歩き出した。
後ろでは、うまくデュアンがセアを動かしてくれた。
路地を一本曲り、少し細道に入ったところに、先ほどと同じような看板を掲げている店があった。
「レーちゃんには、こっちがいいかも」
中に、すでに作られた服が並んでいるのが見える。
「ここは……店名が似ているな」
看板を見上げながら、セアが呟いた。店名だけではなく、飾り文字を使った看板も似た雰囲気がある。
「さっきの店の姉妹店、かな。店主は同じだけど、こっちは既製品を売ってて、さらに庶民向けなの」
ちなみに、街人が着ていたなら、ほとんどがこちらで買ったもののはずだとジェニは思う。服に、お金と時間をかけられるのは、相当裕福な人間だけだと、ちらりとセアを横目で見た。
姉妹店、というところが効いたのか、少し考えた後にセアはレーの背中を押した。しぶしぶ、レーが店内へと入っていく。
「入らんの?」
訊かれて、ジェニは首を振った。
「中がそんなに広くないからね。行ってきていいよ、騎士デュアン」
「いんや、遠慮しとく」
自分がいないほうが、セアが上手くちゃんとした服を選べるに違いないとジェニは思う。たぶん、とことんレーは買い物をしたがらないだろうから。
ジェニは横にいるデュアンを見上げた。目が細くなって、なんとなく愛想のよさそうな笑顔が返ってくる。
仕事はしたことはないが……ジェニはデュアンを知っている。
だから、この話題を振ってみよう、という気になった。
「レーちゃんって……」
「うん?」
「『聖女』の常識が通じないよね」
少し間が開いた後に――何度かデュアンが瞬いた――ああ、と同意される。これだけで、言いたことがほとんど伝わったとジェニは確信する。
「『ちょっと憑りつかれて』って言ってたんだよね」
ぶっとデュアンが吹き出す。
「そりゃ……斬新な表現だな」
「そーなんだよね……てか、ありえないよね、その男。しかも神殿にいるってことは、騎士なはず」
低くなった声に、おお怖、とデュアンが肩をすくめる。
「ああ……騎士、バネスだ」
「……フツー、袋叩きだよね、そいつ」
上目づかいの確認に、答えはないけれど……軽く両手を上げた降参の姿勢が、返事の代わりだった。
「まだいんの?」
「いるなあ……なぜか」
「審議会はなにしてんの? 聖騎士セアが上申訴状を出したって聞いたけど?」
「出してたな。が、謹慎処分のあと、それ以上の処罰が下ったって話は聞かない」
ち、と少々乱暴な舌打ちが漏れた。不満だ。まったくもって、ありえない。
「王宮なら、とっくに首が飛んでるわ」
「まあ、……物理的に、飛ぶわな」
「おかしいと思わないの、騎士デュアン」
「思ってるぜ?」
「それだけ?」
「……」
黒い両目とぶつかる。閉じられた唇が弧を描くと、ジェニよりもよほど物騒な笑みが浮かんだ。
「あんな、聖女ジェニ」
「なによ」
「いろいろ言いたいことはあるが……とりあえず、今日はここまでにしようぜ?」
「提案じゃないね、それ」
「まあな」
「『聖女』を脅迫するわけ?」
「んなつもりはねえよ。『聖女にウソは吐けない』――常識だろ? だからこれ以上話せない……今はな」
「神の罰が下るって言うもんね。でも……私があなたに『呪いあれ』って言うかもしれないよ?」
「それこそ勘弁してくれ」
顔の前で手を合わせるデュアンには、やっぱり軽薄さが見え見えでいまいち信用がならない。
それでも。
店の中での、レーとセアの攻防が垣間見えた。レーの腕には数色の布地が乗せられていて、どうやら全部を買うことになりそうだった。全力で首を振っていても、無視して会計に進むセアがいる時点で詰んでいる。
神殿は、まあまあ楽しい。レーとのおしゃべりや、ふざけ合いの出来る日常は、親元にいる間には絶対に出来っこなかった。
けれど、こうして街で買い物をしたり、ちょっとした食事をしたりするのも、ずっとやってみたかった。
レーは、なぜかそれを良しとしない。
けれど街へ出歩くことは好きらしく、時折一人でふらりと出かけていたことを、ジェニは知っている。参拝の人に紛れるためのローブだけを羽織って、恐らくは本当に街を見て回っただけで、帰ってきていた。
理由は分らないけれど、無理強いさせる気がして誘えないまま、三年も過ぎていた。
でも今日は……かなり強引な――それも非常識な手段で、こうして街へレーが来ている。
変化が、もたらされていて。
だからきっとあの何かにつけ消極的なレーが、もう少し成長していってくれるなら。
「騎士デュアン」
「あ?」
「聖女レーに害を成したら、死ぬのほど後悔させるから」
言葉は、果たされる。聖女とは――そういう「存在」だ。
守られ、戦う。神に近い、加護を受け、尊く――しなやかで強かな、人とは一線を画す者。
「肝に銘じておくな」
だから、デュアンの言葉は、きっと嘘じゃない。




