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本当にいいのかい? と尋ねられて、レーはきょとん、とした顔で立ち止まった。
「どういう意味ですか、騎士イアネ」
「どーゆーたってそのまんまだぞ、聖女レー。俺と一緒に仕事に行っていいのかって訊いている」
場所は門の前だ。仕事の前に聖女と騎士はたいていここで落ち合う。今日の「盾」は、騎士イアネ。白髪交じりの壮年の騎士で、例によってレーを幼いころから知っていて、可愛がってくれた。
「もしかして、忙しいのに無理したんですか?」
「違う違う。俺の都合じゃなくて、聖女レーの都合の話だ」
「私?」
「あ? お前さん、あの坊ちゃんに……」
「坊ちゃん?」
「あー、聖騎士セアだよ」
「聖騎士セア?」
欠片も似合わない呼び名に、首をかしげてしまった。
「なんで坊ちゃんなんですか?」
「……そこ今突っ込まれると長くなるんだが……知らねえのかい?」
「なにをですか?」
質問しか出てこないやり取りに、騎士イアネがため息をついた。
「秘密と言いつつ、かなり有名な話なんだがなあ……知らねえとは」
まあいい、行くか、と諦めた様子の騎士イアネに、レーは後について歩きだした。今日はさほど遠くない、とある村からの調査依頼。かと言って歩きでは時間が掛かりすぎるということで、馬車を用意されてあった。御者は騎士イアネだ。彼の役目は、ほぼこれである。
話も続きだし、とレーは御者台の隣に座った。あまりいい顔はされなかったが……反対の声もなかった。
ぴしりと馬へ合図を出せば、ガタガタと馬車が進みだした。風もなく、今日はさほど寒くもない。冬仕様の支給着は少し暑かった。
時々、道と馬に目をやりながら、騎士イアネが話し出した。
「聖騎士は、普通の騎士とはかなり異なる」
「そうですね」
「どう違う?」
「……」
改めて尋ねられると、とっさに説明が出来なかった。どう違う、なんて。関わり合いなんて一生ないだろうと考えていたのだから、聖約を交わせるかどうか、ぐらいしか思いつかない。
ぽかん、としたレーに、騎士イアネはぐっと眉根を寄せた。
「勉強さぼったクチだな?」
「勉強?」
すっとぼけんな、と頭を軽くはたかれる。こういう遠慮のなさが、レーには心地いい。
いいか、と騎士イアネが説明しだす。
聖騎士、とは。
第一に、討伐時には三つの聖則を立てて聖女を守る騎士だ。
一つ。命を賭して、守る。
一つ。守護のために、技を培う。
一つ。生命の危機に瀕しては、いかなる場所からも馳せ参じる。
これらを守る証としてかわす約定が、聖約となる。
第二に、いかなる身分制度からも解放される。
首を垂れるのは神と聖女前だけ。神官も、国王も、従わせることの出来ない存在であるが、その代わり、世俗とは一切の関わりを断つ。
「一切……?」
「親類縁者、身分や地位……全部と、縁を切る」
「……」
言葉がなかった。だって、聖女よりもよほど厳しい。レーにはもう、家族も故郷もないけれど、ジェニは時折手紙が来ると言っていたし、豪勢な贈り物や家族からの差し入れ――と言えるかどうかわからないが、きらびやかなアクセサリーやお金――を受け取っている「上級聖女」たちをよく見かけたし、聞こえよがしに隣で話していたのを耳にするのは日常だ。
魔術や剣術に精通し、人並み以上の技量を付けるには、やはり平民では環境が整わない部分もあって、かなり厳しい。
聖騎士セアが相応の家柄に生まれているなんて、少し考えればわかり切っていた。
「あの坊ちゃんは、もともと侯爵家の人間だってさ。何があったか知れねえが、そんだけの身分捨ててきた奴なんて、相当重い。聖女レー、あんまり軽々しく引き受けないほうがいいぜ?
「引き受ける……?」
「主になるって話さ。あんたが聖女でいる限り、聖騎士はただ一人のあんたの騎士。専属ってやつだ」
「それって、今までと何か違うんですか?」
「お前さん……」
何で知らねえんだ、とぼそりと呟かれても、知らないものは知らないのだ。白髪交じりの頭ががっくりと項垂れると、馬車がちょっと方向を見失って揺れた。
慌てて、騎士イアネが馬にもう一度鞭を打つ。
街はもう遠かった。草の広がる中に走る道を、すれ違う影もなく馬車が進む。
「あんたは今、こうして俺と仕事に行く」
「そうですね」
「で、一人でも行くな?」
「その方が多いです」
「あの坊ちゃんは、あんたが主になれば、その全部にいつでも付いてくる」
「……」
「簡単だとか、様子見の件だとか、そんなのは関係ない。聖女を一人、主と決めた聖騎士は、その一人を、文字通り命を懸けて守る。そのために常時側に付く」
「……」
それは……とレーはちょっと想像した。
あの生真面目でけた外れに美しい人形のような無表情が、隣に。
頭の中で、ちょん、と人よりやや小柄な自分を置いてみたけれど。
……どうにも釣り合っていなさすぎる。
「いや~……いらない、かな?」
「んなっ」
イアネが目を見開いて絶句した。
名誉、誇り。そして連綿と続く歴史をを背負って剣を掲げるという聖騎士。
今、ここで。
さらりととんでもないことが呟かれて、耳を疑うしかない。
「いらないってなんだよ!?」
「だってそんな、危ないことになんてになりませんよ。今日だって……ただの視察だって」
「だあ! 分かってねえな。関係ないんだって言ったろうが」
「でもですね。どう考えてももったいないって思いません? 一人でできるのに、わざわざ二人になるなんて。人件費が無駄に」
「そーゆー問題じゃねえってのに! ったく。ほんっとに分かってねえな……坊ちゃんが泣くぞ」
「まさか。泣きませんよ」
あの無表情が涙を流す……可能性としては前に一回あったかもしれないけど、正直想像もできない。
でも、と昨日の朝を思い出す。
微笑ったのだから、もしかしたら泣いたりもするのかも――
ぽん、と浮かんだ記憶を、急いでかき消した。
あ? と怪訝そうにイアネにのぞき込まれる。なんでもない、と誤魔化した。
「聖女と聖騎士の番いっつたら、おとぎ話にだってあんのによ」
苦虫を噛んだ顔で、イアネが微妙に話の通じないレーを見やる。ため息でもこぼしそうな様子に、あはは、とやや乾いた笑いをレーは返した。
「だって、おとぎ話でしょう?」
「全部じゃねえがな。盾と剣の誓いってんだぞ?」
「それしたら、恋人になるんですか?」
「なんだそら。お前さん、ほんとに全然勉強してねえな? 講義の時間寝てただろ」
んな不真面目なもんじゃねえ、と小突かれた。
騎士イアネは平民の出身だ。どうやら上級聖女様たちのお誘い文句は知らないらしい。
「てっきり、お仕事依頼の定型文句かと」
「今はな。もともとは、メテナ語の古い言い回しだ。誓いを立てるなんて、今じゃ聞くこともないし、珍しいからな」
「ふぅん……」
じゃ、知らなくってもいいんじゃ、と思ったのが、顔に出たのかどうか。
「知識としては、必須だぞ?」
「……はい」
睨まれたレーは、大人しく頷いた。




