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「あの、聖騎士セア?」
たじたじになって壁際に後退するも、全然気にしてもらえない。自分の部屋なのにセアの方が堂々としている。
「ほ、本気……」
「無論です」
「い、いりませ…」
「なりません」
「む、無理」
「そんなことはありません」
さっきから、これが延々と続いていた。
押し問答の発端はセアが不機嫌の塊のような顔でレーの部屋を訪れたことだ。
扉を開けた時、数日ぶりに神殿に戻ったセアだと知って、レーは少し嬉しくなった。
表情が硬い事には、まだ気づいていなかったし、おかえりなさいと言った時には、確かにごく薄く微笑んでもいた。
「騎士イアネに会いました」
用件は何だろう、と尋ねる先を制して、セアが言った。はあ、とレーは頷く。一昨日、一緒に仕事に行った相手だ。
「貴方の供をしたと」
「そう、ですけど……」
「なぜ彼を?」
「なぜ?」
なぜも何もない。予定の空いていた知り合いの騎士だった。それだけだ。
「来てくれたのが騎士イアネだったからです」
「……」
ぐ、とセアの眉間に皴が寄った。なんで、とあからさまに不機嫌になった聖騎士に、レーは及び腰になる。でも、約束は聖約を交わさない、だったはずで、レーはそれを破ったりしていない。そもそも、自分と聖約を交わすような聖騎士は、目の前のセア以外に――騎士団長ガイは基本、聖女とともに討伐に行かない――いない。
が、それ以上セアは追及してこなかった。
代わりに、ずい、と目の前に、ごつい形になっている袋が突きつけられる。
「本日はあなたに、ご提案があってまいりました。こちらをお使いになって、身の回りの物を整えるべきです」
きっぱりと、セアが言いきった。
そして話は、冒頭に戻る。
逃げるレーは壁際からずっと動けなくなっていた。出来るならセアを避けて今すぐ廊下へ行きたいけれど、目の前の騎士は逃げようとするレーを正面から離してくれなかった。
「本気でホントにその大金を使って来いっていうんですかっ」
「大金ではありません。衣服を買うには至ってまっとうです」
どこがだ、とレーは突っ込みたい。セアの手元にあるのは革袋、大きさはレーの片手には絶対に乗らないサイズで、目いっぱいに入った硬貨が袋をごつごつとしたフォルムに変えている。中身はまだ見ていない。怖くて、見れない。
「要りませんよ絶対!」
「バカな事をおっしゃらないでください。不要なことは申し上げません」
「だって、別に……あるじゃないんですか、服は」
「寝具もです」
「だからありますって」
必死の主張は通らない。セアは頑として首を横に振った。
「どう考えても足りません。これから気温も上がります。冬になれば反対に寒くなります。だというのに、 同じ形、同じ素材の支給着でいると? あり得ません」
「調節は出来ますよっ。冬服と夏服があるし、重ね着とか」
「それは冬でしょう。これからの季節は無理です。大体、重ねるような服はここにはありませんが?」
「何で知って……」
「一目瞭然ではないですか。戸棚もなければ衣装箱もありませんし」
その通りなのでうぐ、とレーは黙った。
「で、でもあのさすがに寝具は」
いらない、と続けるよりも、セアの溜息の方が早かった。
「私は騎士ですので、あなたよりも頑丈であると思っていますが」
「それはその、否定しようがないですけど」
「この時期なら、野営の時であってももう少しまともな上掛けを使っております」
「……」
薄いよね、ぺらぺらだね、とレーも認めていたので、反論はない。特に体調を崩さないのは奇跡だと自分でも思っている。
よいですか、とセアが続ける。
「私はあなたの盾でしょう」
「そ、そうですね……」
「である以上、あなたが健やかに過ごせるよう、配慮する義務があります」
「ぎ、義務……」
「ええ。仕事に支障を来さないか、日常では健やかにお過ごしになっているか。考えることは尽きません」
つまりそれだけレーの生活がダメ出しの嵐らしい。手始めに服と寝具なのだろう。
が、はいそうですかと頷ける話でもない。
「待ってください。押し売りはあの……」
「ですから。これは私が勝手にやっていることです。そうする権利もあると思います」
「け、けんり……」
さっきから飛び交う、小難しい単語に、レーは呆気に取られてばかりだ。なんとなく後ろに下がりたくなる。
「ええ。あなたの隣にいることを許されたのですから、あなたを気に掛けるのは当然ではないですか」
頭痛がした。盾=恋人な、甘い感情なんてどこにも見えない、論理的な意見だ。こんな話を――引いてはセアを、どうやってレーは論破すればいいのか……
無理だしっ! とレーは心の中で叫んだ。
この前みたいに、無自覚に動悸息切れを起こさせるような事態も身動きが出来なくて困ってしまうが、今も同じようにどんどん追い詰められてる感じが半端ない。
「とはいえ、こちらはあなたが自ら得た金銭です。あなたの意にそぐわない使い方をするのは本末転倒かと」
え、と顔を上げた。思いがけない救いの言葉に、やった、とレーは喜んだ。
「じゃあ、」
「ええ。ですので、こちらをご使用にならない、ということであれば、私が負担いたします。買い物がご面倒でしたら、すべて手配もいたします」
「……」
凍りついた。完全なぬか喜びだった。セアに、そんなことをさせるわけにはいかないのだ。
肯定も否定もできなくなったレーに、セアは容赦なかった。
「あなたは、昨年まで個室ではなく二人一部屋で女性と同室だったとか」
「よ、よくご存じで…」
神殿に来た時、レーは子供だった。何にも出来なかったのだから、世話係のような人がいて、レーを助けてくれた。
よく、覚えている。いろんなことを、彼女から教わった。
いろんなことを。
「その方は、現在高齢のため地方に隠居されたのでしたね」
「ええと、その」
「あなたとはまだ交流が絶えないとか」
「……」
「手紙には元気でいる、と書かれているのでありませんか?」
「…あーと」
「嘘にしたいのですか」
「えと」
「聖女として、胸を張って真実を書かねばならないものでしょう。その手紙に、風邪を引いたとでも報告するのですか」
「……」
「余計な心配を掛けたくないというなら……せめてご自分が健やかでいるのが一番ではないでしょうか」
反論どころではなかった。口さえはさめない。せめてもと沈黙を保っていたけれど……結局、レーは首を縦に振った。




